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時間という人生

作者: 蕾華

横書きの状態で読まれることをおすすめします。

 肌寒さを感じる季節。私は喫茶店でミルクティーを飲んでいた。

 窓から見える景色は少しずつ、クリスマス色に変わってきていた。喫茶店の窓にも星や雪の結晶の形をしたペイントがされている。


「時間について考えたことある?」


 ふと、友人と喫茶店でお茶をしているとき、そんなことを言われたのと思い出した。


「時間? 1時間、2時間の時間?」

「そう、その時間」


 彼女の言葉に何が言いたいのか良く分からなかった。小馬鹿にされているようで、少し嫌な気分になった。

 彼女は昔から少し変わっていた。学生の頃から大人びた雰囲気を持っていて、1人で居るところをよく見かけた。それでも彼女は他の人から相談されることも多かったそうだ。本人は「あくまでも何もしていない普通のことを言っているだけだ」と言っていた。


「時間ねぇ。あまり考えたことがないけど」


 彼女は「だよね」と言いながら、ふふっと笑った。

 また何か変なことでも考えているのだろうと思いながら、何を考えているのか知りたくなった。

 この友人は時折、私が思い付かないようなことを言う。私はそれが好きだった。


「例えばさ、時間って」


 そう言って彼女は鞄からメモ帳を取り出して書き始めた。


-1分=60秒

 1時間=60分

 1日=24時間

 1年=365日-


「でしょ?」

「うん、そうだね」

「1年は366日の場合もあるけど、それは無視して」


 あたり前なこと過ぎて「時間」についてなのか、ただの講釈に過ぎないのか。

 とりあえず、話しだけ聞いてみようと思った。


「人の寿命って大体80年くらいじゃない? 今はもっと延びてると思うけど」

「まあ、そうだね」

「そうするとさ」


 今度は鞄からスマートフォンを取り出して計算機能のアプリを起動した。計算しながらメモ帳に書き始めた。


-80年=29,200日

 29,200日=700,800時間

 700,800時間=42,048,000分

 42,048,000分=2,522,880,000秒-


「こうなる訳よ」

「あまり見たことない数字になるね」


 私は日々を時間を計算して過ごしたことはなかった。何時から仕事して、何時から人と会う約束してなど、その程度の感覚でいた。時間は1日経ってしまえば、また新たに繰り返されるだけのものだったと思う。


「でね。成人って20歳でしょ?」

「そうね」


 また、あたり前なことを言っていると思いながら、20歳の頃が懐かしいななどと考えていた。20歳になった頃は社会に出る楽しみばかりを考えていた。早く家を出て独り立ちしたいと考えていたし、社会に出る憧れのようなものもあったかもしれない。今にして思えば何に憧れていたのだろうかとも思う。

 私が昔を懐かしんでいる間に、彼女は計算機能を使ってまた何かを書き出していた。


-20年=7,300日

 7,300日=175,200時間

 175,200時間=10,512,000分

 10,512,000分=630,720,000秒-


「こうやって見るとさ、短いよね。20年って」

「確かにね。80年に比べれば短いよね」


 日数だけでも20年で10,000日も越えていないのだから、短い。言葉だけで20年というと長く感じるけれど、数字にしてしまえば大して長い期間ではないのかもしれない。


「学生時代って小学校、中学校、高校、大学ってあるけど本当に短いよね。だってさ、日数だけでも」


 彼女は少し楽しそうに見えた。自分が発見したことがとても嬉しかったのだろうと思った。


-小学校6年=2,190日

 中学校3年・高校3年=1,095日

 大学4年=1,460日-


「短いと思わない?」

「そうだね。学生時代を振り返った時に短かったなぁって思うけど、数字にして見るとさらに短く感じるね」


 彼女はまた「だよね」と言いながら、ふふっと笑った。


「だからさ、子どもの頃とか赤ん坊の頃って考えるとさらに短いよね」

「そうだね」


 人生はとても長い時間と思っていたけれど、時間をもっと細かくすると長くない。私は今も貴重な時間を使っている。そんなことを彼女に気づかされたことになる。


「よく思い付いたね、こんなこと」

「何となくねぇ。1年って何秒あるのかなって」


 考えたことがなかった。1日1日をきちんと過ごしていたつもりだったけれど、時間を考えたことがなかった。1日は24時間、1時間は60分。その程度で何秒まで考えることもなかった。


