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第1話 異世界に落ちた兄と手を伸ばした妹


風に揺れるカーテン。

その隙間から陽が入る。

宙に舞うホコリがキラキラと光った。

五月晴れ。

時計を見ると午前11時。

その間も秒針は、少しづつ動く。


「ふふ。」


おれは微笑みを浮かべ、また頭まで布団を被った。





「いや起きんかい。」


その瞬間、腹部に強烈な衝撃が走った。

腹部に刺さるくっそ分厚い国語辞典。

おれの寝息が、今まさに、うめき声に変貌していく。


「あ、なんかごめんなさい。」


「許されねぇよ!!??」


ベッドから飛び起き、犯人である妹・葉頼はよりに雄叫びを上げる。


「うわっ、ぶさいく。」


「何様!!?」


おれは腹部をさする。


「もしかして、お腹の調子が悪いんですか?」


「もしかすんなよ!??」


ため息をついて、ベッドに腰掛ける。


「叩けば直るでしょうか。」


「追撃すんなよ家電じゃねぇよ!!?」


なんで寝起きでこんなに叫んでんだろ。




「朝ごはん何食べます?」


葉頼が訊いてくる。


「おかずが4種類あるので好きなの選んでもらえますか?」


「えっ!そんなにあるの?まじで!めっちゃ豪華じゃん!」


テンションが上がった!


「えっと、醤油と味噌と塩とトンコツがあって。」


「それカップ麺じゃねぇの!!??」


思わず叫ぶ。


「はぁ、いつもと一緒じゃーん。じゃあ醤油でいいよ。」


「分かりました。」


そう言って葉頼は、部屋を出て行った。





一呼吸して、天井を見る。



おれの名前は、金原待斗かねはら たいと


ここはただの一軒家、その2階。

狭い狭い4畳半にして、おれが唯一安息できる部屋だ。


なんせ、大学受験に失敗し、浪人生となってしまったのである。


もう、なんていうか、家に居づらいのだ。


肩身の狭くなったおれ。

しかし、この中学3年の妹は、



「お待たせしました、兄さん。」


と、今もこうして気にかけてくれて。



「醤油です。」


とペットボトル手渡してくれるのだ。


……………。


赤いフタに、黒い液体。


……………。


「あ、うす口の方が良かったですか?」


「醤油じゃねぇか!!??」


「醤油ですけど!!?」


醤油投げた。


「朝ごはんに醤油飲むと思った???」


「変な人だなぁって思いました。」


「変な人だよ!!?」


そして疑問が浮かぶ。


「え?じゃあ、おれがあそこで、トンコツ!って言ってたら、豚骨持ってきてたの?」


「おかげで、昨日は遠くのお店まで行く羽目になったんです。」


「なんの努力!!???」



叫びすぎた、もう喉がカラカラだ。


「すいません葉頼さん、ちょっと水を貰ってよろしいでしょうか。」


「ナデシコってかわいい子供って意味らしいですよ。」


「なんの話!!???」


葉頼は髪を撫でた。


「すいません、ちょっと電波の調子が悪くて。」


「携帯で話してねぇよ!???」


葉頼は淡々と言葉を返してくる。

まぁ昔からそんな娘だったけど。



おれは、ため息をついて水を汲みに行く。


「あ、急に動くとまた腹痛になりますよ。」


「お前が言うな!!!???」 


部屋から出るために、部屋の扉を開けた。






扉の向こうは虚空。

喧噪は消え、耳鳴りが響く。

冷たい風のようなものが、身体にまとわりつく。

引きずり込まれる、おれの身体。

脚に感じていた自重が消える。

重力は下から横へ。

思考が追い付かない間に、周囲の景色はすべてを後方に追いやる。

横に落ちていく。

残った景色は、ただの黒。

闇。


なにも理解できないまま、おれは後ろを振り返る。

視界の中は、すべてが闇。

その只中、輝いていたものは扉のカタチ。

映りこむ人影、シルエット。

あれは、葉頼だ。

葉頼がいる。

輪郭だけがそう言っている。

輪郭が扉に手をかけた。

その刹那。


扉のカタチをした光は一瞬にして消え去った。

眼の開閉すら覚束ない程の闇が広がる。

耳鳴りだけが響く中、おれの意識はいつの間にか虚空に消えた。







暗闇の中、意識が覚醒した。

あ、まだ暗闇の中なんだ。

絶望も希望もない。

ただ感じるのは、後頭部にある柔らかな感触。





柔らかな感触??





思わず目を開けてみる刹那。

視界が光に染まり、眩しさのあまり反射で目を閉じた。


「兄さん!?」


「はいっ!!??」


視界いっぱいに葉頼の顔があった。

あれ、葉頼だ。

めっちゃこっち見てる。

あ、膝枕されてたのか。

あれ?




