同世代の女性
ルミに「お大事に」なんて言われると、ちょっと罪悪感を感じてしまうけど・・。
入学式ってどんな格好で行けばいいんだ?私はクローゼットを開けた。
ん?入学式に着ていけそうなのは無いか。
掛け時計を見ると午後7時、まだ間に合うわね。私はまた電車に乗り、大急ぎでお店に向かった。
「ふうーふうー」息が切れる。完璧な運動不足だわ。
「いらっしゃいませ」
どんなのがいいのかなあ?
色々体にあててはみるが、皆目見当もつかない。
「なにかお探しですか?」
「ええ、入学式なんですけど・・」
「お子さまのですか、おめでとうございます」
「はあ、どうも・・」
「それでしたらこちらにコーナーが有ります」
「コーナー?」
なるほどね。時期が時期だものね。
「こんなのはいかがでしょう」
店員が勧めてきたのは、淡いグレーのワンピース。
「ご試着してみますか?」
と聞かれたその時、私の目に飛び込んできたのはその値段。私が考えてた値段の2倍以上!とても手が出ない。
「いえ、結構です」
試着は慌ててお断りした。極めて冷静を装いながら。
やっぱりお金を出さないと、いいものは手に入らないのかしらね。
まずい、もう時間がないわ。閉店の時刻が近い。
私は恥をしのんで店員に聞いた。
「あの、1万円台でないですか?」
駿君には申し訳ないけど、明日の入学式でたった一度着る服に、そんなにお金は遣えないよ。
「それでしたら、こちらなんかはどうですか?」
次に持ってきてくれたのは、淡いベージュのもの。なかなかステキじゃない!色も形も私好みだわ。
でも、やはり気になるのは・・。
えーと・・¥12800・・元々の値段は、先程の物とさほど変わらないが、値引きがされている。よしこれだ!
試着室で着てみると、益々気に入ってしまった。これなら普通の食事会でも着れそうね!
「ありがとうございました」
なんか得した感じ。私はルンルン気分でお店を出た。
ショートケーキでも食べて帰ろうかな・・。そして私は、ふらっと喫茶店に入り、ケーキセットを注文。
「お待たせしました」
ケーキを口に頬張り、アイスティーのストローをくわえていると、そこに若いカップルが入店してきた。
いくつくらいの娘かなあ・・って瑞希ちゃん!受付の瑞希ちゃんだ。
まずい!
こっちに来ないでよー・・。
幸い彼女たちは、私のテーブルから遠くはなれた場所を選んでくれた。こんなところで見つかっちゃったら、明日の仮病がバレバレだもんね。
私は急いでケーキをたいらげ、逃げるようにして喫茶店を出た。
「ふうっ」危ないところだった。
この辺は瑞希ちゃんのテリトリーか!今後気を付けよう。
家にたどり着いた私は、もう一度買った服を着てみた。
いい感じ、いい感じ!
明日は龍崎先生が、出勤途中に駿くんをここまで送り届けてくれる。
寝坊は出来ないよね。
私は早めにベッドに入った。
そしていよいよ駿くんの入学式当日
私は目覚ましが鳴るよりも早く目をさまし、洗顔の真っ最中。
顔をあげると、素っぴんの顔が鏡に映る。まだまだいけるわね!
あっそうだ、髪型はどうしたらいいんだ?後ろで結ぶだけでいいかな・・。私は鏡の前で、あーでもない、こーでもないと、手で色々髪型を変えてみる。
こうして後ろでチョコント結ぶだけでいいよね!結局シンプルにそう決めた。
あと30分くらいで、先生と駿くんが到着するな。そろそろ準備を始めるか!
そして
ピンポン
「はーい」
「おはようございます、龍崎です」
私はオートロックを解除し、二人を迎え入れた。
ドアを出て廊下に出ると、ちょうど2人がエレベータを降りるところだった。
「駿くん!」
「あっ!理沙お姉さん」
駿くんはとびきりの笑顔で、私のところまで駆けてきてくれた。
「おはよう駿くん」
「おはよう!お姉さん」
「おはようございます」
「おはようございます、今日は宜しくお願いします」
「はい!任せてください」
「じゃあ僕は仕事に」
「はい」
「・・それ素敵ですね!」
「えっ?」
「そのワンピース」
「うん、お姉さんとってもキレイ!」
「そう・・ありがとう」・・なんていい親子なの!
「それじゃあ」
「パパ行ってらっしゃい」
「お姉さんの言うことちゃんと聞くんだぞ!」
「うん」
「じゃあ、お願いします」
「わかりました」
そして、先生はまたエレベータに乗り込んだ。
「よし、駿くんお部屋に入ろうか」
「うん」
「駿くん、テレビつけてもいいよ」
「はーい」
「えっと、オレンジジュースか牛乳、どっちがいい?」
「ぼく牛乳!」
「よし、じゃあ私も牛乳にしようかな」
テーブルに運ぶと、テレビではちょうど小学校の入学式のニュースをやっていた。この辺の小中学校は、みんな今日が入学式なのね!
とそのときだった。私は肝心なことを知らなかったのだ。
駿くんが入学する学校の名前も場所も、私は知らないではないか!
あっ、駿くんが知ってるわよね。
「駿くん、駿くんが入学する学校って何小学校?」
「ん・・」
えっ!もしかして知らない?
