第6話 ルーナの服と勇者ライス
おかげさまで、朝の集計でジャンル別3位(日間総合15位)をいただきました。
ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます。
※ サブタイだけ変更いたしました。
ご理解いただければ幸いです。
「リックお兄ちゃん」
まるで森の妖精のようにウォルナーさんの影から顔を出したのは、ルーナだった。
その姿を見て、俺は目を丸める。
「ルーナ、その格好……」
ルーナが着ていたのは、奴隷の服ではなかった。
普通の洋服だ。
ふわりとしたピンクのワンピース。
襟元には白いフリルがついていて、とても可愛い。
髪もちゃんと梳かしてもらったらしく、綺麗な金髪が輝いてみえた。
頭には、茶色の革の帽子を被り、耳ごと覆っている。
ああ。生きてて良かった。
とても可愛いぞ、ルーナ。
「お兄ちゃん、あんまりジロジロ見ないで……。恥ずかしい」
ルーナは顔を赤くして、またウォルナーさんの影に隠れてしまった。
ところで、その洋服はどうしたんだろうか?
「あたしの小さい頃の洋服だ。クローゼットの奥で眠ってたヤツを引っ張り出してきた」
「ウォルナーさんの小さい頃………………」
俺はウォルナーさんを見上げる。
彼女がルーナぐらい小さかったとはとても思えない。
すると、ウォルナーさんはじっと俺を睨んだ。
「あたしだって、子どもの頃ぐらいはあったさ」
どうやら、俺が考えていることがお見通しだったらしい。
これ以上突っ込むと、後ろのヴィンターみたいに張り倒されそうだからやめておこう。
「ウォルナーさん、ありがとうございました」
頭を下げたのは、ネレムさんだった。
ネレムさんとウォルナーさんは知り合いだ。
『静かな狼』を紹介してくれたのも、その関係があったからだった。
「こちらこそすまない。馬鹿が迷惑かけたみたいだね。それより、なんだい? ファイヤースライムだらけじゃないか」
ウォルナーさんは、ギルドの惨状を見て呆れた。
トラブルこそ片付いたが、指摘通りファイヤースライムの残骸があちこちに散らばっている。
俺は苦笑い浮かべるしかなかった。
「どうやら、成果はあったようだね」
ウォルナーさんは珍しく笑う。
だが、すぐにいつもの怖い顔になった。
「とっとと換金して、この子にご飯を食べさせてやんな」
ウォルナーさんはルーナを置いて、ギルドを後にする。
俺は慌てて引き留めた。
「ちょっと待ってください、ウォルナーさん」
「うん?」
「一緒に食べませんか? 奢りますから。ルーナの面倒を見てくれたお礼です」
◆◇◆◇◆
俺とルーナがやってきたのは、ウォルナーさんのいきつけだった。
酒場にでも連れていかれると思ったが、普通の大衆食堂だ。
賑やかな声が、外まで漏れている。
スイングドアを開き、ウォルナーさんを先頭にして中に入る。
やはり繁盛しているらしい。
テーブル席はほとんど埋まっていた。
「おお! ウォルナー。久しぶりだな」
カウンターの向こうから、威勢のいい声が聞こえた。
店主が忙しそうに手を動かしながら、ウォルナーさんに声をかける。
「3人だ。空いてるかい?」
「悪いけど、カウンターしか空いてないんだ」
「それでいい」
俺たちは着席する。
少し背の高い椅子にルーナは苦戦していると、見かねたウォルナーさんが襟首を捕まえて座らせた。
そんな猫じゃないんだから、優しく。優しく!
