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94.勇者様、一人だけ動揺中。

 白山羊頭突きで目覚めた勇者様。

 身を起してみると、そこは…(笑)

 


 今回は勇者様視点でお送りします。




 目が覚めると知らない部屋にいた。

 …と、一瞬思った。

 その一瞬の間に、過ぎる既視感。

 あれ、この部屋どっかで………


 思い至った瞬間には、叫んでいた。


「なんだこの部屋ぁ………っ!!?」


 変貌。

 変わり果てた、その部屋。

 覚えている限りの記憶では、決してこうではなかった。


 天上から吊り下がり、縦横と部屋に渡って巡らせられた、パステルのリボンとビーズの鎖。

 部屋中にあふれかえるのは、ぬいぐるみの山、山、山…

 薄紅と白のレースが揺れて、部屋の中をぽよぽよと割れないシャボン玉が踊っている。

 床には白い花が敷き詰められ、花弁が優雅で上品な彩を添えている。

 そして何故か。

 何故か、こんなパステル調の部屋の中で漂う………緑黄色野菜の香り。


 知らない部屋だと思った、そこ。

 記憶の中にある場所は、確かにこうじゃなかったのに。

 だが、俺の記憶を裏切る光景を前にしても、俺の頭は一つの結論を述べる。

 この部屋は、どこか?


 そこは、俺の寝室(へや)だった。




 目が覚めてから、硬直するのは何度目だろう?

 ほんの数分の間に、もう何度固まったことか。

 ピンクでファンシーに変わり果てた部屋を、直視するのは辛い…。

 一体何が原因で、こんな風に変わり果ててしまったのか…。

 何より、そんな部屋で安穏と寝ていたっぽい自分が怖い。

 身動ぎもできずにただ、見るのは。

 視線ががっちりと合ってしまった熊のぬいぐるみ。

 所謂(いわゆる)、テディベア。


「あ、それ勇者様の一番のお気に入りだったんですよー」


 横合いから、リアンカの声。

 ぎし、と。

 今度は違う意味で体が固まった。


 考えるな…!

 考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい考えるまい………!!


 起きてすぐ、この身に降りかかったこと。

 そしてどうやら、寝ている間にやらかしていたこと。

 それはほんの二日前の、膝枕の比ではない。

 主に、精神に対する破壊力が。

 今にも脳内が粉砕されそうになって。

 俺は必死に俯いた。

 視線を自分の膝に固定して、集中。

 自分が何をやらかしたのかわからない不安は、ある。

 だけど今は本当に、それよりも。

 それよりも………その、

 なんで、自分が、リアンカと、その、リアンカと、その…!


 嗚呼、言葉にならない…


 どう言って表現したらいいのかわからなくて、戸惑う。

 涙が出そうだと一瞬思って、ぎょっとした。

 自分は、そんな涙もろい方じゃない筈なのに。

 何故か、涙腺が緩んでいた。

 本当に自分の身に、何が…?

 

 思考は、数千(ちぢ)に乱れる。


 自分の身に何が、という疑問。

 この部屋に何が、という疑問。

 それからリアンカと自分に何が、という煩悶だ。

 この三つが…とりわけ三つ目が俺の思考に襲い掛かり、入り乱れ、正常な思考能力をぐずぐずに溶かしたり打ち砕いてきたりする。

 思考能力なんて残ってないんじゃないか?

 自分に問いかけて、そうすることが既に思考力があるという証明に繋がるじゃないかと、ちょっとだけホッとする。

 だけど少しの安堵は引き金となり、その次の瞬間にはまた頭が何とも言えない感情と、言葉にならない疑問符で支配されてしまう。

 総じて言うと、これだ。


 目を覚ます前の俺の身に、何が………?


 近くにいたロロイに問いかけるけれど、目が合う前にさっと目を逸らされた。

 何なんだ、その反応…。

 物凄く、不安になった。


 こういう時、いつもならリアンカやまぁ殿に問いかけるけど…

 リアンカはあの、その、色々で、ちょっと…どころじゃなくかなり、問いかけ辛い。

 まぁ殿は………

 さっきの憤怒の微笑と強烈な脳天砕き。

 そして、それをされるだけの自覚があるので問いかけ辛い。

 しかし、どうしたものだろう。

 なんだかんだで、この二人を外すと回答してくれる相手が限られてくるんだけど…


 ロロイは、先ほど目を逸らされた。

 リリフは、セツ姫に夢中でこちらには目もくれない。

 …というか、その香炉をどうにかしてくれ。

 不快な匂いじゃない筈なのに、何故かやたらと鼻について憂鬱な気分になるんだ…。

 サルファは…論外だな。うん。

 そして何故いるのか知らないが、昨日の吟遊詩人。

 彼は意味ありげに微笑んで…卑猥な本を向けてくるので、やっぱりこれも論外だ。

 絶対にまともなことは言いそうにないので無視しよう。


「おぃこるぁ! 何やってんだ、てめぇ…? さっきの俺との言葉、忘れたのか? ああ?」

「ちらつかせてなど、いません! 堂々と見せています!」

「胸を張って変態臭ぇこと言ってんじゃねーよっ!!」


 まぁ殿が何やら、吟遊詩人と俺の知らない話をしていたが…

 何の話か大体聞いて掴めたので、放置しよう。

 俺自身、まぁ殿の意見には賛同する部分がかなりある。



 ――さて、こうなると溢れる疑問をどうやって消化したものか。


 聞こうとしていた相手は悉く答えなんてくれそうにない。

 リアンカやまぁ殿に聞ければ、手っ取り早いんだが…


 ……………先程も思ったが、無理だ…。


 胸の内に(わだかま)る思い何かを吐き出すように。

 深く、溜息が出た。

 まるで、肺の中の空気を全て吐き出すような溜息。


 まさかそれに答えを返してくる者がいようとは。


「…これは、また見事なことで」


 聞こえた声は、知らない声。

 見るとそこには、白髪の男。

 ………って俺、なんで最大の特徴から目を滑らせてるんだ!?

