魔王の辛抱
「ぎゃああああああ!」
「煩い!逃げ回るな、まだまだだ!!」
「もう、勘弁してくれぬか・・・おっと!・・・あぶ・・」
・・・シャンめ、その様な顔をしても無駄だ。許さぬ。
「わ、我が王よ!なぜ、なぜ我だけ!!」
「気付かぬか・・・そういえば、出番が無いと申しておったそうではないか。喜べ、出番だぞ!!」
シャンめ、またかわしおった。ユリと二人きりで楽しそうに遊んでいた事・・・私がそう簡単に許す筈なかろう。
「えっ・・・フェイめ!!」
「遊んで貰いたかったのだろう?そう聞いたぞ。」
全くこれしきで情け無い。此奴も100年の間に腕が鈍ったな。
「うう・・・朝から付き合えと言うから散歩かと思いついて来て見れば・・・あっ、ユリ様!ほらユリ様が起きてきたようだぞ!!」
「ん?その様だな・・・では着替えて朝餉にするか・・・」
「(助かった・・・腹黒め!!)」
「・・・何か言ったか?」
「いえ、何も!我が王!!」
シャンめ、あからさまにほっとしている様だな。まあいい。遊んでやるのは今日だけではないぞ?覚悟しろ。
ユリと執務室で茶を飲み話をした日から直ぐ、ユリは私の私室に移り、閨で共に寝起きする様になった。
あの日言ってしまってから後悔する事になったのだが、ユリが嫌ではないと知り、私は嬉しくもあった。
(・・・しかし、毎晩隣にユリが居るかと思うと、落ち着かぬな。)
冷たい態度など取る事もできるわけがなく、仕方なく寝たふりをして夜はやり過ごし、ユリが深く眠った後、夜中に密かにユリの寝顔を眺めては、ため息を吐き、朝は早く起きて滝行や剣の稽古をして己の『煩悩』を打ち消す・・・これではまるで、拷問でも受けているかの様だ。
その上、弱る私に追い撃ちをかけるかの様に、側近達が何やら画策している。
挙句、執務室の卓上に、挿絵と付箋付きの『いろは本』が積み広げられていた時には、怒りのあまり倒れるかと思った。まあ・・・その後・・・結局最後まで読んでしまったのだが。
無駄に知識ばかりが付いてしまった・・・矢張り、耐えねばならぬのか?女子とは、この様にすれば喜ぶのか・・・このくらいならば・・・いや、駄目だ。それでは、これまでの努力の意味が無いではないか。・・・許せぬ。皆で私を苦しめて、何が楽しい。
(ああ、毎晩そんな眼で、私を見つめないでくれ。お前を、壊してしまう訳にはいかないのだ。)
怖がらせる様な事はしないとユリに誓ってしまったが、果たして私の理性をいつまで保てるか・・・。
目の前のユリは、今日も美味しそうに朝餉を食べ、無邪気にしている。
それにしても・・・ユリは私が隣に寝て居ても、何とも思わぬのか?気にはならないのだろうか・・・?
「セル様、どうしたんですか?あんまり食べてないみたいだし、なんかあったんですか?難しい顔して・・・。」
眉間に皺が寄ってしまったか。つい、思考に耽ってしまった。
「ああ、いや、ユリはいつでも美味しそうに食べているな、と考えていた・・・。」
「ふーん・・・。そういえば、朝起きるといつもセル様いないですけど、いつもそんなに早起きして、なにしてるんですか?」
まさかユリへの気持ちを紛らわせていたなどと、口が裂けても言えぬ。
「それは・・・いや、シャンと朝の鍛練をしていた。」
「えっ、そうだったんですか!?」
「ああ、そうだ。また街に行くならば、矢張り、もうああいった事が無い様にせねば、と思い・・・。」
これは事実だ。・・・いや、半分は事実だ。ユリにもう二度と、あの様な傷を付けさせたりはしない。
「そうだったんですね!良かったー!てっきり私が隣に寝てたら嫌なのかなって、思っちゃいました!」
「・・・いや、そんな事は無い。」
『恋』とは、この様に悩ましいものだったのか・・・?憎しみや悲しみとは違う。怒りとも違う。しかし、狂おしく、苦しい。大抵の事は、耐えれば良いと思っていた。今まで、ユリに出会うまでは、全ての感情を無視していられた。だが・・・狂いそうな己の心は、抑えられない。耐えねばならない事が、こんなにも辛いとは・・・。
(この理性、果たしていつまで保つのだろうか・・・。)
こうして、私にとっては永遠よりも長い拷問の様な一月が過ぎた。
辛抱 しんぼう つらさを(かなり長期間)じっと我慢する、また、苦しいことを我慢すること。こらえ忍ぶこと。仏語「心法」から。「辛棒」とも当てて書く。




