魔王の恋慕
ユリは、あの後、また家族に会いたいと泣いた。
オームが今回行った召喚の儀は、完全なものだった。二つの世界に同時に存在する事は不可能だ。
ユリの故郷の人間達は、ユリを覚えていないか、夢だとでも思うだろう。・・・ユリは絶望していた。だが何もしてやれない。
人間共が使うような、不完全な魔術か、もしくは召喚者が元の世界で昏睡状態だったならば、召喚者の一部分を召喚しきれず、恐らく神隠しにあったとでも言われるのだろうが・・・。
これは私の咎だ・・・異世界から妻を娶るという事の意味を、頭で理解はしていたが、目の前で泣くユリを見て、心が痛んだ。私はユリの側に居る事しか出来なかった。
泣き疲れてまた眠りについたユリの手を握りながら、幼い頃、母上にお会いしたくて眠れない夜、祖母上が同じようにしてくださった事を思い出した。遠い、昔の事だな・・・。
・・・あれからユリは時折寂しそうな様子も見せていたが、日々を共に過ごし、ゆっくりとだが少しずつ此方での生活にも慣れてきたようだった。
城で働く者達は皆魔物だ。ユリは・・・もっと怖がるかと思っていたが、ユリ曰く、『異世界だし、ラノベみたいに召喚されて200歳の美少女と魔王見たあとじゃ全然怖くない。』だ、そうだ。
杞憂だった。ユリは直ぐに城の皆と打ち解けた。
夫婦になったとはいえ、焦る必要も無いだろう。私はユリの、笑顔が見られるだけで満足だった。
ユリと一緒にいると、一日があっという間に過ぎてゆく。やらねばならない仕事は相変わらず多かったが、終えればユリが待っているのだと思うと、それすらも楽しいと思えた。
一緒に食事をし、色々な話をした。驚き、泣き、笑う。私はユリのその様子を、どんなに些細なものでも見逃したくはない。
その表情はいつでもくるくると変わり、時折解らぬ言葉も使うが、それも可笑しくてならない。
だがユリに見つめられると・・・心の臓が早鐘を打ち、私は落ち着かなくなる。
今朝、ユリが祖母上の畑を見たいと言った時、母上の部屋と共に、記憶の中に仕舞い込んだ大切な場所を思い出した。
昼前までに仕事を急いで片付け終えると、後の会議の準備はオームに任せ私室に戻る。フェイに用意させた軽装に着替えた。
それは私にしては随分と派手な色で、普段は黒ばかりだが・・・たまには、いいだろう。
ユリは・・・中庭を楽しんでいる様だ。フェイに気を利かせろと念話を送ると、指環に感じるユリの気配を頼りにそのまま中庭まで移動した。
四阿で寝転んで、祖母上の日記を熱心な様子で読んでいる。眉をしかめる仕草すら、愛らしく感じる。・・・ユリが私に気付く。驚かせてしまったか。
「驚かせたか、すまなかった。少し早く仕事を終わらせてきたのだ、お前と昼餉を済ませたら、会議でまた戻らねばならない。畑の様子はどうであった?それに、ここはどうだ、気に入ったか?」
見つめられ、また心の臓の鼓動が速くなる。つい、早口になってしまった。
ユリは気に入ってくれたらしい。安堵し、同じように隣に寝転ぶと、私は昔の懐かしい風景を思い出した。
給仕の者達が昼餉の支度をする間じゅう、何故かユリは落ち着かない様子だ。
目の前に用意された食事は、いつもと・・・何かが違う。見た目だけではなく・・・
「ん?今日の食事は、いつもと違うな、懐かしい味がする・・・。」
これは、祖母上の、味によく似ている・・・昔、子供の頃に、祖母上様が良く拵えてくださったものに、よく似ている・・・。何故だ。どうやって・・・
「これは・・・ユリが拵えたのか?」
ユリは、嬉しそうだ。私の頰についた米をすくって自分の口に入れる。
「そうです、ピクニックみたいでしょ?」
楽しそうに笑って、小さな手で、同じように塩むすびを摘み、頬張る。
「今日、調味料を使って、料理させてもらって、わたし、楽しかったです。そんなに料理上手いわけじゃないけど、セル様にもおいしいもの食べて欲しいなって、思いました。」
・・・私の為に、などと、女子に、その様な事を言われたのは、生まれて初めてだ。いや、これまで身内以外の女子となど関わろうとも思っていなかったのだが。
私はユリの言葉に驚いていた。
眩しいくらいの笑顔でこちらを見つめるユリ。ユリの黒い瞳。その瞳を見た瞬間、私の中に、今まで知らなかった感情が湧き上がる。身体は熱く苦しい。だが・・・辛い訳ではない。これは、なんだ・・・そうだな、歓喜にも近い感情だ。なんだ、この気持ちは。・・・これが、この気持ちが、愛おしいという事か?これが恋情と、いうものなのか?
・・・ああ、そうか。
恐らく初めてユリの黒い瞳を見たあの瞬間から、私は、ユリを『慕っていた』のだ。
そうだ、私はユリに、『恋』をしているのだ。
恋慕 れんぼ 特定の異性を恋い慕うこと。




