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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
102/507

22-1

 紙鳥。とは書いて字の如く、紙で出来た鳥のことだった。

 手紙と違うのは、書き終わった後に魔力を注ぐと、本物の鳥のように羽ばたいて宛先の主の所まで一直線に向かうこと。雨が降ろうが雪が降ろうが、その手紙は必ず宛先の主に届くこと。

 その紙鳥を飛ばした後に、ルイはルカと共にやって来た。

 予測していたことだが、顔を合わせただけで始まった兄弟喧嘩。


「愚兄がこんな夜も間際に、それもこんな場所に呼び出すなんて…あ、馬鹿だから土地勘もなければ、時計の時間も読めないか」

「夜遅くまで毎回出歩いていた奴に言われたくねーよ。いつも探しに行っていたのは俺だ」

「その割には探すのに手間取っていたよね」

「お前が逃げるからな」

「逃げてないよー。それに時々フミエと一緒に僕達を探していたわけで、役得だったでしょ?フミエと一緒にいられて」

「今は――その話関係ないだろ!今すぐ表出ろ!」


 穏便に済ます、と言っていたのは誰だったのか。

 眉間に皺を寄せたのはルイの方が先だったが、余計な一言を言ったのはヨルの方が先だった。ルカに武器は抜くな、と最初に釘を刺されていなければ、どちらが先に武器を構えていたか分からない。

 お互い腕を組んで話し始めたはずなのに、もういつでも武器を抜く体勢だ。

 いつ堪忍袋の緒が切れるのか。

 おそらく同じことを考えていたルカは、部屋にやって来るなり亜莉香の傍に避難した。

 ルカとルイがやって来る前に場所を移動して、亜莉香達がいるのは寝室の隣の部屋。寝室にあったソファの素材とデザインで統一された、執務室とアンリが呼ぶ部屋には、二人掛けのソファ二組と、その間に木製で丸いテーブル一つ。

