03
啓介おにいちゃんは、中学を卒業する。
あたしは一年、ただ一人で取り残される。
怖い。
学年が違っても、教室で一人になっても、
啓介おにいちゃんが居た。だから平気だった。
この一年、どうやって生きていけばいいんだろう。
卒業式、小さな花束を持っておにいちゃんのところへ行く。
行かないで。
昔みたいに、走って走って、あたしのところに戻ってきて。
そう、心では思いながら
前からずっと、この胸を痛ませるのは、心臓の病気じゃない。
これは、きっと
あたしの、小さな恋。報われない「妹」の恋。
気が付いてたのに、気が付かないふりをして
ようやく認めた中学2年のこの冬に、貴方は私の視界から消えてしまう。
野球部の後輩に囲まれる啓介おにいちゃんをーーーー啓介を、
見ていたら、涙が出てきた。
どうしよう。
あたしはーーーーーー
あたしは、まだ、この恋を続けてもいいのかな。
「雛子!」
「啓介おにいちゃん……」
「まず、コレやる」
手のひらに落ちたのは、小さなボタン。
第二ボタンだとわかって、大事にポケットにいれた。
あたしはーーーまた、こうやって特別にしてもらえる。
体が弱いからとかじゃなく、啓介の妹だから……。
「あと、これな」
啓介が貰ったのかと思っていた、大きなその花束が腕いっぱいにひろがった。
卒業式にありきたりの花束じゃなくて、
いっぱいの、カモミールだけの花束。
「俺は、地元公立受かったから、雛子のこと、高校で待ってンから、来年必ずこいよ」
出席日数ギリギリで、でも成績だけは啓介のおかげで悪くない。
でも、こんな調子で高校なんて、あたしなんかが目指せるんだろうか。
「行ける、かな……」
「行ける。じゃなきゃ、待ってる俺がムナシイだろ」
いっつも、守って、
待って、
あたしの傍にいてくれる。
中学卒業したから、そんな立場はもうおさらばだーーーーなんてこと、啓介は思ってない。
あたしだけじゃないって、まだ、思ってていい?
「あと一年、頑張って、友達作って、無理じゃない程度に学校きて、そんで高校にこいよ。なんかあれば俺はちゃんと駆けつけるから」
なんで、そんなに優しいの。
みんなのキャプテンだから?
頼れる人だから?
あたし、勘違いしちゃうよ。
他にもいっぱい、他の女の子が勘違いしちゃうんじゃないかって、嫉妬してるよ、
それでも、貴方のところへ
行っていいのかな。
「あと、それからな……」
啓介が大きく咳払いした。
その、赤い頬を見て、いつからこの人はこんなに大人びた顔つきになったんだっけ、と思い知る。
「------ちゃんと高校合格して追いかけてこねーと、浮気しちまうからな。絶対にそんなことさせねーぞ、って勢いでちゃんと受験して、合格して、俺のとこにこい!今度は俺が、ずっと待ってンだからな!!」
追いかけてこい
浮気しないように、ちゃんと合格。
ーーーーそんな、まるで
だって、あたしは、ずっと”おにいちゃん”と”妹”だからってーーーー
『おにいちゃーーん!』
遠くから、小さい声が啓介を呼んで、そういえば、前にもう妹の話はしないと言ってから、何年も一切聞いていないことを思い出した。
初めて見る、啓介の本当の妹。
そういえば顔すら知らなかったのだと、何年もたった今、初めて知る。
「うっせぇ、今はこっちくんな!!!向こうで待ってろ!!」
腕の中で、カモミールがゆらゆら揺れる。
甘い、その匂い。
独特の、優しい匂い。
「わかっただろ、実際妹の扱いなんて、俺だってあんなだぞ。毎日わざわざ顔みてーとか思ったり、なんかしてやんねえとって焦ったり、どーしてるか気になったりなんかしねーし」
今日は、啓介の卒業式で、
あたしは、啓介の妹から、卒業する日。
「……俺だけの、うぬぼれ、じゃねえよな……?」
ああ、もう、また痛いよ、心臓。
でも、もう負けてられない。薬さえ飲んでれば、もうある程度のことは出来るって許可でてるし、小さい頃からの”適切の境界線”はもう、ずっと広くなった。
この、一年で、あたしは、頑張って、
孤独な外野を守るこの人の、心の中でその後ろを守りたい。
ずっと、ずっと護ってくれたこの人を
あたしも、ずっと啓介に頼りきりで、また孤独になるけれど。
ずっと貰ったカモミール、別名カミツレは
[カミツレ:苦難の中の力]
あたしに、勇気と、優しさと
永く与えてもらったその力で、たった一年、頑張れないはずがない、
心の中で、貰ったその数は心の中いっぱいに咲き乱れていて。
「……頑張るよ。ちゃんと、受験できるようになって、友達も作って、同じ高校、入るよ」
「……おし、わかった。とりあえず、友達作る前に、彼氏作って、それから頑張れ」
「うん」
こんな、おにいちゃんが欲しいと思ってた。
そして、あたしだけのおにいちゃんだったらいいのに、そう願ってて。
でも、おにいちゃんじゃ出来ないところを、これからずっと
この人と越えていく。
「そんじゃ改めてーー俺は卒業すっけど、付き合ってください」
「はい以外に、返事なんかないよ……」
理想の兄貴になれなくってゴメンーーーーそう啓介は言ったけれど。
理想のおにいちゃんが、理想の彼氏になるなんて、そんな幸運はきっとあたしだけだろうから
どんな苦難も、あたしはきっと越えられる。
心の中に、ずっと、ずっと
記憶と未来と今との全て、貴方が居るから。
あたしは、これから闘える。
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次から男子パートに移ります。