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95.デコっぱち魔法陣



 何このファンシー、という顔で。

 固まる勇者様を笑おうと思った、訳ですが。


 結局、笑えませんでした。


 だって勇者様、私が動いたり反応すると固まるんですもの。

 どうも先程のことを気にしているようです。

 それに謝ろうとした勇者様の機先を制してしまったんですよね。

 謝罪は必要ないと言ったのも悪かったのかも知れません。

 お陰で心の折り合いをつける時機を逸したのでしょう。

 勇者様は完全に、さっきのことを気にして動揺しています。

 …うん、というか、照れ?


 今となっては、私もわかっています。

 というか、わかりやすかったので理解せざるを得ませんでした。

 勇者様が先程の、私との物理的な距離の近さに動揺しているのだと。

 

 部屋の惨状(笑)に固まっていたのはほんの数分だけで、それ以降はずっと。

 ええ、ずっと。

 ずっと私のことを気にして、もじもじしていらっしゃる訳ですが。

  

 さっきからちらちらちらちら、私の方を気にしているの丸わかりですから。

 それで私と目が合うと、頬を染めてそっと視線を逸らすというループ。

 ねえ、何この恥じらい方。

 貴方様は一体どこの乙女様ですか?

 普段の凛々しさ、どこに忘れて来たんですか。

 そうですか、そんなに女に押し倒されたり過剰に密着する状況が羞恥を煽るんですか、と。

 勇者様は先程のことを過剰なまでに気にして。

 すっかり、おろおろ状態。

 寝台の上でどこに顔を向けたものかとあわあわしたりして。

 あちこちに視線をさまよわせ、私と目が合うと一瞬息を呑んだり、して。

 結局は自分の膝を見つめている姿が何とも………まあ、笑えますが。

 最初はこんな反応されて、私はどうしたらと困惑した訳ですが。


 あまりの恥じらい様に、なんだか段々笑えてきました。


 そりゃあ、私だって動揺していない訳じゃないし、思うところがない訳でもありません。

 私だって、少しは恥ずかしかった…。

 まぁちゃん以外のお兄さんと、あんなに接近する機会なんてそうないし。

 でも表面上に出さないでいられるだけの、面の皮を装備していました。

 それにどうしてそうなったのか、わかっています。

 経緯を把握している分、勇者様よりも動揺は少なかったんだと思います。

 だから、勇者様みたいな動揺は見せずにいられた。

 そんな、私とは真逆で。

 勇者様はものすご~く、動揺しっぱなし。

 見ている内に、思ったんです。


 あれ? これ、一般的に見て立場逆じゃない? ………………と。

 

 そう思ったら、なんだか笑えてきた訳で。

 でも本当に笑う訳にもいかなくて。

 ここで素直に笑ったら、引き籠るかもしれません。

 私は腹筋総動員で、何とか笑いを堪えている状況です。


 そして、まぁちゃんも似たような状態らしく。

 さっきから勇者様があまり自分の方を見ないのを良いことに、まぁちゃんたら。

 完全に笑いを我慢しながら肩を震わせています。

 あれ、笑い声が漏れてないだけで笑ってますよ。

 壁に拳を打ちつけ、全身の体重をかけて壁に懐いています。

 勇者様が寝台の上、背も丸く膝を抱えたり、しちゃって。

 布団の上に「の」の字を書き始めた頃から笑いの発作が決壊したみたいですね。

 ええ、絶対に、完全に笑っています。


 わかりますよ?

 笑いたい気持ちは分かりますけどね?

 それでも勇者様に近い分、笑いを我慢する努力を強いられている私を前に、この仕打ち!

 え、もしかしてこれが私へのお仕置き?

 勇者様への、笑いを我慢することがお仕置き?

 酷いよ、まぁちゃん…。 ←リアンカも酷い。


 でもお陰で、先程の怒りは解けたようですね。

 今はなんだか…滑稽な玩具を見る目で勇者様を見ています。

 サンドバックは逃れたみたい!

 良かったね、勇者様! 


 素知らぬ顔で笑いを我慢しながら。

 穏やかな顔で、私はそんなことを思っていました。


 

 そんな私達に、いつしか呼びかける声。


「凄いですね、この人間。リアンカ殿もそう思うでしょう」

「え、どれが?」


 思わず何が、ではなく勇者様のどれ(・・)のことかと首を傾げてしまいました。

 見れば、そこには勇者様の額をがっちりホールドしたシャーグレッドさんのお姿。

 でも危険、危険!

 勇者様が貴方を危険な目で見ている上に、手に短剣持ってますよ!

