05
あの子もあんなに小さいのに、あんな病気でかわいそうにねぇ。
そんな声を、聞くようになったのは、窓の外から病棟へ閉じ込められている雛子へせっせとカミツレの花を運ぶのから、玄関から正式にお見舞いに顔を出しはじめてからだ。
カモミール、つまりカミツレが体にいいと知ったのは、親がカモミールのハーブティーを飲んでいたときだ。
俺からしたら、なんだその匂い、と当時はびっくりして、それ何?と聞いたら、体にいいのだと親は言って。
雛子の具合に何がきくかもわからないながら、教えられた花を持っていくと喜ぶから
いつも必ずカモミールを持って、顔を出しにいった。
ーーいいおにいちゃんねえ。
看護婦にあうと必ず言われて、俺はいつも深く頭を下げてお世話になってます!そう言ってごまかしてたけど
顔を下げるのは、顔が赤くなるのを隠してーから。
だって、そーだろ。
どんだけ、妹公言してても、マジでそんなに時間があけば会いにいく、そんな兄貴は存在しねー。
これがタメだったら、からかわれるのは必須。
だから、”おにいちゃん”の立場を俺も利用してて、周りの大人が普通にごまかされてンのにむしろびっくりした。
ただ、トーゼン、うちの母親の目を欺けるはずがなくーーーー
「どこ行くの?」
「びょーいんだよ」
そういうやり取りのあとの、ニヤニヤ笑いに、くっそ恥ずい!!と思いながら。
雛子の元へ、毎日のように通った。
一緒に勉強して、
学校の話もいっぱいした。
そして、雛子の病室にあるテレビで、とってきた甲子園のビデオを流して、野球を教えた。
雛子が、全然、外へ関心を持たなくて、俺はこのままじゃヤバいって思ってて
病気は、治る。俺はそう信じてて疑わなかったから、これから雛子が学校に毎日通うようになったときにこれじゃヤバいって思ったから。
雛子が中1のとき大きな手術を終え、大きな発作の心配はなくなった。
俺は中二。
打った数だけ、手術の成功率はあがる。
そんな勝手なマイルールをジンクスみてーに信じて、試合に出れば何が何でもヒットを狙った。
そんでも打つためには、成長しなけりゃ打てない。
ガンガン練習にのめりこんだし、必死だった。
雛子と、一緒に戦っている気分だった。
ミスるな、打てる、俺はできるーーーーーーー何故なら、それは雛子も、絶対によくなっから。
そんな必勝祈願がいつのまにか、4番で主将という評価に出たけど、
それも雛子のおかげというか、おまけみてーな感じだ。
一打席、一打席、全部雛子の為に捧げた。
俺も頑張るからーーーーーー雛子も頑張れ。負けるなよ。
雛子に直接、頑張れなんてことは言わなかった。
周囲の人たちや家族が、頑張って頑張ってと、すでに頑張って頑張り続けてる雛子へ、押しかぶせるように言うから。
本気で頑張ってンのに、なんでまだ、そんなこと言うんだよ。
だから、俺は
そんな押し付けるような応援、したくなくて。
ただ、打席で、守備で、いい結果をつめば、目に見えないモンと戦ってる雛子と一緒の場所に居れる気がしたんだ。
ただ、野球の話をしている途中、守備位置の話の途中雛子が胸を押さえた。
自分には出来ない、外で平気で走り回れる俺が、傷つけたのか。
ショックを与えたのか。
そう、とっさに思ったが、
「みんなにーー頼りにされてるんだね」
その言葉に、
ーーーーもしかして、これ
これって
焼餅……?
”いいおにいちゃん”のふりで、ただ好きで、脳裏から離れなくて
そんな雛子が、もう”啓介おにいちゃん”ではなく、俺個人として見てるんじゃないかって。
だから、一年先に中学を卒業する俺は、いままでほど雛子の傍にいられなくなる。
それを、追ってきてくれないか、と思うようになった。
どれだけ傍にいたって、雛子の世界は未だ閉ざされていて
友達が出来るチャンスも、全部、雛子は興味なくて、このままじゃいけない。俺らは
これから、どんどんオトナになる。
病室が、自分の部屋が
俺の隣だけが、全てじゃねえから。
護ることは当然だ、やめろといわれたってもうやめられねえよ。
誰からの強制でも、お願いでもなく、俺は俺の意思で、特別な女の子を選んだから。
けど、”啓介おにいちゃん”がなくなったら、俺に価値は残ンのか。
それはーーーーー怖い。
けど、雛子が一人でいるのはもっと怖い。
友達とか、遊びとか、もっといろんなものを覚えて、大きくなって、
そのうえでーーーーーーーー俺を選ばせる。
それだけの、男になる。なればいい、そうすりゃ、いいんだろ。
中学の卒業式に、俺はカモミールの花束を注文した。
季節はずれのその注文は、俺の財布を圧迫したがーーーー。
ンなもんはどうでもいい。
手に入れたいものは、金で買えるゲームや漫画や、そんなもんじゃねえ。
雛子の、俺の、未来と、立場と
「俺は、地元公立高校受かったから、雛子のこと、高校で待ってンから、来年必ずこいよ」
賭けたーーーー。
ずっと、使ってきた”啓介おにいちゃん”という立場を捨てて
カミツレの花の中で揺れるような雛子に、その涙に鼓動が加速する。
頼む。
その”孤独”の世界を捨てて、一歩前へ
俺の隣へ。