 一番の特徴を流しかけている自分に気付き、本気で驚愕した。


 男の頭には、山羊の角と白い耳が生えていた。


 リーヴィル殿やその従姉によく似た形状の耳、角。

 リーヴィル殿で見慣れていたのか、魔境で慣れてしまったのか。

 それを取るに足らないものとして流しかけていた自分が、少し恐ろしい。

 どこからどう見ても、彼は魔境の住人だった。

 一瞬、もしかしたら山羊の獣人かもしれないと思いもしたが…

 だが、まぁ殿達魔境の面々がいる時点で、そんな彼らと似た雰囲気を纏っている時点で、種族がなんであろうと魔境の住人確定だ。

 それも恐らく、魔族。


 警備が万全なこの部屋に、招かれざる客が入れるとは思わない。

 何しろ今は、まぁ殿だっている。

 不用意な侵入者は、まぁ殿が排除するだろうと思うから。

 相手は、招かれた客(・・・・・)だとしか思えない。

 そうなると、やはり魔族だと考えた方がしっくりする。


 しかしそんな魔族が、何故ここに…?

 …というか、その耳と角、隠せ。

 仮にも王城で、なんて物を堂々と曝しているんだ…

 だからサディアス達はいないんだな、と思い当たるけれど。

 この姿でここまでこられたのかと思うと、顔が引き攣る。

 俺の立場も、もう少し考えてもらえないんだろうか。

 


 白い山羊魔族は、俺の内心など知らない顔で、しげしげと俺を眺めてくる。

 より詳しく言うのであれば、俺の額を。

 わざわざその指で、前髪をかき分けて。


 ………思い出した。

 こいつ、人の寝込みに…!!


 その後に続く一連の衝撃で、完全に頭から吹っ飛んでいた。

 だが思い出してしまえば、知らない顔はできない。

 俺は我ながら不審と警戒の混じった顔で、白山羊を睨みつける。

 主な加害者はほぼ女性で、ほとんどの被害も女性からだった。

 けれど。


 時々稀に、とち狂った男が、いなかった訳でもない。

 ……今まで十九年の人生で、具体的に言うと、二人くらい。


 あまりに切なくて、げんなりしてしまう忌まわしい出来事。

 なかったことにして普段は忘れているけれど…!

 あまりあることじゃないので、記憶の彼方に葬り去っているけれど!

 こいつもそんな血迷った一人かと、険しい目で睨みつける。

 もしもそうなら、俺に触れた瞬間に手首を切り落としてやろう。うん。

 そして既に。

 こいつは俺の額に触れている。


 有言実行。

 俺は枕元にいつも隠している護身用の短剣に手を伸ばし…


「ほら、陛下も見てください。凄いですね、この人間。リアンカ殿もそう思うでしょう」


 …て、何もできずに突っ伏した。

 な、な、何故そこで、その二人を呼ぶんだ…!


「凄いって、何が?」

「もう既に精神の建て直しが完了している。聞いた話だと、もっと深刻な状態だと思っていたのですが…完膚無きまで、(トラウマ)を封じ込めている。この人間、余程強い光を心に持っているのでしょう」

「うん…? 陽光の神の加護か?」

「ああ、神の加護…それでこのように強い光を持っていると」


 三人が、何故か俺の額を覗きこんでくる。

 な、なんで俺をそんな風に見るんだ…!?

 俺の額に、何があると!?

 特定一人との接近に、胸の内が騒いで仕方ないんだが…!

 動揺を抑えることができず、顔が火照る。

 どうしたらいいのかわからなくなって、俺の身体は再び硬直した。


 目を白黒させる俺の耳に、聞き捨てならない会話が飛び込む。

「もしかして、さっきのデコチューってこれの為?」

「それ以外に何があると。俺だって男に口をつける趣味はない」

「白山羊は闇属性だからなぁ…光属性の強い勇者には魔法の効きが悪ぃんだろ」

「その通り。しかもこの人間、並の光じゃない。神の加護でも受けているんでしょう」

「おお。大当りですよ、シャーベットさん」

「シャーグレッド、です。…お陰で直接接触しないことにはどうにもなりそうになく」

「でも口づけまですることなかったんじゃないですか…?」

「相手の内面に触れる魔法は、より内側に近い場所で触れあった方が効きもよろしいので。

ですがいくらなんでも、男と経口接触(キス)はご免こうむります」

「………それは俺も見たくねぇな」

「えぐいね…親しくしている相手な分、余計に」

 俺のことを置き去りにして、俺のことを語っているらしい三人。

 額に、一体何があるんだ…

 触ってみるけれど、特段変わったことはない。

 しかし、さっきの俺の考えが勘違いだということは、わかった。


 だけど…一体彼らは、俺に何をするつもりだったんだ………?


 なんだか、謎が更に深まってしまった…。





 本人は知りませんが、今の勇者様は額に小さな魔法陣が浮いています。

 白山羊さん達が対象の精神状態を診察するのに使う、小さなもの。

 その陣の上に、記号や曲線直線、様々な形で対象の心理状態が描かれます。

 心が乱れたり、精神が破壊されると魔法陣も乱れに乱れます。


 だから、現在の勇者様の心理状態は白山羊さんに筒抜け(笑)

 リアンカちゃんとまぁちゃんは見方を知らないけれど、必要個所に関しては白山羊さんが丁寧に解説中です。

 そして魔法陣の一角に、封じられた闇を現わす部分がありまして。

 その抑え込み方の見事さに、彼らは感心して唸っている訳です(笑)


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