 白山羊さんは己の危機を認識していないのでしょうか。

 それとも勇者様には傷つけることなど無理だと高を括っているのでしょうか。

 私はさり気無く勇者様の短剣を握った手と、白山羊さんの間に割込む形で身を置きます。

 そうすると、今度は私と勇者様の短剣の間に、まぁちゃんが滑りこんできました。

 わあ、分厚い防御壁!


 己に迫っていた危機など、本当に気付かなかったのか。

 お澄まし顔のまま、白山羊さんが私達に示したのは、勇者様の額。

 さっき白山羊さんが口付けたそこには、光を発しながらくるくると回る円形状のナニか。

 手の平に乗る位に小さな魔法陣が展開されていました。

 勇者様の額から、湧き出でる泉の様な形で。


「見てください、これは心の変調を示す魔法陣なのですが…」

「綺麗だね」

「ああ、やけに整ってんな」

「凄いが、異常です。とても先程まで皆さんの言うような変状があったとは見えません」

「え、異常っていうには凄く綺麗なのに…」

「綺麗なのが、異常です。これは先程まで錯乱していた男の精神状態じゃあない」

 

 白山羊さんが言うには、今の勇者様の心情を現わす魔法陣は健全な男子そのもの。

 とても先程まで幼児退行していたものではなく、その名残すら見当たらない。

 この短時間で、一気に正常に戻るなど、普通であれば有り得ないことなのだとか。

「だから、異常です。どんな精神構造してるんですか、この(ヒト)

いくら光属性といえども、精神の回復能力が高すぎます」

 お澄まし顔のまま、白山羊さんはそう言い切りました。

 

 わあ、異常だって断言されちゃったよ!

 勇者様、どんまい!


 

 白山羊さんが仰るところ、光や闇といった属性は精神や生命そのものといった魂の領域への干渉能力が高いそうです。

 光属性が強い人は魔法が使えなくても、他人を鼓舞して戦場での士気を上げたり、病気の人を励まして回復に導く性質があると。

 闇属性が強い人は魔法が使えなくても、他人にそっと囁きかけて自分の望む方へ誘導したり、不安な人に安らぎを与えたりできると。

 だからこそ光と闇の山羊さん達は精神や魂、生命に関与する技に適正を見出しました。

 死霊術師(ネクロマンシー)だとか傀儡魔法だとかに長じていったそうですが。

 勇者様は神様の加護で、強い光属性を持っています。

 それが己の精神状態へも良い影響を及ぼし、乱れた精神を短時間で立て直す強い力となっているのではないか…とシャーグレッドさんは分析しました。

 …それってつまり、どんな辛い目に合っても最後の最後で発狂できないって意味に聞こえるんですが、気のせいですか?

 どんな辛いことも、正気で相対。

 私なら嫌ですね。


「そこまで穿った物の見方をせずとも。

簡単に言うといついかなる時も心の中に光を持っていられるということ」

「光、ですか…心の中に?」

 心の中って言われても。

 光とか闇とかどんな形状の感情をソレに例えれば良いんでしょう。

 今までの人生で、敢えてそう例えるような感情を持ったことがあったかどうか…

 我がことながら、心というものはよくわからなくて首を傾げます。

 すると精神操作の玄人さんは、優しく噛み砕いて教えてくれました。

「闇に紛れて普通なら消えてしまう光が、しぶとく輝き続けるというだけのこと。何を光とするかは本人次第。俺は光とは…指標だったり支えだったり、心というものを作る一本筋と思っています。要は、心を形成する上で一番重要な芯」

「???」

 首を傾げたら、白山羊さんは更に噛み砕いてくださいました。



「つまり精神面での光とは、『心という家を支える大黒柱』です」



「おお、わかりました!」


 なんて分かりやすい…!

 今まで自分の光とは何ぞや、と首を傾げていましたが…

 一体どんなものを光と表現しているのか、一気に分かりました。

 この例えのお陰で、話がとても理解しやすくなりましたよ!

