エピローグ 勇者と家族
最終回です。
魔族討伐から1週間が経った。
その間のことは、あまり覚えていない。
朧気に記憶にあるのは、ウォルナーさんたちにしこたま酒を飲まされたことと、青白い顔をしながら大通りを練り歩いたことだ。
魔族を倒したあの日から、外れ勇者だった俺の人生は、180度変わった。
救国の英雄……。
勇者の中の勇者……。
最強の救世主……。
様々な呼び名で呼ばれたが、詰まるところ俺は『外れ勇者』を卒業し、『勇者』として名誉回復したのである。
しかし……。
「あー。『縛りプレイ』の勇者様だ!」
「『縛りプレイ』だ」
「ところで『縛りプレイ』ってなんだ?」
「なんかよくわからないけど、とてもエッチなんだって」
「じゃあ、変態だ」
「変態勇者様だ!」
とまあ、子どもたちはこんな有様だ。
外れは取れたけど、肝心のスキルは【縛りプレイ】のままである。
こればっかりは否定しようがない。
とにかく目まぐるしい1週間であったことは確かだ。
「痛てて……」
俺は二日酔いの頭を抱えながら、ベッドから起き上がる。
窓から漏れる朝日は気持ちよかったが、目に入ってくる光は余計頭を刺激した。
すると、妙なホールド感を腰に感じる。
それは、ひどく懐かしい感じがした。
布団をめくる。
まるで妖精のようにケモミミ少女が、俺の腰にぐっと腕を回していた。
ルーナだ。
柔らかな髪を梳くように、俺は頭を撫でる。
すると、嬉しそうに微笑んだ。
良い夢を見ているらしい。
思えば、俺が召喚されてから色々なことがあった。
それでも、おそらくまだ1ヶ月も経っていない。
何度も諦めようと思った。
命の危険もあった。
だけど、俺はまだ生きている。
それはきっとルーナが側にいてくれたからだろう。
『この子はあんたの根になりかけている。大切に育てるんだよ。それはあんた自身の強みにもなるはずだから』
いつかのウォルナーさんの言葉が思い出される。
そうだ。
ルーナはもう立派な俺の根になっていた。
ノックが鳴る。
「ご主人様、起きてますか」
すると、ティレルが入ってきた。
再びルーナと俺がベッドインしているところを目撃する。
俺は慌てた。
しどろもどろになりながら弁解する。
「てぃ、ティレル、こ、これは……」
「ん? どうかされました?」
「そのルーナが勝手に……」
「ああ。大丈夫ですよ。別に気にしてないですから」
「そうなのか……?」
なんかそれはそれで複雑なんだが……。
まあ、慣れてくれたのは助かるけど。
「ご主人様がそういうご趣味なのは、承知しております」
やっぱりなんか誤解してた!
「それよりもご主人様。王宮よりお客様が来ております。至急、王宮に参内しろと。それも、ルーナちゃんを連れて」
「……そうか。もう見つかったんだな」
「何がですか?」
「いや、何でもない。ティレルも一緒に来てくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ。俺たち家族にとって、大切な日になるかもしれないからな」
ちちち、と小鳥の声が窓外から聞こえる。
外を見ると、鮮やかな青が空に広がっていた。
◆◇◆◇◆
俺たちは謁見の間に赴く。
ここでは色々なことが起こった。
1度目は最悪だった。
2度目も最悪だった。
3度目も結果的に最高だったが、それでも最悪でもあった。
正直にいって、良い思い出がない。
取り替えられた真新しい赤い絨毯を見ると、今も怒りがこみ上げてくる。
周りに並んだ家臣や貴族が、靴を鳴らして整列した。
王――デラータス・ギラム・メシェンドが入ってきたのである。
皆が傅く中、俺だけが立ったままだった。
「これ! はず……。ゆ、勇者! 王の御前であるぞ」
大臣が叱責する。
偽王が玉座に座っていた時と変わらず、神経質そうな表情を浮かべていた。
周りを見ても、偽王の頃とさほど陣容は変わらない。
これで大丈夫なのか、と疑いたくなる。
前に王は言っていた。
優秀な人材を殺された、と……。
故に、家臣を動かせずにいるのだろう。
「大臣、良い」
王は大臣を手と声で諫めた。
大臣は納得していない様子だったが、すぐに列に戻る。
それを見送り、ようやく王は玉座に着いた。
その感触を確かめるように、肘掛けをさする。
王が偽王によって地下に落とされた期間は、半年。
よくそれであの暗い地下で生きていたと思う。
最初は国外脱出も考えたそうだが、色々と考えた末、あそこに居座る方が安全だと考えたのだと、俺に話してくれた。
「地下の冷たい石床に慣れたせいか、ふわふわして気持ち悪いわい。こうも玉座というのは、居心地の悪いものだったとはな」
それは、王としての勤め――その息苦しさから来る暗喩だろうか。
身なりこそ立派だが、地下にいる時よりも疲れているように、俺には見えた。
王は勇者だった。
俺と同じく、この国に召喚され、一時は仲間とともに魔王討伐に向かった。
多大な犠牲をかけ、魔王の幹部を倒すという偉業を成し遂げる。
しかし、その代償はあまりに大きかった。
多くの仲間を失ったのだ。
そして、気付けば50にさしかかろうとしていた。
国に凱旋することを決め、多くの国民がその功績を祝福したという。
当時多大な軍事費を重税によってまかなっていた国や王族は、その人気に目を付けた。
王女と結婚させ、勇者を王にしたのが、事の顛末である。
それでも王は身を粉にして政務に励んだ。
