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即興小説

絶望の闇からの

作者: 瀬古冬樹

 一寸先も見えない暗闇の中、呆然と立ち尽くしていた。


――私はここで何をしていたのだろう。


 思い出そうとしても、思い出せない。ここがどこなのか。どうしてここにいるのか。

 そもそも、私は誰なのか。

 性別……は、自分の体を触る限りでは女だ。

 年齢や名前は全く思い出せない。

 ふと気付いた時には、この場所でこうして立ち尽くしていた。まるで、私という存在が突然、この姿形でこの場所に現れたかのようだった。ほんの一瞬前まで、この世界には存在しなかった私という存在が、なぜかこの世界に現れてしまったかのように。


 考える。

 ここで立ち尽くしていて、私はどうなるのだろうか。気付いたらまた何もわからず、違う場所で立ち尽くしているのだろうか。

 わからない。


 立ち尽くしていて状況が変わるとも思えないので、とりあえず場所を移動してみることにした。

 両手を上下左右前後に動かしてみたが、何も触れる物はなかった。今度は右足を可能な範囲で動かしてみたが、やはり何もない。次に左足を動かしてみたけれど、やはり同じだ。

 自分の体の向きからして前方に向かって一歩、踏み出してみた。

 それから両手両足を順番に、主に前方に向かって動かしてみた。


 そうやって何もないのを確認しながら、一歩ずつ前へと進んだ。

 どれだけの時間そうしていたのかわからない。何歩前に進んだのかもわからない。自分の歩幅だってわからないから、どれだけの距離を進んだかもわからない。

 わからないことだらけだけれど、それでも最初の位置からはそこそこ離れたと思う。

 光はどこにも見えなくて、いくら両手両足を動かしても床以外には何もなくて。

 永遠に続くとしか思えない闇の中を、それでも何もしないよりはマシだと、延々と前に進み続けた。


 あるのは床だけ。

 見えるのは、暗闇に塗りつぶされた黒色だけ。

 聞こえるのは、自分の息遣いと足音だけ。


 何もない。

 何も見えない。

 何も聞こえない。


 何もわからない。

 何も思い出せない。


 私は誰だ。

 私はどこに向かっている。

 私は、私は、私は……!!


 突然、絶望が私に襲い掛かってきた。

 何か触れる物はないかと、両手両足を動かすことができなくなった。

 当然、前に進むこともできなくなった。


 私は延々と、果てなくこんなことを続けるのだろうか。


 絶望が、恐怖が、闇が、私を包み込む。

 視界も思考も、全てが闇色に塗りつぶされた。



 気付けば、私はまだ闇の中にいた。

 衝動的に、方向も何も確認することなく、がむしゃらに足を動かして走った。

 どこに向かっているのかもわからないけれど、とにかく走った。


 そして何かに躓いて転んだ。


 転んだのだ! 何かに躓いて!


 その時の喜びを、私はなんと言い表したらいいのかわからない。ただ、大きな喜びが体中を駆け巡り、絶望が希望に変わった。

 体の向きはそのままに、足の裏を床から離さないようにしながら一歩、また一歩と慎重に下がる。足を左右に動かして、他の場所も確認していく。

 四歩ほど下がった時、ようやく先ほど躓いた何かが足の裏に触れた。そのまましゃがみこみ、今度は手で何かを確認する。手のひらに触れたそれを握りこみ、立ち上がる。

 その何かは丸くて表面はつるつるしていた。大きさは片手では包み込めないけれど、両手ならすっぽり覆うことができる。それくらいの大きさ。


 もう一度、その何かを両手でしっかりと握りこむと、周りをゆっくりと見渡す。

 どこを見ても一寸先も見ることが叶わない闇が広がっているばかり。けれど、その闇はもはや絶望で塗りつぶされはいない。見つけた何かが希望となって、その闇に紛れ込んでいる。

 ためらいはなかった。

 何かを両手でしっかり握り、走り出す。

 どこにあるかわからない出口に向かって。

 手の中の希望を落とさないように。



 そして、何かに躓くたびに、闇は希望に満ちていく。

 ここは私にとって希望に満ちた闇。



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