 全体的に白くて綺麗な部屋は、レースと木製の家具で統一されていた。

 借物の無地の深い緑色の着物を羽織った亜莉香の隣にはアンリが座り、その前にはルカが座っている。ティーカップの縁に唇を当てたまま、兄弟喧嘩を見ていたのは亜莉香だけ。

 それで、と腕を組みながらも、気楽なルカが話し出す。


「俺が舞えばいいんだろ?」

「本当に、舞を舞えるのですか?」


 疑いがちにアンリは言い、ルカの瞳をじっと覗き込む。

 とても軽く、ルカは頷いた。


「これでも、先々代にはルイと一緒にしごかれたからな。それに、フミエの手紙の中に、この件を予測したイオのお願いも入っていたから。断らないつもりで来た」

「貴女も、リーヴル家の方ですよね?」

「一応、な」

「案外簡単に承諾するんだな」


 ルカの隣に座って、お茶を飲もうとしていたトシヤが言った。案外、と思っているのはトシヤだけでなく、亜莉香とアンリも同じ心境。

 三人の表情を見て、ルカがあからさまにため息を零す。


「あのな、勘違いしているようだけど。リーヴル家の中では、確かに領主の家を毛嫌いしている奴は多いが、全員じゃない」

「そうなのですか?」

「なんでそんな風に思っているんだよ」

「ルイの態度を最初に見たら、誰だって勘違いするだろ」


 トシヤの言葉で、ルカは眉間に皺を寄せた。片手の指を額に押し付けて、過去を振り返ってから難しい表情を浮かべる。


「悪い…それは俺のせいだ」

「ルカさんの?」

「俺の、と言うより俺の母親に関係してくるけど…」


 ルカがアンリの顔を伺い、少し迷った顔になった。アンリの前で話そうか、迷っているのを悟り、アンリはきっぱりと言う。


「私に聞かせたくない話なら、この場で言わなくても構いません」

「聞かせたくないじゃなくて、聞いても不愉快にしかさせない話だ」

「それならむしろ、話してください」

「そう言うなら、正直に話すけど――」


 前置きをして、ルカは背中をソファに預けて静かに語り出す。


「俺の母親が、緋の護人の親友だった話は、前にアリカとトシヤ話したよな?」


 緋の護人、の単語にアンリの表情が少し崩れた。唇を結び、何も言わないが、話を聞き逃すまいと耳を澄ませる。

 亜莉香とトシヤが頷いてから、ルカは話を続けた。


「その護人が最期にいたと言われているのが、この街だ。だから俺達はこの街にやって来て、色んな情報を集めている最中。情報自体ないに等しいけどな」


 小さく、ルカは息を吐く。


「リーヴル家が全体的に緋の護人を受け入れている一族とすると、領主であるこの家はその真逆の考えだ」

「真逆ですか?」

「私達の一族は言い伝え通り、護人は最初の王の金の王冠の宝石を盗んだ犯人、と認識しています」


 ルカの説明を受け継ぐように、アンリは淡々と言う。


「そして二十年前に私の母とも接触して、その後に護人は姿を消しました。私の母が、護人を殺したとでも思っているのでしょうか?」


 年下とは思えない程、アンリは感情を押さえて尋ねた。

 真実を知りたいと語る瞳に、ルカはあっさりと言い返す。


「いや、せいぜい情報を王家に流すくらいだろ。護人の魔力は領主であろうと、敵わないほど強くて歯が立たない。けど、その件があって、ルイはリーヴル家の中でも領主の一族は毛嫌いしている。俺の母親の親友を殺したかもしれない一族としてな」

「確証ないだろ?」

「ない。あと強調するが、俺の、母親の親友だからな。ルイも俺の母親に懐いていたけど、俺以上に気にしている」


 他人事みたいにルカが言い、アンリは瞳を伏せた。


「最期に、彼女に接触したのが母なのは知っていました」

「だからって、殺したとは限らないだろ」


 とても静かなルカの声が、部屋に響いた。


「誰が殺したより、俺は緋の護人の居場所が知りたいだけだ。ルイはさっきの理由で領主の家を毛嫌いしているが、リーヴル家としてはまた別の理由がある。そっちは簡単。元々同じ一族だったが、護人を批判して王家側に付いたのが今の領主の一族で、反対に擁護したのがリーヴル家の一族。意見の食い違いで追い出されたのか、出て行ったのか分からないリーヴル家は当時の領主を恨み、今でも仲は良くない」

「長い歴史の中で、ずっと仲違いしたままですから」

「リーヴル家の中で領主側の考えはないが、土地を治めている領主達を嫌っているわけじゃない。表面上の仲違いは続いているけど…中にはそんなことを気にせず、この家の敷居を堂々と跨ぐ奴もいるぐらいだ」


 声を落としてからルカは言い、ちらりと後ろを振り返った。

 ルイと言い合いをしているヨルを見て、アンリも僅かに笑みを零す。


「ヨル様のことなら、私も驚きました。まさかリーヴル家の中に、あそこまで家柄を気にせず物申す方がいるとは思っていませんでしたので」

「ヨルは昔から、誰に対しても本音しか言わないから」

「そのおかげで兄様に真剣に指導をして下さる方がいるのは、とても嬉しく思います。それにどの貴族に対してもご容赦なく本音で話しておられて、私としては清々しい気持ちです」


 ちょっと呆れ顔になったルカが、手を付けていなかったお茶に手を伸ばす。


「舞を舞えて、尚且つ両家にとって無害でいられる本家の兄妹は、今のところヨルぐらいだからな」

「残りのお二人は?」


 思わず亜莉香が質問すれば、ルカは腕を組んで頭を悩ます。


「イオは…舞が行われないことに良心は痛んでも、あの土地を何よりも優先する。一番上のキヨに関しては、毛嫌いしている寄りの思考の持ち主だったはず」

「そのお話を聞く限り、私はまだリーヴル家に警戒していた方がよろしいようですね」


 しみじみとアンリが言い、ルカは正直な意見を述べる。


「そうだな。護人が現れれば、今まで以上に仲違いする可能性もある」

「その可能性は、私も否定できません。昔よりは減りましたが、護人の可能性がある方を見つけ次第、我が一族は逆賊として捕らえて王の元へ連れて行かなくてはいけませんので。これも我が家のお務めです」

