禁じられた質問
どう、年賀状書けた?
お前、今年はたくさん書いたな? ふふん、仕事の関係でたくさんの知り合いが出来たからね、新年のご挨拶に気合が入るってもんだよ。
君も、仕事の人ばっかりじゃなくて、もっと個人的な人にも出しなって。結構嬉しいと思うよ。そりゃ、あけおめメールほど手っ取り早くないけどさ、ハンドメイドの味ってやつが伝わるって。
でもさ、思うんだけど、ハガキとかメールって、ちゃんと宛名の人が書いているのかな? ほら、本人に成りすまして返事とかしていたら、不気味じゃない?
ベタなホラーやサスペンスとしては上出来? 相変わらず、厳しい評価だよね、君は。
文筆がかかると、とたんにシリアスになるんだから。
そういえば、友達からハガキに関する面白い言い伝えを聞いたことがあるよ。それだったら、君も興味ひかれるんじゃない?
みかん持ってきてよ。こたつでゆっくり話そ。
ハガキといったら、郵便ポストがセットだよね。
今でこそ日本のポストは赤くて、四角いというイメージが強いけど、少し前は円筒状の「丸ポスト」。更に昔は黒くて直方体の、「黒ポスト」。
郵便というシステムも、あまり浸透していなかったこともあるんだよね。「便」という言葉に釣られて、ポストをトイレと勘違いしていたこともあったんだって。想像したら、結構な大惨事だよねえ。
と、まあいろいろな苦労があって、郵便ポストは全国各地に広がっていった。全体としては増加傾向にあったけれど、地域によっては減っているところもいくつかあったみたい。
この話は、そのポストが減っていた地域のこと。
その地域、山の中にもポストがあった。いや、山と言うより丘と言ったほうがいいかも。木々が切り倒されて、裸になった山肌に、ポツンとポストが立っているんだから、はた目には、ちょっと異様だよねえ。
周辺に住んでいた人たちも、徐々に平地に下っていって、いつしか配達員も立ち寄らなくなり、ポストの需要はなくなった。
だけど、なぜかなくならなかったんだよ、そのポスト。さほど邪魔になるものでもないし、撤去が面倒っていうのもあったのかなあ。
しかも誰かがカギを壊したらしくて、フタを開けて中身をのぞき放題だったって話だよ。
するとね、ある遊びが始まった。
ハガキの宛名を書く面にね、質問を書いて、ポストに入れるんだ。匿名でね。
そして、気が向いた人がポストをのぞいて、ハガキの裏面にそれに対する答えを書く。
とりとめのない質問から、誰にも聞けないような恥ずかしい質問まで、気兼ねなく使える質問箱。
時が経つにつれて、子供も大人も、気晴らしに、頭の体操に、心に抱えた毒を吐き出すために、ポストを使うことが増えていったみたいだよ。
もはやポストを使う者が、何人いるのかわからなくなった頃。質問に答える者の中に、変わった奴が混じり出したんだ。
そいつの大きな特徴は三つ。
一つ目。筆跡。
時代がら万年筆が流行っていて、たいていの回答者の筆跡はペンかつインクで書かれたものだった。
しかし、そいつのものは明らかに手製。指に植物の汁を漬けて書いたと思しきものだったんだって。目立つものだから、すぐにそいつが答えたものと分かる。
二つ目。答える範囲の広さ。
歴史や文学、数学や物理といった学問。自然主義や社会主義といった思想。あの子の今日の下着の色といったエッチなものまで、はっきりと答えてきた。しかも裏を取ると、ほぼ百パーセントの正答率。
三つ目。解答の早さ。
明らかに数日に渡る調査が必要な事柄でも、投函の翌日には答えが返ってきていた。まるで鷹の目を持って、全国を見渡しているかのような、盤石さだった。
いつしか、神様が降り立って、答えてくださっているんだって、みんなの間で噂になっていったんだって。
姿なき神様。この正体、暴きたくなるよねえ。
立ち上がったのは、高等遊民の某氏。そう、働かずに毎日フラフラしている、インテリの方でーす。今だったら、もっとふさわしい呼び名があるだろうけど、ここは自重するね。
引っ越してきたばかりの彼は、ふとポストの話を聞いて、その力を試してやりたくなったんだって。うーん、この上から目線。いやはや、なんとも。
彼は自分が極めたと思った分野の、あれこれを聞いてみたけれど、すぐに回答者のレベルの高さに舌を巻いたらしいよ。何せ、マイナーな書籍の何ページの何行目に書いてあるかまで、丁寧に答えてくれるんだから。
すると、某氏もムキになって、次々とマニアックな質問を浴びせたって話。何としても、自分の方が上だって、証明したかったんだろうね。
そして、ある時。とうとう神様の答えられない質問を見つけたって、小躍りしたんだって。
内容はシンプル。「明日の天気はどうなりますか?」。
答えは「見つけて」。
たった一言。これは回答放棄とみなしていい。ついに俺は神様に勝ったんだ、って周りの人に言いふらす始末。
でも、他の人はおざなりに彼をほめるだけ。
だってさ、今までのポスト利用者が、こんな質問をしなかったと思う? みんな、この答えが返ってくることをもう知っていたんだよ。だから内心「なに、この程度で浮かれてやがるんだ」という気持ちだったと思う。
そのことを教えてもらえなかった某氏。原因がどこにあるかも、省みなかっただろうな。
地元の人が見出した、神様の答えられない質問。それは未来に関することだった。
今、この時までの「歴史」ならば、神様は答えてくれる。だけど、将来のことになると答えは必ず「見つけて」になる。
しかも、この四文字を、いつもの草の汁ではなく、黒ずんだ赤でハガキ裏のスペースいっぱいにでかでかと書くから、見た人はそのインパクトにびびる。
ひとめで「やばい、これはしちゃいけない質問だ」とわかる。でも、神様の弱みを見つけたつもりで有頂天になっていた某氏は、そこにつけこむことしか、もう考えていなかった。
それからしばらく経って。
某氏は行方不明になりました。
本当にふらりと、煙になっちゃったかのごとく、いなくなっちゃったんだって。考えられる手掛かりは、当然、彼が足しげく通っていたポスト。
フタを開けると、山ほどのハガキが中から出てきた。どれも未来のことについて、質問したものばかり。
その裏面は「見つけて」以外に「見つけよ」「見つけろ」とかの四文字ばかり。
でも、それらの中で、ただ一枚。
「見つけた」って書かれたハガキがあったんだってさ。