本当はずっと前から君の事が好きだった
「バカじゃないの!」
鼻で笑いながら彼女が言った。
彼女、朝倉波留とは幼馴染の腐れ縁。いつも僕の傍にまとわりつくように居る。おかげでこれまでの19年間、僕には彼女が出来なかった。
その彼女が僕に言ったのだ。
「バカじゃないの!」
12月24日。
言わずと知れたクリスマスイヴ。世間は大いに盛り上がっている。よりにもよって、そんな日が僕の誕生日。もちろん彼女いない歴19年の僕は毎年、この華やかな日を一人で過ごす。いや、正確にはいつも波留がまとわりついているのだけれど。
そんなクリスマスイヴを打開すべく、僕はその日までに彼女を作ると決めた。そして、彼女と過ごすために人気のテーマパーク、ドリームワールドに隣接するホテルのスイートルームを予約したのだ。一泊なんと30万円。その話を波留にした。それを聞いた彼女が「バカじゃないの!」そう言ったのだ。
僕が幼稚園に通っていた頃、波留はこの街に引っ越してきた。しかも、僕の家の隣に。お互いの両親はすぐに親しくなった。そして、家族ぐるみの付き合いが始まった。
波留は僕より一つ歳下だった。うちの母親の勧めで僕と同じ幼稚園に通うことになった。波留とはそれ以来の腐れ縁なのだ。
小学校の頃はまだよかった。好いた惚れたなんていうことはなかったから。ところが中学になると、一丁前に異性への興味が出てくる。中学に入学したのと同時に僕も同じクラスの女の子を好きになった。けれど、彼女は他の男とくっついた。まあ、しょうがない。可愛い女の子は他にもいくらでも居る。そのうち彼女の一人くらいはできるだろう。そう思っていた。自分で言うのもなんだけど、僕はそこそこ成績も良かったし、スポーツも出来た。入学と同時に入ったサッカー部では1年からレギュラーだった。そして、何よりもイケメンだった。だから、そこそこモテた。けれど、“彼女”という存在は出来ないまま進学することになった。
波留が入学して来た。毎日、顔を合わせていた僕は気が付かなかったのだけれど、波留は俗に言う“美人”に成長していた。入学と同時に学校中で評判になった。そんな子がいつも僕にまとわりつくように傍に居るのだ。
「お似合いのカップルね」
そんな噂が立ち始めた。自然と僕の周りから女の子の姿が遠ざかって行った。中学校で彼女を作るというのは叶わなかった。そして僕は高校に進学した。期待に胸を膨らませて。
1年で同じクラスの女の子と仲良くなった。このまま行けばきっといい感じになる。そんなある日…。
「内田君って、中学の頃から付き合っている彼女が居るんだよね?」
彼女に訊かれた。
「そんなの居ないよ」
「ウソ! 朝倉波留。美人で有名な子よね。あの子が相手じゃ私は勝てないな…」
「だから、あいつは違うんだって! ただの幼馴染で…」
僕の言葉を聞かずに彼女は去って行った。
なんでこうなる? あいつは疫病神か? 波留がそこまで有名になっているとは思わなかった。そう言えば、最近は雑誌の取材なんかも受けていると聞いた。僕にしてみれば、どこにでも居るような普通の女の子にしか見えないのに。
「そりゃあ、お前、いつも一緒に居るから、あの子の良さがわからないんだよ」
周りの友達はみんなそういう風に言う。僕にしてみればいつも一緒に居るのだから、波留のことは僕が一番よく解かっている…。つもりだった。
そして、そろそろ波留も進路を考える時期に来ていた。
その日、波留は僕の家に来ていた。僕の家で受験勉強をしていた。自分の部屋より、ここの方が落ち着いて勉強できるのだとか。まあ、いつもの事ではあるのだけれど。そこで僕は訊いてみた。
「なあ、波留。お前はどこの高校を受けるんだ?」
「決まってるでしょう」
「えっ! それってまさか?」
「なによ。今更まさかも何もないでしょう。今までだってそうして来たんだし。私はてっちゃんと同じ高校に行くわよ。大学も会社もずっとてっちゃんと同じがいいの。パパもママもそうしなさいって言っているし」
まあ、聞くまでもなかったのだけれど。これじゃあ、僕には一生彼女なんか出来ないような気がしてきた。だったらいっそ波留を彼女にするか…。いや、ないない。あるわけがない…。けれど、波留が僕と同じ進路を歩むと聞いて安心したし、それが当たり前の事なんだと思っている自分に気が付いた。僕は自分の中に芽生え始めている感情を押し殺した。
高校生活は言うまでもない。毎日、波留と一緒だった。それはもう楽しいとしか言いようがないくらいに…。確かに楽しい高校生活だった。だけど、結局、彼女は出来なかった。だけど…。
『ちくしょーっ!』
心の中で思いっきり叫んだ。ちょっと前に流行っていたお笑い芸人風に。
大学に進学した。
1年後、波留も同じ大学に入学して来た。楽しい大学生活の始まりだ。きっと、彼女は出来ないかも知れない。そして、波留はこれまで通り僕にまとわりついて来る。
波留と居るのが嫌なわけではない。そして、波留が美人だというのには僕も最近になって気が付いた。それは雑誌でグラビア写真を見た時だった。そこに写っている波留は波留なのだけれど、波留ではないような感じに思えた。だけど、そこに写っているのは確かに波留だった。
「綺麗だ…」
不覚にもそう呟いていた。思わず口からこぼれ出た。僕は辺りを見渡して、波留が近くに居なかったことに胸を撫でおろした。
