93.先代魔王の言葉
勇者様、完全復活☆
しかし、その出番は後半まぁちゃんに食われました。
そしてアレです。
多分、ラッキースケベの神がちょっとだけ微笑みました。
兵士Bの偉業に比べたら、全然ちょっとですけどね…!
至近距離でパッチリ目が合う、勇者様と白山羊さん。
構図的には眠れる森とか、白雪姫とかを連想しますが。
残念、両方男です。
夢から覚めたばかりの、薄ぼんやりした目。
まだ覚醒前らしい勇者様は、状況の把握に時間がかかって思考停止中。
何事か考えているのかも知れませんが、明らかに脳の思考速度は落ちています。
もしかしたら起き抜けに思いがけない光景と遭遇して、頭まで凍りついたのかしら。
そんな状況下。
対象が未だ覚醒前なのを見て取って、白山羊シャーグレッドさんが行動に出ました。
ちゅっ
なんか、そんなリップ音が聞こえた………。
え、血迷った?
白山羊さん、勇者様のあまりの美しさに血迷った???
こちらまで混乱しそうです。
白山羊さんがしたこと。
それは、寝ぼけ眼な勇者様の額に、接吻。
所謂、デコチューってやつですか。
頭の妙に冷静な一部分が状況分析をしている間に、勇者様の身体がびくっと跳ねました。
動いたと思った次の瞬間には、上体が…というか頭が凄い勢いで跳ねあがっていて。
「…っ!」
白山羊さんの額に、痛恨の頭突きが直撃!
シャーグレッドさんはどさっと体の側面から寝台の上に倒れ伏してしまいました。
余程痛かったのか額を押さえて悶絶しています。
勇者様は勇者様で物凄く混乱状態。
混乱しながらも、頭突きはできるんだね。
寝起き早々アグレッシブな一面を見せてくれた勇者様は、探るような目できょろきょろ。
今にも誰かを殴り殺さんばかりですね。
そしてその場合、第一の犠牲者に祭り上げられるのはきっと白山羊お兄さん。
「い、一体何事だ、これ…! なんで男に口づけられて目覚めなきゃならないんだ!」
「勇者様、セーフ! セーフですよ、口じゃないから!」
「口じゃなければ良いってものじゃないだろう…!?」
「………って、おや?」
いつの間にやら、正気にお戻りですね?
これは眠っている間に精神の自己修復が完了したのか、それともデコチューなり頭突きなりの衝撃で現実の目を覚ましたのか…どっちでしょうね?
でも何となく、勇者様の精神的頑強さ…いや、脆いけど。
脆いけど、回復力の高さを思うに、ご自身で復活を遂げたような気がいたします。
わあ、白山羊さん無駄足!
わざわざ呼んだのに、とんだ無駄足ですね!
まあ、でも。
これが誰の手による復活であろうと、喜ばしいことは確かでしょう。
だから私は、祝辞を述べます。
「勇者様、完全復活ですね☆ おめでとうございます!」
「は? 復か…………………ふぇっ!!?」
後ろから覗き込むような姿勢で。
我ながら近いな、と思いましたけど。
先程のシャーグレッドさんに負けず劣らずの近さからお祝いを述べる、私。
すると、怪訝そうな顔で勇者様が振り返り…
固まりました。
その顔は驚愕の眼差しで、しっかりと私に視線を固定しています。
ん? 私の顔、何か付いていますか?
よく見ると、首の方からじわじわ勇者様の顔が変色して言っているような………
そう、朱色に。
密着して接着している勇者様のお身体も、心なしか体温を上げていっているような……
あれ、何この変調。
無茶が祟って風邪でも引きましたかね?
