第5話 ハンバーガーとスライム(前編)
たまに飯テロもします。
ご了承下さい。
「いつまで寝てるんだい! とっとと起きな!」
突然、怒鳴り声が聞こえた。
覚醒間もない脳を振るわせる。
俺は寝ぼけ眼をこすりながら、瞼を持ち上げた。
視界に飛び込んできたのは、強い朝日ではない。
赤毛の狼だった。
「うわぁぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁあぁ!!」
俺は思わず悲鳴を上げた。
反射的に飛び起きようとしたが、腰の辺りに妙なホールド感を感じる。
シーツを上げると、ルーナが俺にしがみつくように眠っていた。
さっきの大声にも負けず、寝ていると言うことは、よっぽど疲れていたのだろう。
スースーと規則正しい寝息を上げている。
寝顔は天使。
頬をつつくと、プニプニだった。
「よく寝てるね。ま――。寝る子は育つっていうし。寝かしておきな」
「そうですね」
ルーナの頭を撫でる。
すると、「リックお兄ちゃん。おいしそう」と笑みを浮かべた。
一体、どんな夢を見ているのだろうか。
「だけど、あんたは別だよ。今日からギルドのクエストをこなすんだろ?」
ちなみに、ベッドの脇で独特の凄みを醸し出しているのは、俺たちが今泊まっている宿屋の女主人――ウォルナーさんだ。
顔が丸々狼の獣人で、やたら背が高く、迫力がある。
如何にも肝っ玉母さんという感じだ。
この宿屋――『静かな狼』は、主に冒険者相手に部屋を貸してるらしい。
荒くれ者の多い冒険者相手では、これぐらいじゃなければ、やっていけないのかもしれない。
ちなみにウォルナーさんのように、動物が二足歩行しているのは獣人。
人の顔に、動物の耳や尻尾がついているのを、この世界では亜人と呼ぶらしい。
獣人、獣人といっていたルーナは、亜人なのだそうだ。
そのルーナを起こさないように、俺はそっと離れる。
俺がいなくなって起きるかと思ったが、ルーナは目を覚まさなかった。
大きな尻尾をくるりと動かし、自分の胸の前に持ってくると、それを抱いて丸まる。
自分の尻尾を抱き枕にし始めたのだ。
思わず「はあ……」と息を吐いてしまうほど愛らしい。
その抱き枕はどこに売ってるのだろうか。
是非とも欲しかった。
「なに突っ立ってんだい! 早くしな!!」
ウォルナーさんの声が聞こえる。
俺は急に現実に引き戻された。
俺は静かにルーナに向かって「行ってきます」と呼びかける。
そしてそっと部屋を出て行った。
手早くギルドに行く準備をし、階下へ向かう。
ウォルナーさんが、朝食を用意してくれていた。
テーブルの上に載っていたのは、パンとパンの間に肉と野菜が挟まった肉料理である。
俺は思わず首を傾げた。
ちょっと既視感があったのだ。
もしかしたら、俺がいた世界にも似たような料理があったのかもしれない。
肉を焼いた匂いと、焼きたてのパンの匂いが鼻腔をくすぐる。
俺の空きっ腹を見事に直打した。
ごごごご、と魔物みたいな腹音を立てる。
俺は思わずごくりと唾を呑んだ。
「どうした? さっさと食べな!」
ウォルナーさんは睨んでくる。
言葉がキツいけど、宿屋の店主はいい人だ。
何も言わずに、きちんと朝食を出してくれる。
ハンバーガーというそうだ。
手掴みで食べるものらしく、ナイフもフォークもない。
手で触ると、まだパンが熱かった。
パンの周りがかりかりしている。
なのに、少し強く押すと軟らかな弾力が返ってきた。
俺はウォルナーさんに教わるまま、大口を開けて豪快に頬張る。
「うんんめえええええええ!!」
食べながら思わず叫んでしまった。
肉の味が溜まらない。
噛んだ瞬間、肉汁が口内に向かって飛び散った。
肉の旨みが舌や歯を刺激してくる。
おそらくミンチ肉を使っているのだろう。
外はカリッとしているが、中はふわふわだ。
そのせいもあって、肉のあちこちから汁が溢れ出てくる。
トロッとしていて、まるで蜜のようだ。
パンとの相性も最高である。
口内で肉汁がパンと絡むと、バターのように甘くなることを発見する。
そこに葉野菜のシャキシャキとした食感が加わり、言葉を失うほどのハーモニーを感じた。
肉と野菜をパンで挟んだだけなのに……。
夢中になって俺は食べる。
気がつけば、手の中になくなっていた。
肉汁がついた指先を舐める。
ただただハンバーガーが、名残惜しかった。
「食べたら、とっととギルドへ行きな」
「あ、はい。朝食ありがとうございます、ウォルナーさん。とっても美味しかったです」
「はっ! お世辞をいっても、宿賃はまけないからね」
ウォルナーさんは皿を下げる。
赤毛の狼族の頬は、さっきよりも少し赤く見えた。
やっぱり良い人である。
「ルーナのことをお願いします」
「ちょっと待ちな」
俺は宿を出ようとすると、ウォルナーさんは俺を引き留めた。
「これ持ってきな」
真っ白な握り飯を差し出した。
「いいんですか? 朝食までいただいたのに」
「あんたのためじゃない。ルーナのためだ」
ウォルナーさんは、ルーナ贔屓らしい。
亜人と獣人の違いはあるけど、同じ獣族である。
同族として見過ごせないだろう。
それにルーナは可愛いしな。
「しっかり稼いでくるんだね、パパ」
ベン、と背中を叩かれる。
その一撃は、一昨日戦った奴隷商の攻撃よりも痛かった。
ウォルナーさんって、実は昔すごい冒険者だったんじゃないのか。
てか、パパってなんだよ。
俺、まだ22歳なんだけど……。
◆◇◆◇◆
俺はギルドに到着する。
スイングドアを開くと、騒がしかったギルドが一気に静まる。
ピンと空気が張り詰めた。
冒険者たちの視線が鋭い。
だが、俺に挑みかかる者も、「外れ勇者」と馬鹿にする者もいなかった。
どうやら俺がギルドマスターになったことが、影響してるらしい。
ま――。
変に絡んでくるよりはいい。
それになかなか気分がいいものだ。
俺は真っ直ぐネレムさんがいる受付へ向かった。
「おはようございます、リックさん。昨夜はよく眠れましたか?」
「はい。とっても。昨日はありがとうございました。ごちそうまでしてもらって」
「とんでもありません。こちらこそ家を提供できず申し訳ありませんでした。明後日には片付くと思うので」
「そうですか。……ところで」
「はい。依頼の方ですね。申し訳ありません。今のところ、リックさんにオススメするメインクエストはないのですが……」
「そうですか」
弱ったな。
それだとお金が……。
「でも、安心してください。フリークエストは、いつでも受け付けていますから」
「フリークエスト?」
特定の依頼主がいないクエストを、フリークエストという。
その内容は主に魔物の討伐だ。
ギルドが指定する魔物を、特定の数だけ倒せば、その分の褒賞金が貰えるのだという。
「お聞きしますが、リックさんは魔物と戦ったご経験はありますか?」
「いや――」
「お仲間は?」
「残念ながら……」
俺は肩を竦める。
戯ける俺に対して、ネレムさんは真剣な顔で書類に目を落とした。
「そうですか。いくらお強いといっても、それでは不安ですよね。わかりました。まずは簡単なところから行きましょう」
ネレムさんは、1枚の書類を差し出した。
ちょっと長くなったので、前後編になります。
なるべく早めに更新させていただきます。
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