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ここは人類最前線6 ~光を受けし人の国~  作者: 小林晴幸
枕(ぬいぐるみ)投げは全力で♪
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97.孤立無援、集中砲火

サルファがやらかします。

 孤立無援、集中砲火。

 いま、私はその言葉が如実に示す光景を…

 その言葉以外に表現する言葉の見当たらない光景を目にしています。


 主役は勇者様です。


 戦闘開始のゴングを、フライングでむぅちゃんが鳴らし。

 その瞬間、それまで勇者様と喋っていたまぁちゃん含む、全員が動きました。

 この辺は、今まで遊びまくって培った条件反射に近かったと思います。

 ただ一人、反応が遅れたのは勇者様。

 サルファは要領が良いので、難なく合わせてきました。

 いきなりという言葉に、勇者様はつんのめりそうになりながらも遅れて事態を把握。

 はっと顔色を変えて、波に乗り遅れまい…死ぬまいと、行動を開始。

 だけど、その時にはもう遅くって。

 スタンバイ状態で腕に持っていたぬいぐるみを、私達に遅れて振りかぶったのですが…


 その瞬間、勇者様の全身にぬいぐるみが殺到しました。

 一番狙われたのは、顔。

 次点は胴体。

 渋いところ狙いで、後は頭とか。

 どこを狙ったら駄目、というルールは決めなかったから。

 みんな狙いたい放題です。

 あまりに怒涛の勢いで押し寄せるぬいぐるみ(×7超)。

 その包囲網に、勇者様は反撃の隙が見当たりません。


 まあ、私やせっちゃんも一緒になって、勇者様に投げつけている訳ですが。


 理由?

 みんながやるから私もやる、そんな協調性抜群な感じの理由でOKです。


「わぷっ ぐ…っ ちょ、ま、待て…!」


 勇者様が何か言おうとしていますが、次々顔面にアタックしてくるぬいぐるみ。

 それらが、何かを言う端から口を塞いでいくので言葉になりません。

 わあ、熱烈な口付けだね。

 …相手ぬいぐるみだけど。


「ま、待てって言っているだろう…!?」


 あ、勇者様が態勢を立て直しました!

 顔面に押し寄せてきたぬいぐるみを叩き落とし、腕で顔を庇い防御の姿勢。

 反旗の瞬間を狙ってか、目はいつになく鋭い。

 先ほどは不意をついての集中砲火でした。

 しかし今、ようやく一息をついて勇者様に微かな余裕が生まれました。

 そう、投げつけられるぬいぐるみを捌く、余裕が。

 もう投げる段ではないと判断されたのでしょうね。

 まあ、攻撃の手を誰も緩めようとしないので、反撃の隙は皆無だし当然でしょう。

 勇者様はご自身の手にあったぬいぐるみを投げ捨て、完全なる無手に切り替えます。

 完全に攻撃から防御へとシフトチェンジ完了…というところでしょうか。

 それが功を奏したのでしょう。

 意識を完全に防衛に切り替えたお陰で、行動から迷いがなくなりました。

 より専念してぬいぐるみを捌けるようになったらしく、体勢が安定しましたね。

 お陰さまで喋る余裕も生まれたみたいです。

 そして第一声。

 勇者様が感情のままに発されたのは、苦情一色でした。


「誰だ、いま! ぬいぐるみに混じって文鎮(ペーパーウェイト)投げつけた奴!?」


 そこ?

 ねえ、そこですか?

 呼吸の余裕も奪うほどの猛攻よりも、気になるのは文鎮ですか?

