ここがアルク!
「ここが…」
「アルクか。」
門を潜るとそこは至ってどこにでもある町並みだった。
「この雰囲気、懐かしいぜ。」
日は落ちかけてしんみりとした空気が漂っている。
「じゃあ早速、宿探しますか!」
とりあえず三人は町の大通りを歩くことにした
「お!これは!」
「ん?何?」
トーダが向かった先にはこの町のパンフレットが置かれていた。
一定以上大きな町ではこのようなおもてなしがあるのだ。
トーダは早速パンフレットを手に取る。
「えーと、この町には宿が二軒あるみたいだな。」
「安い方は?」
「綺麗な方は?」
自分とティラは同時に言った。
「ちょっとクーロ、宿くらい綺麗な方がいいでしょ?」
「いやいや、ベッドで寝れれば安い方でいいでしょ。」
「安い方だな。」
トーダがきっぱりと言った。
「え?なんで?」
ティラが不満げに言った。
「高い方は完全に貴族向けの料金設定だ。」
トーダがパンフレットの一ページを見せつける。
「えーっと…一泊…五千テル!?」
驚きの金額に二人は腰を抜かしそうになった。
「だから俺たちが泊まるのはこっち。」
トーダはページをめくった。
「えっとこっちは…一泊五百テルか。」
「けどティラ、安心しろ。風呂・トイレ付き、写真で見る限りそこまで
汚くは無い。」
トーダはパンフレットをティラに渡した。
ティラはじーっと写真と詳細文を見つめる。
「…まあこれだったら大丈夫そうね。」
「よし!クーロもここでいいよな?」
「もちろん!」
「じゃあ早速向かうか。」
三人は夜の宴が始まる前の静かな通りを歩き始めたのだった。
目的のホテルに到着し無事にチェックインを終えた三人は指定された
部屋へ向かっていた。
「う〜ん、思ったよりかは綺麗ね。」
ティラの言う通り。
年季は入っているが廊下を歩いているだけでも掃除は隅々まで
行き届いているのが分かる。
「えーっと、この部屋だな。」
トーダがドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けた。
中は廊下同様、綺麗に整理されていた。
「ふはぁ〜疲れた。」
ティラは荷物を置き、ベッドにダイブした。
「おいおい、セラスを出てまだ二日もたってないぞ。」
「むっ!そういうトーダは疲れてないの?」
「全然。」
トーダは腕を回しながら答えた。
「じゃ、じゃあクーロは疲れているわよね?」
ティラはそう簡単に引き下がらない。
意地悪をしてもいいがここは正直に答えることにした。
「自分も少し疲れたかな。」
「ほら!クーロも疲れてるって。」
ティラは笑いながら言った。
「なんだ二人とも、体力無いな。」
「いやいや、トーダが異常なんだって。」
「はははっ!」
三人は一斉に笑った。
「さて、そろそろ晩飯だな。早速だが外に行こうぜ。」
「うん!」
三人は必要な物だけを持って宿を出た。
大通りはセラスほどではないが一般的な町並みに賑やかだった。
「うへ〜どこのお店にしようか。」
見た感じ飲食店は数件あるようだった。
「有名なお店とかないの?」
「う〜ん、そうだな…」
トーダはパンフレットを開いた。
「むっ!?『アマース』っていうお店はどうだ?」
「アマース?」
「あっ!あそこじゃない?」
ティラが指を差した先にはひときわ盛り上がっているお店だった。
「ほら、看板にもアマースって書いてある!」
「この匂いは…肉?」
鼻をひくひくしながら聞いた。
「そうだ。『タナス』の肉を使った料理が有名らしい。」
「へぇ〜タナスか。」
タナスというのはモンスターの一種で現世で言うところの豚に近い。
違いとしては豚よりも三〜五倍ほど大きく、
凶暴のため家畜化出来ない点だろう。
「俺は別にここで構わないがどうする?他の店も見て回るか?」
「自分もここでいいや。」
「他も見て回りたいけどお腹ぺこぺこだからここでいいわよ。」
「よし、決まりだな!」
意見は一致した。だが…
「けど座れるかな。」
外から見た感じ中はぱんぱんだった。
「ここで悩んでても仕方ないからとりあえず行ってみるとするか。」
「そうだね。」
三人はアマースに向けて歩き始めた。
店に入ると中は威勢のいいお客さんでごった返していた。
「ふぅ〜あったかい。」
更に真冬だというのに熱気が凄い。
「あっ!何名様?」
目の前をちょうど通りかかったスタッフから声を掛けられた。
「三人です。」
「三名様ですか…少々お待ちください。」
スタッフは手に持っていた空皿を厨房へ運び、ちょうどお客さんが
去ったテーブルを綺麗にした。
「お待たせしました。こちらへどうぞ。」
「ありがとうございます。」
三人は軽く頭を下げ席に着いた。
