スイカの思い出
夏休み最初の日曜日
「♪スイカを食べてた夏休み 水まきしたっけ夏休み ひまわり 夕立 セミのこえ・・」
私は朝からスイカを切っている。昔の歌を口ずさみながら。昨日から冷蔵庫にあったスイカはもうひんやり!美味しい食べ頃をむかえていた。
「理沙ママ、おはよー!」
駿くんにこう呼ばれるのも大分なれてきた。
「おはよー!駿くん。スイカ切ったよ。ほら見て」
「うわー!美味しそう」
「でしょう!」
「パパはまだ寝てた?」
「うん」
「じゃあ先に二人で食べちゃおうか!?」
「二人じゃなくて三人でしょ!」
そう言って、駿くんは私のお腹に目をやった。
「そっか」
「いただきまーす」
「いただきまーす」
ガブリっ!
「美味しいね!」
「うん!」
夢中でスイカを頬張る私達。駿くん
の頬っぺには、スイカの種がついている。
「ねえ駿くん、大きくなったら新幹線の運転手になりたいって教えてくれたことあったでしょ!」
「うん」
「今も同じ?」
「ん・・同じ!」
「私が小学校の頃はね、近所にカッコいいお兄さんがいて、その人のお嫁さんになりたいなあって、ずっと思ってたんだ」
「ふーん」
「でもね、そのお兄さん、ある時、遠いところに行っちゃってね、結局その夢は叶わなかったんだけど・・」
「ふーん」
軽く返事をしながら、駿くんはスイカをもりもり食べている。いつの間にか、頬っぺのたねはなくなってる。
スイカを食べると思い出すことがある。それは小学校3年の夏休み。近所の優しいお兄さんの家で、私は冷たいスイカをご馳走になっていた。
私より10才年上だったそのお兄さんは、歯学部の1年生だった。
でもある日突然、本当に突然知らない町に引っ越してしまった。幼かった私は、その理由を知らない。
私が歯科衛生士を目指したのも、もしかしたら、そのお兄さんにどこかで会える、そんな思いがあったからなのかもしれない。
この子が生まれて将来の夢を教えてくれたとき、私はどんな感想を抱くのだろう?きっと陰から日向から、一生懸命応援しちゃうんだろうな。
駿くんの夢は新幹線の運転手、来年になったら、そしてもっと先の未来、駿くんはどんな夢を私達に話してくれるのだろうか。
楽しみにしてるよ!駿くん。
「おはよう」
「ん・・パパ遅いよー!」
「うん。おっ、スイカだな!」
「先に頂いてます」
「どれ、じゃあ僕も・・ガブリっ!」
「美味しいでしょ!?」
「うん、うまい!」
「ねえ、真司さん。真司さんのちっちゃい頃の夢って何だったの?大人になったら何になりたかった・・」
「なんで急にそんな話?」
「今駿くんと、子供頃の夢のお話をしてたの。ねー駿くん」
「うん」
「駿は、将来何になりたいんだ?」
「えっと・・パパには内緒かな!」
「理沙ママには教えたのか?」
「うん」
「ずるいじゃないか・・」
「へへぇー・・」
「それで理沙ママの子供の頃の夢は?」
「私も内緒にしとこうかなあ・・」
「はっ?なんだそれ」
「じゃあパパには発表してもらいましょう!はいパパ、子供の頃の夢は何だったんですか?」
「えっと・・サッカー選手かな!これでもサッカー上手かったんだぞ」
「あら初耳!」
「そうだった?」
「うん」
「それがなんで歯医者さんに?」
「それがさあ、今でも忘れない高校の時だなあ。子供の頃から歯だけは丈夫で、歯医者に行ったのはそれが初めてだった。歯痛でね。その時に診てくれたドクターがカッコ良くてさあ!」
「それが動機?」
「ああ」
「単純!」
「悪かったですね単純で」
「ふふふっ」
「名前は確か・・山下先生だったかな」
「えっ!」
「そのカッコいい歯医者」
「山下、下の名前は?」
「そこまでは知らないなあ。どうかした?山下先生が」
「いや、私もね、山下先生っていう歯医者さん知ってるから。正確にはまだ歯学部の学生の時だけど」
「わかった!理沙さんの初恋の人だ」
「小学生の頃のよ」
「やっぱりね!」
「ちなみにその山下先生って、何歳ぐらいの人?」
