表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

桜坂

私は部屋に入るとそのままベッドに倒れこんだ。なんだかドロッとした疲れが、体全体を支配しているようだ。今日の夕飯どうしようかな・・。

私はほとんど料理はしない。夕食はいつも外食。定食屋、蕎麦屋、ラーメン屋、パスタに回転寿司と、家の周りになんでもある。

「だから料理が上手くならないんだよな」なんて、ただのこじつけだろうか。

今日は外に出るのもおっくう!ピザでもたのもうかなあ・・。


私もルミも昨日の疲れがとれないというのに、受付の二人は今日も街にくり出すんだとか言ってたけど。

確か瑞希ちゃんが23才で、千穂ちゃんが24才だったかな。このわずか5~6才の差がこたえるんだよねー!


ベッドの上でだらだらしていると、テーブルの上のスマホが震えだした。 ルミからだ。

「もしもし理沙、何してる」

なぜか妙に声が元気だ。

「別に何も。それよりルミ、すごく声が弾んでない!」

「日中の私が嘘のようでしょ」

「うん」

「仕事終わってさ家に着いたらすごく元気になっちゃってさ」

「羨ましいよ!その体質と性格が」

「性格は関係ないでしょ」

「どうかしたの?」

「ほら千穂ちゃんたちがさあ、今日も飲みにいくって言ってたじゃない。私たちも合流しない?」

「えっ今から」

「ねえ、行こうよ」

「ごめん、私はパスするよ」

「何か予定あるの?」

「・・明日さ、明日早いんだよね!だからさ」

「残念!」

「明日何があるの?まさかデートじゃないでしょうね」

「違います。彼氏いませんから」

「あっそうでした」

「じゃあお見合いとか」

「まさか」

「だよね!じゃあ私も今日は静かにしてようかなあ」

「そうしたほうがいいよ。もうすぐ30才なんだから」

「理沙もだよ」

「私はまだ29才になったばかりです。早生まれですからね」

「わかった、じゃあまた月曜日ね」

「うん、ごめんね」


私は1月生まれだから確かに早生まれなんだけど、この年齢になるとそれをすごく強調したくなっちゃうのよね。ほとんど無意味な反抗なのは知ってるけど・・。


それにしても私、明日何か予定なんてあったっけ!?ましてや朝早くからなんて。

そっか、駿君が言ってた午前9時っていうのが、頭に残ってたのかもな。


明日の天気、東京都台東区上野・・曇りかあ。でも雨の心配はなさそうだな。あれ?何で私が明日の上野の天気なんか気にしてるのよ。


志村坂上~上野、午前9時・・30分くらいで着いちゃうのね。

9時02分に志村坂上だったら、区役所前は・・。

何やってるんだろう私は。一緒に行きたいの?


マルゲリータを頬張りながら、缶コーラのふたを開けた。

独りぼっちでビザを食べても美味しくない。

テレビも私の気を引く番組はやってないし、早めに軽めのシャワーを浴び、私はベッドに横になった。乾かすのが面倒だから、髪は明日の朝洗うことにして。


翌朝、私が目覚めたのは午前6時過ぎ。すでに外は明るさを帯びているが、東よりの窓から陽の光が入ってくることはない。予報通り今日は曇り空か・・。

昨夜ベッドに入ったときから、私の気持ちは落ち着かない。これが何のせいなのか私は薄々気づいている。


朝御飯どうしょうかな・・。冷蔵庫を開けてもあるのは牛乳と野菜ジュースだけ。料理しないんだから当たり前かあ。いつもなら仕事帰りにコンビニで、日曜の朝食を買うんだけど、昨日は先生にマンションの前まで送ってもらっちゃったから。

私は仕方なくコンビニまで行くことにした。


マンションを出ると、空は曇っているけど風は暖かく春のにおいだ。もうコートなんて全然要らないね!


♪ラララ・ララララララ~・・。

こんなときは自然とメロディーが口をつく。福山雅治の『桜坂』が。

この歌のモデルとなった場所が実際にあるっていつか聞いたことがある。そこも今ごろはきっと、桜が満開なんだろうな。


コンビニに入ると一組のカップルが雑誌をのぞいている。ちらっと横目に入ったそのページには、満開の桜並木が、アスファルトに見事なトンネルを作っていた!

それを見たとき、私の気持ちは勝手にひとつの決心をしてしまったのだ。


それからの私はなぜだか気分がウキウキ!買い物かごには、サンドイッチのほか、ポテトチップやポッキーやチューインガムなど、いくつものお菓子類がそこを占拠していた。


部屋に帰ると、サンドイッチと牛乳でさっさと朝食を済ませ、私はバスルームに向かった。

いつもより多めの石鹸で体を洗い、いつもより入念にシャンプーをした。

♪ラララ・ララララララ~・・。

濡れた体をバスタオルで拭くときも、ドライヤーで髪を乾かすときも口をつくのは当然桜坂!


着ていく洋服を決め、お化粧を済ませ、大きめのバッグにお菓子を詰めた。

そして午前8時45分、私は家を飛び出した。


私がホームについたのは午前8時59分。確か志村坂上を午前9時02分発だったから、次に入ってくる電車に龍崎先生と駿君は乗っているはずだ。

乗り込む車両は最後尾!昨日もここで二人と会えたんだものね。


一方こちらの家では

「駿、一応お薬を飲んでおこうか」

「うん」

「それと冷たい枕」

「パパ、明日動物園行けるかなあ?」

「熱さえ下がれば大丈夫だ。だから今日はもうお布団に入ろうか」

「はあーい」


翌朝

「熱は下がらないか・・」

「パパ・・?」

「駿、今日は出掛けるの無理みたいだな」

「えー、楽しみにしてたのに」

「来週の日曜日にしよう動物園は。今日無理して出かけて、もっと熱が出ちゃったら大変だからな」

「うん」


板橋区役所前駅のホームに、今電車が入ってきた。

私は少し緊張しながら電車の中に。昨日はここに駿君が、そしてあそこに龍崎先生が立っていたんだけど・・今日は姿がない。

もしかして他の車両?私は動き出した電車の中を、前方に歩き出した。しかし、二人の姿はどの車両にもない。

どうしちゃったんだろう?私の気持ちはたちまち不安でいっぱいになってしまった。

次の電車かもな・・。

私は不安な気持ちを持ちながら、とりあえず巣鴨駅まで行ってみることにした。上野に行くにはここで山手線に乗り換えるはずだからだ。


板橋区役所前から巣鴨までは5分あまり。あっという間に着いてしまった。私は電車を降り辺りを注意深く見渡した。

当然二人の姿はなく、私は無意識にスマホに手をのばしていた。

あっ・・龍崎先生の電話番号なんて聞いてないや。


それから何本くらい電車が通りすぎていったのだろう。

二人の笑顔に会うことは出来なかった。


当たり前だよね・・約束なんてしてないんだから。あーあ、何やってんだろう私は。


落ち込むところまで落ち込んだ私の気持ち。それを懸命にこらえながら、独り反対方向の電車に乗り込んだ。


♪ラララ・ララララララ~・・。

桜坂が自然と口をついた。

さっきとは全然違う桜坂になって。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