98.闇討ち御免!
枕投げ合戦は佳境。
いつしか誰もが本気になって、白熱した戦いを見せていました。
あの後、顔面にパイを食らった勇者様もとうとう我慢の限界を迎えたのか……
…というか、むきになってしまったようで。
勇者様の勇者様による、サルファの為の反撃が始まったのです。
そしてそこに参戦する、他の男達。
私とせっちゃんはほぼ、蚊帳の外状態。
だけど不参加なんて面白くないことはしません。
いつの間にか見せ場は勇者様と第一班の一騎打ち(一騎じゃない)に移っていました。
その流れに取り残された私達。
第二班は、野郎共の醜い争いには加わらずに独自の動きを取る方針に決めまして。
そうして私達は、そっと視角から隙を窺い背後を狙う、無差別攻撃に踏み切りました。
背後を見せたが最後、三人がかりの確固撃破です。
よく似た、カバのぬいぐるみ。
どうやら四個セットらしいぬいぐるみを片手に二つずつ、構えて。
まぁちゃんは向かってきた敵のぬいぐるみを避ける如く遮蔽物…
勇者様の寝台の背後に回ると、するすると栗鼠よりも素早い動きで天蓋の上へと。
そこから「とう!」とばかり部屋の壁、天井へと三角蹴りを放ちます。
そうして、予測の難しい軌道上から、四つのぬいぐるみが立て続けに放たれました。
「喰らえ、ヒポパタマス四兄弟!」
「まぁ殿、俺だってそんな手に惑わされたりはしない…!」
「んじゃー、こんな手はどう☆」
ぱちんっと。
音がしそうなウインクを残して、サルファが勇者様の横手へと回ります。
そこから放たれたぬいぐるみは、勇者様に容易く叩き落とされましたが…
「残念☆ そっちはフェイク!」
僅か一歩で大きく跳ねて、勇者様の意表を突くサルファ。
その体の陰から見えないように放たれたのは、蜘蛛の人形。
得体の知れない手を警戒してか、いっそ大袈裟な動きで勇者様は人形を避けるけれど。
その瞬間、サルファの右手が怪しげな動きをするのを。
私は確かに、この目で見ました。
キラリ。
何かが直線状に硬質な光を放つ。
その輝きは、真っ直ぐ蜘蛛人形へと走っていて…
サルファの右手が動いてから、五秒とかかりませんでした。
突如、蜘蛛人形が動くのに。
いいえ、動くと言うと語弊があるかもしれません。
その瞬間、蜘蛛の人形は…そのお尻から、真っ白な何かをぶわっと噴き出したのです。
それは、網の形をしていました。
蜘蛛の糸というには、太いけれど。
その見た目は確かに、蜘蛛の作る巣の形状。
作りものだと、わかるけど。
あまりに見事に蜘蛛の巣を模倣する、粘着系の質感。
それは表面に取り餅の仕込まれた、捕獲用の投網でありました。
いきなり向かってくるそれを、咄嗟に蹴り飛ばして身の安全を図ろうとした勇者様。
ですが。
取り餅効果でしょう。
彼の右足は完全に絡め取られてしまいました。
そのまま糸は床に取りつき、勇者様の足を固定してしまいます。
あの絨毯、終わりましたね…。
うっすら、微かにですが。
サディアスさんの悲鳴が、どこからか聞こえてきた気がしました。
あっという間に、身動きに制限がかかる勇者様。
この隙を逃すような、温い奴は残念ながらここにはいません。
あっという間に勇者様は囲まれ、再びぬいぐるみが殺到するように雨あられ。
しかし最初とは明らかに違います。
そう、勇者様の反応だ。
封じられたとはいえ、それは片足一本だけ。
まだ勇者様には、健康に動く腕が二本に脚一本。
目を白黒させている内に攻撃を喰らいまくった油断も、今度はなく。
逡巡する間も必要なく。
立派な応戦、反撃ぶりを発揮します。
それはまさしく孤軍奮闘、獅子奮迅。
勇者様は手に持ったテディベアで、応戦中。
投げつけられるぬいぐるみその他を次々と弾いていきます…!
白熱した戦いを繰り広げる野郎共は、背後から忍び寄る私達にまだ気づいていません。
それを良いことに、私達は気配を殺してそろりそろりと近寄るのです。
勇者様とのお楽しみに夢中となって、疎かとなっている背中を探します。
計らずしも、勇者様を囮に使う形ですね。
勇者様、ナイス誘導☆
そして、最も隙が多そうな奴。
第一の標的をサルファに定め、私達はじりじりと機会を狙います。
サルファは軽業師という職業ゆえか、その動きが派手に大袈裟になりがちです。
その辺注意するよう、マルエル婆が矯正していると思うんですが…
遊びに夢中になって、完全に注意が生き届いていません。
これは確実に、私達にとっては狙い目ですね…?
