謎の男
急いで風呂を出ると机の上に一通の手紙が置いてあった。
「これを読んでみろ。物音がしたと思ったらドアの下にこの手紙が挟まっていたんだ。」
手紙にはこう書いてあった。
ーメス猫は預かった。返して欲しければ五万テル持って明日の十時に下記の場所に来い。ー
差出人は書いていない。いったい誰が?数秒前までお風呂に入ってぽかぽかしていた体が急に冷たくなった。
「ごめんな…あの時俺が追うのを止めたから…」
トーダはうつむいている。
「いや、トーダは悪くないよ…まさかこんなことになるなんて…」
「…くそっ!早く助けに行こう!」
トーダは両翼をバタバタさせる。
「だけど五万テルなんて大金持っていないよ。」
「…そうだよな…何か作戦を考えないと…」
自分も頭の中で考えてみる。案その一、お金を用意せず剣を持ってアジトへ突入。
いや駄目だ、どう考えたって危険すぎる。向こうには人質のティラがいるしトーダも
自分も危険だ。仮にうまくいったとしても状況によっては敵を殺してしまうかもしれない。
殺人は避けなければ…。案その二、素直に従う。先ほども言ったが五万テルという大金は持っていない。
しかし銀行から借金をすれば…デメリットとしては今後旅を続けるのは絶望的になる。五万テルという大金を借金すると数年間はこの町に住み着いて返さなければならない。だけどティラのためなら…!
他にもいろいろ考えたがやはり素直に従うのが一番安全。そう思ったときトーダが
「なあ、一つ提案があるんだが…」
小さな声で放たれたその作戦はとても驚くような内容だった。
作戦開始時間は朝七時。それまでは体を休めることにした。
しかしこのような状態では当然眠ることが出来ず、結局現世に戻らずに朝を迎えてしまった。
「おはよう。眠れたか?」
「眠れるわけないだろ。」
「そうだよな。」
「ほんとにこの作戦で大丈夫かな。」
「今度こそ信じてくれ。頼む。俺は銀行へ行ってくるからクーロは市場へ行って例の物を買ってきてくれ。」
袋から財布を取り出す。
「それじゃあ八時にまたこの部屋で落ち合おう。」
「うん。」
自分は椅子から立ち上がり部屋を出ようとした。
「あ、あと周囲に気をつけろよ。ティラと同じように誰かから襲われる可能性があるからな。」
「トーダも気をつけてね。」
宿屋の前で別れるとトーダの忠告通り周囲に気を配りながら歩き、数分で市場に着いた。
さすがにこの時間だとまだ人は少ない。さて、お目当てのものは…………あった!
「まいどあり!」
店主から品物を受け取ると早歩きで宿屋の入り口まできた。幸い後をつけられているような感じはしない。
最後まで気を抜かずに部屋の前まで行き、ドアを開けた。トーダはまだ帰ってきてないらしい。
それもそうか。お金を借りるための手続き等に時間がかかるのだろう。
やることもないのでベットに横になり部屋を見渡しているとふとあるものに目がとまった。
ティラのバッグ。そこからティラ自身の匂いがかすかに残っていた。
「…少しだけ…少しだけなら…」
自分はティラのバッグを手に取り鼻に近づけた。ああ、昨日まで一緒にいたとはいえ懐かしい匂いがした。
脳内では初めて出会った時、町中を歩いている時、一緒に食事をしている時など何気ない日常が
フラッシュバックしていた。ああ、恋しい、ティラが恋しい。ふさふさな毛並み。すらっとした尻尾。
いつも明るくにこにこしていて旅を盛り上げてくれる。そんなティラがいなくなるなんて…絶対に嫌だ!
「クーロ居るか~居るなら開けてくれ~」
はっ!と我に返る。急いでバッグを元あった場所に戻しドアを開けた。
「は、早かったね。」
「おう。朝早いから人があまりいなかったんだ。それよりもちゃんとお金借りられたぜ。」
袋を開けると金貨がたくさん入っていた。
「そっちはどうだ?」
「うん、ちゃんと買えたよ。」
「そうか。じゃあ小細工をするか。」
そう言うとトーダはティラのリュックからある粉薬を取り出した。その粉薬を自分が買った品物にまんべんなくかけ、
袋を閉じて完成。
「よし、準備は終わったな。…ティラを助けに行くぞ!」
「うん!」
二人はティラを助けるというただ一つ決意を持って椅子から立ち上がった。
手紙に書いてあった場所は町はずれにある、見た目がボロボロの一軒家だった。
「いかにも悪党のアジトって感じだな。」
「この中にティラがいるのかな?」
「もしかしたら別のところで監禁されているかもな。」
トーダがドアの前に立つ。
「…それじゃあ、入るぞ。」
周りには誰もいない、そんな静けさの中でゆっくりと唾を飲む。
「おい!誰かいるか!約束通り金を持ってきたぞ!」
しかし反応が無い。
「くそ!場所はここでいいんだよな?」
トーダは再度、手紙に書いてあった地図を見る。自分も横からのぞいて見てみるが
ここで間違いなさそうだ。
「とりあえず入ってみるか。クーロ、ここからは何が起こるか分からない。用心しろ。」
自分は腰に着けている剣を確認した。旅の途中で野宿したときはトーダに剣の扱い方を教わっている。
しかし、実際に剣を振るった場面は少ない。自分はまだ初心者なのだ。
トーダがゆっくりとドアを開ける。家の中は暗いと思っていたがそうでもなかった。天井に穴が
空いていてそこから太陽の光が漏れていた。
「誰も…いないのか…」
不気味さを感じ、思わず小声になってしまう。中は家具などは残っているものの、部屋の仕切りがないワンフロアで解放感があった。
