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ダイエット

「いいですか、歯ブラシはこう当ててあまり力を入れすぎないで磨いてくださいね。前歯は縦方向を磨いたら、今度は横方向も忘れずに。歯ブラシの角度は45度。奥歯はこうやって親知らずの奥まで磨いてください。わかりましたか?」

「わかったけどお姉さん、俺が使ってるのは電動歯ブラシだけど・・」

「えっ!」・・なんでそれを早く言わないの!

「その場合はどうしたらいいのかね?」

「その場合は、一緒に付いてくる説明書通りに磨いてください!」・・たくもう!


そんなやり取りをしていたのは、ルミと40才代男性だ。

「理沙、今の聞いてた?俺が使ってるのは電動歯ブラシだけどだってさ。その場合はどうしたらいいのかねって、そんなの知るかっての!」

「そんなに興奮しないしない!しわが増えるわよ」

「・・理沙、今日はお昼どうする?」

「まだ決めてないけど」

「じゃあ、外でランチといきますか」

「そうね、行こうか!」

「理沙は何食べる?」

「ん・・ルミは?」

「とびきり辛いカレーライスかな」

「カレーライスねえ・・賛成!」


そしてここはカレー専門のお店。

ルミが注文したのは、 トウガラシパウダーのきいた10倍カレー。ちなみに私は1倍カレー。

「ルミ、この前、彼のご両親と会ったんでしょ!?どうだった」

「うん、意外と気さくなご両親だった。フランクって言うか話しやすかったかな」

「そう、良かったね!」

「それがそうでもないのよ」

「えっ?」

「彼次男なんだけど、どうやら将来的にはご両親と同居することになりそうなの」

「まあ、無いケースでもないんじゃない」

「レアよ!ものすごくレアケース」

「で、長男ってひとは何やってるの?」

「俗に言う引きこもり!」

「ありゃあ!それはちょっと問題有りかもね・・」

「そうなのよ。大学はね一流を出てるんだけど、就職活動がうまくいかなくて、そのまま引きこもっちゃったみたいなの」


そこへカレーが運ばれてきた。いっそう鼻にかかる更新料の香り。

「いただきまーす」

「いただきます」


「で?」

「迷ってる!」

「迷ってるの?」

「そう、迷ってる!」

「で、会ったの?」

「会ってない」

「会って話してみたら」

「引きこもりと?」

「うん」

「無理でしょ!引きこもってるんだもん」

「そっか」

「そうよ!」

「困ったね」

「困った!」


ふうーっ辛っ!1倍でこんなに辛いんだから10倍っていったら・・あれ?

「ルミ、辛くないの?」

「全然、普通よ!」

「そうなんだ」

「うん、普通普通!」


そして仕事も終わり、週末からからはGW!が始まる。うちのクリニックは暦どおりの休暇しかないから、3~5日の3日間が最高だ。世間では9連休とか10連休とかあるらしいけど。

「GWはどうするの?ルミ」

「一応彼と出掛けるけど・・」

「じゃあ、よく話し合ってみるんだね」

「うん、そのつもり」

「じゃあ空いてるときはメールして!」

「OK、わかった!」

「じゃあね!」

そういえば私、龍崎先生にホテルの本預けっぱなしだったな。今からじゃ宿なんて取れないよね・・。


ルミと別れ水道橋の駅に向かっていると、聞き慣れたクラクションが小さく鳴った。

そして私は助手席に乗り込んだ。

初めはひとの目を気にしながら車に乗り込んだものだが、最近は意外と堂々と乗り込む。職場の仲間たちもほとんどが知ってることだし・・。


「先生、お疲れさまです」

「お疲れさま」

その時私はお尻に違和感を感じた。何かの上に腰かけてしまったようだ。

「先生、何かあります!」

「えっ?」

「よっと・・ああ、本です!三重のホテルの」

「ああ、ゴメンゴメン。お尻ケガしなかった?」

「このくらいでケガなんかしませんけど」

私は薄暗い車のなかでページをパラパラとめくっていった。

「もう、予約できないですね・・」

本に視線を向けたまま、小さく言ってみた。

「何か言った?」

「えっ・・いや、ひとりごとです」

「そうだ寿さん、3、4、5って何か予定入れちゃった?」

「3、4、5って、GWのですか?」

「そう」

「いいえ何も」

「良かったら、僕たち親子に付き合ってもらえるかな・・」

「付き合うって、また買い物ですか?」

「いや、三重の旅!」

「三重の旅・・」

「どうかな?」

「えっ!!三重の旅!!」

「実は幼馴染みの実家が旅館をやってて、連絡してみたんです。ダメもとで。そうしたらちょうどキャンセルがあって、ひと部屋空いてるって言うから、とりあえずおさえてあるんだけど」

「先生、本当ですか?その話」

「もちろん本当だよ」

「先生だあーいすき!」

私は運転する先生に思わず抱きついてしまった。

でも、こういうパターンって、よく映画とかドラマではありがちだけど、まさか私にそれがおとずれるなんて・・夢じゃないよね。あーあ歯科衛生士でよかったあ!!?


