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乳歯

朝起きて歯を磨きながら、私は昨日のことを考えていた。駿くんに誘導されるようにして、先生のことを「大好きよ」なんて言っちゃったけど、私は先生の気持ちを聞いていない。なんか不公平だよね。

かといって、先生に「私のこと好きですか?」なんて聞けるわけないし・・。


家を出て、コンビニに寄って、駅から地下鉄に乗って・・いつもの道をクリニックに向かっている。その間中ずっとその事が頭から離れない!

駿くんはなんで私にあんな質問をしたんだそうか?

「正直に生きなくちゃね!」

確かそんな話題の話だったけど、なんで私だけばか正直になってるんだ・・。


まてよ、駿くんがパパのことを好きかって聞いてくるってことは、パパも私のことが好きだから!そして、二人が結婚をして私が駿くんのママに・・って、飛躍しすぎよね。

あーあ、なんか龍崎先生と顔会わせづらいよなあ。


空模様が怪しくなってきた。急がないと雨が降りだしそう。


「おはようございまーす」

「おはようございます」

「あの、龍崎先生もうみえてる?」

「いえ、まだだと思いますけど」

「そう」

「どうかしましたか?」

「いや、何でもないの」

「寿さん、またいつものスタイルに戻っちゃいましたね!」

「あーあ、昨日は特別よ」

「昨日は確か午前中内科に行ってたんですよね。それであのスーツを!」

「な訳ないでしょ」

「ですよねー」


私が更衣室に向かおうとしたとき

「おはようございます」

と後ろから龍崎先生の声がした。

「おはようございます」

と瑞季ちゃんの声。

私は振り向くことなく、そのまま前に進んだ。

「あっ寿さん、おはようございます」

先生の声が背中に聞こえたけど、私は振り向かなかった。

「あれ?」

「行っちゃいましたね」

「うん」

「寿さん、龍崎先生はまだかって聞いてたくせに」

「・・・」


更衣室に行くと、ルミがちょうど着替えを終えたところだった。

「おはようルミ」

「おはよう」

「ルミ、今日は副院長につくんだったよね」

「うん」

「悪いんだけど私と代わってくれないかな?」

「何を?」

「ルミが龍崎先生と組むってこと」

「別にいいけど」

「よかった!じゃあお願いね」

「理沙、なんかあったの?龍崎先生と」

「うんん、そうじゃないけど・・」

「嘘っ!何もなくて代わってなんて言わないでしょ」

「ん・・なんか先生と息が合わないというか・・」

「ふーん、わかったわ!今夜飲んだときに、わけを聞かせてもらおうか」

「えっ今夜?!・・だから・・」

あっ、行っちゃったよ。

ルミには嘘は通じないか!


今日の私の担当は、そう入れ歯のおばあちゃん。入れ歯がグラグラと安定しなくなったとか。

なるほど話をする度に、上の入れ歯が落っこちてくる。


「はい、じゃあ拝見しますから口を開けてください」

「あーん」ポトッ!また落ちた。

「川上さん、これはもう一度作りなおさないとダメですね」

「はあ・・もぐもぐ」

「土台の歯茎が痩せちゃって、入れ歯が合わなくなっちゃったんです」

「はあ・・もぐもぐ」

「作りなおすことでいいですか?」

すると川上さんは自分のハンドバッグを指差した。どうやらそれを取ってくれと言っているようだ。

私がハンドバッグを手渡すと、川上さんは、中から何やら取り出した。

入れ歯安定剤だ!

「これではダメなの?・・もぐもぐ」

「これではもう補いきれません」

「どうしても?・・もぐもぐ」

「どうしてもです!」

「・・もぐもぐ」悲しそうに落ち込む川上さん。

「川上さん、今のままだと会話もうまくできないし、それにご飯だって美味しく食べれないでしょ!」

「・・もぐもぐ」

「入れ歯をきちんとなおせば、会話は弾むし、ご飯は美味しいし、なにより元気が出ます!」

私は思いつく言葉を並べた。患者を勇気づけるのも歯科衛生士の仕事!

そして、ようやく納得してくれた川上さんだった。


ふと気がつくと、隣の診察室から子供の泣き声が聞こえている。

話を聞いていると、ぐらぐらになった乳歯を抜歯するか、このまま自然に抜けるのを待つかということらしい。

こんな時はケースバイケースだ!

乳歯の状態、その下の永久歯の状態、その歯が何番の歯か、それに顎の骨の発達具合など、色々状況を見て判断する。

今回はどうやら抜歯をするらしい。

しかし、いつの間にか子供の泣き声は消え、龍崎先生と会話をしている。

「このぐらぐらしている歯は赤ちゃんの歯なんだ。この下に大きくて丈夫な大人の歯が、早くお外に出たいよーって!」

「そうなの?」

「亮くんも生まれたときは赤ちゃんだったけど、ご飯をいっぱい食べて大きくなって、もう小学生だ。だから亮くんの歯も、赤ちゃんから大人の歯にならないといけないんだ。わかるかい?」

