3編 神都を歩く
二つ返事で返したのち、しばらく俺らは話をしていた。
今回の冒険の大きな目標、それは、「魔王の討伐」と「霊脈の奪還」。そこまでに、様々な領主たちや魔術師たちを魔王の手から解放すること。それが小さい目標である。
そんなことをぼんやりと考えてはいたが、
「いくらあなたが強いとはいえ、道具や魔法を知らなければ一切使い物になりませんよぉ。ですので、神都内は僕が案内しますよぉ!」
と、嬉しそうにイェルドさんは言ってきた。サラリと酷いと思うが、確かに何も知らず、素手で戦うとなればこの先どころか最初の街で躓くことになる。魔術師になる、というのに魔法を知らなければ何にもならない。
その為、様々な店を訪れることになった。金はイェルドさんが全部出してくれるらしく、好きなものを何でも買っていい、とのことであった。
「とはいえ、所持制限とかありまして……。ローブのようなものであればいいのですが、魔術師は鎧を着てはいけないんですよぉ」
「え、何故ですか?」
「他の世界だとどうなのかわからないのですが、鎧のような金属製の防具は我々魔術師には重すぎて邪魔なのですよぉ。魔法によっては、『鎧があるせいで使えなくなる』とかありますからねぇ。鎧とかは着ないほうが安定しますよぉ?」
彼がそんなことを言って、少し驚いた。確かに、様々なマンガやゲーム、アニメの魔法使いは鎧を着ているイメージがない。何かしらの布のローブ、ということが多い。確かに、よく考えるとイェルドさんもローブを着ている。
それらは、このような事情があってのことだろう。そう考えると、あっさり納得できる。
「そのローブも、結局はそういうことなんですか?」
そう問いかけると、何故かイェルドさんの表情が一気に冷たいものに変わった。何か、地雷を踏みぬいたのだろうか。
「えっ……違うんですか……?」
そう尋ねると、彼は、はっとして、こういった。
「ああ、すみませんすみません!まぁ今はそうだと覚えておいて下さい~」
あまり、これ以上は聞いてはいけないようであった。彼のためにも、これ以上聞くのはやめておいた。
「さぁ、買い物に出かけましょうか!この街はとってもいいところですよぉ!僕、異世界人の案内を担当するの初めてなんで、楽しみで仕方ないんですよぉ!」
まるで長いこと閉じ込められていた鳥が自由を取り戻したかのように、生き生きとした表情で、彼は俺を引き連れ、街の中を駆け巡った。
その景色はよくある中世ヨーロッパとか、異世界とか、ほんとにそんな感じで、とても明るく、ある程度発展しているのがよくわかるような街並みだ。全体に白っぽいものが多いが、それはこの街が「光の街」というのもあってのことだろう。
少女が着せ替え人形を楽しむかの如くで様々なローブを着せてきたり、様々なアクセサリー(とはいえその全てが魔法道具らしく、ちょっと魔力を込めれば魔法が発動できるようになっている)をつけてきたり、振り回されっぱなしであった。
「彼女とかいたら、こんなんだったのかな」
イェルドさんが飲み物を買いに行っている間に、俺はベンチで休んでいた。
俺がぐったりしながら、ベンチで休んでいると、一人の青年がやってきた。
黒いローブに光のない、濁った黄色の瞳。うっすら見える白っぽい髪色。その側には、一匹の、猫のような耳と、悪魔のような翼をもつ、不思議な生き物が見え隠れしていた。青年の方は深くフードをかぶっているがためか、不審人物としかほぼほぼ思えない。
「あ、あの……?」
「…………」
彼は無言でこちらを見つめていた。見つめていた、というよりは凝視していた、というのが正しいだろう。本当に、全てを覗き見るかのように。
「え、っと、どなたですか?」
問いかけに対して、何も答えず、ただ彼はこういった。
「光の領主に気をつけろ、あれは嘘をついている」
「えっ……?」
そう言って彼は立ち去った。俺はしばらく、何があったのかわからず、ただ茫然としているだけであった。
「カイトさん、カイトさん!大丈夫ですかぁ?」
肩を叩かれ、俺はふと気が付いた。後ろを見てみると、そこには片手に二つの小瓶を持ったイェルドさんが、心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「イェルドさん……」
「大丈夫ですかぁ?疲れたなら、帰りましょうか?」
俺は先ほどまでのことを話すか否か、少し悩んだ。話をして、楽になる、というのもある。もしかしたら、イェルドさんにもわかることがあるかもしれない。だが、これは自分の問題であり、イェルドさんまで巻き込んでいい問題じゃない。
だからこそ、俺は黙っていることにした。
「ええ、ちょっと疲れちゃいまして……」
「ですよねぇ。神都って、滅茶苦茶広いですもん。ほんとはまだまだ紹介したりない場所とかあるのですが、そろそろ暗くなりそうですからねぇ」
心配、といったものと、少し焦るように彼はそういった。
「暗くなると、何かまずいんですか?」
てっきり夜までかけてしっかり色々見て回る物かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「いやぁ、昼間に領主様から『魔王』の話を聞きましたでしょう?それと同じように、日夜問わず様々な魔物が現れましてねぇ……。夜は特に現れやすいのですよぉ……。幸い、今現在は神都内に侵入されたことはないんですが……。それでも、恐ろしいのには変わりありませんからねぇ」
半分泣きそうになりながら、彼はそういった。
「ああ、聖都の領主はなんてことをしてくれたんですかねぇ……。この世界に恨みでもあるんですかぁ?魔王と契約、だなんて頭おかしいんじゃないんですかねぇ。……いくら世界に恨みがあっても、やってはいけないことぐらいわかるでしょうに……」
「…………何かに、騙されてやっている、とか?」
「だとしたらもっと問題ですよぉ。聖都はいわば第二の都市。魔法だけでいえば他の地域を全て合わせてようやく追いつくレベルの魔法特化の大都市ですよぉ!?そんなとこの領主が、一体何に騙されてこんなことになってるっていうんですかぁ?裏で指揮を執ってるやつがいる、だなんて想像もしたくないですよぉ……」
そんなふうにああだこうだと言いながら、俺たちは城に戻っていった。けれども、俺の中には、昼間の男の言葉が妙に引っかかっていた。
(光の領主……アルクウェイド様は何か嘘をついている?……もしかして、イェルドさんも、騙されているか、嘘をついている……?)
そんなふうに悩みながら、俺たちはまた、城へと戻った。