そんな日々が続いて、僕の中では半ばあきらめムードが漂っていた。けれど、それでないけないと思った。19歳になると僕は決意した。二十歳になるまでに絶対に彼女を作ろうと。実はすでにある計画を立てていた。そのためにアルバイトをしてお金を貯めていた。もちろん、そのアルバイト先にも波留が居たのだけれど。
「ねえ、てっちゃん。このお金って何に使うの?」
「聞いて驚くな。今年のクリスマスイヴには彼女と二人で過ごすためにドリームワールドのホテルを予約したんだ。しかも、一泊30万のスイートルームだ」
「へー、てっちゃん彼女居るんだ?」
「いや、それはまだだ。だから、それまでには絶対彼女を作ってやる」
「バカじゃないの! 当てもないのに30万も? どぶに捨てるようなものね」
「ふん! 見ていろよ。必ず彼女を作って見せるから。それより、そうなると、波留は今年のイヴはお一人様だな。お前こそ彼氏でも作った方がいいんじゃないか?」
「別にてっちゃんに心配してもらわなくても大丈夫ですから。私だってその気になれば…」
「よし! それじゃあ、イヴの日はダブルデートと行こうぜ」
「いいわよ。でも、当日になって泣き言を言っても知らないからね」
「お前こそ」
もう、後に引けなくなった。それから僕はなるべく波留と一緒に居ることを避けるようになった。大学のサークルで合コンがあると聞けば参加し、アルバイトもいくつか掛け持ちをした。このところ、雑誌の仕事が忙しくなった波留はアルバイト先までついて来ることもなくなった。僕は恋人探しに集中した。そんな時、気になる雑誌の記事を見つけた。それは波留と雑誌の編集者とのゴシップ記事だった。僕はその雑誌を持って波留に会いに行った。
「これ、本当なのか?」
「知らない」
そっけなく返事をすると、波留は「これから仕事だから」そう言って立ち去った。僕の中に何かモヤモヤするものが立ち込めた。
12月24日。
僕はドリームワールドに居た。ダブルデートをしようと言った約束通り。そして、その約束通り、波留もそこにやって来た。
「あら、素敵な彼女じゃない」
「お前こそ、いい男を連れているじゃないか」
そして、お互いに連れを紹介した。
「彼女が僕の恋人の月姫さんだ」
僕が紹介すると彼女は波留たちにお辞儀をした。
「じゃあ、私も紹介するわね。彼が私の恋人、光の王子くんよ」
同じく彼も僕たちにお辞儀をした。
僕たちは顔を見合わせて噴き出した。僕は波留が連れている、その光の王子くんとやらを見て心から安心した。
「そんなことだと思ったわ」
「お前の方こそ」
お互いが連れていたのはこのテーマパークのキャラクターだった。このパークには人気キャラクターが1時間一万円でパーク内を案内してくれるサービスがある。
つまり、結局、僕には彼女が出来なかった。どこに行っても誰と会っても、みんなが僕を朝倉波留の彼氏だと思っていた。だけど、彼女が出来なかったのはそれだけが理由じゃない。波留に啖呵を切ってからというもの、僕は本気で彼女を作る気にはなれなかった。いつの間にか僕の中には波留しか居なくなっていたから。今日、波留が本当に彼氏を連れてきたらどうしよう…。それを考えると昨夜は眠れなかった。
「彼女が出来なかったわけじゃないぞ。作らなかったんだ」
「あら、強がり?」
「強がりなんかじゃないさ。最初から現地調達するつもりだったからな」
「へー、一時間一万円の…」
「月姫さんじゃないよ。僕の彼女はここにいる」
「えっ! どこ?」
僕はそっと波留を抱き寄せた。
「本当はずっと前から波留のことが好きだった…」
すると、波留は僕を突き放してうつむいた。
「ごめん。やっぱり、こんなの虫のいい話だね」
僕に抱き寄せられた波留はしばらくの間、無言だった。そして口を開いた。
「ううん、違うのよ。私こそ、ずっとてっちゃんが好きだったわ。ずっと傍に居ても、てっちゃんが私のことをちっとも見てくれないから寂しかった…。今日、てっちゃんが本当に彼女を連れて来ていたらどうしようって、ずっと不安だった。もしそうだとしたら、邪魔者は消えるつもりだった」
うつむいた波留の声が震えている。僕はそんな波留がたまらなく愛おしいと思った。
「改めて言うよ。僕の彼女になってください」
「はい!」
僕たちの周りにはパークのキャラクターたちが集まっていた。そして、一斉にお祝いの言葉を投げかけてくれた。
「ねえ、これもサービスに入っているのかしら?」
「知らないよ。でも、そうだとして、別料金がかかっても、今なら有り金全部はたいてでも祝ってもらいたい」
「まあ! それじゃあ、ホテルの部屋代が払えなくなっちゃうわよ」
「あ…。実はそれなんだけど…。部屋はキャンセルしたんだ」
「えーっ! なんで? 楽しみにしていたのに!」
「それはごめん。でも、波留のことが好きなんだと気づいたときに僕はやっぱりいつものように家のこたつでみかんを食べながらゲームをやる方がいいと思ったから」
「うーん…。まっ、いっか。そうと決まったら早く帰ろう」
そう言うと波留は僕の腕に手を回して歩き出した。波留に気付いた周りの連中が騒ぎだした。でも、波留はそんなことなどお構いなしで歩いて行く。実に波留らしい。
僕は本当はずっと前から君の事が好きだったのかもしれない。