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ステャルナ・ミラム─ルビー─

作者: しげもり

「レニー=ハウザー…!!」



自分の名を呼ぶ、夢の夢で一度会ったきりの少女は、遠目に見て分かる程に殺気に満ちていた。彼女を怒らせるような心当たりなど全く無かった。ファティマはそんな事情も知りはしない。


「あらら~…奴さんメチャクチャ怒ってるよ。元カノ?」


「───な訳ないだろ!」


などと呑気に言い合っていると、少女は高さ10メートル以上は軽くある崖からその身ひとつで飛び降りた。


「─っ危ないっ……」


そう言って少女を助けに近付こうとすると、ファティマに腕を強く引かれて制止された。少女はまるで猫のように衝撃をいなし、ふわりと着地した。それを見たレニーは安堵の表情を見せるが、少女は相変わらず憤怒の形相で地面を蹴る。蹴られた地面はひび割れ、少女は加速して人とは思えぬ速さでこちらへ来る。


直後、ファティマに突き飛ばされ、ファティマは既に剣を抜き少女へと切っ先を向けた。


「おい!!止め───!!」


レニーの制止虚しく、ファティマは剣を振るう。レニーは少女が『ゲームオーバー』になる所を目の当たりにする───そう思った。


何が起こったのか良く解らなかったが、恐らく少女は脚でファティマの斬撃を弾き返した。ファティマもそれを予測していたかの様に追撃する。二人の動きが瞬きの如く速く流れる様なので、レニーは目で追うのもやっとだった。それにファティマがあの少女と互角に渡り合う力を持っている事すら、レニーは今知ったのだ。


少女が勢いをつけて高く跳ぶ──ファティマは手に先程レニーの武器を調べた時に使用した道具を持ち、「“アナライズ”」と言うと、何やら空中に電子スキャンされた文字が浮かんだ。それを見たファティマが青ざめる。少女が踵を振り下ろす。

「──がっ…─」

思わず呻きを上げ、よろめくファティマに少女の猛攻が続く。此処まで終始無言を貫いていた少女の唇が閃くように動く。

「───プロメテウス」

すると只でさえ凄まじい威力の彼女の脚が、黒い大鎌のような帯を纏い、ファティマを蹴り飛ばした。ファティマは街道の反対側の岩壁に打ちつけられ、ヘッドホンからアラート音が鳴っていた。『ダウン──HPが50を切りました──アイテムを使用してください──ダウン──』



すると少女はレニーの方へ向かい、再び地面を蹴る。

「──っひ…──」

レニーには少女の動きが全く読めなかったので闇雲に身を捩る。少女は次は拳を奮いレニーを岩壁に追い詰める。

「返せ!!」

少女はいきなり大声でそう言うと、レニーの腕を掴んだ。レニーは訳が判らずに掴まれた腕が折れそうに痛むのを耐えて少女を抑止しようとする。

「…──ま……まま待って!!か、返せって…──俺、何も取ってねえよ!!」

それでも少女はレニーの言葉など聞く耳など持たずに

「返せ!!私の───“コード”を!!!」


同時に振り上げた拳がレニーの背後の岩壁をクレーターのように抉った。レニーは衝撃で意識が遠のき、その場にへたり込んだ。


すると漸く彼女は攻撃の手を止めた。

「“レニー=ハウザー”、なんで反撃しない?やっと私に“コード”を返す気になったの?」

ぐったりして声も出ない様子のレニーを見て、少女はファティマが使っていた道具を出して「アナライズ」と呟きレニーを『調べた』。

「……?レベル…8?プレイ開始6時間……?」

まだぜーぜーと息を荒げているレニーに、少女はやっと理知的に声を掛けた。

「キミ──誰?」





その日は少女に連れられ街道を抜けた先の森の『中継キャンプ“トワイライト”』と言う場所で野営する事になった。

どうやら“トワイライト”の範囲内では森でもモンスターが現れないようだった。落ち着きを取り戻した少女が申し訳なさげに薪に蒔をくべていた。

レニーも落ち着いて少女をちらり見る。薪が火花を散らすと彼女の顔の睫毛の影も揺らいだ。

──因みにファティマは野営を組んだ一角に寝かせておいた。アイテムを使えば目を醒ますらしいが、ゲーム序盤のレニーはアイテムが惜しかったし、少女が『一晩眠れば体力が回復するから』と言うので放っておく事にした。