「ん・・僕より9~10才上だったと思うけど」
「ほぼ合ってるわ」
「でも山下先生なんて、日本に何人いると思う」
「そうだけど・・」
そして、スイカをたっぷり食べた駿くんは
「ごちそうさまー!」
「はーい」
「駿、宿題やっちゃえよ!」
「わかってるー」
しばらくして
「理沙さん、まだ考えてるの?」
「うん、気になっちゃって・・。真司さんが高校の時って船橋だよね?」
「うん」
私は幼い頃の思い出を、真司さんに話した。
「そんなに気になるなら訪ねてみようか?ドライブがてらに」
「・・・でも、10年以上たつのよ。まだいるとは思えないけどなあ」
「善は急げ!とりあえず行ってみよう」
「えっ!今から」
「うん」
「今日、日曜日よ」
「ぼくが診察してもらったのも日曜日さ!」
わりと行動力のある真司さん。スイカの思い出から現実へ。どんなことが待っているのか?ただの人違いっていう可能性だってあるのに・・。
そして私達を乗せたBMW は首都高を走り、京葉道路で江戸川を越え、原木の出口を目の前にしている。
「ここから下りればすぐのところだよ」
「うん」
「あっ!ここ知ってる。ほらあそこのマンション。前住んでたとこだ」
そう言って、駿くんは左の方を指差した。
「よくわかったな駿」
「うん」
「あのマンションが前の家。そしてもう少し先には、ぼくが三重から越してきたとき住んでた家がある。正確にはあったかな。もうその一帯が商業施設になっちゃったから」
「ふーん、そうなんだ・・」
ここが、ちょっと前まで住んでた駿くんの故郷かあ・・。見れて良かったな!もし尋ね人がいなくても、ここに来れただけで満足だわ。もしかして、それが目的だったの?真司さん・・。
車はあっという間に目指すクリニックに到着した。
「ここがそうなの?」
「ああ。近くにはいたけど、あれ以来来てないからなあ・・」
私達は車を降り、クリニックのドアを開けた。受付で真司さんは係の人と話している。名刺まで出して。なるほど、その方が話は早いかもね!
そして、真司さんが戻ってきた。
「お待たせ!」
「どうだった?」
「山下先生、確かにいるよ!山下拓実先生」
「山下拓実・・先生・・」
「名前・・合ってる?」
「うん」
山下拓実、その言葉を聞いた私の体は、小刻みに震えていた。
「今、往診に出ているらしい」
「そう」
そして十数分後・・。
「ただいま戻りました」
「お疲れさまです。先生、あちらの方が先程からお待ちですけど・・」
そして、その背の高い男性はこちらを振り向いた。私の脳は一瞬にして、あの頃にタイムスリップしていた!
「拓実さん!?」
私はそう声にしてみた。
「・・理沙ちゃん?」
「はい」
「いやあー、ビックリだ!いったいどうしたの?」
「スイカを・・」
「スイカ?」
「スイカを食べてたら、拓実さんのこと思い出して、それで・・」
「それでわざわざ」
そして、拓実さんの視線は、真司さんと駿くんに。
「すみません。ご挨拶が遅れました。龍崎真司と申します」
「龍崎駿です」
「主人と息子です」
「あっそう!山下拓実です。理沙ちゃんとは幼馴染みというかなんというか・・」
「理沙ママ、おじちゃんのことが好きだったんだって!」
「えっ?!」
「こら、駿くん!」
「先生が初恋の相手だったそうですよ!」
「真司さんまで!」
そのあと、拓実さんは少し時間をつくってくれて、私達を喫茶店に連れていってくれた。あの頃とちっとも変わってない拓実さん。現在は二人の子供のパパだという。
突然引っ越してしまったのは、お父さんの仕事の都合だったとか。そして、サヨナラも言わないままで申し訳なかったと・・。
拓実さんと別れ、私達はBMW の中。
「せっかくだから、このままディズニーランドまで行っちゃおうかー!」とノリノリの真司さん。
「行っちゃえ、行っちゃえ!」
「行っちゃえ、行っちゃえ!」
ノリノリの駿くんと私。
そうして車は、湾岸線に入っていった。
真司さん、今日はありがとうね!
そして拓実さん。会えて嬉しかったです。