悲劇
優雅な朝食を終えた後、僕らは村長の宅へ向かった。
村は昨日と変わり無く、穏やかな時間が流れていた。
「よし、ここだな。」
村長の家は他の家とほぼ同じ外見で木造立ての一軒家だった。
「ごめんください。」
トーダがお決まりの挨拶とともにドアをノックする。
しばらくするとドアが開いた。
「はーい。あら、あなたたちは?」
出てきたのはジル村長ではなく犬獣人のおばあさんだった。
「突然おじゃましてすみません。私たちは旅の者です。昨日からこのアラルス村に滞在しています。」
「まあ!あなたたちが。噂で聞いていますよ。」
不審そうな表情が崩れた。
「私はセラ・ヘハインド。もうお気づきかも知れませんがジル・ヘハインドの妻です。」
「ああ、そうでしたか。」
「ここに来たということは村長に何か?」
──ここで僕たちはこの村のタブーに触れてしまうことになる──
「はい。実は宝石が取れるという洞窟についてお聞きしたくて…」
その言葉を聞いた瞬間、セラ目を見開き、口を開けて固まってしまった。
「…あ、あの…」
少し間が空いた。
「…ごめんなさい…」
そう言い残してバタンとドアが閉まった。
残された三人は固まっていた。そして三十秒ほどたった頃だろうか、トーダがくちばしを開いた。
「…俺…何か変なこと言ったか?」
「いや。」
「いたって普通のやりとりだったわ。」
「ん〜」
互いに何が起きたのか模索していると再びドアが開いた。
「…さっきはごめんなさい。事情を説明するわ。もし良ければ上がって。」
先ほどのおばあさん、セラさんだった。
三人は顔を見合わせた後、同じ方向へ歩き始めた。
家の中に入った三人は案内されたソファーに座った。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
差し出されたハーブティーを一口飲む。そしてお互い落ち着いたところで本題に入る。
「どこから説明しましょうか。」
セラは独り言のように呟いてからぽつりぽつりと話し始めた。
「…今から二十二年前まで、確かに宝石を採掘しそれをこの村の名産品として販売していました。」
どうやらニーナが言っていたことは本当のようだ。
「私の夫もその洞窟、スラン洞窟で採掘をしていました。」
セラはハーブティーを一口飲み、意を決したような顔で話を続けた。
「ちょっと話はそれますが、私たち夫婦には息子がいたんです。」
いたんです、という過去形なのが辛い。
「私たちの愛しい息子、トトはとてもわんぱくな男の子でしてね。夕方にはいつも泥だらけで帰ってくるのが
日課でした。」
セラは堪えきれずポケットからハンカチを取り出し、目元に当てた。
「セラさん、辛いようでしたらお話してくださらなくても…」
ティラは心配そうな顔をしながらそう言った。
「いいえ、大丈夫。…それじゃあ話を続けるわね。」
三人は黙って頷く。
「ある日、洗濯物を干していると採掘に行った男性たちが傷だらけになって帰ってきたんです。
その中にはジルもいた。
私は洗ったばっかりの衣類を地面に落とし、すぐに駆け寄り言いました。一体何があったの、と。
そしたら男性はこう答えました。スランで化け物が出た、と。」
誰にも邪魔されない静かな時が流れる。
「私はすぐに村の人たちを集めて応急処置をしたわ。そしてひと段落した時に気づいたの。」
──トトがいない──
「そう、今日に限ってトトはジルと一緒に洞窟へ行って…いたのです。」
それから再びハンカチを目元に当てた。
「私は洞窟へ行こうとしました。しかし誰かに裾を引っ張られました。
その手、腕、首と視線を追っていくと…」
「おう、今帰ったど〜。今日の昼飯はなんだべ?」
「…そう私の愛する夫でした。」
世の中妙なところでタイミングが合ってしまうものである。それはこのヴィーリアスでも
同じようだ。
「お、なんだお前さんたち来てたのか。」
「…ちょっと、あなた?」
セラは怒っているようだ。それを見てジルはなぜ怒っているのか考える。
「…もういいわ。まあ概要はこんな感じです。」
「わざわざお話してくださりありがとうございます。」
三人は揃って頭を下げた。
「それで例の洞窟の場所についてだけど…」
そう、この事を聞きに村長宅を訪ねた。自分は危うく本来の目的を忘れかけていた。
「申し訳ないけど教えられないわ。」
「!?」
三人は驚いた。が、すぐに理由は分かった。
「もうあの洞窟で死者を出したくないのです。」
その言葉を聞いて話に置いてきぼりだったジルも察しがついたらしい。
「お前さんたち、まさかあの洞窟へ…?」
「はい…そこで宝石を採ろうと思いまして…」
「それは自分たちの利益のためか?」
「はい、採った宝石を他の街で売ろうと考えていました。」
ジルの額にしわが寄る。ここで話を止めてしまったら間違いなくジルからも断られるだろう。
「ですが本来の目的は違います。この村に住む少女から宝石が欲しいと依頼を受けたのです。」
「ほう?」
額からしわが消えていく。
「…ちょっとだけ時間を頂けないか。」
「ちょっと、あなた。」
セラがジルの服を引っ張るが、動じない。
「はい、分かりました。」
「結論が出たら君達が泊まっている宿に行く。遅くとも…今はちょうど正午だから…
一時までには伝えに行く。」
結局、予想外の結果で村長の家を後にし、宿屋へ向かう。
「まさかあんな出来事があっただなんてね。」
「ああ、みんな一つや二つは辛い過去があるもんだ。そう、俺だって…」
トーダがトーダらしくないことを言ったので自分とティラは自然と足を止める。
「あ…ゴホン。まあ、あれだ、大小関わらずあるってことだ。」
なにか隠している。それは誰がどう見ても明確だった。
かといって追求できる話題ではない。
結局無言タイムが続いてしまったので、話題を変える。
「そういえばこの前、野宿した時にさ、なんか黒い影を見たんだよね。」
これといって話すことがないのでどうでもいいことを言ってしまう。
だが、二人にとってはどうでもいいことでは無かったようだ。
「え…」
そして早歩きで詰め寄ってくる。
「どこでだ?」
「え…ええっと、野宿した所の近くに川が流れてたじゃん?朝、そこで顔を洗っていたら何か黒い影が見えたんだ。」
「どうして早く言わなかったの!」
怒るティラ。真剣な眼差しのトーダ。一体なぜそんなに向きになっているんだ。
確かにモンスターは危険だけどこの辺りで襲われた、ましてや目撃情報も聞かない。
「バーサルでも怪しい黒い影を見たって言った人いたじゃない。」
「え…それは初耳。」
「あ!そうか。」
考え込んでいたトーダが声を上げた。
「お前確かその時キジを撃ってきます、とか言って居なかったな。」
「あ、確かに。」
二人はうんうんと頷く。
「あの、それでモンスターを見た人がいたんだ?」
「ああそうだ。目撃者は一人で職業は商人。街道を歩いてバーサルに向かう途中で見たんだとよ。」
「みんな動物の見間違いだ、とかで相手にされていなかったけどね。」
「まあここらは滅多に現れないから俺も見間違いだと思って居たが…クーロも見たとなると
話は変わってくるな。」
まさか自分が用を足している時にそんな事があっただなんて。
「自分もはっきり見たわけじゃないしな。」
「まあ、外に出る際はいつも以上に気を引き締めよう。」