レニーの視線を感じて少女はレニーと漸く目を合わせた。レニーは何だか高揚して裏返った声で尋ねた。

「──あっ、なまえっ──何ていうの?」

少女は薪に視線を戻してぽつりと名乗る。

「───ルビー……」

「──フェッ、アッ、いい名前だね、ルビー!」

ルビーの頬が僅かに染まった気がしたが、薪の灯りにも見えたのでレニーは何も言わなかった。

ルビーは何か言いたげに手をもじもじさせていた。

「どうかした?」

そう尋ねるレニーに、ルビーは少し押し黙って居たが、やがて少しずつ言葉を紡ぐ。

「ごめんなさい…あの…私キミが“レニー=ハウザー”…─だと、思って…」

「いや、確かに俺はレニー=ハウザーなんだけど……ルビーの…何だっけ?“コード”?は盗んでなくて…──えーと…」

するとルビーがこう続けた。

「多分…キミの“前”のユーザーがアカウントを乗り換えたんだと……思うよ。“コード”が書き換えられてる、から…」

そう言ってルビーはレニーのブレスレットを指差した。レニーはそれに気づき

「ああ、これが“コード”って言うの?」

と、聞くとルビーは小さく頷いた。

少しの間、互いに沈黙していた。レニーは以前の“レニー=ハウザー”に思いを馳せていた。『浩多』の心当たりは、このブレスレットを自分に託した『父親』だった。

──だけど確証がない憶測を口には出せず、先程謎に思っていた事をルビーに尋ねた。

「──なあ、さっきの『アナライズ』ってしてたの、何?」

ルビーはちらりとレニーを一瞥し、腰のバッグから先程の道具を取り出した。

「これ、“ルーペ”。使うと敵とか…物とか、レベルが解る。……強い敵との闘いは、こうやって避ける。」

レニーは身を乗り出し

「─へえ!すげー!やってみたい!」

そう言うと自分の道具袋からルーペを取り出し、ルビーに向けて『アナライズ!』と言ってみた。すると自分とルビーの間に電子スキャンが現れ、情報がずらずら出てきた。ルビー・レベル57・プレイ開始283時間・武器プロメテウス───

「レベル57!?俺まだレベル8だぞ!?」

「……うん…低い──ね。」

アイテムを使ってはしゃぐレニーを見て、ルビーがくすりと笑った。

「─あ、笑った!良かった!」

そうレニーに言われ、ルビーはぷいと反対を向く。

レニーはふと母の言葉を思い出す。

「そういや俺の母さんがさ…現実のね。どんなに自分が辛い目に遭ってても、ちょっとでも笑ってろって。──そうすれば大体いい方向に行くってさ。簡単に言うけどな。今ルビーが笑ってんの見て思い出したよ。」


ルビーはまだ向こうを向いたままだったが、耳が赤いのでなんとなく表情が読めた。


「あの──ね─。」


ルビーが話し出す。会話が苦手なのかレニーが苦手なのか解らなかったがたどたどしい口調だった。


「キミ──…“レニー=ハウザー”がどこに居るか、知らない…─?私、コードが無いから…」


「ごめん…知らない……」そう言って苦笑した。その後、目覚めた時のファティマの言葉を思い出す。『コードが無いとログインもログアウトも出来ない─…』

「じゃあ、ルビーは…どうしてるの?」

素朴に疑問に思い尋ねると、ルビーは視線を落とした。

「“ここ”で……生活してる…─」

「──…っ、それって…」

ルビーはくすぶる火を眺めながら

「『私』は、寝たきり。」

そう言う彼女の瞳の空虚感に、レニーは押し黙る。一体どれほどの時間、たった独りで、夢を見続けていたのだろう。レニーは思わず口を突いた。

「っ─…じゃあさ!俺と一緒に“レニー=ハウザー”だった奴探そうよ!今俺“ここ”始めたばっかだけど、レベル上げも兼ねて──さ!そこに寝てる奴──ファティマって言うんだけど、一緒に!あいつ俺に色々教えるって言ってたけど、ルビーが居てくれたらもっと心強いし!」


レニーの突然の提案にルビーは目を丸くしていたが、暫く経ってからこくりと頷いた。


「──よし!よろしく!ルビー!」

「──…うん…レニー……よろしく…─」


そう言ってお互い握手をした。ルビーが寝たきりでも、握った手は温かく、“ほんもの”だった。

不意に意識が揺らめく。頭の片隅に声がする。

「もう…起きるみたい…」

ルビーがそう言うのを最後に、『浩多』は目を覚ます。──というより、覚まさざるを得なかった。

「コルァー!!浩多あー!制服シワッシワじゃないのバカタレー!!」

相変わらず雑な母の起こし方だったが、余韻に浸っていられる時間でもなく、ぐしゃぐしゃの制服で学校へ送り出された。



春の陽気、都会の街並みでも分かる緑の匂い。

──早く夢を見たい。──君に会いたい。




───nextend───

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