96.第一回、枕ならぬぬいぐるみ投げ大会in勇者様の寝室
あれ、なんだか………
書いたら、なんだか…結局勇者様がかわいそうな話になりました。
わざとじゃありません。ホントですよ?
その日の、夜。
勇者様は大変な目に遭ったばかりで、精神状態が心配…
………という口実で、皆で雑魚寝大会(in勇者様の寝室)開催が決定しました。
何だかんだ勇者様のお国に来て以来、何かしら騒いでいますけど。
毎日皆で夜更けまでどんちゃん騒ぎをしているという声は黙殺します。
一応、深夜帯を大きく回る頃、おねむになった順に与えられた部屋には戻っています。
だから完全徹夜前提で遊ぶのは今日が最初、ということで多めに見てほしいものです。
「今日は朝まで寝かせませんよ!」
「せめて仮眠だけでも…!」
「勇者様は昼間たっぷり眠っているので、今更不要です!」
「それを君が決めるのか…!?」
かつてを思い出してみてください。
勇者様は、こんなに寛容になりました(笑)
魔境の観光(修行)巡りの時はあんなに、寝所を共にすることを拒否っていた勇者様が。
今ではすっかり諦めています。
慣らされた、と言い換えてもいいでしょう。
前は猛烈に拒否していたんですけどね、本当に。
とうとう拒みきれないことを悟ったのでしょう。
…だけど眼元がうっすら赤いのは、多分、そう、さっきのアレコレの名残だとは思います。
まだ、気にしているようですね…。
こちらも考えを改めて、謝罪を受け入れたのですが。
それだけでは、どうやら気持は切り替えきれなかったようです。
ここはいっそ、記憶がお空の彼方に飛んじゃうくらい騒ぎに巻き込み、忘れさせましょう。
今日は意識朦朧として現実非現実の境が曖昧になるまで寝かせません。←鬼
…でも、心配は本当に心配なんですよ?
目が覚めた時、勇者様はあまりに普通で。
いや、私やら白山羊さんやらのせいで動揺凄まじかったですけど。
それを差し引いても、いつもの勇者様の健全ぶりを取り戻していて。
とても、さっきまで幼児退行していたようには見えなくて。
思い切って率直に聞いてみたんです。
「勇者様、練兵場でのこと覚えていますか?
具体的に言うと、ミリエラさんが現れてからのこと」
「?????」
………案の定、覚えていませんでした。
ええ、そんなことだろうと思いましたよ…。
覚えていたら、もっと精神的打撃を受けているはずですものね。
更に言えば、覚えていてこんなに安らか平然といられるはずがありません。
忘れたからこその、平常心。
更に言っちゃうと、忘れることが彼の処世術みたいなものなのでしょうか。
「覚えていませんか…?」
「そ…そ、そそそ、そ、そういえば、なななんなんだったんだ、この状況??
何故、俺はリアンカと、その………っ」
「あ、細かいことは御気になさらず! 不埒なことは何もありませんでしたよ!
だって部屋の中にみんないたでしょ!?」
「………それで何があったのか聞くと、皆、目を逸らすんだが」
「あ、あはははははっ」
「姫に尋ねた時は、『勇者さんって意外に泣き虫ちゃんですの!』と言われたんだが…
………何のことだろうか」
「あはははははははははっ」
笑って誤魔化すしかありませんでした。
いや、笑う以外にどうしろと…。
「あと………そういえば、アスパラの夢を見たような気がする」
「いや、それは知らないですけど…それは明らかに、リリのお香の効果ですね!」
「……あの不吉な香炉、封印しては駄目だろうか」
「不吉?」
「あ…いや、何でもない」
勇者様は碌な夢を見ることができなかったようだと、反応で何となくわかったけれど。
でも、夢よりも何よりも問題は記憶の欠如。
何も覚えていないってことは、ルシンダ嬢がそれ程に影響を及ぼしているということ。
例えその時間が短くても、記憶の欠如は事実。
そんな記憶を吹っ飛ばす程の衝撃を受けた勇者様。
彼を、今番ばかりは一人にしておけないと思ったんです。
なので様子見を兼ねて…という事情は、勇者様には内緒ですよ?