私達は、サルファの次の派手な動きを…
大仰な仕草に、隙が生じるのを待ちました。
…アクロバティックな動きは目を引くけれど、均衡その他は最悪。
空中に身を跳ね上げてぬいぐるみを投じたサルファの、その無防備な背中。
私達は無言で頷き合い、こぞってぬいぐるみを投げつけました。
「どわぁあああああっ!?」
衝突の瞬間。
ぬいぐるみの腹部に仕込んでおいた癇癪玉が想定以上に派手に炸裂してくれました。
そんな大した仕掛けでもありませんが、目潰しや注意を惹くのには十分な威力でしょう。
私はぐっと拳を握り、小さく「よし」と呟きました。
そして私の仕込みの効果を継いで、リリフが動きます。
飛べるという特性を生かし、天井に張り付いていたリリフ。
癇癪玉の炸裂という合図を待って、彼女が天からサルファへと降り注がせたもの。
それは…粉末鰹節。
「うわ、目が…目がぁ………ってか、鰹節臭っ」
そして、我ら三位一体攻撃の要。
せっちゃんが、最後に素早く身を躍らせて。
両足そろえの、大ジャンプ!
「そーれっですの!」
にこーっと可憐な笑みのまま、彼女は解き放ったのです。
たくさんの猫のぬいぐるみ。
そしてそれに紛れこませて、一緒に投げつけたモノ。
三匹の、子猫を。
「みゃー」
「にゃ」
「みい」
投げつけられても、慌てず騒がず。
華麗に身を躍らせ、くるりん三回転。
猫特有の柔らかく、美しく、俊敏な身のこなし。
それは小さな子猫であっても、備わっていて。
何の危うげもなく、一番美しく身を捻らせて着地したのは赤毛の子猫。
やや危なっかしい動きで、少し足を滑らせながらも爪を立ててしがみ付く。
そんな危うい姿を見せてくれたのは、何とか落下を免れた白い子猫。
それから身を捩らせながら、呆気なく落下しそうになって赤白の子猫にはしっと前足をキャッチされ、何とか引き上げてもらう黒い子猫。
全て、サルファの頭や肩の上で。
当然ながら、爪立ってます。
「いった…! いたたたたたっ 爪、爪!!」
サルファが何か言っていますね。
うん、でも気にしない。
だってサルファだもん。
サルファの頭部に張り付いたまま、子猫達は好奇心のまま。
子猫達は物珍しそうにふんふんと鼻をサルファの頭に辿らせて。
それから。
「みゃぁん♪」
「にいにい」
「にゃあ」
三匹の鼻を、それぞれ鰹節の匂いが掠めたのでしょう。
子猫達は一所懸命、サルファのことを舐めあげ始めました。
「くすぐったぁ…!?」
爪を立てて、てちてちてちてち…
ほんの数日一緒に過ごしただけですが。
あの子猫達はなかなか侮れません。
特に食欲が絡むと、予想外の執念を見せるのは野良猫出身故でしょうか。
子猫はそれぞれ、サルファの顔の部品ごと舐め取らんばかり。
特に赤い子猫が執拗です。
「ちょ、ちょっとま…っ !?」
サルファは完全に子猫に気を取られ、何とか引きはがそうと悶えます。
その隙に。
子猫が注意を引いている隙に。
リリフが、サルファの背後に忍び寄りました。
せっちゃんが、掛け声を一つ。
「そーぉれ♪」
そして放たれる、膝かっくん。
「のおおぉ!?」
まともに食らって、サルファの膝が砕けます。
その体から、完全に崩れ落ちる前にリリフが子猫ちゃん達を回収!
以前注意されたことをちゃんと覚えているようですね。
その手つきはびっくりするくらい優しく、そっと。
摘み上げた子猫達をリリフは自分の頭上にひょいっと乗せて。
そうして大きく飛び退り、後退。
その間にもまだ倒れたままのサルファへと、せっちゃんがトドメを下します。
「えいっですのー!」
ドカドカドカ…ッ!!
