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トラ、パンダ、キリン

「痛ててててっ!」

私がお昼休みに入ろうとしたとき、急に院長先生が右頬を押さえだした。

「院長先生、どうされました?」

「いやあ、昨夜から急に歯が痛みだしてねー」

「えっ?!」

「歯科医としてお恥ずかしい話なんだがね」

「それは困りたしたね。龍崎先生をお呼びしましょうか?」

「すまないがそうしてくれ」


私は急いで男子休憩室に向かった。

コンコン

「寿です、龍崎先生いらっしゃいますか」

ドアが開き、龍崎先生・・じゃなくて駿君が現れた。

「理沙お姉さん、どうしたの?」

「あっ駿君、パパいるかな?」

「うん、パパ、理沙お姉さんだよ」

すると奥から龍崎先生が姿をみせた。

「どうしました?」

「院長先生が大変んです!すぐ来てもらえますか」

「大変って?」

「歯痛です!」

私はイタズラっぽく言った。

そんな私の顔を見た先生も、含み笑いを浮かべてる。


私は診察室に向かう龍崎先生の後を追った。

「院長、どうされました?」

「歯が痛くてね」

「椅子に掛けてください。みてみましょう」

「頼むよ」

「右下の奥だ。8番」

「ん?院長、親知らずまだ抜いてないんですか?」

「ああ、まだある」

「ほとんど歯茎に埋まって見えませんね。レントゲンを撮りましょうか」

「そうだな」


そして院長先生の歯列が画面に表示された。それを見て龍崎先生は一言

「抜歯します!」

「いつ?」

「今すぐにです!」

「うっ」


「なぜ今まで放っておいたんですか。年齢がいくと厄介になることぐらい、院長も十分ご承知のはずですが」

「面目ない。患者には口がすっぱくなるほど言ってるんだか、いざ自分のこととなるとおっくうでねえ、つい・・」


院長先生が痛がっている親知らずは、ほとんど真横を向き、すぐ横のの歯をぐっと押し付けている。こりゃあ大変なオペになりそうだわ!歯科衛生士の私にも、それは容易に想像できた。


「先生、本当に今から抜歯するんですか?午後一に予約が入ってますけど」

「大丈夫!昼休みの間に終わらせるから」

「でも、横向きに生えてて難しそうですけど」

「平気平気!僕抜歯得意だから」

「はあ・・」


「じゃあ麻酔からしてゆきます」

先生の助手には私とルミがついた。


さすが龍崎先生!鮮やかな手さばきで抜歯の工程を進めていく。

歯茎を切開し歯を削り、その歯を2つに割って・・抜歯。

有言実行とはまさにこの事ね!

私もルミも、先生の術式にただ見とれているだけで、ほとんどなにもしていない。

最後に切開部分を縫合して

「はい終わりました」

って早っ!!


そして、龍崎先生は何事も無かったかのように、午後の診察にあたった。

カッコいい!龍崎先生。


そして花見当日

私は大きめの鞄を持って、板橋区役所前駅に急いだ。鞄の中身はもちろん先週買ったお菓子がいっぱい!

電車がホームに入り、ゆっくりとドアが開いた。

「理沙お姉さん!」

元気な駿君の声。

「おはようございます」

「おはようございます」

「おはよう!理沙お姉さん」

「おはよう!駿君。今日はいいお天気で良かったね」

「うん」


「荷物重そうですね。網棚に上げましょう」

「すみません」

「あれ、そんなに重くはないんだ」

「はい、ただ大きいだけです」

席は丁度3人分空いていた。

真ん中に駿君を挟んでこうして座っていると、完全に父、母そして息子だね。

そう思うと、自然と顔がほころんでくる。


巣鴨駅を経由して山手線で上野駅に。そこから歩いて約5分、私たち親子?は動物園に到着した。

入場券を買いいざ園内へ。

「駿君は何が一番好きなの?」

「動物で?」

「うん」

「えーと・・トラ!」

「お姉さんは?」

「私は・・パンダかな!」

「じゃあパパは?」

「パパは・・駿!」

「違うよ、動物で」

「そうだなあ・・キリン」

「ぷっ!」思わず噴き出してしまった。

「寿さん、そこ笑うとこですか?」

「十分笑えましたけど」

「パパ、女の子みたいじゃん」

ほらね。

「そうかあ・・」


東園、すぐに見えてきたのはパンダだ。やっぱり一番人気はパンダのようで、人の数が半端じゃない。

ちょうどお食事タイム。

「駿君、パンダだよ」

「ん?何食べてるの」

「笹よ。あっちがシンシンで、こっちがリーリー」

「かわいいね」

「でしょ!」

シンシンとリーリーお疲れ様!


「駿、次はトラだぞ」

「ん?どこにいるんだ」

「ホント、いないね?!」

「あっ、ほらほらあの木のうしろ」

「あっ!いた」

「わあー、駿君、来たよ!こっちに」

トラはどんどんとこちらに近づいてくる。もう目の前、ガラス越しのすぐそこだ!すると

『ガオー』

吠えた!迫力満点というか・・怖い。

「うわ、吠えた」

「駿が会いたがっていたから、挨拶にきたのさ」

「トラさん、こんにちわ!」

『ガオー』

「ほら」

ホントにご挨拶してるみたいだね。


他にゴリラやホッキョクグマ、ゾウさんも元気いっぱい。春だもんね!


