泣いている女の子に力が欲しいか?と言ってみた。
力が——欲しい!
一時間で1万文字くらい小説を書ける力が!
頭に浮かんだアイデアをそのまま文字にできるような力が……!
戦闘描写を脳内の動き通りに描写できるようなそんな力が——欲しいです!
「あー。どこかに力欲してる人いないかなぁ」
そんなことを、俺は学校の屋上で寝っ転がりながら呟いた。
俺の名前は影野黒。
常日頃、力を欲している人を探している普通の男子高校生だ。
そう考えるようになったのも、小学生の頃ドはまりしていたアニメで……
『観念して出てこい、リアス王女よ』
『私に、私にもっと力があれば……!』
『ふふふ、力が欲しいか?』
『だ、誰!? 一体誰の声なの!? 正体を現しなさい!』
『ふっ、御託は良い。力が欲しいか? と、そう聞いている』
『欲しい! 欲しいに決まってるじゃない! あの大臣を打ち倒し、国を取り返せるだけの力が……! でも、そんな力——』
『ならば与えよう——』
『こ、この力なら……!』
そんなシーンに影響されてしまったのだ。
その日以来、俺は至る所で力を欲している人を探しはじめたのだけれど、これが意外と見つからない。
10人20人は居ると思っていた力求め人は、探しはじめてから約6年間でたった2人。そのうちの一人はおままごとだと思って付き合ってくれた美容師さん、もう一人はギャンブル中毒者だったりする。前者は元から何も求めていなく、後者は運が欲しいという無茶。
力を与えるために勉強、運動、美容、と幅広い人脈と知識を手に入れた俺でも、運はどうしようもなかった。
つまり、俺は今まで一度も力を与えることに成功したことがないのだ。
俺が誰かに力を与えることなんて無理なのかもしれないなんて考えながら屋上で昼寝をしていると……
「好きです! 付き合ってください!」
すぐ下からそんな声が聞こえてきた。
気になって下を覗いてみると、学年一のイケメンと名高い東峰くんが、確か文芸部の伏美さんに告白を受けているところだった。
「あはは。じゃあ僕は——」
「あ、あの! 返事は……」
「はぁ。言わなきゃ分かんない? 俺がお前みたいな根暗ボッチと付き合うとでも思ってんの? 身の程を弁えろって」
「そ、そんな……酷い……」
「はぁあ。夏休み直前に最悪な思い出だよ」
そう吐き捨てて、東峰くんは屋上から出て行き伏美さんは泣き出してしまった。
うーん、凄い場面に出くわしてしまったなぁ。というか、東峰くんがあんなに裏表の激しい人だったなんて。
しかし俺の記憶では伏美さんはそこまで悪くないはず。どちらかと言えば、東峰くんに見る目が無いような気がする。
そんなことを考えていると、ふと伏美さんの呟きが聞こえてきた。
「私がもっと可愛ければ……。私にもっと、魅力があれば……」
その言葉を聞いた瞬間、俺はその場から飛び降り伏美さんに話しかけていた。
「力が、欲しいか?」
「と、突然なんですか!?」
伏美さんは慌てて後ろを振り返る。
そして俺の姿を確認するや否やキッと睨みつけてきた。
だが俺は、気に留めることなくもう一度伏美さんに聞く。
「力が、欲しくないのか?」
「力……?」
「そう。力だ! 力が、欲しいとは思わないか?」
「力って、そんなもの……」
「見返したいとは思わないのか? 変わりたいとは思わないのか? 君をバカにしたあの男を惚れさせたいとは思わないのか? そんな力が欲しいと思わないか?」
「見返、す? でも、私なんてどうせ……」
悔しそうに拳を強く握り、唇を噛む伏美さん。
さっき言われたことを思い出しているのだろう。
あんなことを言われて悔しくないはずがない。自信を喪失しないはずがない。
けれど。
「悔しくは、無いの?」
「ッッ! 悔しいに決まってます! 私なんかが努力したところであの東峰くんを見返すことができるわけないじゃないですか!」
「そんなこと、ないよ」
涙を目端に溜めながら俺を睨む伏美さん。ようやく顔を上げた彼女を見て、見返すことが無理ではないことを確信した。伏美さんは、変われる。
「伏美さんならできる。変われる。俺ならそのきっかけを与えられる。だから、見返せるような力が欲しいと思わない?」
「欲しい。欲しい、です。東峰くんを見返すことができるような力を、私にください!」
「そう。なら契約成立だね」
「よろしく、お願いします。——あの、私は伏美麗奈と言います」
「俺は影n——シャドーと」
「はい……?」
「シャドーと、呼んでくれ。分かったな!?」
「は、はい! シャ、シャドー、さん?」
「それじゃあ。そうだな。期限は夏休み明け。だから、夏休み初日の朝10時、駅前に集合な?」
「わ、分かりました!」
「お、お待たせしました、か……?」
