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02

「今日は、出れるんだってな」


「うん」




 病院のそばの公園までだった。


 あたしは四年生で、おにいちゃんは五年生になった。


 いつのまにか、ブロック塀を使わなくても、おにいちゃんはあたしの部屋を覗けるようになっていた。





 日傘に、緊急用の病院ポケベルに


 タオル、薬、水



 たった、数十メートルの距離の外出でも、持たされるものは多くて



 啓介おにいちゃんは全部もってきてくれた。



「・・・なんか、うち、妹が生まれるっぽい」


「また?」



 聞き返して、いつのまにかあたしは啓介おにいちゃんの妹になったつもりだったことに気が付いて恥ずかしくなった。



「またって?」



 そのとき、やっぱり啓介おにいちゃんは妙な顔をして聞き返して。


 あ、とあたしを指差した。



「あ、~~~~ッまあ、雛子とは違うけどよ」



 それはそうだ、あたしは渋谷家の子どもじゃないもん。


 あつかましい、その言葉を覚えたのはもっとあとだったけど、羞恥心でいっぱいだった。



 いつのまにか、自分のおにいちゃんを手に入れたつもりになっていた。



 なんという、思い上がり。



 ーーーーー痛い




 また検査?保険がきかないのに。


 また休み?シンゾー弱いってかわいそう。



 そんな家族の声を、聞こえないふりをして


 でも、やっぱりなかったことにはならない。


 だから、啓介おにいちゃんだけは、


 そんなことを絶対に言わないこの人だけが、家族でおにいちゃんならいいのにと



 願って、願って



 信じ込もうとしていた自分が、バカで。




 だから、健康だけが取り得の子より最低なんだと思った。



「カモミール、つんで帰ろう」




 あたしの肩に手をかけた、啓介おにいちゃんの手が、一瞬離れた。



 そのあと、ぐっと背中から抱きしめられた。



「ゴメンーーーーーーもう、妹の話しねぇから。カモミール、摘んで帰ろう」




 よく、意味はわからなかった。



 だけど、未だ、おにいちゃんと呼んでいいのだと言われた気がして



 カモミールを腕いっぱい摘んで、一緒に帰った。





「でな、やっぱ外野っぽいんだよな」


「ピッチャーもうやらないの?」



 啓介おにいちゃんのお母さんは、ビデオをたくさんとってくれる人だったから、啓介おにいちゃんが中学に入っても、部活の試合はテレビで数日ずれに見ていた。


 自宅の部屋は、買ってもらったカモミールのオイルが漂ってくる。


 啓介おにいちゃんも、お見舞いは行き帰り、周りに挨拶していくようになった。


 窓から外で、ひっそりと会っていた頃とは、色々違う。




「んー、つうか、公式戦で投げたわけじゃねーし、あれは肩で選ばれてちょっとやってみろ、って意味だったんだろーなー」


「ピッチャーつまんない?」




 中学に入って、啓介おにいちゃんはあっという間に背が伸びだし、大人の男の人でも抜いてるくらいになっていた。



 あたしは大きい手術も終わって、特別病棟からは離れたけど、自宅と病院の半々で、学校も義務教育だからギリギリなくらい。




「つまんなくはねーけど、向いてるかどうかビミョー」


「やりたくなかった?」


「あんま、興味はねえかもな」



 野球を教えてもらってから、いろんな野球を見るようになった。


 でも、テレビだとピッチャーばっかりうつってる。


 だから、なんとなく野球やる人はみんなピッチャーやりたいんじゃないかと思っていた。



「外野って遠い」


「そらそーだ、一番端だしな」



 ビデオで見ても、いつも遠い。


 たまに、グラウンドの外にいても一塁側の外に座れないとよく見えない。



 それが、寂しい。



「でも、ライトだからイイんだよ」


「どうして?」


「ライトは捕球率一番高い人間を置くんだ。ホームベースから一番遠い守備だから、肩がいいやつじゃねーと選ばれない。センターは足が速いやつ、レフトは外野の中でも一番ホームに近いから少し捕球下手なやつでもありなんだけど」



 レーザービームって呼ばれるのは、内野に中継ぎしないでホームにダイレクト送球かつ素早い返球ができる人。


 日本だと一番有名なのはイチロー選手。




「イチローだって高校生のときは投手もやってたしな、高校野球とかでもリリーフやエースが打率よくてマウンドでないときは大概ライトにいるのは肩がいるからなんだよ」



 外野でも、おもしろいんだな。


 生き生きと、啓介おにいちゃんの話す内容を聞いているとそう思う。



「でも、タイムのとき外野のひと、中にいないよね?」


「あー、そうなんだよなー。だから外野は3人で声かけしねーとだし、孤独かも。しかも、内野はこぼしても後ろで外野がつめてるからエラーによるダメージ少ないけど、外野は自分たちよか後ろに人いねーから責任重大だし、そう考えるとけっこう強いポジションなんだぜ」



 そう、かと思った。


 確かに内野の人がフライとっても、外野の選手は後ろに控えてる。


 でも、外野の後ろは誰もいなくて後ろはフェンスだけ。エラーしたら、塁に人がいれば走者一掃しかねない。

 まして、一番遠いライトなら。


 だから、そんなライトを任されることは、信頼してるぞって証拠で、


 キャプテンもライトも、チームの信頼をしょっていて、



 あたしのおにいちゃんは、強いから。


 あたしを助けてくれた日々のように、きっと他でも助けていて、



 頼りに、されているーーーーーみんなに。




 いつもとは違う、胸の痛みを感じる。



 お医者さんが、ショックの与えるようなものは、刺激の強いものは駄目だというからスリルのある映画とか一切禁止のこの心臓が、



 変に痛い。




「……雛子どうした!?また、痛いのか!?」



 ずっと、ずっと



 何年も、つらいとき、こうやって抱きかかえてくれた。


 いつのまにか、大人の人みたいな体になってしまったその大きな体に包まれて。


 いままではずっと、痛くても平気だって思えてた。



 それなのに


 今は、ぎゅってされるほど、胸が痛い。


 苦しいよ、痛いよ、なんで?どうして?



 軽々と、ボールを追っている姿を、いつもいつも見てきた。


 ビデオで


 グラウンドのそとで。



 いつもの優しいおにいちゃんと、なにも変わらないのに


 こんなにも遠いのは、なんで?




 あたしの入れない世界で輝く貴方が、遠い。


短編なのに、長すぎて連載形式に・・・

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