魔王を討伐できなかった自分を、温かく迎えてくれた国民のためにもだ。
だが、王女は結婚して、すぐに病で死去。
自分を支えてくれた家臣も、魔族によって討たれた。
つまり、王は今“根無し草”といってもよかった。
「勇者リックよ」
それでも、王は王たる責務を放棄しようとしていない。
厳かな声を上げて、俺に語りかけた。
「此度のこと、本当にすまなかった。国を代表して、謝罪する」
王は玉座から立ち上がる。
俺の前まで来て、頭を下げた。
周りがどよめく。
大臣などは、こめかみのあたりをヒクヒクさせている。
今にも血管が破れてひっくり返るのではないかと思うほど、顔を赤くしていた。
山のようなデザインの王冠が、俺の方を向く。
それは確かに、国が俺に対して謝っているように見えた。
「わかった。謝罪を受けいれる。頭を上げてくれ」
「かたじけない……」
その言葉は、この世界では聞き覚えのない言葉だった。
だが、ひどく懐かしくも感じる。
もしかしたら、俺と王は同じ世界からやって来たのかも知れない。
「そして国を救ってくれたことを感謝する、勇者リックよ」
「国を救ったんじゃない。俺は、ここにいる家族を救ったんだ」
後ろに控えるルーナとティレルを紹介する。
王は俺の背中越しに後ろの2人を覗き込んだ。
ふっと笑う。
硬かった表情が初めて綻んだ。
「褒賞を下賜する。望みの褒美を与えよう」
「俺の望みは伝えているはずだ」
「あいわかった」
王は大臣に合図を送る。
大臣もまた家臣に合図を送ると、謁見の間の扉が突如として開いた。
現れたのは、2人の男女。
しかも、亜人である。
金色の長耳と、尻尾を生やしていた。
「あ……」
声を上げて立ち上がったのは、ルーナだった。
エメラルドグリーンの瞳が大きく開く。
「パパ……。ママ……」
譫言のように呟く。
息を呑んだのは、側に控えていたティレルだった。
俺はゆっくりと2人の亜人に近付いていくルーナを見送る。
ルーナは、1歩1歩噛みしめながら近付いていった。
己の疑念を1つずつ剥がし、亜人の男女に近寄る。
それは2人の亜人も一緒だった。
ルーナと同じく戸惑っていた男女の表情が変化する。
頬が上気し、たちまち目頭が赤くなっていった。
「「ルーナ……」」
声を発した時、お互いの感情は爆発した。
赤い絨毯の上を、ルーナは駆けていく。
2人の亜人は手を広げて迎え入れた。
「パパ! ママ!!」
「「ルーナ!!」」
2人は、ルーナを優しく抱き留める。
どうやら、間違いないらしい。
ルーナが心の底から願った。
両親との再会だった。
離ればなれになった親子は、1つになる。
それは強固な岩のように見えた。
俺は王に振り返る。
「感謝する」
「何の……。人捜しなど、容易いものよ」
ほっほっほっ、と王は笑った。
もう1度、俺は両親に抱かれたルーナを見る。
涙で目を腫らしながらも、とても幸せそうだった。
ふっ……。
息をもらす。
約束は果たされた。
俺に悔いはない。
王は俺に尋ねる。
「良いのか、勇者リック」
「ああ。構わない。ルーナはもう1人じゃない」
「わかった」
王は玉座に座り直す。
1度咳払いし、俺に向かって言った。
「勇者リックよ。改めて、お主に命ずる。どうかこの国を、そしてこの世界を魔王の手から救って欲しい」
その声は朗々と謁見の間に響いた。
ルーナは長耳をピクピクと動かし、後ろを振り返る。
ずっと立っていた俺は、そこでようやく傅いた。
深々と頭を垂れる。
「慎んで拝命いたします」
おおっ、と再び謁見の間はどよめいた。
1番反応したのは、ティレルである。
「ご、ご主人様……。では、旅立たれるのですか?」
その言葉を背中で受け、俺はやおら立ち上がる。
「そういうことになるな」
「ならば、私もお供します」
「ダメだ。危険すぎる。相手は魔王だ。俺のスキルが通じる保証はない」
「それでも、私はリック様のメイドです」
「だから、今日からはルーナのメイドになってくれ。両親にはすでに話してある。お前を雇ってくれと。あの家も、そのままルーナに与える。ネレムさんも了承済みだ」
「そんな……。はじめからお一人で行かれるおつもりだったのですか……」
「俺は勇者だ。魔王を倒す義務を持って、この世界に召喚された」
「違います!」
ティレルは、はっきりと否定する。
「ご主人様は、その役目を放棄されたはずです。今さら……」
「それでも、俺は魔王に会いに行かなければならない」
記憶を取り戻すため。
自分の世界に戻るために……。
「リックお兄ちゃん、どこかへ行っちゃうの」
ルーナの声が、凛と謁見の間に響いた。
足音が俺に近付いてくる。
辿々しい。
まるで今生まれた子馬のように、ゆっくりと俺の方へと歩いてくる。
「ああ。そうだ。ルーナは両親と一緒に暮らせばいい。幸せにな」
「いやだ!!」
「――――ッ!!」
「お兄ちゃんと離ればなれになるなんて、いやだ!!」
「わがまま言うなよ。大丈夫。俺のことなんてすぐに忘れるさ」
そうだ。
俺のことなんてすぐに忘れる。
恋い焦がれた家族が見つかったんだ。
きっと幸せな未来が待っているだろう。
「忘れないよ!!」
ルーナはピシャリと言い放つ。
俺は背筋を伸ばす。
まるでウォルナーさんに背中を叩かれたようだった。
俺はようやく振り返る。
ルーナは目にいっぱい涙を溜めて、俺を睨み付けていた。
「ルーナ……」
「だって! リックお兄ちゃんは!!」
ルーナの家族だもん!!