「何にする?」
店主は注文を尋ねる。
「あたしはいつもの。こいつにも同じもんを出してやっとくれ。ちっこいのは……」
「子どもでも食べられそうなものとかあります?」
俺が尋ねると、店主は愛想よく「あいよ」と応え、白米を炒め始めた。
ウォルナーさんはドリンクを注文する。
俺はとりあえずジュースを。
ルーナには、ミルク。
ウォルナーさんは、トニックウォーターを頼んだ。
本当は酒の方がいいというが、宿に仕事を残して出てきたらしい。
景気よくグラスを合わせて、乾杯する。
「これ、なんの乾杯ですか?」
「決まってるだろ。新人冒険者の初クエストクリアを祝ってさ」
「はは……」
俺の奢りなんだけどな。
ま、いっか。
こういう祝いの仕方も悪くない。
「随分、ネレムに気に入られているんだな、お前」
「おかげさまで」
「若いが冒険者を見る目は確かだ。度胸もあるしね」
それは俺も同じ事を思った。
いくら職員だからといって、武器を持っている相手に、あそこまで敢然と立ちはだかるとは……。
冒険者もそうだが、ギルドの職員もまかり間違えば、命を落としてしまう危険な仕事なのだ。
「ネレムの言うことは、ちゃんと聞きな。そうすれば、一流の冒険者になれるよ」
太鼓判を押される。
少し照れくさい。
こうやって人に誉められるのは、異世界に来て初めてだった。
「ウォルナーさんも冒険者だったんですよね」
「まあね」
「なんで辞めたんですか?」
「平たくいえば、年齢さ。とはいえ、まだやれたとは思うけどね。だけど、あたしがいつまでも居座っていると、若い者が育たないと思ったのさ」
「だから、宿屋を?」
「あんたみたいな金のない新人冒険者はいくらでもいるからね。格安で、ゆっくりと眠れる場所を作りたかったのさ」
冒険者とは因果な商売だ、とウォルナーさんは語った。
魔物を倒しに外に出れば、否応でも緊張する。
野営をして、パーティーの仲間に守られていても、ぐっすり眠れた試しはない。
どんなに強くなってもである。
「城壁の中にいても同じさ。この仕事は恨みを買いやすいからね。同業者にブスッと刺されるなんて日常茶飯時なのさ」
「俺も気を付けないと」
「そうだ。この子と約束したんだろ? パパとママを見つけるって」
「ルーナから聞いたんですか?」
「立派じゃないか。頑張りな」
また背中を叩かれる。
やっぱり凄い力だ。
「ウォルナーさん、奴隷が売られてるところとかって知ってます?」
「何件か心当たりはあるけどね。今度、声をかけておいてやろう」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
すると、良い匂いが漂ってくる。
店主はまずルーナの前に皿を置いた。
皿に載っていたのは、黄金色の薄い卵焼き。
その下にはケチャップが絡んだライスと、細かく刻んだ野菜や肉が入っていた。
「はは……。勇者ライスだね」
「ゆ、勇者ライス!?」
勇者と名前が付く食べ物に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「その昔、勇者が考案して、広く世界に広まったっていう料理さ。その勇者は『オムライス』って呼んでたそうだけどね」
そうか。
俺は得心した。
この世界の食べ物が、俺の口に合う理由。
それはこの世界の料理のほとんどが、俺がいた異世界のものだからだろう。
テーブルの方を覗くと、いくつか既視感のある料理がある。
記憶を失っているから、名前までは思い出せない。
けれど身体が反応して、勝手に涎が溢れてきた。
「これ、なーに?」
ルーナが掲げたのは、小さな旗だった。
店主は肩を竦める。
「大昔に、勇者様が言ったそうだよ。『オムライスには必ず“旗”をつけるように』ってね」
なんだ、その謎ルール。
何か美味しくなるためのおまじないか何かだろうか。
「勇者って他にもやっぱいるんですね」