「いい加減、護人を諦めればいい。そっちが護人を捕まえようとするから、リーヴル家は保護するために動くしかないだろ」

「意見が合いませんね」

「全くだ」


 お互いの意見を、この場で改める気はない。亜莉香とトシヤが微妙な居心地の悪さを感じるが、ルカとアンリは気にしなかった。






 話が一段落したところで、ルイの明るい声がした。


「あのさー、本当にルカが舞うの?手を貸す必要、やっぱりないでしょ?」

「ルイ、お前な」


 呆れ返ったルカがため息を零して、振り返った。ルイとヨルに視線が集まれば、アンリは言葉を失い、トシヤは何とも言えない顔になる。

 なんて声をかければいいのか、亜莉香は上手い言葉がない。


「この野郎!さっさと放せ!!」

「はいはい、ちょっと黙っていようか」

「いってぇえ!」


 見事に腕を一本取られて、ヨルは地面に押さえつけられている。ルイはヨルの上に全体重をかけていて、掴んだ腕を捻って放さない。

 武器を抜いていないが、決着がついている。

 ルイの強さにはいつも目を疑うが、アンリが少し震えていた。

 必死に痛みを耐えるヨルを無視して、ルイは話し出す。


「舞は、あくまで一時しのぎの結界だよ。そのためにわざわざ、ルカが舞う必要なし。それなら屋台を回って、買い食いした方が楽しいのに」

「この件は、イオも気にかけていたことだろ。フミエにも頼まれたから断れない」

「えー、断っていいよ。僕はルカと祭り回りたいもん」


 ヨルを取り押さえている体勢だけに、可愛さがあまり感じられない。

 あまりにも自由なルイに、亜莉香は遠慮がちに言う。


「とりあえずヨルさんを離して、こっちで話しませんか?」

「無理、その子の近くには行きたくないから。あと愚兄と組手は久しぶりだから、暫くこのまま楽しく会話をしたい」

「楽しくないだろ!」

「五月蠅くされると、僕も容赦出来なくなるけどなー」


 笑いながら、行っていることが恐ろしい。あまりの恐ろしさに、アンリが亜莉香にしがみついた。トシヤとルカは目を合わせると、仕方がないと言った表情で立ち上がる。

 ルカはルイの腕を無理やり引っ張り、ヨルから少しでも遠くに離そうと扉側まで移動した。トシヤはルイに変わって、ヨルを取り押さえる。

 放してもらえると思っていたヨルが、大きな声で反論する。


「なんで俺はこのままなんだよ!」

「どっちかを取り押さえないと、話が進まないだろ」

「やーい。そのままトシヤくんに、一生取り押さえられていろ」

「それが兄に対する態度か!」

「だって、兄として尊敬してないもん」


 ルイが可愛らしく口を尖らした。見る度に子供じみた喧嘩になっている気がする。仲の悪さが一向に改善しない。

 腕を掴むのをやめて、ルカはルイの左手を握った。

 ルカの行動に僅かに驚いて、ルイは少しずつ落ち着きを取り戻す。騒ぐヨルを無視したまま、ルカに声を落として話しかける。


「あのさ、ルカ。本当に舞うの?」

「イオから頼まれたからな」

「それでも、舞うのをやめてくれない?嫌な予感がするから」


 本気でルイがルカの舞を阻止しようとするのを感じ取り、ヨルが舌打ちした。ルイを睨んだ後、その眼差しのまま亜莉香を睨みつける。


「おい、アリカ!お前、ちょっとこっちに来い!」

「私ですか?」


 名指しされて、亜莉香はアンリの顔色を見た。大丈夫だと言わんばかりに、しがみついていた手を放したので、急いでヨルの元へ向かう。

 何だろう、としゃがみ込めば、ヨルは声を潜めた。


「今から言うこと、ルイに伝言しろ」

「伝言ですか?」

「どうせ、俺は押さえつけられている。俺だってルイに近づきたくないし、アンリもルイに近づくのは無理だろ」


 理由を述べられると、その通りでもある。確認のためトシヤに視線を送れば、肩を竦めて見せて、亜莉香の代わりにヨルに問う。


「どんな伝言だ?」

「ルイが渋るのはイオも予想出来たからな。その場合――」


 声を小さくした言葉は、亜莉香とトシヤにしか聞こえなかった。

 伝言を受け取り、亜莉香は話し合いの最中のルイとルカの元へ向かう。上手くできるか分からないが、ルイに近づいて、耳元に両手と口を寄せる。

 ルカには聞こえないように、覚えているイオの声を思い出す。


「姫巫女の格好をしたルカの舞を見たくないの、との伝言でした」


 沈黙数秒。ルカと手を繋いだまま、ルイは空いていた片手を頭に当てて物凄く考え始める。効果抜群なのは、見れば分かった。

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