「先生、今日、どこかでご飯食べませんか?あっもちろん駿くんも一緒です」

「うん、構わないけど」

「じゃあ、区役所前のファミレスはどうですか?私、先にお店で待ってますから」


そして

「理沙お姉さーん!」

「駿くん、こんばんわ」

「パパが、お姉さんが待ってるから行こうって!」

「うん、駿くんと一緒にご飯食べたいと思って!」

「そうなんだあ」


「駿くん、この本覚えてる?」

「うん、遠足の本でしょ」

「今度パパが、私と駿くんを連れていってくれるって!」

「ホント?パパ」

「ホントだよ!」

「やったあ!」


「先生の幼馴染みの旅館て、どんな感じなんですか?」

「ん・・どんなって・・普通かな」

「そっか、普通かあ・・」あまり期待し過ぎると後が悲しいからなあ。

「確かその本にも載ってたけど!」

「えっ!」

「確か一番最初に」

「一番最初!?」

一番最初って先生、それはいくらなんでも・・。

「一番最初って、先生これですよ?この立派な建物・・」私はページを広げ、先生の前に差し出した。

「ああ、そこそこ!それがそうさ」

「えー!」


注文した料理が運ばれてきても構わず、私はガイドブックを食い入るように見つめた。

旅館☆☆邸・・大きなお風呂に贅沢過ぎるくらいの料理の数々。部屋はすべてオーシャンビュー・・!

そして何より私の目を釘付けにした文字、それは『露天風呂付き客室』、それを見た瞬間、私の頬っぺたは灼熱と化した。

「お姉さん、ご飯食べないの?」

「・・・・」

「パパ、お姉さんどうしちゃったのかな?」

「寿さん、寿さん!」

「・・あっはい!」

「料理、冷めちゃいますよ」

「あっ、どうも・・」

「お姉さん、そんなにおもしろいことが載ってるの?その本」

「おもしろいって・・そう・かな」

「じゃあ、あとでぼくにも教えてね!」

「ぷふっ」吹き出す先生。

「先生、なんですかぷふっって」

「なんか滑稽でさ」

「もう、先生!」

「ごめんなさい」


「パパ、遠足は車で行くの?」

「ああ、パパが運転してくよ!」

「お姉さんは車運転できる?」

「私はペーパードライバー」

「なにそれ?」

「運転免許はあるけど、実際に車は運転しないの」

「ふーん、変なの」

「変?・・ですか」


私は料理の味もわからないままお店を後にした。

そして車は私のマンションへ

「ごちそうさまでした!私から誘ったのに」

「いえ、また機会があったら」

「理沙お姉さん、バイバイ!」

「バイバイ、駿くん」

「じゃあ」

BMW が角を曲がるのを確認して、私はマンションに入った。


部屋に戻っても、私の興奮がさめることはなかった。

シャワーを浴び鏡の前に・・。

ん・・やっぱりこの辺の肉が気になるなあ。私はお腹の肉を指でつまんでみた。今も、露天風呂付き客室という言葉が、私の全身を支配している。旅行まで1週間、そこで私はある決意をした!それはダイエット。龍崎先生にこの醜い体を見せるわけにはいかない・・。


翌朝、私はまだ真新しい自転車を、駐輪場から引っ張り出した。今日からはこれで通勤だ!

食事も炭水化物はなるべくとらず、カロリーはひかえめに、もちろんお酒なんてご法度!

よーし、露天風呂のために頑張るぞー!

私は自転車にまたがり、ゆっくりとスタートしていった。

んーん、朝陽が眩しーい。私は着ていたウインドブレーカーを脱ぎ、前のカゴに放り込んで、白山通りをひたすら南に走った。この調子だと30分もかからないでクリニックに着けそうだ。


するとそこに信じられない光景が展開していった!結構なスピードが出てる私の自転車を、軽々と追い抜くひとつの自転車があったのだ。こんなときはなぜか燃える!私はギアを一段あげて、両脚に力を込めた。

ん?待って?あの後ろ姿は?もしかして?龍崎先生?!

私は必死に龍崎先生らしきひとを追った。

そして、やっと信号で止まるその自転車の横に並ぶことができた。

「やあ!おはよう寿さん」

「おはようって、先生なんで自転車なんですか?」

「理由は、寿さんと一緒かな!」

「私と・・じゃあダイエット?」

先生は、今のところその必要は無いわよね。

「健康のため!少しは体を動かさないとって。寿さんはダイエットなの?」

「まあ、そんなとこです」

「何で急にダイエットなんかを・・」

「それはその・・秘密です!」

理由なんて、口がさけても言えないわ。

信号が青にかわり、私たちは再び自転車をこぎ出した。

「先生、速すぎますよー!」
















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