 どうやら集中砲火体制よりも、どさくさに紛れて投げられたブツに不満がある様子。

 …まあ、文鎮は酷いよね。

 床にぶつかったら、へこんじゃうかもしれないし。


 知らぬ間に誰か容赦なくもえげつない攻撃を混ぜていたようですね。

 勇者様が時々(たま)に、怒りと焦りの声を混ぜ込んできます。

 その頻度が表わす割合で、誰かが規定外の何かを投げつけている模様。


「ちょっ…しかも足を狙ってくるか! いま膝頭掠ったぞ!? ブロンズの熊が!!」

「ちっ…」

「犯人は君か、ロロイ…!」

「…俺だけじゃないし」

「後は一体誰なんだ!?」


 正体の知れない掟破り実行犯には、勇者様への害意があるんでしょうか。

 少なくとも、私達第二班の誰かじゃありませんけれど。

 誰が何をやっているのか、ちょっと気になる。

 私はせっちゃんとにっこり笑い合います。

「それじゃ、次はアライグマ(これ)で」

「私はレッサーデーモン(この子)にいたしますのー」

「って、せっちゃん! そんなぬいぐるみ、どこから…!?」

「ぬいぐるみの中に埋まっていましたの。鎖でぐるぐる巻きでしたのよ? 可哀想ですの」

「………うん、私達も今まさに投げつけようとしてるけどね!」

 私は見なかったことにして、ふいっと目を逸らして。

 入り乱れるぬいぐるみの嵐の中。

 勇者様にぽんぽんぬいぐるみを投げつけながら、私の意識は他所事に向かっていました。

 ちょっと誰がどんな感じのことをしているのか観察してみようと思ったんです。


 勇者様は、相変わらず防戦一方、だし。

 まぁちゃんは…ちゃんとぬいぐるみを投げつけてますね。

 でもなんで、ただのぬいぐるみからそんな打撃音が聞こえるの…?

 私の隣にいるせっちゃんは、

「えーい、ですの♪」

 …と、掛け声も可愛らしくぬいぐるみを投げています。

 投げてるぬいぐるみは、全然可愛くないけれど。

 ううん、投球フォームに対して鋭すぎる攻撃も可愛くはないかな。

 ぽーんと放り投げるような姿勢。

 そこから、一直線真っ直ぐに凄まじい勢いでぬいぐるみが飛ぶのはどうしてなの?

 どうしてそんなに真っ直ぐな軌道で飛んでいくの?


 さっき見咎められたロロイは、彼らに比べるとちょっと平凡に見えました。

 うん、見えるだけだけど。

 …外見に、騙されてちゃ駄目です。

 私には分かります。

 ロロイが勇者様へと投げつけている物が、ぬいぐるみではないことが…。


「わぷ…っって、なんだこれ! 水!? 氷!?」


 折よく、ロロイの投げつけた物体が勇者様に命中!

 氷ではなく、それは竜の操作によって固形化(・・・)した水という、中々に謎の物体です。

 表面的には水に見えないよう、偽装がなされているので更に謎の物体です。

 わざわざぬいぐるみの質感そっくりになるよう手をくわえたんですね。

 ぬいぐるみを模倣した形状に固定して、水の癖にぬいぐるみそのものです。

 その状態で投げつけるなんて、無駄に芸が細かいですね。

 それだけでそんじょそこらの魔法使いには真似できない芸当ですよ。

 無駄に技が際立っています。

 流石、水の特性を持つ竜というべきでしょうか…

 そんな工夫をする位なら、普通に水魔法をぶつける方が余程楽でしょうに。

 そんなロロイを呆れたように見ながら、鼻で笑うのはリリフ。

 よそ見中だと言うのに見事な軌道でリリフが天馬(ペガスス)のぬいぐるみを投げつけます。


 いつの間にか会場は(ぬいぐるみ)投げ大会というよりも、的当て大会といった様相で。

 的にされている勇者様は、相変わらず集中砲火で。


 そんな最中。

 私は、見ました。


「よし、次はこれいっちゃおっかー☆」


 某軽業師が握っている物:分銅付きの、(ロープ)