そこで開いた雑魚寝大会。
今夜の催しものは、大枕投げ…ではなく。
部屋中に溢れ返っていて、都合が良かったので。
枕ではなく、ぬいぐるみ投げ大会です…!
ちなみにぬいぐるみが可哀想という意見は聞き入れません!
投げやすい位置にいる、彼らが悪いのです。
こんなにわさっと持ってきたせっちゃんの、心情も気になったけれど。
さっき見てみたら、せっちゃんも投げて遊んでいたので問題はないでしょう。
敵とか、味方とか。
そんな細かいことは気にせずに。
ルールは超簡単!
最後に立っていた、たったひとりが勝者です。
さあ、いざ覚悟ですよ、勇者様…!
ちなみに皆に誰狙いか、確認してみたんですけどね?
「勇者だな」
「勇者の兄さん☆」
「勇者さんしかいませんわ」
「勇者、覚悟」
「誰を狙うとか、ありませんのよ?」
「取り敢えず、僕は僕に投げつけた人に報復することしか考えてないけど?」
………皆さんから、それぞれ素敵な回答をいただきました。
だけど殆ど勇者様狙いとのお答え……善良な人なのに。
誰かに恨まれるようなことでもしたのかな、勇者様…?
でも取り敢えず私も勇者様と、あとまぁちゃんを狙ってあげようと思います。
手強い人から潰すのは、これ鉄則ですよね☆
さあ、勇者様にとって辛い時間が到来しようとしています。
大きな勇者様の、寝室。
晩餐の後、それぞれ寝支度を整えてから集いました。
一応孤立無援の孤軍奮闘には無理のある人(主に私)がいますし。
そこは軽く班分けして助け合うことにしました。
同じ班の相手には攻撃できない…という訳でもないのが胆です。
しかし同じ班の者に狙われては元も子もありませんからね。
違う班の者を倒した方が効率よくなるよう、若干の特典を付けました。
同じ班の人にやられた場合、やった人が倒されたら復活できるというルールです。
まあ、その時に再戦できるほど気力体力が復活しているかどうかは、また別として。
そして、班分けが行われます。
それは三つ巴、三つの班で…
第一班【チーム威風堂々】
・まぁちゃん
・ロロイ
・サルファ
第二班【チーム場外乱闘】
・私
・せっちゃん
・リリフ
・むぅちゃん
第三班【孤軍奮闘チーム】
・勇者様
…という分け方になった訳ですが。
何かしらの作為を感じずにはいられない組み分けですね!
当然の如く、勇者様が叫びました。
「チーム分けって…孤軍奮闘は既にチームですらないだろう!
というか、俺に対して何だか酷くないか!?」
お言葉、御尤も。
しかして勇者様のお味方を望むモノはいませんでしたし。
それならば、と私が助太刀しようかとすると全員がかりで止められたし。
なんでこうなったのかは、存じませんが。
サルファはにっこり笑顔で、言ったのです。
「羨ましすぎて、俺の小宇宙が叫ぶゼ☆ 滅べ、リア充」
うん、何のことだかわからない。
こうして、私達は勇者様御一人にとって非情な枕投げ大会を始めようとしています。
オーレリアスさんとシズリスさんはお家に帰ったので、勇者様は本当に孤軍奮闘です。
いえ、そう言えばサディアスさんもいましたね。
しかし彼は勤務時間内だと言って、主と遊び騒ぐ訳にはいかないと壁際に控えています。
うん、勇者様ったら本当に孤軍奮闘☆
容赦無用の敵対者達の顔を見て、勇者様はごくりと喉を鳴らしました。
何の覚悟を決めたんですか、勇者様(笑)
開催を宣言する声は、まぁちゃんがあげました。
「そんじゃ開始の前に、最後まで生き残った勝者に渡される景品の発表しとくかね」
そう言って、懐をごそごそ。
到底物などしまえそうもない懐から、まぁちゃんは分厚い本を取り出しました。
うん、その本、どうやってしまっていたの?
