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BMW

私はいつものようにコンビニでサンドイッチを買って駅の階段を下りた。そして、雨に濡れた折り畳みの傘を持ち電車に乗り込んだ。今日は月曜日、車内はギューギュー。私の頭はまだ昨日のことを引きずってるようで、やや憂鬱ぎみ。


「おはようございます」

「おはようございまーす!」

受付から元気な声が返ってくる。


更衣室にいくと

「おはようルミ」

「おはよう・・理沙、今日も顔が疲れてる?」

「色々あってね」

「さては、ふられたな!?」

「そんなんじゃないよ!」


そして

「龍崎先生おはようございます」

「おはようございます」


「あっ龍崎先生、土曜日はお疲れさまでした」

「本田先生、おはようございます」

「あや?今日息子さんは」

「実は一昨日の夜から熱を出しまして」

「おや、それはいけませんね。じゃあひとりで家に?」

「いえ、私の母が来てくれてます」

「そうですか。お大事にしてください」

「ありがとうございます」


私が診察室で準備をしていると、龍崎先生の姿が目に入った。

本当なら挨拶をしなくてはいけないけど、私はそれをためらっていた。

なんとなく顔を合わせづらい。

私の昨日の行動を先生は知らないはずだけど、それでもやっぱり・・。

あっ!やばい。先生がこっちを見てるよ。

私はトイレに行くふりをして、逃げるようにその場を立ち去った。


今日は副院長とコンビを組む。ふっう、今日ばかりは龍崎先生でなくて良かった。


診療の椅子に座るのは、58才男性。左上奥歯に銀歯を被せるため、今日はその型取りをする。


「はい、じゃあ口を大きく開けてください。型取りしていきますよ」

そして型取りの粘土が口のなかに。

「寿さん、じゃあここを押さえててくれるかな」

「はい」

私は右手の指を患者さんの口に入れ型を押さえ始めた。

すると、何かが私のその指に触れてくる。

私は押さえている指を動かすことができず、なるべく違うことを考えるよう努めた。

しかし、私の指に触れるその物体は、徐々に動きを大胆にしていった。

げっ!これはこの男性の舌だ。そう確信した私は、思いきって目隠しのタオルを、左手でパット持ち上げた。

すると一瞬のうちに舌の動きは止まり、男性の表情に緊張がはしっている。

そんな男性を私は一瞬睨み付け、タオルをまた目の上においた。

しばらくすると男性の舌はまた動き出した。

なんとかこのいやらしい動きを止めなければ!

その時、私の視界に入ったのはクリーニング用の歯みがき粉!

私はその蓋を左手で器用に開け、掌に握った。

そして躊躇なく、開いている口の隙間にチューブの開口部を押し込み、力の限り中身を押し出した。

よし!これで撃退完了ね。


当然いやらしい動きは止まり、やがて口から泡があふれてきた。そこに戻ってた副院長。

「はい、そろそろいいでしょう」

そう言いながら型を外していった。


副院長は当然異変に気づいてるはずなのになにひとつ驚いた表情は見せず、私に一言いった。

「寿君、これはちょっと・・やり過ぎかなあ」

「すみません」

そんな副院長の顔は微笑んでいた。

すべてお見通しだったんですね!副院長先生。


「では一週間後に予約入れておきますね。お大事にー!」

受付の瑞希ちゃんの言葉にも反応することなく、その男性はそそくさと帰っていった。


そういえば駿君の姿を今日は見てないなあ。

そこに龍崎先生がやって来た。

「寿さん」

「あっ龍崎先生」

「副院長から聞いたよ!大変だったね」

「いえ」

「しかし、歯みがき粉攻撃とは・・僕も初めて聞きました」

「お恥ずかしい」


そして私は思いきって聞いてみた。

「先生、昨日は花見と動物園、どうでしたか?天気があまり良くなかったですけど」

「ああ、実は一昨日の夜から駿が熱を出しちゃって。それで行ってないんですよ」

「えっ!」

「来週行くことに!」

「そうだったんですか!」

その瞬間、私は重たい気分から一気に開放された感じ。

「寿さん、なんだか嬉しそうじゃないですか」

「いえ、そんなことは」

「でも思いっきり笑顔でしたよ!今」

「そうですか?!それより駿君は大丈夫なんですか?」

「ええ、今日はおばあちゃんが来てくれてます。僕のお袋です」


ごめんね駿君、駿君が熱をだして苦しいときに、笑っちゃったりなんかして・・。でも、すごく安心しちゃったから!だから許してね。


「理沙お疲れー」

「あっお疲れー!」

「理沙、何かいいことあったでしょう」

「なんで?」

「顔がにやけてる。朝とは雲泥の差よ!」

「そう」

「ねえ、何があったのよ」

「別に何もないわよ」

「うそ!教えてよ」

「・・イヤです」

「もう、ケチ」


「そうだルミ、今日駿君の様子をみにいこうと思うんだけど、ルミも行かない」

「行くって龍崎先生の自宅に」

「うん」

「そうねえ、行ってみたいけど・・やめとく」

「あら、食いついてこないのね」

「実は今日は先約があってさ」

「先約が?」

「うん。だからごめん!」

そう言い残して、ルミは足早に帰ってしまった。変なルミ。


そして私は再び龍崎先生のBMW に!