「さて、何にしようかな?」
メニュー表を広げるとタナス肉以外にも様々なモンスターを使った
料理が記載されていた。
どれもこれも美味しそうで目移りした。
「自分はタナスステーキにする!」
「じゃあ俺はタナスの生姜炒め。」
「…」
大方予想通り一名はまだ決められずにいた。
「…ティラは?」
とりあえず声を掛けてみる。
「エルリックのハンバーグにするか…いや、ステーキも捨てがたい…」
どうやら自分の声は耳に入っていないようだ。
「どうしよう、トーダ。」
「…しょうがない、先に俺たちだけ頼むか。」
トーダは辺りを見渡し、ちょうど近くを通りかかったスタッフに
注文した。
「よし、決めた!」
スタッフが去った後、ティラはやっと声を上げた。
「タナスのステーキにする!二人は…」
「もう頼んだぞ。」
「え?」
「遅いから先に注文しちゃった。」
「い、いつの間に…!」
どうやら本気で気づいていなかったようだ。
「お待たせしました。」
その時、自分が注文したタナスステーキが運ばれてきた。
「そ、それあたしが注文しようとしてるやつ…これ私の?」
「いやこれは自分のです。」
「うう…」
トーダには断って先に頂く。
ナイフとフォークを駆使し、一口サイズに切り取って口の中へ運んだ。
うん、うまいうまいうまい。
「美味しそう…あ、私も早く注文を。」
ティラはスタッフを呼び、注文を行った。
「お待たせしました、タナスの生姜炒めです。」
「おっ!きたきた!」
料理はトーダの前に置かれる。
「トーダのもおいしそうだね。」
「少し交換するか?」
「うん!」
生姜炒めの中には現世の玉ねぎらしき野菜が入っている。
それを見ると不意に思い出す出来事がある。
それはこちらの世界に来て間もない頃は玉ねぎやチョコレートなどを避けていたことだ。
なぜか?
なぜなら自分は犬獣人、犬だからだ。
現世の犬が食べてはいけないものは食べない、食べたら最悪死んでしまう。
しかし、それは杞憂だった。
こちらで生活を続けるうちに犬獣人は普通に玉ねぎを食べてるし、
おやつにチョコレートを食べていたのだ。
あとで聞いたところ、笑われてしまったが大量に食べなければ
害は無いそうだ。
「生姜炒めも美味しい。」
「ステーキもなかなかだな。」
二人で盛り上がると同時にティラはそわそわ度が増す。
「お待たせしました、タナスステーキでございます。」
「わぁ〜!」
ステーキがティラの目の前に置かれる。
ティラは早速、ナイフとフォークを手に持ち、目を輝かせながら言った。
「いただきます!」
丁寧に肉を一口サイズに切り、口へ運ぶ。
と、その時。
「きゃあ!」
「どうしたんだい!?」
厨房から悲鳴が聞こえてきた。
がやがやしていた店内は一瞬、静かになる。
そしてティラが口へ運んでいた肉が服を汚しながら床へ落ちる。
「ん?なんだ?」
三人の中で一番最初に声を発したのはトーダ。
「何かあったのかな?」
「ああっ!私のお肉…」
その後、特に声は聞こえず店内も徐々に活気が戻った。
「包丁で手を切っちゃたりかな?」
「いや、案外焦げちゃったとかじゃないか?」
「ああ…服も…」
一名を除いて何の悲鳴かについて議論していたがその後は
店内に異変はなく、近くを通るスタッフも変わりは無かった。
「ふぅ〜お腹いっぱい!」
「ああ、パンフレットに書いてあった通りだな。」
「うん…」
ティラだけは例の事件でしょんぼりしていた。
「ティラ大丈夫?」
「ええ、平気よ。少し落ち込んでるだけ。」
「そっか。」
「あ、それよりここでも何か仕事するのよね?」
「ああ、そのつもりだ。」
トーダがきっぱりと言った。
「明日の午前中、掲示板を見に行こう。」
「わかった。」
自分はランタンやろうそくなどで照らされた町並みを見回した。
「このくらい栄えていたら何かしらいい仕事がありそうだね。」
「そうだな。」
「はぁ〜今回は事務系の仕事がいいわね。」
それを聞いた二人は苦笑した。
「確かにそうだね。セラスの時みたく走り回るのは御免だね。」
犬獣人になったからって動き回るの大好き!という訳ではない。
「まあ、たまにはそういう仕事もいいな。」
そんな話をしながら歩いているとホテルの前まで来ていた。
トーダが扉に手を掛けた。とその時、
「?」
自分は後ろを振り返る。
そこには誰もいない。
「…あれ?今誰かに見られていたような…?」
獣人になってから、この手に関しては敏感になった。
「クーロ、どうしたの?早く入りましょ?」
再び前を向くとトーダはもう中に入っており、扉が閉まらないよう
ティラが押さえていた。
「いや、敏感になりすぎているのか。」
一人でぼそっと呟いて自分も中へ入ったのだった。