「少し休憩しますか?」

「そうですね。じゃああそこのベンチで」

「ホントにいいお天気で良かったですね。暑い位だわ!」

「ええ、汗が出ますね」

「よいしょっと!はい駿君」

私は大きな鞄をそのまま駿君にあずけた。

「ん?」

「開けてみて」

「うん」

駿君は小さな手で鞄のチャックを開いた。

「うわ!お菓子がいっぱいだ」

「どうぞ召し上がれ」

「ありがとう、理沙お姉さん」

「すみません、わざわざ」

「いいえ。ところで龍崎先生」

「はい?」

「明日どうするおつもりですか?駿君の入学式」

「仕事は休めないので、母に頼みました」

「そうですか」

「えっ、パパ明日来れないの?」

「うん、幸ばあが代わりに行ってくれる」

「なんだつまんないの」

「駿君、幸おばあちゃん好きでしょ?」

「うん」

なんだか浮かない顔だ。

「理沙お姉さんだったら良かったなあ」

「えっ!私」

「駿、それはダメだよ!お姉さん、仕事だってあるんだから」

「やっぱりね・・」

益々浮かない顔の駿君。困ったなあ。


「僕あそこでお茶買ってきます」

「すみません」

そう言って、龍崎先生は売店に向かった。


「駿君、ホントはパパが良かったんだ!?」

「うん、でもお仕事だから・・」

「・・お姉さん、行ってあげようか!」あっ、言っちゃった。

「ホントに!・・でもお仕事は?」

「なんとかなるわ」・・ルミお姉さんに頑張ってもらえばね!

「やったあ!」

「何がやったあだ?駿」

ペットボトルを抱え、先生が戻ってきた。

「私が行ってあげるって言ったんです!明日の入学式」

「えっ!?」

「ねえ、パパ、いいでしょ?」

「でもそれは現実的に無理では・・?」

「先生、私のおでこ触ってみてください」

「おでこ?」

「そう、おでこです」

先生は左手をそっと私のおでこにあてた。

「熱っぽいでしょ!」

「いや・・」

「そんなはずありましん!頭痛がしますから」

「ん・・そう言われると・・」

「だから明日仕事お休みします。入学式が終わるまで」

「でも・・」

先生、でもじゃありません。私もう決めちゃいました!


西園では、ペンギンの行列やカバのあくび、ゾウガメのゆっくりとした歩みを楽しんで、最後は先生お待ちかねのキリンだ。

「うわー!首が長ーい」

「ホントね」

「100メートルぐらいかな?」

「100メートルはオーバーだよ駿。だいたい2メートルぐらいかな」

「2メートルかあ!」


「龍崎先生、先生はどうしてキリンなんですか?」

「またその話ですか」

「なんか興味があって!」

「ん・・なぜか好きなんですよ。あの愛くるしい表情が」

「はあ」・・キリンの表情かあ?キリンに表情なんてある?


園内を一回りしたところで、私たちは食事をとった。

隣のお店で、駿君はトラのぬいぐるみをゲット!


そして今私たちは 、不忍池のほとりを歩いている。

「あっ!見て 、あれアヒルかな?」

そう言って駿君が指差したのは、水面をゆっくりと滑るアヒル?を型どったボート。

「駿、あれ乗ってみようか!」

「えっ、いいの!?」

「いいとも」

「乗りたーい!」

「確か 不忍池弁財天の方に乗り場があったと思ったけど、行ってみようか 」

「うん、理沙お姉さんも一緒に乗るよね」

「もちろんよ」

「イェーイ!」

「ふふふっ」先生と私は顔を見合わせた。


先生の言った通り、ボート乗り場は 不忍池弁財天の隣にあった。

もしかして先生、昔奥様と乗ったことあるの?

「3人乗りだと・・ちょうどスワンが3人乗りだ!」

「良かったね駿君。スワンだからアヒルじゃなくて白鳥ね」

「ふーん、白鳥かあ!」


「あっ、スワンが帰ってきたよ」

「うん」

そして私たちはスワンに乗り込んだ。

先生と私は漕ぐ係、駿君は真ん中で運転手。駿君、安全運転でね!

「出発!」

「よいしょ・よいしょ」

意外と重いのねこのペダル。


「先生、よくご存じでしたね!ボート乗り場」

「実は前に一度乗ったことがあるんです」

やっぱり!私の勘が当たったわ 。

「駿も初めてじゃないんだぞ!スワン」

「えっ?」

「2才の時、ママと一緒にね!」

「そうだったんですか」

「ぼく全然覚えてないよ」

「そうだろうな」


駿君のママかあ。いや、先生の奥さんってどんなひとだったんだろう?きっと綺麗なひとだったんだろうな。そういえば、この前先生のお宅にお邪魔したとき、写真とか気がつかなかったな・・。まあ、見えるところに写真なんて置いてあるはずないけど。

駿君、ホントのホントは、ママが良かったんだよね!入学式。


15分も漕いでいると、もう脚がパンパンだ!後の半分は先生に任せちゃおーっと。


「よーし、船長、そろそろ元の場所に戻りましょうか!」

「OK!」

運転手じゃなくて船長さんか!

そして船長は、ハンドルをぐるっと回した。


ボートを降りると、先生が聞いてきた。

「さっきの話ですけど」

「さっきってキリン?」

「違います!駿の入学式のこと」

「はあ」

「寿さん、本気ですか?」

「もちろん本気です!」

「困ったなあ」

「ですから先生、お母様にはうまく言っておいてくださいね」

「うまくって?」

「私が行くなんて言ったら大変でしょ!だから先生が行くことにして・・」

「はあ」

「駿君、駿君も内緒にできる?お姉さんが明日行くこと」

「うん!」

先生より駿君の方が分かりが早いじゃないですか!


そして、渋々、先生もOKした。

さあ、忙しくなるぞー!!

早めにルミにメールしとこーっと。



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