 シャーグレッドさんは、教師に向いているかもしれません…。


「大黒柱は家を形成する時、一番大事ですね?」

「何しろ折ったら家が倒壊しますもんねぇ…」

「そう。そしてこの柱は本人の精神状態で簡単に細くなったり、太くなったり、へし折れたり、行方不明になります」

「家、大変じゃないですか! 崩壊しちゃう!」

「そうそう。ちなみに偽物の柱と摩り替えると、洗脳することができます」

「お、おおぅ…悪辣な建築業者のようですね」

「ではこの例えで、わかりやすく解説しましょう」


 誰だって、心の中には中心となる大黒柱(ひかり)があって。

 それを基軸に心が形成されているとのこと。

 精神崩壊とか幼児退行とか、それ以外にも色々なアレコレ、とか。

 色々と心がおかしくなる時は、この大黒柱に異常が出ていることが多いか。


 心の中には誰だって、光と闇を持っています。

 それを何に例えるのかは、それぞれで違うそうですが。

 時として闇にまぎれ、光が見えなくなる時がある。

 下手したら、光が消されてしまうこともある。


 強い光属性は、そんな時に真価を発揮します。

 消え入りそうな光が闇に呑まれても、闇の中から見出しやすくすることが出来るのです。

 でも強くすることが出来ても、本人に見つける気力がなければ、意味がない。

 見つけられても、闇から掬い上げることができないならば、意味がない。

 後は本人が見失わないでいられるかどうかの問題なので、結局は本人次第。

 諦めの悪さと、根性の勝負。

 闇に呑まれた光がどれだけ瞬いても、光を引張り出せるだけのやる気が、闇に蝕まれた本人に残っているかどうか…


 …という内容を、家に例えて分かりやすく教えてもらえました。


「闇も人様々で、強弱の違いがあります。幼児退行しちゃったのなら、強靭な光属性の精神を侵せるだけの闇があったはず。いくら光が強いと言っても、普通はそこまで行ったら崩壊ルート一直線でしょうに」


 本気で感心したという風に、感嘆の溜息。

 白山羊さんは勇者様のヘッドをロックしたまま、しみじみと魔法陣を撫でまわします。

「………シャーグレッドさんが触る度、魔法陣が反応してますけど」

「ああ、干渉はしていないので安心してください。

健康な心を弄ったら、酷いことにしかなりませんので」

 うん、安心できませんね。

 白山羊さんの指がちょっと引っかかると、魔方陣が震えます。

 魔法陣の線が伸びそうになったり震えたりしているんですけど…

 見かねたまぁちゃんが、そっと。

 そっと勇者様の頭部を取り返します。

 ずっと頭部を固定されていた勇者様は、心なしかぐったりしていました。

 途中で抗議の声が煩いからと、シャーグレッドさんが口を塞いでいたせいでしょう。

 うん、絶対に。

 それを止めなかった私達にも責任の一端があるとか。

 なんかそういう言葉がどこかから聞こえましたが……

 ………聞こえなかったことにしておきました。


「しかし、勇者様が…今までもよく、土壇場で精神(メンタル)強いとか、立ち直り速いとか、回復力高っ!? とか思っていたんですが………そう言うのも、属性の影響ですか?」

「いや、それは関係ないんじゃないでしょうか」

「って、ええ!?」


 え、この流れで否定!?

 今までの会話の流れ、全部なんだったんですか?!


「あくまでもこれは、闇に呑まれそうな時…精神崩壊に至りそうな時の話、です。その普段の心が折れたり萎れたりしている時の状況は、精神崩壊の危険がある程でしたか? それは闇と言えますか」


「あ、それはない」


 …まあ、常人レベルなら、どうか知れませんが。

 勇者様の普段の平然ぶりを見ていると、あれくらい全然許容範囲内、だと思います。

 少なくとも、今まで精神崩壊の危機に至ったことは…なかったですよね?


「光属性が強い=精神崩壊阻止機能くらいの感覚でしょうか」

「それ、結構凄いよね」

「お陰で健康健全な心身を持って育てた訳ですね」


 ここまで光の強い人間はそうそういませんが、と。

 珍獣を見るような目で、シャーグレッドさんは勇者様を見ていました。




 魔境の方に異常判定を受けてしまった勇者様(笑)

 そのご感想は?


勇者様

魔境の奴(お前ら)にだけは、絶対に言われたくない…!!」


 とりあえず、勇者様の精神面に光属性による補助がかかっていた模様。

 今までに精神崩壊して廃人にならなかったのは陽光の神様のおかげだね☆

 ………うん、勇者様は幸運の女神だけでなく、陽光の神にも感謝した方がいいと思う。深く、深く。


 そしてそんな陽光の神の加護があるというのに、それを突き抜けて情緒不安定&錯乱状態に突き落としたルシンダ嬢の実績が恐ろしすぎます…。




 次回は今までの殺伐としつつ勇者様の不憫をお慰めするため、何ということのない遊び騒ぎはしゃぐお話になります。

 …その後、とうとうルシンダ嬢編です。がんばって書きます。

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