5編 強き光
次の日、俺はイェルドさんの指導の下、魔法と魔術の違いと、光魔法について学んでいた。
そもそも、この世界では、魔術というのは一つ一つの魔法のことを指すらしかった。
「『魔術を使う』と言えばとても断定的である、と覚えておいてください。魔法、というのが『果物』という概念であればこれから教えていく魔術というのはさしずめ『今僕が手に持っている天使の実』などといったようなものですかね」
というと、イェルドさんは手に持ったリンゴ(この世界では、リンゴは『天使の実』と言われているようだった)を見せてきた。
「後は、属性を持たない魔法のことを魔術と呼ぶことがあります。例えば、『物を運ぶ』。それらのようなものや、魔法道具を使用する魔法は基本的に全て魔術、と覚えておいてください」
想像していた以上に光魔法は難しく、気を付けていないとそのまぶしさに失明を起こす恐れがあるのだそうだ。
「過去の例では、宮廷魔術師同士の戦いで本当に失明を起こした例があるのですよ。こちらの人なら魔法の恐ろしさを知っているがゆえに気を付けるのですが、異世界人はその制御が分かっていないことが本当に多いです。逆に、気を付けているはずのこの世界の人が失明を起こすことがあるほどなので、それだけ危険性を伴う、と考えてください」
「それは、他の魔法でも同じことですか?」
「当然です。『火』であれば魔法に失敗した魔術師が焼死する事件が多発したりしています。ある意味『精霊』の魔法が一番むごく、一つのミスだけで『精霊に全身が食い殺されていた』とかよくある話なのですよ」
全身が食い殺される。それを聞いただけで俺は背筋が凍った。それほど恐ろしいものを、これから使っていかなくてはならないのか。
そんなふうに恐れていると、イェルドさんは更にこう続けた。
「かといって、恐れすぎていては使えるものも使えなくなります。魔法は適度に恐れ、利用していくものなのです。どのような魔法も同じことです。『火』も『水』も、『土』も『風』も、『光』も『闇』も、『精霊』も。恐れすぎてそこで止まってしまっては、何も始まりません。何事も挑戦ですよ、カイトさん」
確かにそうだ。どんなものでも、極端に恐れすぎてはいけない。
俺はイェルドさんから、大切なことを教わり、修行に励んだ。
魔法のことだけじゃない。この世界での常識や、文字、生活方法。
カルフィという、コーヒーに似た何か(コーヒーにしては甘く、とはいえミルクとかが混ざっているわけでもない、何かよくわからない不思議な飲み物)を休憩中に飲みながら、イェルドさんは様々な話を聞かせてくれた。
「今日は調子いいみたいですねぇ」
「うまく制御できている気がするんですよ」
「……その割には強すぎちゃって魔力が外に流れ出てますけどねぇ」
魔力が外に流れ出ている、というのは魔法としては失敗の部類に入る。発動はするものの、その分無駄が生まれてしまう、という意味で、だ。
この制御がかなり難しいのである。
「イェルドさんはこの制御、よくできますよね……。コツとかあるんですか?」
「コツっていうよりは、慣れですよぉ。『光』と『精霊』はこの無駄が発生しやすくなってしまうので、気を付けるしかないんですよぉ。なんせ、漏れ出ても危険ではないのですからねぇ……」
イェルドさんは何年もかかって、ようやくできるようになった、とのことだった。現地の人がそうだというのなら、それも、宮廷魔術師がそうであるのだとするのなら、まだ来て少ししか経っていない俺にそのあたりの制御ができるとは思えない。
「まぁ、何事も努力が大切ですよぉ。魔力が漏れるのは直接命にかかわる状況にはなりにくいですからねぇ。ですから大丈夫ですよぉ」
イェルドさんはカルフィを一口飲み、そういった。漏れ出ないコツというのは無いらしい。ただひたすら練習し、制御をしていく。そうやって経験していくしかないようである。
「ほら、ちゃんと集中しないと、失明しますよぉ?」
「はい!」
俺はそんな修行を、一ヶ月ほど繰り返した。イェルドさんの教え方もよく、様々な魔術を覚えることが出来た。
気が付くころには、魔力漏れもほとんど起こさなくなっていた。それほどに、特訓の成果が出ていたのだろう。そう思っていたが、イェルドさんからは少々厳しい言葉が飛んできた。
「……あまり悠長にしている時間もないですからねぇ。これ以上もたもたしていては領主様に怒られてしまいますぅ。修行なら他の地域でもつけれますしぃ。僕一人では教えられないことも多いのですよぉ」
「ですよね……」
「正直、まだまだひよっこもいいとこですよぉ。もっと修業が必要ですぅ。様々な場所で、様々な人たちに修業をつけてもらって下さい~」
そうして、俺らは領主様のところへ行った。そろそろ神都を離れて、様々な街を救いに行かなくてはならない。
俺が神都を離れる許可は下りた。だが、イェルドさんに同行してもらう、という点の許可は下りなかった。
イェルドさんは、やはりどこか寂しそうだった。
次の日に、俺は出立することになった。イェルドさんは、神都の門のところまで送ってくれた。
「本当に、ついてこれないんですね」
「まぁ、しょうがないですよぉ。僕はずっとここで見送る立場ですからねぇ。……頑張ってきて下さい、カイトさん~」
「イェルドさん、今まで、本当にありがとうございました。……魔王から、全てを取り戻して、そして、強くなって、帰ってきますから」
「最初に行くなら、まずは錬金の街クロイツですかねぇ。お土産、待ってますよぉ」
「はい。……って、旅行じゃないんですからね!?」
俺は、決意を新たに、新たな街へと向かうことにした。
目的地は、錬金の街クロイツ。一体、どんな街なのだろうか。
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カイトを送った後、イェルドはふと、その場を離れた。
その表情は、半分泣きそうで、それでも、笑顔を決して崩してはいなかった。
まるで、今から友の代わりに処刑される人のようである。
「ごめんなさい、カイトさん。……僕、お土産は受け取れそうにないですぅ」
その足元には、黒く染まった魔法陣があった。その魔法陣から、黒く、どろりとした何かが現れ始めた。
「もう、時間切れ、ですかぁ……。せめて、いろんなところ、回ってみたかったなぁ。カイトさんにも、教えたりない部分はいくらでもありましたしぃ……」
黒い何かは、イェルドの全身を包み込もうとしていた。それに対して、イェルドは一切の抵抗を見せなかった。
今から死ぬ、ということを、はっきりとわかっていて、全てを覚悟しているかのように。
「カイトさん、また、いつか、会えるといいですねぇ……」
そして、涙を一つこぼし、彼は魔法陣に飲み込まれるように消えた。
その側には、にゃっと笑う、何者かの姿があった。