「5年に1回の間隔で召喚されると聞いてる。儀式場は大きな国に1つはあるはずだよ。だが、生存率は極端に低い。1度遠目で勇者が戦ってるところを見たことあるけど、明らかに戦い慣れしていなかったよ。あんたは違うようだけどね」
「今、世界にどれぐらいいるんですか?」
「50人いればいい方じゃないか?」
そんなに少ないのか。
だが、魔王を倒しにいく役目を負っているんだ。
魔王自身の強さ。
その道程で命を落とすこともあるだろう。
「怖いかい?」
「怖いです」
「はっきり言うね」
「でも――」
「でも?」
「魔王が怖いんじゃない。俺がいなくなって、ルーナが1人になるのが怖い」
「わかってるじゃないか?」
またウォルナーさんはバンと背中を叩いた。
その凄まじい衝撃で、カウンターに載っていたウォルナーさんのトニックウォーターが、グラスからこぼれるほどだ。
「異世界から召喚されてきた勇者は、たいてい根無し草だ。そういう人間はね。戦場に出ると、必ず死ぬ。けど、あんたは違う。この子がいる」
ウォルナーさんはルーナを撫でる。
「この子はあんたの根になりかけている。大切に育てるんだよ。それはあんた自身の強みにもなるはずだから」
「肝に銘じておきます」
俺はジュースを呷った。
すると、突然俺とウォルナーさんの前に、巨大な鉄板が置かれた。
「うぉっ!!」
それはとんでもなく肉厚のステーキだった。
蜂蜜みたいな肉汁が滴っている。
すでにたっぷりとかけられているソースとともに、熱々の鉄板の上でバチバチと踊っていた。
「ごくり……」
反射的に喉を鳴らす。
指3本分はあるんじゃなかろうか。
圧巻のステーキを前にして、俺はおののいていた。
「どうした? 食べないのかい?」
ウォルナーさんは何食わぬ顔で、ステーキにナイフを入れた。
ゆっくりと引くと、薄皮が剥がれるように簡単に切れる。
フォークに差し、ソースと肉汁が滴る肉を、口に運んだ。
仏頂面のウォルナーさんの顔がほころぶ。
満足そうに微笑み、尻尾をくるりと動かした。
その反応を見ているだけで涎が溢れそうになる。
「リックお兄ちゃん、食べないの?」
フォークを握ったルーナが、俺を見上げる。
すでに口の周りは、赤いケチャップだらけになっていた。
まるで赤い髭が生えたみたいだ。
「ゆっくりよく噛んで食べるんだよ」
ウォルナーさんは布で、ルーナの口元を拭う。
「うん」
ルーナも満足してるらしい。
はふ、はふ、と勇者ライスを頬張った。
最初出会った時は違う。
目も髪も輝いていた。
さて、俺も食べるか。
肉にナイフを入れる。
全然力を入れてないのに切れてしまった。
どんだけ柔らかいんだ!
肉汁とドリップ、そしてソースが、バチバチと熱い鉄板の上から拍手を送る。
食べろと煽られてるみたいだった。
いよいよ口に運ぶ。
舌の上に、肉を載せた。
「むぅぅほほぉおぉおぉぉぉお!!」
うっま!
俺の舌をまず征服したのは、肉汁である。
じわっとした甘味が、舌の中に広がっていく。
そこに酸みと独特の苦みが利いたソースが加わり、口内を爽やかにしてくれる。
食感も最高だ。
程よい弾力を楽しむと、パッと口の中に消えていく。
風味が口の中に広がり、俺の涙腺を刺激した。
ウォルナーさんは、泣き始めた俺を見て、微笑んだ。
「ふふ……。泣くほど美味いのかい」
「美味しいッす! 最高ッす!」
「嬉しいね、兄ちゃん。気に入ったなら、常連になってよ。サービスするからさ」
店主は卵スープを脇に置いた。
コンソメ味のスープは、口の中の脂を流してくれる。
同時に戦いで冷えた胃袋を、温めてくれた。
これなら毎日でも食べたいぐらいだ。
まさか異世界で、こんな美味しいものを食べられるなんて……。
横に亜人の少女。
目の前には美味い飯。
程よい疲れ……。
今、俺は初めて異世界に来て良かったな、と思っていた。
あ、飯テロ警報を鳴らすのを忘れてたw
引き続き更新いたします。
面白い! と思っていただけましたら、ブクマ・評価お願いします。
この勢い維持して、今度は日間総合5位を目指して頑張ります。
よろしくお願いしますm(_ _)m