 それをどうする気なの、サルファ。

 いえ、言うまでもありませんでしたね…聞かずとも明らかでした。

 そして、奴は。

 私の、予想通り。


 投げたのです。

 狙いは、勇者様の膝下のようでした。


 それから、勇者様の無念の声。


「掟破りはお前か、サルファぁああっ!?」


 ああ、何と言うことでしょう。

 小器用な某軽業師の投擲は、的確の一言。

 まるでうねる蛇の如く。

 全方位からの集中砲火で集中力の低下していた勇者様の足に、縄が絡み付き。

 そしてサルファが引っ張る動きに合わせ、力が勇者様の足首にかかり…


 勇者様は、遇えなく転倒してしまったのです。

 そりゃもう、ずべしゃーっと。

 情け容赦のない面々は、そんなことを考慮も勘弁もしてあげません。

 ここぞとばかりにぬいぐるみやぬいぐるみではないモノを投げつけます。

 勇者様10カウントの間に起きあがらないと失格ですよー。

 しかし起き上がろうとするのを、それこそ全方位からのぬいぐるみ乱舞が妨害します。

 はっきり言って、攻撃力があってもなくてもあの鬱陶しさは邪魔でしょう。


「俺、次はこの置物(大理石)を投げてみようと思うんだ☆」

「壊したらまずい物はやめとけば? 高そうだし、それ」

 

 物騒な相談をしているのは、サルファとむぅちゃん?

 冗談では済まないものが投げられつつあるのを察知してか、どうなのか。

 勇者様がぬいぐるみの猛攻を撥ね退けて飛び上がりました。

「何で規定外の物を投げるんだ、お前は! ぬいぐるみを投げろ、ぬいぐるみを…!!」

「ええー? 芸人にそのネタ振りは、違うもん投げろって言ってるようなもんだって!」

「不服げに何を道理の通らないこと言ってるんだ、お前は…!?」

 理解できないという顔で、平然と更なる妨害アイテムを投げようとするサルファ。

 そんな軽業師に、勇者様の驚愕の眼差し。

 うん、勇者様は今日もお顔がよろしいですね!

 そしてそう言い合う、最中にも。

 サルファはどこから取り出したものか…

 クリームたっぷりのパイと思わしきモノを手に構えようとしている訳ですが…

 うん、定番といえば定番だけど、さ………


 数々の苦難と試練(八割がた魔境の陰謀)の果てに大概のことは呑みこんできた勇者様。

 そんな歴戦の勇士も、それには流石にぎょっとして。

「待て! さすがにそれは洒落にならない…!!」

 投げられる前に止めようと思われたのか、どうなのか。

 投げつけられるぬいぐるみも水も物ともしない勢いで、サルファに接近しようと…

 うん、無駄な努力じゃないかと思うのですが。

 だってどう頑張っても、移動するより投げる動作の方が先に終わるでしょう。

 私も、この豪華調度品に溢れる部屋の掃除の大変さとか考えると、眩暈がするし。

 絨毯でも駄目にしたらと思えば、パイ投げは駄目じゃないかなぁと思いますが…

 しかし、そんなことは気にしねぇという顔で。

 やけに白々しくも、爽やかな笑顔で。


「えーい☆」


 奴はやりました。


 勇者様が驚愕の顔つきで、大慌ての顔つきで。

 最大加速!

 少しでも被害を減らそうとしてか、自分から敢えてパイの軌道上にその体を割り込ませ…

 うん、どうもサルファはそれを狙っていたようですね。 

 あの器用な男が、勇者様に到底命中しないだろうという無駄な地点へ投げつけましたし。

 しかしそれがまた、絶妙に勇者様ならギリギリ間に合うかという距離で。

 これで勇者様の射程圏内に投げつけていたら、冷静に対処されていたかも知れないけれど。

 このギリギリ感では、碌な手も打つ余裕なんて持つ猶予はなくて。


「くっそ…っ サルファ後で殴る!」


 うわぁ…勇者様、お口が悪いですよ。

 とても普段は品行方正な勇者様とは思えないくらい、激しい悪態と舌打ち。

 ああ、こうやって魔境に毒されていくんですね…

 その過程を、私は今この目で見ている…!


 そうして、無残。

 勇者様は、そのお身体を持ってパイの被害から室内調度を守り切りました。

 ご自身の顔面という、尊い犠牲を甘受して。

 わあ、クリームパックだ☆

 勇者様の美貌に、ますます磨きがかかっちゃうね☆

 ………その美容的効果の程に、保証はありませんけれど。


 大国の王子様の寝室に。

 顔面クリーム☆(マン)(本人)が降臨した。





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