「夢だったのか…?」


思わずつぶやく。





「……、は、はい。」


葉頼が恥ずかしそうに答えた。




「実は昔、兄さんに膝枕してみたいな、って思ったことがあるんです…。」


「へぇ、葉頼ってそんな夢もってたんだ…。」


なんだ、可愛い所もあるもんだ。




「ちげぇぇよ!!???」


思わずおれは飛び起きた。


「えっ、これが膝枕じゃないんですか?」


「そういう違うじゃないから!!??おれが言いたいのは!!」





葉頼に目を向けると、思わず周囲にある、幻想的な雰囲気に目を奪われた。

青い蛍光色がクリスタルの様に周囲を照らし、光の瞬きが点々と浮かんでいる。

床には魔方陣のような模様が配置され、異様な光を発していた。






「え、ここどこ?」


「ここは次元を司る神々が住まう場所、その一角です。世界は一つだけではなくそれこそ数多存在し、それぞれが干渉しないように次元を管理する場所なんです。」


「めちゃめちゃ詳しくない!????」


意表突かれすぎた。


「異世界間では位相が似通った点があるらしく、その為次元システムが誤差を生じてしまう事がたまにあるらしくて…。」


「いやいやもういいよ!?つうかもう全然話聞いてねぇよ!?何の話!?つうか詳しすぎるわ!?怖えぇよ!!!??」






「それでは私から説明させて頂きます。」



視界の外から声が聞こえた。

振り向くと、女性の姿。

羽衣が周囲にたなびき、金色の長髪が静かに揺れていた。

光の雫が、周囲で輝いては霧散していく。

女神、とでも形容していい姿がそこにはあった。




「申し訳ございませんでした!!!」


そして女神に土下座された。





…………………。


はい?




「金原待人様、この度はご迷惑をおかけしました!……、一体どうお詫びしたらよいのか…。」


女神は土下座を続ける。


「ねぇ、どういう状況?」


葉頼に訊いてみる。


「彼女は言わば女神、次元システム管理者の一人です。今回私たちがここにいるのも。」


「なんでも知ってるな!!?」



あれ?まっ、まさか葉頼もこの女神の関係者なのか………!?



「じつは兄さんより先に起きたので、もう全部聞いたんです。」


「あ、そう。」




おれは女神に近づいた。


「すいません、顔を上げて…、とにかく状況を教えてもらっていいですか?」


「わかりました。」


女神は正座をしたまま、答えた。


「分かりやすく言いますと、金原様の部屋の扉が異世界に繋がってしまい、ここに来てしまった、ということです。」


「………。なるほど。」


異様に分かりやすかった




「で、どうやって帰ればいいんです?」


「申し訳ありません。実は、不可能なんです…。」


「……、はい?」


え、まじで?




「兄さん、私も聞いたんですが。」


葉頼に耳を傾ける。


「まぁ簡単に言うと、一方通行の道を逆走すると、警察に捕まるじゃないですか。そんな感じみたいです。」


異次元が急に身近に。




「というか、なんでおれの部屋が異世界に?」


女神に尋ねる。


「世界には扉というものがあるじゃないですか。あれ実は異世界に繋がる可能性のあるものでして、その入口出口を全て正しく繋げる事が私達の仕事なんです。」


とりあえず、死ぬほど大変そうなのは分かった。


「そうなると、異世界間の位相の近しいものがたまに誤差を引き起こしてしまう事がありまして。」


「はぁ…。」


よく分らん。


「兄さん兄さん。例えるならあれです。」


また葉頼が言葉をかけていくる。


「昔2000年問題というものがあったらしいじゃないですか。コンピュータが1900年と2000年とを勘違いしてしまうというものが。あんな感じみたいです。」


「ポンコツじゃん!???」


なんとなく分かったけど。




「え、じゃあこれから、おれ達ここに住むことになるんですか?」


「ここは、次元を飛ばされた人が来る中継地点。行き先はまた別の世界となります。」


そうなのか……。


「あと、これから行く世界は、モンスターとか魔法とか、あと魔王もいるので気を付けてくださいね。」


「さらっと今すごいこと言わなかった!!??」


殺伐な世界過ぎじゃない!?




「ですが兄さん、今回迷惑をかけたお詫びとして、女神様から何か1つ、特典が貰えるらしいですよ。」


「特典?」


「これがせめてもの、お詫びです。」


女神は申し訳なさそうに告げる。


「億万長者、もしくは一国の主、世界一のモテ男、最強の戦士になれるなどなど。」


「すげぇな!!?」


想像の遥か上を越えて来た。


「環境適応力は予めオプションで付いてきますので、それ以外でお望みのもの、お一つをお供にさせて頂きます。どれにいたしましょう。」


いや、そんなレストランのメニューみたいに言われても。




「な、なぁ葉頼。どうする…?」


妹を見る。


「私は、兄さんが寝てる間に決めちゃいましたので。」


「まじで!!??」


おれそんなに長い間寝てたのか?


「というか私、全然悩まずに決めれたので。」


「逆にすげぇな!!?」


億万長者や王様とか、悩みどころめちゃくちゃない???