きょとんと首を傾げると、ちょっと首が動いたことでますます顔の距離が近づきました。
双方、首を捩じっているので、真向かいから見つめ合うのに近い形です。
途端。
勇者様の顔が、ぽんって音がしそうなくらい。
一気に、赤く染まりました。
それはもう、真っ赤な色に。
「!!?」
勇者様の口から、名状しがたい謎の音声が発生しました。
はくはく、口が無意味に閉じたり開いたり。
ぎょっとした顔のまま、私から距離を取ろうとしたのでしょう。
しかし自分の体勢の状態を把握する前に、慌てて動こうとするから。
多分、自覚はなかったんだと思います。
私と勇者様の身体が、密着していること。
勇者様が寝始めてからは、気道を確保しやすいように仰向けにしてあげていました。
でも、肩腕は私の身体に巻き付いたままだし。
もう片方の手は私の服の裾を握っているし、だし。
無理やり離すのも可哀想で、そこはそのままに、体を仰向けにしてあげていたんです。
結果、仰向けにはなりませんでした。
眠ったまま、勇者様がもぞもぞと動きまして。
自分の寝易い体勢に落ち着いた時、その体は仰向けというより横向き。
それも、私の身体を枕か布団かのように下にして。
まあ、(精神年齢的に)子供のすることなので放っておきましたが。
でも体は十分育った男の人なので、重いと言えば重い…。
そんな私達のことを、まぁちゃんがうっとりするほど危険で美しい微笑を湛え、楽しそうに見守っていました。
ぼそっと、勇者様にとって危険な言葉を呟きながら。
取り敢えず、挽肉の刑は取り返しがつかないからやめてあげて?
………とまあ、そんな状態だった訳ですが。
白山羊お兄さんに頭突きをかます為、体勢もちょっと変わりまして。
より仰向けに近い形にはなっていました。
でも無意識に固定されていた腕は、そのまんま。
特に、私の服を掴んでいた方の手が。
そんな状態で急に体を離そうと仰け反ったら、どうなるでしょう?
答え:逆に私の方が勇者様に引っ張られる。
そして勇者様も、少しだけ私の身体と距離を取ったことで。
そう、自覚してしまったんでしょう。
自分が一体、どんな状態にあったのか。
「――!!!!!?」
だけどそれも、一瞬のこと。
私と勇者様の一瞬だけ空いた距離は、すぐにまた埋められました。
勇者様が手を離していなかったから。
体を引き離そうとした勇者様に、今度は私が引っ張られて。
ぽすん、と。
軽い音を立てて。
私の体は、勇者様の胸に受け止められました。
そのままの勢いで。
勇者様の仰け反った勢いのまま。
私達は、今度は勇者様を下敷きにする形で寝台の上に倒れ込みました。
客観的に見て、私が勇者様を押し倒しているような状態です。
「ぐぅ…っ」
白山羊お兄さんの、くぐもった声。
よく見たら白山羊お兄さんが下敷きです。
そして丁度、勇者様の肘がシャーグレッドさんの横腹に命中していました。
おおぅ……強烈な勢いだったし。
シャーグレッドさん、ご愁傷様です…。
…って、ちょっと外野!
具体的に言うとバードさん!
何いきなり演奏の曲目変えてるんですか…!
ロマンティックでムーディな曲なんて求めてませんよ…!?
しっとりと色気漂う曲なんて演奏しないで下さい!
これ、そう言う場面じゃありませんから!
そう言う場面とは違いますから…!
ちらりと横目で、室内を見ると。
こちらを揶揄するような目で甘い曲を演奏するバードさん。
カリカや子猫とぬいぐるみで遊ぶせっちゃんとリリ。
そして今にもこちらに突撃しようとするロロイ。
そんなロロイを羽交い絞めにして、にやーっと笑うサルファが見えました。
…とりあえず、サルファとバードさんは後で一服盛っておこうと思います。
私の頭も状況把握に追いついていなくて。
うっかり現実逃避中。
勇者様も思いがけぬ事態に再び脳が停止したのか、空白に支配されたのか。
口も半開きで固まっています。
とりあえず私は、勇者様が手を放してくれないと動けない訳ですが。
勇者様の身体は驚きに固まっているんでしょうね。
手も足も体もがっちがちです。
本人が正気に戻らないと手を離してもらえそうにありません。
さっきから勇者様の服の留め具の一部が、私の腕に食い込んで痛いです。
できれば早く離すなり何なり、状況の改善を申し立てたいんですけど…
「勇者様? ゆうしゃさまー?」
不自由な体勢ながら、勇者様の顔を覗き込んでみますが。
勇者様は、真っ赤な顔で固まっています。
それになんだか、ちょっと体が震えているような?
「ゆーうーしゃーさま?」
駄目だ、完全に茫然自失です。
私の声が聞こえているのかも定かじゃありません。
野生の世界でこんな我を失っていたら、すぐに食い殺されますよー?
