デュークリス家の庭
読んで頂いてありがとうございます。
今更ですがこの小説の設定はあくまで中世風です。
貴族や風習などの認識がしっかりしていない事もあるかと思います。
「さて」
エスコートされ庭にたどり着く。自慢の場所と言うだけあり完璧に計算された自然の美しさを持っている庭だ。
彼が目線を送ると何も言わず使用人が一礼して下がっていく。これで二人きりになってしまった。
「婚約の話だが急ぎ足になってしまって申し訳ない。私としてはもう少し余裕を持って進めたかったが父上が善は急げと聞かなくてね」
「いえ、問題ありません。私のお父様も予定を組むのは早い方が良いと言っていましたので」
「それならよかった」
マルセル様は穏やかな頰笑みを浮かべている。
「...余り見つめられると困ってしまうな」
「申し訳ありません」
先程から感じている違和感が何なのか分からず、不躾にマルセル様を見続けてしまった。令嬢として恥ずかしい行為だ。
そこから少しの時間お互いに踏み込まない当たり障りのない会話をしていた。今はこの庭の花について話をしていたが、そこでやっと感じてた違和感が何なのか理解した。
「この一角は全てミュレアの花が植えられていてーー」
「マルセル様」
失礼だと分かっているが、会話を止める。こんな会話していても意味が無いのはこの方も分かっているだろう。
最初と変わらない笑顔を張り付けながら彼は静かに口を閉じた。
「何か私にだけお話があるのでしょう?」
「...」
マルセル様は笑顔のままだ。
わざわざ私を庭へ連れ出し、使用人も下がらせた。彼の態度を見る限り私の予想は正しい。
彼はデュークリス公爵やお父様に聞かれたく無い話があるのだろう。
「思っていたより聡明な人だ。他の令嬢と違って俺の前で煩く騒がないのも評価出来る」
笑顔が一転して冷めた表情になる。恐らくこちらが彼の素の表情なのだろう。
違和感の正体はこれだ。彼の色々な表情、とりわけ笑顔は作り物だ。周りに良い印象を与え、波風を立てずに過ごすための、他者に一切興味のない、私と同じ、笑い方だ。
「今まで心中を見抜かれた事などなかったんだがな。参考までになぜ俺が取り繕った態度を取っていると分かったのか教えて貰えないか?」
「私も確信を持っていた訳ではありません。ただの勘です」
ただ、笑顔が私と同じだと思ったからーー。
そう自然に溢してしまいそうになった言葉を飲み込む。余計な事は言わなくていい。
「そうか。今まで女性の勘というものなどあてにならないと思っていたが、認識を改める必要があるな」
「そうですか」
「まあもう無駄な会話をする必要も無い。言いたい事を言おう。」
「どうぞ」
「俺と君は婚約者となった。だが俺は君に興味などない。愛する気も愛される気も無い」
「それはつまり婚約を行いたく無いという事ですか?」
「そうではない。確かに俺自身は婚約などどうでもいいが親同士の決めた事だ、婚約しろと言うならそうしよう。
俺が言いたいのは仮に婚約したとしても、俺が君を愛する事はないと言う事だ」
それは私にとって問題にはならない。
「他に心に決めた方がいらっしゃるのですか?」
でもこちらは問題だ。仮にマルセル様に意中の相手がいるなら面倒な事になる。
「いや、そんな相手はいない。俺は愛だの恋だの無駄な事に興味がないだけだ」
「なるほど」
それについては同意見だ。
どんな話をされるのか少し身構えたが、私にとって逆にこれはいい知らせだ。マルセル様自体は婚約者としての条件を完璧に満たしている上に、仲のいい夫婦の真似事をしなくていいと言う。
結婚したあと愛想を尽かされない程度には良き妻として振る舞わなければならない事が目下の悩みだった私には願ったり叶ったりとすら言える。
唯一の悩みが取り払われた私は晴れ晴れとした気持ちで答えた。
「それならば問題ありません。私も結婚に愛を求めてはいませんでしたから」
「...そうか。それは何よりだ」
「思っていたより時間が経ってしまいましたね。そろそろ戻りましょう?」
「そうだな」
今度はエスコートを受ける前にデュークリス公爵とお父様のいるサロンに向けて歩き出す。
「...変わったご令嬢だ」
後ろでマルセル様が何かを呟いていたがよく聞き取れなかったので言葉を返す事も無く歩みを進めた。