01
好きです。
好きです。
好きです。
心の中だけで繰り返される言葉。
私のこの胸の中で響くリフレインにいつか貴方は気がつくでしょうか。
一番近くて、一番遠い
そんな貴方に恋をした。
「カミツレの恋」
渋谷の啓介お兄ちゃんに出会ったのは、小学生のときの地域の子供会のとき。
遠出の遠足で、二人一組で歩きましょうと言われて、男女一人ずつ余りができて啓介お兄ちゃんとペアになったのが出会いだった。
その頃から、啓介おにいちゃんという人はしっかりしていて
あたしが心臓が弱いのだという保護者の説明をきちんと聞いていたから任せられたんだろう。
でも、みんな女子同士男子同士でペアで、仲良しの子たちが歩いているのに、一個下とはいえ女の子と歩いたのは啓介おにいちゃんだけで。
今思うと、いろいろからかわれたりきまずかったりしたんだろうけど
ずっと
おにいちゃんはあたしの横に居てくれた。
適度な外出。
適切な運動量。
日に当たる時間も限られていて、あたしの世界は幼い頃から必ず、なにかの「適切」な境界線の中にさだめられていて
それは、あたしがひどく劣っているかのような屈辱のような気分になった。
あるとき歯医者にいって親が少し離れたとき、
そばにいた見知らぬおばあちゃん同士がしゃべってた。
ーーーーーーうちの孫はバカでどうしようもなくってねえ、でも健康だけが取り得だから。
バカでどうしようもないという、その子より
さらに自分がどうしようもないのだと、暗に言われた気になった。
またなの、とこぼす親のため息が。
雛子ちゃんは無理しないでいいのよ、と壊れ物を扱うような看護婦さんたちが。
ひどくあたしを傷つける。
体の弱い人間のほうが、案外周囲よりわかっている。
健康なことの重大さ。
”普通”にしてられることへの憧れ。
「はい、これ」
一階の、特別病棟でこっそり窓をあけていたあたしに、小学校3年生になった啓介おにいちゃんが見えた。
「これ、なに?」
「カモミールっていってた、うちの親。カラダにいいんだって」
手の中に落ちてきた、その花は、
かすかに甘い匂いと、まだ土の匂いと、
瑞々しいその草木独特の匂いで、
あたしは随分遠ざかっていた匂いだった。
「まだ、外でれねえって?」
「……うん」
子ども会の遠足のとき、はしゃぎすぎて倒れたあたしに、啓介おにいちゃんは責任を感じていた、らしい。
でも、あれはおにいちゃんが悪いんじゃなくって
”適切”からはみ出たあたしが悪かったのに。
不安でしょうがなかった。
学校さえ、まともに通えてなかったのに
トモダチといえるほどの友達もいないのに。
親としては”たまには遊ばせてあげよう”という気遣いからの提案での外出も
知らない空間に放り出されるほうが不安で嫌だったあたし。
なのに、おにいちゃんが一生懸命で。
歩くペース早いとか、水分とろうとか、ほんとにほんとに、一生懸命で
最初に感じてた不安を忘れて、あたしがはしゃいでしまったから。
啓介おにいちゃんに貰ったカモミールは、病棟で3日以上咲いていた。
その間、ずっといいにおいがして、体にいいのは本当だってあたしも信じられた。
ちょくちょく、そうやって啓介おにいちゃんはお見舞いにきてくれた。
そして、あたしが出れないとき、”外”の世界の話をいっぱいしてくれた。
学校の話。
怖い先生の話。
野球の話。
そして、カモミール。
たまに学校に行ける日は、啓介おにいちゃんが迎えにきてくれた。
集団下校だったけど、いつもいつも
必ず隣を歩いてくれた。
ほとんど出てないからついていけない勉強も、啓介おにいちゃんが自分の去年の教科書を出して教えてくれた。
点滴の跡がキモいといった男子を、あたしの代わりにずーっと走って、
謝るまで追いかけてくれた。
いつも、いつも
一階からブロック塀の壊れたやつを足場にして、外からお見舞いにきてくれる。
次の年も、
次の年も。
野球男子はやはり大好物なんです。