そしてここに、野生の獣はカリカしかいないけれど。
野生の魔王様なら、さっきからスタンバイ状態です。
できれば、魔王様がおいでになる前に解放させてあげたかったんですけどね…。
まぁちゃんはこんな事態になるのを見るや、深い溜息。
目に手を当てて天を仰いで…それから、素早く動きました。
すささっと、勇者様の寝台…私達の方へ接近移動。
それから。
「うらぁ…っ!」
その拳が、勇者様の脳天に落とされました。
勇者様、頭を抱えて悶絶。
私もちょっと吃驚しましたが、息を呑んで勇者様を観察します。
………よかった。この様子じゃ頭蓋骨陥没も脳みそ破裂…
……いえいえ、脳挫傷も起こしていないみたいですね。
まぁちゃんがちゃんと手加減してくれたことに胸を撫で下ろします。
そんな私にも、まぁちゃんの冷たい目。
「リアンカ…もう体は自由だろ。いつまで勇者に乗っかってんだよ」
「あ」
勇者様、そう言えば両手で頭抱えてますね。
はしたないから離れなさい、と。
言葉で急かされ、私も勇者様から離れます。
勇者様から一歩を置いた距離…そこもまた寝台の上で、思わず正座です。
だって、まぁちゃんが笑顔で怒っているから。
ああ、うん。
お怒りは重々承知です…。
でも勇者様が正気じゃなかったから、一応の猶予を置いて待っていてくれたんだよね…
お怒りを、一時保留にして。
状況把握をさっさとしていれば。
即座に正しい距離を置いていれば、きっとまぁちゃんは怒らなかった。
この体勢も事故によるものだし、大目に見てほしいところだけど…
………勇者様が、硬直しちゃったからなぁ。
まぁちゃん的執行猶予は、その間に過ぎちゃったらしい。
頭を(痛みで)抱える勇者様の胸倉を掴み上げ、まぁちゃんは花の様なにっこり笑顔。
…月下美人の様な笑顔です。
「結婚前の若い男女が何はしたないことになってんだ、あ?」
「ガラ悪いよ、まぁちゃん」
「リアンカちゃんは黙ってなさい!
んで? 勇者にはその心積りをたっぷりと語ってもらおうか?」
笑顔でまぁちゃんは凄むけど、勇者様はどう見ても痛みでそれどころじゃない。
手加減はしたにしても、どんだけ強く殴ったの、まぁちゃん。
どう見ても自己弁護は出来そうにない勇者様。
私は当事者の一人として、哀れな被告の弁護に走ります。
「だってまぁちゃん。事故、事故だよ。勇者様にも悪気や作為はなかったと思うの」
「物事で大事なのは結果だと、うちの先代は言っている」
「それ、過程をすっ飛ばして結婚して、うちの父さんに殴られたヒトだよね!?」
「それで生まれた結果に文句あるのか?」
まぁちゃん、目が据わってるよ…。
まぁちゃんのご両親の結婚に纏わる逸話は、彼にとっては羞恥ネタです。
まぁちゃん自身関係しているだけに、恥ずかしくて仕方ないみたい。
先代魔王さん、できちゃった婚だもんなぁ…。
妊娠の報告どころか、交際の報告すらせず。
いきなり結婚式に呼びつけて、結婚します宣言を私の父に叩きつけた先代魔王様。
その逸話は、魔境でも語り草です。
その後、うちの父に公の場所で正式に殴られた逸話込みで。
あの一件以来、先代魔王は義兄となった私の父に頭が上がらないらしい。
…うん、駄目じゃん。
結果も大事だけど、過程は大事。
すっ飛ばしたら碌な目に合わないという生きた見本が、魔境にはいます。
「……………まあ、うちの先代の言葉は当てにならねぇけどな」
まぁちゃんも言っていて思い出したのか、沈黙の後に前言撤回。
そのまま疲れたように溜息。
いい加減で豪快で大雑把なご両親を思い出し、脱力しちゃったようです。
私は嫌いじゃないし、ちょっと好きだけどな。叔父様と叔母様。
なんだかんだで、まぁちゃんやせっちゃんと似てるし。
「あー……………うちの親ぁ思い出したら、なんかどうでも良くなっちまった…。
あの二人のアレコレに比べりゃ、どうってことねーよな………」
叔父様、叔母様、ありがとう…!
あなた方のお陰で、私と勇者様の首の皮が結構分厚く繋がりました!
というか、まぁちゃんの貞操観念が緩くなるような生き様が素敵過ぎます。
どうでもいいとまぁちゃんに言わしめる生き様を見せつけてくれて、ありがとう…!
次回予告:
次回こそ、勇者様に叫ばせます。
「なんだこの部屋ぁ…!?」
どんなに変わり果てていようとも。
そこは、貴方のお部屋です。




