猫の表情
お日様輝く、ある日のこと。
のぶ君と、お友だちのなお君は、お家から近い、いつも遊ぶ公園にいました。
その日も二人はブランコに乗ったり、砂場でお山をつくったりして遊んでいました。
そんな二人の横を、一匹の猫がのっそりと歩いていきます。
「あっ、猫だ!」
なお君が、その茶色い縞柄の猫を指差して叫びました。
のぶ君も見ると、猫は二人の方を向きましたが、また知らん顔で歩いていってしまいます。
二人はそれまでしていた砂遊びを止めると、猫の後を追いかけました。
すると猫は、それまでのっそり歩いていたのに、少し早く歩き出しました。
それを見たのぶ君は、猫が逃げたと思いました。だから足元に転がっていた石を拾うと、猫に投げつけたのです。
その石が、なんと猫に当たってしまいました。
「わーい、当たった!」
のぶ君は石が当たったので大喜びです。でも、
「駄目だよ、のぶ君」
なお君がのぶ君の腕をつかみました。
「なんで?」
のぶ君が不思議そうに訊くと、なお君はこう答えました。
「だって、かわいそうだよ」
のぶ君にはわかりませんでした。
「ほら、怒っているよ」
なお君がまた指差すと、猫がこちらを見ていました。
けれど、やっぱりのぶ君にはわかりません。猫は無表情で、泣いたり、怒ったりしているようには見えなかったからです。
「泣いても、怒ってもいないよ。平気だよ」
それよりものぶ君は、猫に石を当てたことが嬉しくてしかたありませんでした。
その日の夜。
お布団の中でぐっすりと眠っていたのぶ君は、突然肩を揺すられて起こされました。
お父さんかな?お母さんかな?と思ったのですが、のぶ君の目の前にいたのは、なんと黒い猫だったのです。
「ついてきてもらうよ」
輝く目をキラキラさせて、猫がしゃべったのです!
その途端、黒猫はのぶ君のパジャマの襟を噛むと、ヒョイっと持ちあげました。
すると不思議なことに、のぶ君の体は黒猫の背中の上でふわふわと浮いたのです。まるで、水の中を泳いでいるような感じでした。
窓が開いていました。そこから黒猫はのぶ君を背負って飛び出しました。
「うわっ!」
のぶ君はどれほど驚いたことか。
黒猫はお家の屋根を行きます。屋根から屋根へとジャンプします。
それにあわせてのぶ君も浮き上がります。
お空にはお星様があって。
お空にはお月様があって。
やがて黒猫は、今日のぶ君が遊んでいた公園までやってきました。
黒猫はのぶ君を、コンクリートでできたお山のトンネルの中につれて行きました。そこはまっくらで、最初はなにも見えなかったのですが――
やがてついた場所は、まぶしいぐらいに明るいところでした。
のぶ君の前には、二本脚で立つ多くの猫がいました。その中心に、今日のぶ君が石を当てた、あの茶色い縞柄の猫がいました。
ようやくおろされたのぶ君は、自分の足で猫たちのように立ちました。
「わざわざ、きてもらってすまねぇなぁ。俺の名はギンっていうんだ。お前はたしか、のぶだったな」
ギンと名乗った猫は、手を腰に当てて、のぶ君を見上げました。
「はい」
驚いてしまっているのぶ君は、小さくうなずくばかりです。
「今日はよくも石を当ててくれたな。……と言いたいところだが、まぁ、それはいいとしよう。しかしだ、どうしても許せないことがある」
ギンはビシッと腕をのぶ君に突きつけると、
「俺らが泣いていないだと?怒っていないだと?まるで俺ら猫に表情がないようなことを言うな!」
するとギンの顔が突然大きくなって、目を見開き、口がへの字になり、耳がピーンと立って、のぶ君に迫ったのです。
と、周りにいた猫も同じようにのぶ君に迫り、一斉に怒鳴ります。
「怒っているんだぁ!」
しかし、すぐに今度は目を瞑り、口はへの字のまま、耳は垂れて、一斉に、
「泣いているんだ……」
またまた目を大きく見開いて、けれど口の両端がつり上がり、耳も大きく広がって一斉に、
「楽しいんだぁ!」
その途端、猫たちによるダンスが始まりました。腕を広げ、足を蹴り上げ、腰をひねって。とても楽しそうに。とても嬉しそうに。
のぶ君も、その様子を見ていたらなんだかわくわくしてきました。
するとギンが言います。
「わかったかい?俺ら猫にも表情はあるんだ。ただ、それに君が気付かなかっただけなんだ」
と、ギンが小さな石をのぶ君に投げつけました。
小石はのぶ君のおでこに当たりました。
「痛っ!」
のぶ君がいうと、
「痛いだろ?俺も痛かった。俺の気持ちをわかってくれたなら、きっと俺らの表情もわかるだろうさ」
猫のダンスは、夜明けまで続いていました。
朝、のぶ君は気がつくと、いつも通りにベットで寝ていました。
すぐに公園に行って、トンネルの中を探しましたが、猫達の姿はありませんでした。
けれど、ギンがまたのっそりと歩いていました。
のぶ君は、
「昨日はごめんね」
石を当ててしまったことを謝ると、ギンをなでてあげました。
するとギンは目を細めて、とても気持ちよさそうにしました。
「あっ、嬉しいんだね」
のぶ君も、なんだか嬉しくなりました。