「パパも、ママも家族。ティレルも……。お兄ちゃんも大事な家族だもん!!」
だから――。
「ルーナも一緒に行く」
「る、ルーナも! いや……ダメだろ。危険だぞ」
「なら、ルーナを守って、お兄ちゃん」
ああ……。
思い出した。
俺はまだ約束を果たしていなかった。
ルーナを守る。
そう『縛り』を課したんだった。
「でも、ルーナ。折角、両親に会えたのに」
「いい……。だって、ルーナがいなくなったら、お兄ちゃん1人になっちゃうから」
「あ……」
この子はあんたの根になりかけている。大切に育てるんだよ。それはあんた自身の強みにもなるはずだから。
ふとまたウォルナーさんの言葉を思い出す。
はは……。
弱ったな。
ルーナを守るとかいっておきながら、俺はルーナに守られていたのか。
俺は両親の方を向いた。
何も言わず、そっと頭を垂れる。
娘をよろしくお願いします、といわれているようだった。
「ルーナお嬢様が一緒に行くということは、私も付いていっても何ら問題はありませんね」
ティレルは俺の腕を取り、引き寄せる。
柔らかな胸を押しつけた。
良い香りがする。
ちょっと頭がクラクラした。
それを見ながら、王は「ほっほっほっ」といつも通り笑う。
「賑やかなパーティーになりそうじゃな、勇者よ」
「いや、その――――」
「確かに危険も多いじゃろう。障害をいくつもクリアしなければならぬ。それでも、お主にとって、2人がいることはプラスになろうて。大事にせぇ」
はあ……。
まったく……。
この世のどこに、幼女とメイドを連れて歩く勇者がいるというのだ。
でも、仕方ないか。
ま、元は外れ勇者だしな。
これぐらい勇者から外れていても、しょうがないか。
「わかった。一緒に行こう!」
「やったぁ!」
「良かったですわ」
2人は手を叩いて喜ぶ。
その幸せそうな顔を見て、俺はようやく救われたような気がした。
すると、王は側に寄ってきて、俺に耳打ちする。
「ところで、お主……。どっちが好みなのじゃ?」
キュッ、と顔が火照るのを感じた。
同時に、ルーナとティレルが俺の方を向く。
俺の顔はますます赤くなった。
「うっせぇ、じじぃ! お前も長生きしろよ」
「ほっほっほっ! 吉報を楽しみにしておるぞ、外れ勇者殿」
結局、外れ勇者に逆戻りじゃねぇか。
でも、まあ……。
悪くない。
「行こう、ルーナ、ティレル」
「行こう、リックお兄ちゃん!」
「はい、ご主人様」
笑顔の2人と手を繋ぎ、俺は謁見の間を後にするのだった。
これにて『縛り勇者の異世界無双 ~腕一本縛りではじまる余裕の異世界攻略~』の最終回です。
ここまでお読みいただいた方ありがとうございます。
正直、『縛りプレイ』というネタだけで引っ張るのは、限界があって、
ここで終わるつもりでした。
幕引きとしては、作者は満足しております。
ブクマ、評価、また温かい感想を送っていただいた方々ありがとうございます。
ちなみにですが、新作を上げました。
応援いただければ幸いです。
タイトルは『最強軍師、魔王の副官に転生する~勇者も魔王も、俺の手の平の上で踊らせる~』です。
割と色々なものをこれまで書いてきた作者ですが、
戦記物は初めての試みとなります。
戦記と聞くと、難しいイメージはありますが、
サクサクと読めるような作品に仕上げております。
すでにあれやこれやと調べたり、書いたりしてて、頭がパンパンなのですが、
そういう作者に『喝!』を入れる意味でも、
ちょっと読みにきていただければ幸いです。
作品リンクは下記の方になります。よろしくお願いします。
それでは、またどこかの作品で会いましょう!