「ん・・あっ、□□小学校だ」
ふうっ、知ってたか。
「それで、その□□小学校ってどこにあるか知ってる?」
「ん・・」
駿くん、場所知ってるよね・・?
「ん・・わかんないや」
「・・・」私の顔は一瞬で青ざめた!
どうしよう・・。
「理沙お姉さんも知らないの?」
「実はそうなんだ」
「じゃあ携帯で調べたら!」
「あっそうか!さすが駿くん」
「そろそろ出掛けましょうか」
「うん」
私たちは携帯ナビを頼りに、小学校を目指した。
「駿くん、一緒に学校に行くお友だちはいないの?」
「うん、ぼく船橋から引っ越して来たんだもん」
「船橋って千葉の?」
「うんそうだよ」
「じゃあ小学校にいったら、いっぱいお友だちをつくらないとね!」
「うん!」
学校の近くまで来ると、駿くんと同じ新1年生たちが、お父さんとお母さんに手をひかれ、学校に向かう姿があちこちにあった。
そして私たちが校門に近づくと、ひとりの女性が誰かを探しているようだった。
「あっ!幸ばあ」
「えっ!」
よく見るとその女性、確かに駿くんのおばあちゃん。つまり、龍崎先生の義理のお母様だ!なんで!?先生ちゃんと話してくれなかったのかなあ。
「どうしよう?理沙お姉さん」
まさか、無視して通り過ぎることもできないし。仕方ない、ご挨拶しよう。
「いきましょ駿くん、幸ばあのところへ」
「お姉さん大丈夫?」
「うん」
そして私と駿くんはその女性の目の前に。
「あっ!駿」
「おはようございます」
「あなたはたしか・・」
「龍崎先生と、同じクリニックで働いている寿です」
「ああ、この前駿のお見舞いに来てくださった」
「はい」
「でもなんであなたがここに?真司さんはどうしたんです」
「はあ、実は先生が受け持っている患者さんが急に歯痛で来院されて、先生も急きょクリニックに向かわれたんです。それで、わたしが駿くんの入学式に」
「そうでしたか」・・この目は完全に疑っている。
「あの・・私は・・」
「ああ、もう結構ですよ!あとは私が付き添いますから」
「そう・・ですか・・」
確かにあかの他人の私が式に出るより、親族が出席するのが本当なんだろうけど・・。
「理沙お姉さん、一緒に入学式に行こうよ!ねー」
「・・・」
「駿、お姉さん迷惑だから」
「お姉さん、迷惑なの?」
「そんなことないよ!お姉さんだって楽しみにしてたんだから」
「楽しみに・・」
まずい!いっそう怪しまれちゃうわ。
「さあ駿、幸ばあと行きましょう」
「嫌だ!」
「駿!?」
「駿くん!?」
「ぼくが理沙お姉さんにお願いしたんだよ!入学式に出てって」
「駿くん・・」
「理沙お姉さん行こう!・・幸ばあも来ていいけど・・」
「まあっ・・」
こんなわけで、式には3人で出席することに。小学生と同世代の女性2人。周りにはどんなふうに映るんだろう?!なんかとっても嫌な予感が・・。
そして、私の嫌な予感は、意外なかたちで的中した。
なんとも不思議な関係の3人は、学校の中庭を通り会場の体育館に向かっていた。すると、聞き覚えのない女性の声が、駿くんの名前を呼んだ。
「駿!」
振り向くと、そこには私たちと同世代のもうひとりの女性が立っている。
そして私は直感した!
この人は駿くんのママ、龍崎先生の元奥様だと。
「あっ!ママ」
「恵子さん!」
「ご無沙汰しております」
「ママ、ぼくの入学式に来てくれたの!?」
「うん」
「この事は真司さんは知っているのですか」
「いえ・・」
先生と奥様の離婚の原因も、先生が駿くんを引き取ったいきさつも何一つ私は理解していない完全な部外者!二人の会話に到底入り込めない。ああもう、どうしたらいいの?先生助けてー。
「駿の入学式に出席するのはいかがなものかしら」
「・・・」
「お帰りください」
幸子さんは冷たくそう言い放った。
その時、恵子さんと呼ばれたその女性が、私の方にちらっと視線を向けてきた。あなたは誰なの?そんな視線を!
「あっ、初めまして。寿と申します。あの、龍崎先生と職場が同じで・・」
「ドクターですか?」
「いえ、歯科衛生士です」
あら、なんか上から目線だわこのひと。歯科衛生士も立派な職業よ!
「もしかして真司さんの新しい彼女?」
「いえ、違います!」
この状況で 、ハイそうですなんて言えるわけないわ。
「さあ行きましょう。早くしないと式が始まってしまうわ」
「幸ばあ、ママは?」
「ママには帰ってもらいます」
「・・・」悲しい顔の駿くん。
でも駿くんなりにこの状況は把握しているようで、それ以上何も言わない。
「わかりました。自分の立場も考えず、勝手な行動をとってしまい申し訳ありません」
「真司さんも恐らく私と同じ意見だと思いますよ」
「わかってます」
「ママ・・」・・駿くん・・。
「せっかくですからみんなで出席しましょうよ!駿くんの入学式。みんな他人じゃないんですから」・・言っちゃった。
そんな私の言葉に、二人の女性がこちらを向いた・・怖っ!
そういうあなたは何なのよ!・・そんな感じで。
こうして、小学生と同世代の女性3人、それぞれの思いを抱き入学式に向かったのでした。