朝からの雨が、わずかにまだ続いている。ワイパーに飛び散る雨粒。

「駿君、熱下がってるといいですね」

「さっき連絡したらもう熱はないそうです。食欲も戻ってるみたいで」

「良かった!」

「ええ」

「じゃあ私、お見舞いに行くこともないかな?」

「そう言わないで、是非来てください。駿も喜びます」

「はあ、でも・・お母様が・・」

「お袋なら気にしないで下さい。フランクな性格ですから」

「はあ・・」


そしてBMW は龍崎邸へ。

さすがに緊張するなあ。

とその時、私の背後にいた先生が

「わあっ!」っと大きな声をだし、私の両肩を叩いた。

「えっ!!」

何が起こったの?


「緊張、ほぐれたでしょ!」

「先生、もう脅かさないで下さい」

「ごめん、リラックスしてもらおうと思ったんだけど・・」

「そんなことされたら逆に緊張します!」

もう、先生ったら・・。

でもなんとなく緊張は収まったかも。


そしてドアの前につくと、先生は上着のボケッとから出した鍵を鍵穴に差し込んだ。

えっもう!先生、ちょっとだけ深呼吸させて。

私のそんな願いも虚しく、一気にドアが開けられた。

「ただいまあ」

「おかえりー!」

駆けてきたのは駿君だ。


私はまだ玄関には入らず、陰に隠れながら駿君の名を呼んだ。

「駿君!」

「ん?」

「駿君、だーれだ?」

「あっ!」

駿君は慌てて靴を履き、表に出てきて私の姿を確認した。

「あっ!理沙お姉さん」

「なんで?なんでお姉さんがいるの」

「駿君のお見舞いよ!熱はどう?」

「もう元気になったよ」

「お姉さん、お家に入ってよ。早く早く!」

「さあどうぞ」

「幸ばあー、お姉さんが来てくれたよー!」

「じゃあちょっとだけ・・お邪魔します」


すると奥からひとりの女性が現れた。

「えっ!若い!!」

「いらっしゃい。さあどうぞお上がりになって」

「失礼します」


若い!それにすごく綺麗だ。このひとが先生のお母さん?もしかしてお姉さん?

「あの・・先生、あの方は・・?」

「お袋です」

「はあ・・・」

「驚きましたか?」

「めちゃ驚いてます!」

「実は親父の再婚相手でして、年齢は僕と3才しか変わりません」

「なるほど」

「実の母は4年前に病気で」

「そうだったんですか」


「そこで何立ち話してるの。早く奥に入ってもらって」

「ああ」


そして、私と先生もリビングへと入っていった。

「突然お邪魔しまして。初めまして寿理沙ともうします」

「真司の母です。義理の・・ですけど」

「はあ」


先生が確か32才だから、このひとは35才。私と6才しか違わないじゃない!


「駿君、さっき、さちばあーって呼んでたよね。おばあちゃんのこと」

「うん、名前が幸子だから幸ばあーって呼ぶんだよ」

「ふうーん」


そして

「じゃあ私はそろそろ・・」

「あっそうだね。送っていくよ」

「いえ、電車に乗ればすぐですから」

「理沙さん、送ってもらいなさい。夜遅くに女の一人歩きは危ないわ」

「じゃあお願いします」

「はい」

「どうもお邪魔しました」

「いいえ、またいらしてください」

「駿、すぐ帰ってくるから待っててよ」

「うん、お姉さんバイバーイ」

「バイバイ」


「今日はわざわざありがとうございました」ハンドルを握りながら、先生はそう言った。

「いえ」

またまたBMW に乗っちゃったな。この助手席は私の指定席!?なわけないよね。

「あの先生」

「はい」

「携帯の番号教えてもらっていいですか?」

「いいですよ・・090-○○○○-○○○○・・掛けてみてください」

言われて、私はボタンを押した。


『プルプル・プルプル』


「OK、届いたみたいですよ」

「はい」


あっという間にBMW は私のマンションの前に。

「ありがとうございました」

「お休みなさい」

「お休みなさい、先生、気を付けて」

「はい。あの寿さん」

「はい?」

「いつでも電話して下さいね」

「・・はい」

BMW は行ってしまった。


先生の携帯番号聞いちゃったな!

なんとなく私は、先生からステキなプレゼントをもらった気分。

いつでも電話してだなんて。


いつの間にか雨はすっかり上がっている。

明日もまた仕事だ。シャワーを浴びて早く寝なくちゃ!

今夜眠れるかな・・?!


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