石の出処
パンを食べ終えた三人はセラス宝石店に向った。
目的はもちろん、大樹の石に関しての情報を聞くため。
店に着くと強盗によって破壊されたショーケースの修繕作業が早速始まっていた。
「さすが大都市セラス、動きが早いですね。」
「ははっ、宝石もこれくらいの速さで売れるといいんだがね。」
笑いながらそう言ったのはガラス職人にあれこれ指示を出していたテールズさん。
「うちに来たってことは例のあの話についてかな?」
「はい。」
さっきとは打って変わり真面目な顔で頷いた。
「う〜ん、来てもらったところで悪いんだがあいにく親父は買い出しに行っててな。
まあ、もうすぐ帰って来るとは思うんだが…」
テールズは頭を掻きながら申し訳無さそうに言った。
「どうする?」
自分は振り返り二人に聞いた。
「もうすぐってことだからここで待とう?」
「俺もそれがいいと思う。行き違いになるのも嫌だしな。」
「そうだね。」
そして再びテールズの方を向いた。
「ここで待たせてもらいます。」
「だったら店の中へどうぞ。」
三人はテールズに案内され客間で待つことになった。
三人以外誰もいない部屋。
「ふ〜、やっと落ち着けるね。」
「ここ数日は気が休まらなかったわね。」
二人はそう言いながらテールズが用意してくれたお茶を一口飲む。
「だが、数十分後にはまた気が休まらなくなる。そうだろ、クーロ?」
「ああ。その通りだ。」
トーダの問に答えてからまたお茶を口に含んだ。
「今度は大丈夫だと信じたいわね。」
ティラの言葉を最後に長い沈黙が訪れた。
話題が無いというのもあるがただ単に疲れているというのが大きかった。
自分はぼーっとしながらお茶を飲んで一緒に出された菓子を食べるという
サイクルを繰り返していた。
「ねぇ、クーロ?」
何サイクル目だっただろうか、ティラから声を掛けられた。
「ん?何?」
「あのさ…」
「うん。」
「元々居た世界には…」
自分はお茶を口に含む。
「好きな人とか居るの?」
「ブッッーーーーー!!!」
案の定、口に含んだお茶を吹き出してしまった。
しかもティラに吹きかけぬようとっさに反対側を向いたため、
トーダに向けて発射された。
「わっ、なんだ!?」
どうやらトーダは寝ていたらしい。
突然お茶を吹きかけられて困惑している。
「え!?い、いや、居ないよ!?どうしたの急に!?」
考えてみればこのような話題は今まで無かったような気がする。
もしかしてこれは…もしかして…?
「い、いや、ただ気になっただけ!単なる好奇心よ!」
そう言うとティラはそっぽを向いてしまった。
う〜ん、分かりやすい。
今まで彼女はおろか、女の子と話す事すら無かった自分にとっては
かつてない喜びである。
ニヤニヤが止まらない、そんな中肩を叩かれた。
自分はその状態のまま叩かれた方を向いた。
そこには顔と服がずぶ濡れで無表情の鳥獣人が居た。
「…なにか言うことは?」
「…ごめんなさい。」
それ以外の言葉は思いつかなかった。
事件が起きてから約十分後、テールズの父であるトルが帰ってきた。
「いや〜待たせてすまんの〜」
「いえいえ、全然!」
そして猫族にも聞こえないような小声で「むしろ良かったです。」と
言ったのは自分だけの秘密である。
「ここ来たということは…例のあの話についてかな?」
「はい。『大樹の石』について知っていることを全て教えて頂きたいのです。」
「…分かった。」
トルは頷くと長話になる、と言わんばかりに咳払いをし、
座り直して体勢を整えてから続けた。
「それではまず大樹の石についてはどのくらい知っておるかのう?」
「まったくと言っていいほど知らないです。」
自分は素直に答えた。
「そうか…では最初から話そう。」
トルは立派な髭を触りながら話し始めた。
「今から四十年ほど前のことじゃ。わしはノルマティー公国にあるディアリーという
小さな村で採鉱をしていたんじゃ。」
「え!?もしかしておじさんが見つけたの!?」
「ティラ、人の話を折るんじゃない。」
「あ!ごめんなさい。」
トーダが注意をし、ティラが謝った。
するとトルは笑いながら言った。
「はっはっは!わしは別に気にせんよ。それでティラちゃんの質問についてだが、
残念ながらわしではないんじゃ。見つけたのは一緒に働いていた仲間のヒュールが見つけたんじゃ。」
ガシャン、と部屋の外から音が聞こえた。
どうやらショーケースの修理が本格的に始まったようだ。
「いや〜あれはびっくりしたよ。その時はちょうど休暇で家の中を掃除していたんじゃが何やら外が騒がしい。
わしは雑巾を放り投げて玄関のドアを開けた。するとヒュールともう一人が大きな箱を運んでいたんじゃ。
わしはすぐに駆け寄った。いったいこれは何なんだ、と聞くと掘り当てた、という短い返事がきた。」
「もしかしてその中には…」
トルはお茶を飲み、窓の外を見ながら答えた。
「ご明察の通り、そこには『大樹の石』が入っていたんじゃ。」
「…ということはあれは人工的に作られた物ではないんですね。あ、いや大昔の人が作った
可能性もあるか…」
「いや、トーダ君の言う通り、あれは人工的に作られた物じゃない。あの加工技術、精密度は
今でも再現出来ない。」
…ん?人工的に作れない?…ってことは…!