「うん」

「この赤ちゃんの歯を抜いてあげれば、大人の歯がすぐ生えてくるぞ」

「痛いことしない?」

「ちょっとだけ痛いかな。でも大丈夫、先生、なるべく痛くないようにするから」

「わかった」

「よし、じゃあお口を開けてごらん」

「あーん」

「よーし、そのままだぞ・・・はい!終り」

「ん?もう終わったの・・」

「ほら!」抜けた乳歯を亮くんに見せて笑う先生。

「わあっ!全然痛くなかった」

「うん、男の子だもんな!」


「先生ありがとう」

「うん、じゃあね!」

そして亮くんは、なにもなかったかのようにクリニックを去っていった。


「先生、お疲れさまです」

私は声をかけた。

「お疲れさま。寿さん、今日僕と組むんじゃなかったっけ?」

えっ、確認済だったの。

「いえ、私は副院長と・・」

「あっそう」


「今の男の子、1年生だったんですか」

「ああ、駿と同じ1組だって」

「そうですか。駿くんは今日からおばあちゃんの家ですか?」

「いや、僕のマンションに幸子さんが来てくれてます」

「ああ・・じゃあ安心ですね」

私は一応そう言っておいた。

「はい」

「あの先生・・」

「はい」

「えっと・・」

「昨日のことですか?」

「まあ・・」

「寿さんも、駿の誘導尋問に簡単に乗っちゃって!でも大丈夫です、気にしてませんから」

「はい」

気にしてないってどういうことよ!?私なんか全然眼中にないってこと。もうちょっと言い方ないんですか?先生。


そして朝の約束通り?私はルミに誘われて居酒屋にいた。

私もルミも基本日本酒党だ!もっともルミは、この間は紹興酒に呑まれていたのだけど。

「それでどうなの?」

「なにがよ」

「理沙と龍崎先生の関係よ!」

「関係って・・」

「まさかもう男と女の仲になっちゃったとか!」

「バカなこと言わないでよ!そんなことあり得ないでしょ」

「さすがにそれはないか・・」

「当たり前です。で、ルミはどうなってるの?飲み会で知り合った男と」

「まあ、それなりにってとこかなあ」

「なによその微妙な言い方」

「ん・・この間泊まりに行った!彼のところに」

「えっ!マジで?」

「だって私たちもうすぐ30才よ!急がないと」

「これだあ・・」


「理沙はさあ、龍崎先生のことどう思ってるの?好きなんでしょ」

「まあーね」

「だったらあとは押しの一手よ!」

「そう簡単にはいかないわよ。駿くんがいるのよ。それに怖いお義母さんも」

「ああ、あのお父様の再婚相手っていう」

「うん」

「年齢は私たちとあまり変わらないのよね?」

「確か35才」

「先生と夫婦って言っても全然違和感ないよね。むしろそっちの方が自然だわ」

「年齢だけ見ればね!」

「告白しちゃえば!何事もそれからよ」

「した!」

「した?」

「告白」

「えー!それで先生はなんて?」

「気にしてませんからだって」

「なにそれ、軽く振られてるじゃん」

「やっぱそうよね」

「だね」

「えーん!」

「泣かない泣かない!」


「じゃあ駿くんを利用しちゃいな!利用って言い方もあれだけど、駿くんを味方につけて協力してもらうのよ」

「駿くんを・・」

「ほら、駿くんは理沙にすごくなついてるじゃない!」

「うん、まあーね。でも強敵がもう一人いるのよね!」

「もう一人?」

私は昨日の出来事を全て話した。


「でも、別れた奥さんは関係ないでしょ!」

「そうだけど・・駿くんのことを考えるとね」

「ああ、そういうことねー・・」


ブーブー・ブーブー

その時私のスマホが鳴った。誰だろう?

発信者は龍崎先生だ。

「誰?」

「龍崎先生」

「えっ!」


「はい、もしもし」

「あっ理沙お姉さん、ぼく駿」

「駿くん?!どうしたの、パパは」

「パパ、今お風呂に入ってる」

「そうなんだ」

「あのねお姉さん」

「ん?」

「パパもお姉さんの事が大好きなんだよ!」

「えっ!!」

「ホントだよ!ぼく知ってるもん」

「駿くん・・」

「じゃあね理沙お姉さん」

「あっ、駿くん・・」・・切れちゃった。


「駿くんだったの?」

「うん」

「先生、どうかしたの?」

「うんん、そうじゃなくて・・」

駿くんの言葉をルミに言うのを、私はなんとなくためらってしまった。


ルミと別れ、家に着いたのは11時過ぎだった。

あれ?スマホに着信があったことを知らせるランプが点滅していた。

確認すると龍崎先生から!

時刻は10時45分。ちょうど地下鉄に乗った頃だ。

どうしよう?電話するべきかな。もしかして、また駿くん?

でもこの時刻には眠ってるよね。


すると、ブーブー・ブーブー

またスマホが鳴った。龍崎先生だ。

急用かな?

「もしもし、寿です」

「ああ、寿さん、龍崎です」

「どうしました?急用でも・・」

「あっいや、あの・・駿が電話しましたか?寿さんに」

「ええ」

「やっぱりな。スマホに履歴が残ってたもんで」

「ああ」

「駿のやつ何か言ってましたか?僕のこと」

「ん・・いいえ、ただ今日の学校のことを教えてくれただけで・・」

「そうでしたか。また迷惑なことを言ったんじゃないかと心配になって」

「いえ、そんなことはないですから」

「安心しました。すみませんこんな時間に」

「いえ」

「じゃあ、おやすみなさい」

「あっ、先生・・」

「はい?」

「・・おやすみなさい」

そして私は電話を切った。


駿くんが言ったこと、なんだったんだ?

「パパもお姉さんの事が大好きなんだよ!」って。

また明日、先生の顔がまともに見れないな。




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