私の僅かな疑問など意にも介せず、まぁちゃんは声高らかに景品の正体を告げます。
「手に入れて笑うもよし! ネタにするもよし! あげつらうもよし!
何に利用してもある程度使えるお楽しみグッズ!
これが最後の一人に渡される景品、サディアス著『らいおっとでんか、せいちょうえにっき巻の一』だ!」
「ちょっと待ってくださぁぁぁぁあああああい!!?」
まぁちゃんの取り出した景品に血相を変えて、サディアスさんが絶叫しました。
おお、彼が取り乱すところは初めて見たかもしれません。
「な、なんで! なんで貴方がそれを持っていらっしゃるんですか!!」
「おー…離宮のサロンの一つの、暖炉の奥にある煙の吹き溜まりスペースに、油紙に包まれて落ちてるのを発見してな? 全部で二十冊ほど」
「!!?」
「落ちてる品で、別に個人の部屋に置いてある訳でもねぇし、所有権を主張するような特徴もなかったんで拾わせてもらった」
「さっき思いっきり私の著作だと暴露していたじゃないですか…!?」
「そりゃ中身を読んで、推測しただけだ。推測しただけ。本当かどうか確証はねーよ」
「こうして話している時点で、確証になってますよね…!」
「ふん。名前を書いてなかった自分が悪ぃと思って諦めろ。これが景品なのは決定事項だ」
「そんな…!!」
「………あー…え、と…サディアス? まぁ殿の持っているあの本は、一体…?」
話について行けないという風情…ついていきたくない、理解したくないという顔で。
勇者様が困惑も顕わに接近します。
一瞬、サディアスさんがぎくっと硬直した気がしました。
…が、
「殿下! こうなれば殿下だけが一縷の希望です…!
どうか、どうか、あの本を手にいれ、廃棄してくださいませ!」
サディアスさんは、動揺全開のまま懇願交じりに勇者様へと縋りつく。
その様子に困った様子で、でも。
「……………色々と言いたいことがあるが、それは後に回して善処しよう。
俺も、あの本の中身は気になる…というか、迂闊に読まれたくはないし」
お優しい勇者様は思うところを追求するのではなく、微笑を浮かべて頷きました。
今は目の前の目標へと向かうことにしたようです。
そしてまぁちゃんへ困った顔を向けました。
「…まぁ殿、あまりこういうことは、その、困る。あまり俺の部下を嬲らないでくれ」
「だってそいつ、すかした顔が崩れねぇし。ちょっとした出来心?」
「もう充分、望みのモノは見られただろう?」
「おう。けどな? 前言撤回は潔くねぇだろ」
「そんな害意たっぷりの潔さなら溝に捨ててしまえ…!」
「あ、ちなみにこの本な? お前の五歳前後の頃が書かれてるっぽいぞ」
「それはサディアスだけでなく、俺の恥も曝すだろう!? なんだ、連鎖攻撃か…!」
「はっはっは。馬鹿じゃねぇの、勇者。てめぇの黒歴史なら既に十分披露済みだっての。
今更二、三増えたところで誰も気にしやしねぇよ」
「なんだそれ、思いっきり聞き捨てならない…!」
「ふっ…その意味が知りたければ、葬り去った今日という日の記憶を寸分違わず思い出すことだな」
「なんだって…っ?」
どきっと、した様子で。
勇者様が急に指摘された事項に、不安げな顔をして。
まぁちゃんの言葉を、その真意を探るように目をうろうろさせて。
やがて自分の内面を探る様に、そっと目を伏せたけれど。
「………何故だろうか、それは止めておけと、胸の内から声がする」
「お前の無意識、賢明だわ」
どうやら少しだけ思い出そうと、努力したようで。
だけど無意識下の自分に諌められたらしく。
勇者様は不可解全開の顔で、戸惑ったように立ち尽くしておりました。
勇者様に対してのみ非情にして過酷な枕投げ大会が今、始まる…!




