3.
「これで最後、だな」
気絶し、縛り上げられたギャングたちを前に、カウスはため息をついた。
闘戯の拘束力が反抗を封じるとはいえ、彼らの傷は何もなかったかのように消え失せている。意識を取り戻すなり、彼女に再戦を挑んでくるとも限らなかった。
――もっとも、束になっても勝てない彼らが再び挑んで勝てる保証など皆無に等しいのだが。
「しかしどうしたものか……。少なくとも頭目だけは警備局に突き出すべきだろうが」
彼女が処遇に悩んでいたその時だった。
「――お困りなら、こっちで処理するよ」
物影から別のフカ族が姿を現した。
見るからに女性とわかる風貌の人物と、連れ沿う数人の護衛。地面に転がされたギャングとも似通った服装の彼らは、それぞれ武器を手にカウスの元へと歩み寄ってくる。
「待て、人間。戦いをしようってワケじゃあないんだ」
警戒し身構えるカウスを諌めるようにフカ族の女性が言い聞かせる。
開けた大口にギザギザの歯を覗かせながら、彼女は言葉を続けた。
「私はオリヴィエラ・カルカロ。そこに転がってるクソッタレにちょっとした因縁があってね」
「因縁?」
「そう。同業者の商売上の問題――ってところかね。まあお前さんには直接関係のないことだが」
そう言って、オリヴィエラは昏倒したギャングのボスの胸元を掴み上げた。
「いつまで寝てんだい。起きな!」
首をガクガクと揺さぶり怒鳴る彼女の眼前で、男はぼんやりと目を開ける。焦点の定まらない眼をふらつかせる彼を、オリヴィエラはいっそう強く揺さぶった。
「起きろって言ってんだこのフカヒレ野郎!」
「誰がフカヒレだこの――てめっ、カルカロ! 何しやがる!?」
我に返った男に振り解かれ、彼女が手を離す。後ろ手に縄で縛り付けられていた男は、支えを失ってその場に再び転がった。
「縄を解きやがれ!」
「私じゃなくてそこの人間に言いな。こっちは『挨拶』に来たばかりなんだ。闘戯もなしに手出しするほどの馬鹿じゃないってことくらい、アンタだって分かってんだろう?」
「『挨拶』だぁ? テメェ俺の縄張りをガメようと企んでやがったのか! 外の人間まで使ってか!?」
喚く彼の言葉に、オリヴィエラは少々困惑した様子を見せた。
「何のことだい?」
「とぼけるんじゃねぇ! こいつを差し向けて闘戯に持ち込んで、縄張りを奪いやがったのはテメェだろ!」
口から泡を飛ばす勢いで男はまくし立てる。その瞬間、合点がいかないと眉を顰めていたオリヴィエラもようやく察したようだった。
「ははぁん……アンタ、縄張り賭けて人間とやり合ったのかい。その結果がこれとは随分と無様だねぇ」
「うるせぇ! テメェの仕業なんだろ?」
「悪いが私とは別件だよ、このボンクラ。流れ者にシマ取られるんじゃあ、番を張る輩としちゃ失格だね」
からかうように言い返すと、彼女は喚く男から視線を外した。
「つまりだ。今はアンタがこの団地を仕切ってるってわけかい?」
「さっぱり状況が飲み込めないが、そういうことになるな」
尋ねるオリヴィエラに、カウスは曖昧な口調で答える。
単なる無法者の取り締まりのつもりが、結果的にギャング同士の抗争をかき回してしまった。つまりはそういうことなのだが、なんとも納得のしがたい話だった。
「なんにせよ、そこのクソッタレが支配者じゃなくなったのは確かなようだね。となると、だ」
言葉を切ったオリヴィエラはカウスの目を見据える。兜に隠れたその眼を見定めるようにじっと目を合わせると、彼女は言葉を続けた。
「私とアンタの間でシマの取り決めが必要だね」
「ふむ」
カウスは頷き返す。
知らないうちに得てしまった領土だが、求めてすらいないものだけに感慨も何もない。ギャングの抗争に介入した意識自体のなかった彼女としては、早々に手放してしまいたい代物だ。
「まずは素顔を見せな。不誠実だと思われていいってんなら別だけどね」
「…………」
要求通りにカウスは兜を脱いだ。両口端の牙と獣の耳を露わにし、真正面に相手を捉える。
人と獣の混ざった姿を前に、オリヴィエラは軽くため息をついた。
「なるほど、そういうことか。確かにアンタのそのナリは鎧に隠しときたいもんだろうね」
「いや、これは私が騎士道を志すがゆえの――」
「誤魔化さなくたっていいんだ。どの道、ここは真人間なんて殆どいないからね。その風体を気にする奴はいないよ」
わかったような口ぶりで言うオリヴィエラに、カウスは困惑の表情を浮かべた。
(単に騎士の装いをそのままに再現した結果なのだがな……)
とはいえ、何を言っても誤解が大きくなることは目に見えている。覚った彼女は、心中でぼやきながらも、それ以上の反論をしなかった。
対するオリヴィエラはといえば、彼女の姿に感じ入るところがあったのか、ひとりでに何度も頷いていた。
「ここであったのも何かの縁だ。アンタをウチに迎え入れるのも悪くはない」
しばらく何事かを考えていた彼女は、ふと思い至ったかのように言った。
「――何?」
「ウチの幹部に引き入れるって言ったのさ」
思わず聞き返すカウスの肩に、オリヴィエラが手を添える。
「アンタ、強いんだろう? このシマを治めるには丁度いいじゃあないか」
「否定はしないが……しかし私の役目は」
「異論があるのかい?」
怪訝な眼差しの彼女を前にして、カウスは何も言えなくなった。
下手に口を挟めば容赦はしない――そう目が告げているように感じられてならなかったのだ。
「よし、アンタは今日からカルカロ・ファミリーの一員だ。よろしく頼むよ」
ポンポンと肩を叩きながら、オリヴィエラは嬉しそうに告げる。
そんな彼女を、カウスはなんとも言いがたい面持ちで見つめていた。
アルバトロス、それは南洋に浮かぶ長閑な楽園。
すべての争いから隔絶された闘いの世界。
外界の思惑など関係なく、ただ兵たちは闘戯に興じる――。