ぬいぐるみ達の中でも一際特大の、結構重量のある奴ばかりを吟味して。
仰向けに倒れて無防備なサルファ。
そんな奴にも情け容赦無用と、せっちゃんが三十八個のぬいぐるみを投下しました。
ちなみに私は、せっちゃんがぬいぐるみを投げる端から次のぬいぐるみを受け渡す係。
どのぬいぐるみを投げるか、ちゃっかり選んだのも私です。
こうしてサルファはぬいぐるみの山に埋もれ。
まるでぬいぐるみの墓に封じられでもしたように。
良い具合に崩れ落ちる時、後頭部に素敵な衝撃があったようで。
カウント内に起きあがることもできず。
私達の手によって、一匹召し捕ったり☆
そんな私達の唐突な猛攻を、ぽかんと。
残りの衆が呆気に取られた顔で見守っていました。
しかし、ちゃっかりさんが一人。
………あ、勇者様ってば。
注意が全て私達の方へ向いた隙に、何とか足の取り餅を除去する勇者様が見えました。
いつのまにやら、何なのやら。
最初から守る気があったのか、なかったのか。
いつしか合戦はルール無用。
投げるものもぬいぐるみには拘らなくなり、なりふり構わなくなり。
むしろ私達みたいに堂々とぬいぐるみとはかけ離れたモノも投げるようになり。
室内は乱戦混戦何でもアリの、大変な空間になってしまいました。
サルファに次ぐ餌食は、ロロイでした。
こちらは一瞬の隙を突いて、リリフが突撃。
背中から翼を抑え込んだところを、狙ったかのように勇者様の投げたテディ君が命中☆
その衝突の勢いで両者ともに転んでしまったんですが…
この機を逃がすなとばかり、勇者様の猛攻に合いまして。
気が付いてみれば、子竜は二人仲良く敗者に落ちてしまっていて。
敢え無く失格、また次回☆な状態になってしまっていました。
それから場の空気は緊迫をたっぷりと孕み。
いつしか場も整い、始まっていた勇者様と魔王様の宿命の対決。
手に手にぬいぐるみを構え、じりじりと間合いを測る二人。
顔が真剣なだけに、傍目に混沌で。
面白かったので、乱入してみました。
ぎょっと、二人諸共に目を向いて。
身を引く二人。
突撃する私。
その間に暗躍するせっちゃん。
そして、今夜の決着は…………
今夜の決着は、思ったよりもあっさりとつきました。
私達に圧し掛かられ、共倒れとなったまぁちゃんと勇者様。
手を出せないって、素敵…♪
互いにそれぞれの相手を目の前にして、割合本気の戦闘態勢に突入していましたからね。
意識が完全に切り替わっていた頃です。
そんな状態のまま私に手を出せば、加減が狂ってしまってもおかしくありません。
結果、私に怪我をさせるわけにはいかないと思ったのでしょう。
二人はどちらかというと、殆ど無抵抗で。
うん、二人が女子供に優しい紳士で良かった☆
まぁちゃんは、無条件に優しくする相手が限られるけど!
でもそんな二人が、私とせっちゃんを相手に成す術を持つ訳もなく。
敢え無く敗退、お手上げ状態。
まぁちゃんの上に圧し掛かり、にっこり笑顔。
そんな私に、まぁちゃんはお疲れ気味な溜息交じりで言いました。
「………リアンカ、お前…余所で、他の男に同じようなことするなよ?」
「??? 同じようなって? 罠にはめたこと? 突撃したこと? それとも不意打ち?」
「どれも違ぇよ! むしろそれらは時と場合と状況によっちゃどんどんやれ。
自衛手段を惜しむな。殺られる前に殺るのは生物の鉄則だ」
「それじゃあ、何が駄目なの?」
「お前なあ………頼むから、見ず知らずの男を床に引きずり倒して、上に跨るなんて余所でするなよ? そんなことして、逆に危ない目に合ってもまぁちゃんは知りませんよ!」
「何を言うのかと思ったらー…やだなぁ、まぁちゃん。私だって相手は選びますよーぅ?
少なくともまぁちゃんとか、気心の知れた身内以外にこんなことしないってー」
「そんなこと言って、お前はやるんだよなぁ…それが最善手だと思ったら、躊躇いやしねぇ」
「いくら私でも、余所の男の人を押し倒すような事態には早々ならないと思うんだけどな…」
「絶対とは言い切らねぇ部分で、お前の根底にある本音が知れるぞ!?」
そんな言い合いをしている内に、カウントは十を数え。
まぁちゃんは失格!
見れば勇者様の方も、せっちゃんに引きずり倒されていて。
………にこにこ笑顔の可憐なせっちゃんに、さり気無く腕の関節を極められています。
あちらもその間に制限時間を使い果たし。
今夜の決選大本命と思われた二人は、私とせっちゃんを前に完全敗北と相成りました。
後は私とせっちゃんの間から、今夜の勝者が………
………出ると、思ったんですけどね。
その目論見は大きく、外れ。
最後に立っていたのは、私でもせっちゃんでもありませんでした。
もっと他の人物。
それは、むぅちゃんでした。
誰も他人になんて構っていられない、乱戦状態を良いことに。
割りと早い段階から、むぅちゃんは部屋の隅に移動。
目立たないように気配を消して、じっとしていました。
頃合いを見計らっていた?
いえいえ、どうやら面倒だった模様です。
そうしてすっかり存在も忘れ去られて。
私とせっちゃんが残ったぜ☆というところで不意打ちを叩きこんできました。
むぅちゃん、相変わらず侮れない…。
その存在をすっかり忘れ果てていたことが、私達の敗因です。
そして。
今夜の勝者、むぅちゃんに。
前もって宣言されていた通りの景品が渡されることとなりました。
そう、一冊の書物が。
こうしてむぅちゃんの手に、
【らいおっとでんか、せいちょうえにっき巻の一】 が引き渡されたのです。
「生活向上の為にも、役立たせてみようかな?」
そう嘯くむぅちゃんの顔は、中々にあくどかったとだけ言っておきます。
これからどんな目に遭うのか、定かではありませんが。
確実に望まぬ未来を強いるレールが引かれてしまいましたね。
どんまい、サディアスさん。
あと、ついでに勇者様。
さてさて、勇者様不憫祭り~前夜祭~も終了と相成りました。
いよいよ、次は本物(ルシンダ嬢)です。
なんとなくラスボス臭が漂っていますが、一応ラスボスではないと…思います。
…勇者様、がんばれ☆