「あの、すみません!箱の中には何個あったんですか?」
「全部で七つじゃ。」
ということは最大でもあと六つしかないのか!
…そうか…そうだったのか。
自分はてっきり凄腕の職人が作り出していたと思っていた。
だって、ごく普通の村娘がお守り代わりに持っているものだったから。
いくら特別な力があったとしてもそこまで貴重だとは思っていなかったのだ。
「…」
「…クーロ、大丈夫?」
ティラが声を掛けてくれた。
「あ、ああ。大丈夫。」
急に落ち込み始めた自分の姿を見てトルは不思議に思っただろう。
「あ、トルさん。それでその石たちの行方は?」
「それは…」
トルは首を軽く傾げ、少々渋い顔をしながら言った。
「わしが聞く限りノルマティー公国直属のヴェアルディ博物館に保管されていると聞く。」
う〜ん、ということは何らかの事故で外部に流出してしまったのか。
「ほっほっほっ、それじゃあそろそろわしからも質問していいかの?」
三人はコク、と頷いた。
「お前さんたちはなぜ大樹の石について知りたいのじゃ?」
傍から見たら当然の疑問。
もちろん、事実を素直に話すことなんて出来ない。
なのでこんなこともあろうかと自分は事前に予測し対処法も用意していた。
サラリーマンをナメてはいけない。
「えっと…」
「それは…」
ティラとトーダは言葉を詰まらせる。
そこへ
「偶然立ち寄った村でこの話を聞いたんです。いやぁ〜単なる噂話かと思っていたんですがね。
普通の人なら軽く受け流すでしょう。しかし自分は石を集めるのが趣味なもんで。」
そして自分は予めポケットに仕込ませていた物を取り出す。
「ほう、これは…」
「とある洞窟で採取した宝石です。」
「…ほう、クーロ君がまさか宝石収集家だったとは…なるほど。」
トルは一人でコクコクと頷いた。
「そ、それで他には大樹の石に関する情報はありませんか?」
「う〜ん、わしが知っているのはこのくらいじゃな。まあ、大樹の石を見つけたいんだったら
まずはノルマティー公国のヴェアルディ博物館に行くといい。ただ…」
「お金がかかる。」
今度はトーダが先に答えた。
「その通りじゃ。」
「…あの、どれくらい…」
トルは髭を引っ張りながら少し考えた後、言った。
「まあ、行きだけだったら十万テルあれば足りるだろう。何せ『海』を超えなきゃならんからね。」
「じゅ、十万…!」
現世基準で考えてもそこそこ大金だが払えなくはない金額だ。
しかし、ここは現世ではない。
ここはもう一つの世界、ヴィーリアスである。
「…そんな大金持ってないわ。」
そう、まさにティラの言う通り。
「もう一つ問題が発生したな。」
トーダが静かに呟いた。
「まあ現状、そこそこのお金持ちしか海外旅行はできんからのう。
わし…いやトルマ宝石店もこう見えて全然儲かってないのじゃよ。」
トルは自嘲気味に冗談を言って笑った。
「それで他には質問はないかの?」
三人は互いに顔を見合わせる。
「はい、大丈夫です。」
代表して自分がそう言った後、表からトルを呼ぶ声が聞こえた。
「それじゃ、ここらで解散でいいかい?」
「はい、今日はありがとうございました。」
三人は頭を下げて礼を言った。
「いやいや、わしも久しぶりに若者と喋れて楽しかったよ。」
そして部屋を出て店内でせっせと修復に追われていたテールズに一声掛けてから
三人は店を後にしたのだった。
「しかしよく思いついたよな〜」
トルマ宝石店からホテルに戻る帰り道。
トーダが翼を頭の後ろで組みながら言った。
「ん?何が?」
「宝石だよ、宝石。」
「宝石?」
「クーロって宝石集めるのが趣味なんでしょ?」
ティラが小悪魔的な微笑みを浮かべている。
「ああ、あのことか。まあ、自分の事情を知らない人からすれば絶対疑問に
思うだろうな〜と思って密かに考えていたんだ。」
自分もトーダに釣られて頭の後ろで腕を組んだ。
「あ!それで思い出したんだけど洞窟で採った宝石、どうしようか?」
ティラが二人に問いかけたが、う〜んと唸る声が返ってくるだけ。
「トルマ宝石店があんな状態だからな。」
テールズに聞いたところ再開の目処は立っていないとのこと。
「確かセラスに宝石店は一つしかないんだよね?」
「ああ、その通りだ。いくら大都市って言っても宝石なんてあまり買う人がいないからな。」
「はぁ…早めに売っとけばよかったわね。」
三人は大通りをそれて宿へと続く道へ入った。
「あの宝石売ったらいくらぐらいになるかな?」
「う〜ん、俺は宝石の相場については分からないからな。」
「私も分からないわ。」
確かにそうだよな、と思う。
「あと数日はセラス滞在予定だからもう少し待ってから考えましょ。」
「そうだね、もしかしたら滞在中に宝石店が再開するかもしれないしね。」
ふと視線を上げると宿屋が数メートル先にあった。
喋りながらだと長い道のりが短く感じる、そう思ったのは自分だけじゃないはずだ。