「いや、今来たところだよ」
「良かったです」
「それじゃあ、行こうか」
「あの、影野く——シャドーさん。行くってどこへ……?」
「まずは——美容院さ」
戸惑う伏美さんを連れてやって来たのは、駅からさほど離れていない美容院。
「いらっしゃいませ~」
「すみません。11時から予約していた影野と言います。門脇さんは空いていますか?」
「はーい。——恭子? 指名よ」
「はいっ! 今出ます——って、シドくん?」
「いえ、今はシャドーです。それよりも——この子、うんと可愛くお願いできますか?」
「え、ええと。シャドーくんなのね? それでこの子は……」
門脇さんも伏美さんの姿を見て何か思うところがあったらしい。
「その、伏美麗奈と言います! よ、よろしくお願いします!」
「よろしくね、麗奈ちゃん。今日はシド……じゃなくてシャドーくんに連れてきてもらったみたいだけど、麗奈ちゃん自身に変わりたいって気持ちはあるの?」
「あ、あります! 私、自分に自信もないしもっと自信がなくなっちゃう出来事もあって、本当に自分でも嫌になっちゃうくらい卑屈な性格なんですけど……でも、それでも! 影野くんが私は変われるって言ってくれたから! 期待に答えたいと思ったんです。変わりたいと思ったんです!」
「へぇ」
「——よし分かった。お姉さんが麗奈ちゃんのこと、うんと可愛くしてあげる」
「お、お願いします!」
「どう、でしょうか?」
「凄く、可愛いくなったと思う」
「でしょ? この子、素材は相当よ?」
「でも! まだ見返すためには足りない。ここがスタート地点だ。覚悟は良いか? 変わる自信はあるか?」
わざとそんな言い方をしたにもかかわらず、少し自信がついてきてくれたのか、伏美さんは笑顔ではい! と言い切った。
「じゃあ明日から、ビシバシ行くぞ?」
次の日から、伏美さんが変わるための猛特訓が始まった。
「まずは姿勢! 伏美さんは無意識に背を丸める癖がある! それが自信が無いように見える原因!」「分かりました!」
「次にその眼鏡は伊達? 読書用? 支障がないなら外す! 」「分かりました!」
「後その敬語口調! 丁寧なのは良いことだけど下手に出すぎている! もっとフレンドリーに!」「分かり——分かったです!」
「あと————」「分かった!」
「最後に————」「おっけー!」
そんな日々を過ごしていたら、あっという間に夏休みは終わり新学期がやって来た。
やはり伏美さんの変化は劇的だったようで、新学期が始まってすぐ、学年中に伏美さんが可愛くなったという情報が広まった。
——それと一緒に、夏休み前に伏美さんが東峰くんに告白したという情報も。
そして、次の日の放課後。
「東峰くんに呼び出された」
ついに、その時がやって来た。
「そうか。頑張って」
「……うん」
それだけ会話して、伏美さんは屋上から出て行った。
東峰くんの要件はきっと告白か、夏休み前の告白の了承みたいなものだろう。
「これで、目標も達成か」
今頃、伏美さんは東峰くんから告白を受けているだろう。これで、伏美さんが東峰くんを見返すという目標は達成というわけだ。
明日にはきっと、美男美女カップルとして学校中に広まっているだろう。
力を与えることに成功した。
目標を達成したことをもっと喜んでもいいはずなのに、どうしてだか、空虚な気持ちになった。
こんな気持ちになる理由はきっと……いや、何も言うまい。
「また、新しい力求め人でも探そうかな」
「何を探すって?」
そんな声が聞こえて、後ろを振り向く。
そこにいたのは。
「伏美、さん? ああええっと、東峰くんとはうまくいった?」
「うんもちろん。思いっきり振ってきたよ」
「そうなん——え?」
「えっと、聞こえなかった? その、思いっきり言ってやったの。お断りって!」
「……なんで?」
「なんでって、あんな性格悪い人こっちからお断りだし、もっと好きな人ができたからね!」
「それって……」
「えっと、影野くんのことだよ」
そう言って伏美さんは抱き着いてきた。
「あ! でも返事はまだその、もう少し待ってもらいたいなって……! その、もしかしたら影野くんは私のことなんて何とも思ってないかもしれないんだけど! 私なんて助けられたばっかりで眼中になんてないかもしれないんだけど! それでも頑張ってふりむかせ——」
「途中で挟んで悪いんだけどさ、その。さっき見送って初めて気がついたんだけど。俺も、いつの間にか好きになってたみたい」
「そ、そうなんだ」
「「あ、あの!」」
「付き合ってくれませんか?」
「よろしく、お願いします」
顔を見合わせて笑った後、ゆっくりと顔を近づけた。
約半年ぶりの投稿がこれとは如何に。