「だから、自分が死ぬまでにどれ位の時間があるのかは分からないけど、1秒ずつを確実に過ぎてるよね」

「うん」

「もっと若い頃に気づけていれば、学生時代とか過ごし方が違ったのかなと思うけどね」

「確かにねぇ」


 短い子ども時代、学生時代に気づけていれば、もっと学生生活を充実させられたかもしれない。限りある貴重な時間を使って生きているのだから、もっと一生懸命になれたかもしれない。


「このことに気づいてから何か変わった?」


 私は教えられたのだから、これから変えていけば良い。1つの物事に今までより一生懸命になれるような気がする。


「なーんにも」


 彼女は話したことに満足した様子でまた、ふふっと笑った。


「何も?」

「うん。私の短い学生時代は過ぎちゃったから。これから死ぬまでの何秒をどうやって生きるかよりも、自分に子どもが出来たら、限りある短い時間を子どもと一緒に一生懸命に過ごしたいかなって」

「ふーん…まあ、80年引く20年だから、60年以上は大人として過ごすことになるしね」

「そういうこと。7,300日しかないからね」


 それはそれでいい。死ぬまでの時間は分からないけれど、子どもと過ごせる時間は決まっている。きっと貴重な時間に変わりはない。


「でね? 実は…」


 彼女は鞄から母子手帳を取り出してきた。


「......」


 あまりのことに言葉が出なかった。


「ふふっ、あははは」


 何だか急に笑えてしまった。

 彼女が何を考えて「時間」の話しをしたのかと思ったとき、この為だったのかと納得してしまった。


「ああ、おかしいっ。前置きが長すぎるよ」

「だって、どういう風に話しを切り出せばいいのか分からなくって」


 少し照れくさそうにミルクティーを1口飲んだ。


「おめでとう」

「ありがとう」


 彼女は頬をほんのりと赤く染めてにこりと笑った。とても幸せそうに見えた。


「10ヶ月と10日だよね?」

「うん。およそ315日で27,216,000秒。この子と過ごす1番短い時間になるね」


 彼女はお腹を愛おしそうに撫でいた。


「無理しないようにね」

「うん、気をつける」


 それからは2人で他愛もない話しをしてから帰った。とても懐かしい記憶だった。

 今日、これからその彼女と久方ぶりに会うことになっている。少し遅れてくると連絡が入っていて、彼女の「時間」の話しを聞いたのも同じ喫茶店だったのを思い出していた。季節も今頃だったかもしれない。


「ごめん! 待った?」

「ううん。そんなに待ってないよ」


 彼女は昔よりも大人っぽく、そして女性らしくなっていた。


「今ね、昔のことを思い出していたの」

「昔って?」

「時間の話し、覚えてる?」

「ああ、あれね。1分は60秒」

「そうそう」


 「懐かしいね」と言いながら、ふふっと笑った。


「息子さんは元気?」

「元気、元気。図体ばっかり大きくなっちゃって大変だよ。そっちは?」


 私も彼女から遅れて3年後、赤ん坊を授かった。およそ315日、27,216,000秒、とても短い時間だった。


「うちの娘も元気だよ。来年受験だから心配だけど」

「そうだったね。7,300日なんて本当にあっと言う間だったよ」


 彼女の子どもは来年20歳になる。もうすぐ大人の仲間入りだ。きっと私が20歳の頃と同じように心躍らせていることだろう。まだまだこれから先は長いのだから、彼女の息子にも私の娘にもがんばってほしいと思う。


「あと60年かぁ」


 彼女はまた昔のようにメモ帳とスマートフォンの計算機能を使って計算していた。


-60年=21,900日

 21,900日=525,600時間

 525,600時間=31,536,000分

 31,536,000分=1,892,160,000秒-


「うーん、私たちから考えると長いね」


 自分で書いたメモを見ながらまじまじと言った。


「それはそうでしょ」


 何故かおかしくなって2人で笑ってしまった。


「子ども達から比べれば短いけど、まだ色々あるでしょ。結婚とか孫とか」

「そうだね、楽しみだね」


 また2人で他愛もない話しをしながら温かいミルクティーを飲んだ。

 人生は長いようで短い。見えない限りに向けて1秒1秒を刻んでいる。

 私にはあと何秒残っているのだろう。



1年って何秒?

書き始めはそんな風に思ったのが理由です。意外と短いですね。

貴重な時間を使っていただき、ありがとうございました。また次の機会に。

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