「なんで誰もいないんだ?約束の金も持ってきたのに…待てよ…まさかこれは…」
罠だ!と言えなかった。
「!!トーダ避けて!」
トーダは衝動的に飛んだ。寄りかかっていた壁には矢が刺さっていた。
「あーあ、逃しちゃったよ。」
そんな言葉を吐きながら食器棚の後ろから人が現れた。毛は灰色で黒い帽子を被った犬獣人だった。
「だ、誰だ!」
「お前らに名前を教える気なんてねえよ。死ね!悪党ども!」
相手はボウガンから剣に持ち替え、突進してきた。自分も反射的に剣を抜き、攻撃をかわす。
「悪党?お前らが悪党だろ!」
トーダが叫びながら謎の男に切りかかる。
「ふーん、女の子に乱暴していたのに?」
「は?ティラは大切な仲間だ!そんなことはしない!」
「へえ、名前ティラって言うんだ。」
どうやら聞く耳を持たないらしい。剣と剣で押し合い状態になっている隙に今度は自分が襲い掛かる。
しかしそれに気づいた男は一旦後ろへ引き下がった。
「どうやら相手は俺らのことを誤解している。どうにかして解かなければ…」
「くそっ!どうすればいいんだ!」
そう話をしているうちに相手がこちらに向かってくる。
「トーダ、何か案ないの!?」
「俺に言われてもな…」
「何を話しているんだい?」
今度は自分と謎の男で剣と剣の押し合いになった。トーダとは五分五分で張り合えていたが自分は男の力に圧倒され、剣を弾かれてしまった。
「くっ!」
「クーロ!」
「ばいばい、子犬ちゃん。」
絶体絶命の状況になってしまった。だがティラへの思いは諦めた訳ではない。
「ティラは!」
「ん?」
「ティラは!とってもかわいそうなんだ!流行り病で両親を亡くして…あ、そうだ!ちょうどお前みたいな男のせいで!
…ティラはそんな辛い過去を背負いながら前を向いて生きている、人生という名の旅を続けている!自分はその旅を影から支えたい!」
「なんのことかさっぱりわからんね。」
思わず口走っていた言葉に自分でもよく分からなかった。
相手は無言で右手に持っている剣を天に向け、自分に向けて振り落とした。
…ん?死んだのか?まだ生きてるのか?ここはどこだ?
状況が分からないまま恐る恐る目を開けると剣が自分の頭の上で止まっていた。
「…あんたらの言い分を聞こう。」
その言葉を聞き、自分は仰向けに倒れてしまった。トーダも剣を落とし床に座り込んでしまった。
その後自分とトーダは自己紹介をし、簡単に事情を説明した。
「…なるほど。そういうことか。…くそ、騙されたみたいだ。申し訳ない。俺はある依頼主からこの子を乱暴した男二人を殺して
金を取り戻してくれ、と言われたんだ。」
「そうか。…でもなんで聞く耳を持つようになったんだ?」
「なんでかって?理由は二つある。一つ目はとどめを刺す瞬間、クーロがその…ティラって子に対して思いを持っていたから。
二つ目はあんた、クーロから女の子の良い匂いがしたからさ。」
「えっ!?」
にやり、と男はクーロの方を見る。トーダはめったに見ることができないきょとんとした顔をしていた。
だけどどこでそんな匂いが………あっ!もしかしたら宿の部屋でティラのバッグを嗅いだ時に抱きしめていたかも…
そう思うと顔が真っ赤になってしまった。(実際には毛が生えているので赤くなっても見えないのだが。)
「い、いやぁ~な、なんでだろうな~ティラと一緒に寝ているわけでもないのに~」
墓穴を掘って更に誤解を生むようなことを言ったような気がする。
「ま、そういう理由で殺さなかった。」
トーダは静かにうなずいた。自分は恥ずかしさでうつむいていた。
「…それでさ、俺が言うのも何なんだが一緒に手を組んでそのティラって子を救出すると同時にその悪党どもを懲らしめないか?」
「なっ、そんな簡単に乗れるわけないだろ。」
トーダが反対する。
「自分もまだあんたのことを知らない。数分前まで生きるか死ぬかの決闘をしていたのに。」
「ふふ、そう言うと思ったよ。俺の自己紹介がまだだったな。俺の名は…」
「そう言う意味じゃない。」
自分は思わず口を挟んだ。
「まあそう怒らないでくれ。俺の名はシェバルト。シェバと呼んでくれ。一人旅をしていて訪れた町や村で困った人たちを助けて生計を立てている。今回は住民を困らせてしまったがな。」
「困らせる、のレベルを超えそうになったがな…」
トーダがぼそっと言った。自分も同じ意見だ。
「それに俺たちはここの住民じゃない。あんたと同じ職種さ。」
「なるほど、だから剣の扱いに慣れていたのか。住民でも剣術を鍛えている奴もいるがあんたらはなかなかいい線いってたからな。」
シェバルトは納得したようにうなずいた。
「けれど二人だけでティラを救出できるかな?」
相手は何人いるか分からない。できるだけ人手が欲しいのが本音である。
「どうする、トーダ?」
トーダは翼を組み目をつぶりながら考えていた。
「…よし、組もう。」
「トーダ!?」
「そう言ってくれると思ったよ。」
トーダは自分の耳にくちばしを近づけた。
「二人だけでアジトに突入するのはやっぱりきつい。それにシェバはなかなかのやり手だ。一緒に戦ってくれるならありがたい。」
「だけどこれも罠かもしれないよ。」
「罠だったら罠だったで仕方ないさ。」
「そんな無鉄砲な…」
まだ困惑している自分を置いてシェバが話を始めた。
「俺の依頼主はマーベルという…」
「え!?」