未来予知
「先生、早く治してください。右の頬が痛くて痛くてたまらないんです」
「どんな痛み?キリキリとかチクチクとかズキズキとか・・」
「ん?ズキンズキンだ!」
「みたところ虫歯はしっかり治療されてますね。レントゲンを撮って調べましょう」
「ああ」
「じゃあ、レントゲン室にご案内しますね」
私は歯痛にもがくその男性を、レントゲン室まで案内した。
「そこ段差がありますから、気を付けて・・」そんな私のことばを途中で遮り、転んでゆく男性。
「ああー、痛ててて!」ありゃあ、遅かったですね。
「大丈夫ですか?」
「あーもー、踏んだり蹴ったりだ」
「すみません。今度バリアフリーを申請しときます」
「・・・」お気の毒様!
「じゃあ、ここに顎をのせて前を見ててください。撮影しまーす」
「息を止めるときは、大きな声で言ってくれ」
「その必要は無いですよ」
息を止めたら死んじゃいますからね!
・・「はい、終わりました。ではまた、診察室の方に戻ってください。足元には十分気をつけて」
そして、診察室のモニターに画像が映し出された。
「龍崎先生、お願いします」
「はい、どれどれ・・」
「どうですか?先生」
「あー、これは副鼻腔炎です」
「副鼻腔炎?」
「ほら、ここの空洞にこんなに膿がたまってます」
「これが痛みの原因ですか?」
「間違いないですね!ここでも抗生物質は出せますが、耳鼻科でみてもらった方がいいかも知れませんね」
「耳鼻科で!?」
「はい、この二件隣がその耳鼻科です」
「ふうっ」そりゃあため息も出ちゃいますよね。
「お大事にどうぞ」
そんな千穂ちゃんの言葉にも耳を貸さず、その男性は耳鼻科へと歩いていった。
歯痛だけではない。何か身体に不調があると、人は気持ちが滅入ってしまうもの!腰が痛いとか膝が痛いとか、ちょっと微熱があるだけでもそう。
子供の頃はおまじないがあって、お母さんに『痛いの痛いの飛んでゆけー!』なんて、そう言ってさすられるだけで、不思議なほど痛みは和らいだ。
病は気からなんて、昔の人は言ってたらしいし。今もかな?
さすがに患者に対してそんなおまじないをするわけにもいかず、けど、精神的な支えになってあげるのも私達の大事な仕事!歯科衛生士だって例外ではないよね。
「あのー、龍崎先生」
「はい?」
「私を診察してくれたとき、何か忘れてましたよね」
「何かって?」
「だから・・普通目隠しをするじゃないですか!タオルをまぶたにのせて」
「はい」
「でも、私の時はそれがなかったんどすけど?」
「寿さん、必要でしたか?」
「必要かって聞かれても・・」
「でしょ!だから目隠しはしませんでした」
「先生はやりにくくないんですか?患者からじろじろ見られても」
「普通の患者なら、ちょっと気になるけど!」
「ということは・・わたしは気にならない!?」
「そうかもしれません」
「それってまさか、私に魅力が無いってこと・・では無いですよね!?」
「ん・・・」ん・・ってこの間は何なの。
「先生!」
「近くから顔を見てみたいって女性もいるってことかな!」
「え?」
「それに、ペロリされちゃったし」
「うっ・・」そこをついてきたか。
「今日はこのまま早く帰れそうですね」
「ええ」
「駿、喜んでましたよ!寿さんとのデート。帰ってからもずっとしゃべってました」
「そうですか。喜んでもらえて良かったです」
「でもなんで駿をデートに?」
「なんで・・かな」
「今度また3人で、どこか出掛けたいですね!・・あっ、すみません勝手にそんなことを」
「いえ、私も同感ですから」
「ならよかった」
「駿君、学校どうですか?」
「楽しそうですよ!来月には運動会だって、今から張り切ってます」
「運動会・・運動会って秋じゃないんですか?」
「そうじゃないみたいで。僕らの時は秋が定番でしたけど」
「私もです」
とそこに現れたのはルミ。
「龍崎先生、お疲れさまです」
「お疲れさま」
「なに二人でこそこそやってるんですか?」
「ルミ・・」
「いや、駿のことを話してたんですよ。最近は5月に運動会があるって」
「運動会かあ・・私あまり好きじゃなかったなあ」
「そうなの?」
「私、運動音痴だから」
「確かに、どの子供も運動会が好きとは限らないかもしれないな」
「ちなみに先生は好きでしたか?運動会」
「僕も走るのが遅い方だったから、そんなにウキウキ・ワクワクでもなかったかな」
「寿さんは?」
「私は大好きでしたよ!」
「走るの速いんですか?寿さん」
「いつもリレーに出てました」
「じゃあ、逃げても逃げ切れないし、追いかけてもとても追いつかないな!」
「なんですかそれ?」
「いや別に」
「寿さん、是非駿の運動会来てやってください!」
「はあ」
「寿さんの走りも期待してます」
「なんで私が走るんですか?」
「ほらP T A とかのがあるじゃないですか」
「あるじゃないですかって・・」
「じゃあ僕はこれで」
あっ、行っちゃった。
「ねえ理沙、逃げても逃げ切れないとか言ってたね!?」
「追いかけても追いつかないとも言ってたわ」
「なんのこと?」
「さあ?」
「理沙追いかけてる?龍崎先生のこと」
「そんなことないわよ。今のとこ・・。逃げてもないしね!」
「でも、これからはわかんないよね」
「どうかなあ・・」
「もしかして、未来予知の言葉だったりして!」
「私と龍崎先生が、追いかけたり逃げたりするってこと?」
「うん!愛の駆け引きでね」
愛の駆け引きかあ。ルミもしゃれたことを言うものね!龍崎先生となら望むところよ。だから先生、早く私に好きって言ってくれないかな。モタモタしてると私からモーションかけちゃうわよ!