「え、何にしたの…?」


訊いてみる。


「秘密ー♪」


めっちゃいい笑顔だった。




「いやでも悩むなぁ…。」


億万長者になったら、働かなくていいし、欲しいものも手に入り放題。

国王は、なんか政治とか大変そうだし。

最強の戦士だったら、勇者になって冒険できるし。


「えー!悩むなぁ!」


楽しいけど。


「兄さんが優柔不断すぎるので、これでいいですよ?」


「あ、はい承りました。」


「待て!!!????」


葉頼に詰め寄る。


「おれの人生かかってるんだけど!!??」


「大丈夫です。どの世界でも兄さんならやっていけます。」


葉頼はおれの目を見て、笑った。


「あ…、うん、そ、そうかな…?」


「…、はい。」


葉頼は頬を染め、視線を下ろした。


「それが例え浮浪者であったとしても。」


「返して!?おれの人生返して!!??」


「大丈夫です。私の選択を信じてください!」


「浮浪者発言の後じゃ信じきれねぇよ!!???」




ふと気づけば、周囲が青白く輝いていた。

光の粒子が無数に飛び交い、残像が螺旋を描く。


「では、申し訳ありませんが、あなた方を異世界に移動させていただきます。」


「えっもう!!??」


女神が杖を振るう。


「もう覚悟は出来ています。」


葉頼はゆっくりと頷く。


「いやおれ出来てないんだけど!?まだ寝起きなんだけど!!??」


足元にある魔法陣の光量が増す。

紋様に一つ、二つと文字が浮いてくる。


「私はこれ以上、干渉することは叶いませんが、あなた方のご多幸を、心より祈っています。」


「ちょちょちょ!!待って!!?」





自分がその言葉を言い終わったのか、そうでなかったのか。

それすら覚束ないまま、自分の意識は宙を舞う。


想像以上で、何もかもがわからない出来事。

そして、それを受け入れざるを得ない状況。


何故おれ達なのか。


貧乏くじを引かされたのか。

もしかしたら当たりくじをひいたのか。


元の世界はどうなるのか。

おれがいなくても、普遍的に回るのか。


ならば自分の生に意味はあったのか。

そんな今までの人生はなんだったのか。

これからの人生はどうなっていくのか。


結局、同じ道を歩んでしまうのか。

結局なにも変えられずに生きていくのか。



それでも、と思う。



それでも、今までと同じように生き抜いていくのだろうと。

良くなくても。

上手くやれなくても。

そうやって、今までやってきたんだから。



目の前には青い空が広がっていた。

足元の木陰が揺れ、草原に生えた一本の大木が背中を支えていた。

草原の向こうには、青い山脈が並び、その上で自分の前髪が揺れる。


隣には葉頼がいた。

おれと同じように、この大木に背中を預けている。

目と目が合う。

そして、葉頼は小さく微笑んだ。


この風景に、何一つ異世界という実感は沸かない。

それでも、ここで生きていく。


おれの右手は、葉頼の左手を握っていた。


「がんばっていきましょうね。」


葉頼が呟く。


「ああ。」


おれの言葉は、風に流れ、空に紛れた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








女神は思い出していた。





金原待人が異次元に落ちてしまった時のことを。





人が異次元に落ちることは、極稀に存在する。


それは、神隠しとも。


女神は落ちた待人を即座に見つけ、あの部屋へと寝かせた。


待人への罪悪感から、今後のことに頭を悩ませる女神。




その時、だれか、少女の泣き叫ぶ声が聞こえた。


それは、まだかろうじて繋がっていた、待人の部屋からであった。


そのあまりの悲痛さに、女神は少女に声をかけた。


かけた言葉は、深い謝罪と、金原待人がもうそこに戻れない、という真実。


「私も連れて行ってください!!」


少女は叫んだ。


その悲痛な気持ちは、女神の心を打った。


しかし、そう簡単に落とすことはできない。


そういう決まり。


「お願いっ…お願いします!!」


少女から涙が溢れる。


「お願い…します…っ。」


掠れた声は細く、今にも切れそうな糸のように。




女神は一つの案を思いつく。


落ちる世界は勿論、元いた世界と異なるため、過酷な世界。


それを『神の加護』という形で、落ちた人に特異な条件を付与することができる。


なれば、『神の加護』こそで、この少女を異世界に落とすということならば逆説的に可能であると。


しかしそれは、少女が異世界に『神の加護』無しで落ちる、ということ。


即ち、過酷な運命が待ち受けていることは、想像に難くない。


「構いません!!」


少女は答えた。間断のない答えだった。


「構いませんから…!」


少女は額を床に擦る。




「私を、兄さんの傍にいさせて下さいっ……!」









女神は目を開けると、視線を上げる。


光の粒子は、相も変わらず、瞬き、残像を残す。



「あのふたりに、幸多からんことを……。」







第一話 終


















挿絵(By みてみん)



<設定画>

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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