92.白山羊のシャーベット
前回のあらすじ:闇をさまよう勇者様。
まさか真のヒロインは、アスパラガス?
…と、血迷った展開が前回に繰り広げられましたがw
勇者様復活の巻☆
皆様の予想通り、案の定自力復活…?
………と、思ったのですが。
その前に登場させる予定のなかったキャラの登場をねじ込むことにしました。
ルシンダ嬢との決戦に控え、戦力増強。
新たな戦力を投下するタイミングは、ここしかない…!
某番外編にて謎の登場(作中の紙面にて)を果たした彼が、まさかの再登場…!?
勇者様の完全復活は、次回に回します。
私の膝でお休みになる勇者様を見て、まぁちゃんが言いました。
「………まだるっこしいな。いっそ心の闇を強制治療しちまうか?」
え、そんなことできるんですか?
できるんなら早くやろうよ。
「まぁちゃん、手抜きは駄目だと私…思うんだ」
そう言ったら何故かデコピンされました。
痛い…。
「あのなぁ、そうほいほい出来る事じゃねーんだぞ?」
「そうなの?」
「精神系の術になるからな…」
「ああ」
納得しました。
まぁちゃん、魔力が大きすぎて繊細な力加減が必要な魔法とか苦手だもんね…
特に、取り返しがつかない系。
「人間に魔力による干渉を受け入れさせるにゃ魔力が強過ぎなんだよなー………
うっかり勇者が精神崩壊して廃人化しても構わねぇってんなら、俺がやっても良いけどよ」
「「構いますよ!!」」
つまらなさそうに言う、まぁちゃんに。
サディアスさんとオーレリアスさんの声が揃いました。
勇者様もかなり魔力の容量がありますけど…
魔王のまぁちゃんには敵わないでしょうし、その力を受け止められるか疑問ですね。
まぁちゃんも私が相手なら細心の注意を払ってくれます。
ですが、相手が勇者様ではそこまで骨を折ってはくれないでしょう。
きっとかなり、大雑把。
その結果、うっかり想定より大きな魔力を使って勇者様が内側から破裂、なんてことになった日には目も当てられません。
「それじゃ、強制治療できないじゃない」
「俺がするとは言ってねーし」
「え? さっきの口ぶりじゃまぁちゃんがするっぽいのに…」
「俺がやるより適任が近くにいんのに、なんで俺がやんねーといけねぇんだよ」
「「「「適任?」」」」
意外な言葉に、私達は異口同音。
言葉をそろえて、首をこっくり右側に傾げました。
人間の国の、色々な場所に潜入潜伏する魔族の皆さん。
この時初めて知ったことですが、その拠点には最低一人、一定水準以上の実力を持つ精神系の使い手を置くことになっているそうです。
この辺で言うと、『鋭き角の一角獣』屋にいることになりますね。
その役目は勿論、言うまでもないですね?
人間さんに魔族さん達の正体が知れてしまった時の、洗脳要員です。
まあ、洗脳といっても本当に洗脳する訳じゃないみたい。
洗脳してしまうと、周囲との齟齬から逆に正体がばれやすくなってしまうそうです。
具体的に言うと証拠の隠滅や、正体を知ってしまった人の記憶を一部抹消、もしくは摩り替えを行う為に控えているのだとか。
これが本当に洗脳の為なら、中々に悪辣ですね☆
………昔々、一時期本当に洗脳を方針にしていた時期もあるそうですが。
その時の魔王さんの趣味で。
まあ、とにかく。
勇者様の故郷である此処は、人間さん達の盟主国。
即ち一番重要で、一番大きな都市です。
その分、正体や知られてはまずい情報が流出する危険性も断トツ。
潜入する面々も超一流なら、精神系能力者も超一流を置いているそうです。
勇者様が知ったら、軽く発狂しそうな情報ですね☆
…バラしても面白いですが、ここは黙っておきましょうか。
今の勇者様、精神的に本当に弱っていそうですし。
暫く放っとくのもありかと、今の私は珍しくそう思っています。
「今、ここにゃ折よく光属性の奴がいたはずだし」
「光属性だと、何かいいことあるの、まぁちゃん」
「…勇者が光属性だろうが」
「知ってるけど、それが?」
「………精神、つまり勇者の中身に干渉しようってんだからな。
属性が違っても失敗はしねぇだろうが…」
「え、その不穏な言い方って気になるんだけど…」
「成功率の問題になるか? 同じ属性なら魔力の質も似る分、対象に馴染ませやすくて成功率が上がるんだと。勇者は扱い辛ぇ相手だろうから、成功率は少しでも高ぇ方がいいだろ」
それは御尤もだと思いますし、まぁちゃんの説明にも一応は納得しました。
サディアスさんやオーレリアスさんは怪訝な顔をしていましたが。
ここは口八丁で丸めこみましょう。
でも、ふと思います。
「私達あやしい人材ばんばん入れまくりだね! 仮にも王城なのに、ね!」
「気に済んな!」
これも勇者様の為という免罪符をバンバン掲げて、好き放題。
サディアスさんから新たな客を招く了承を得るのは、この三分後。
お迎えに飛び立つ竜が客を連れて(拉致)来たのは、日が暮れようとしている頃。
「今晩は、皆さん」
優雅に一礼する男の、その頭髪は白い。
まぁちゃんみたいなキラキラした白じゃなくて、まったりした白。
動物の毛みたいな、ふたふたした色合いです。
うん、柔らかそう。
そして頭部の、隠せない…角。
ラーラお姉ちゃんみたいな山羊角と耳が、ぴょこり。
どっからどう見ても、魔族です。
慌ててロロイが急いで行動!
サディアスさん達を窓の外に摘みだしたのも納得の、あからさまな姿です。
うっかり見られる寸前、排除に成功できたと思いますが…
………うん、普通の人間を窓から放り捨てるのはどうかと思うな。
窓から見下ろして確認したら、怪我はしていないみたいだったけど。
二人が戻ってくるより早く扉に鍵を閉め、バリケードを築いてやっとロロイが一息。
この予期せぬ労働の原因といえる白山羊さんは、耳をピコピコ不思議そうな顔。
「か、隠さないね…っ」
何をとは言いません。角と耳です。
私の言外に言いたいことを嗅ぎ取ったのでしょう。
白山羊のお兄さんは澄ました顔で言うのです。
「陛下のお招きで本来の姿を隠すなど、不敬に当たります故」
「うん、礼節は大事だけど今は気遣いが欲しかったかな」
また、勇者様の頭を抱えるネタが…起きた時に大変だぞ☆
「ご安心を。この部屋に入るまで薄絹を被って隠していましたし、私の様な魔族は傍目に獣人と間違われやすい。今も出稼ぎに出てきた獣人を装って職を得ております」
「薄衣…明らかに怪しいね」
どうしましょう。
正真正銘の不審人物を招き入れたと思われたら、勇者様の沽券にかかわるような…。
表面上礼儀正しく澄まし顔の白山羊さん。
この外見に、この性質…丁寧な言動なのに、何故か胡散臭い。
これは間違いありません。
「お兄さん、白山羊一門のひと?」
「いかにも、俺は白山羊一門のシャーグレッド」
「え? シャーベット?」
「………シャーグレッド、で」
露骨な聞き間違いをしてあげると、澄まし顔だった耳がへにょんと力を失くしました。
耳の先までぴんと張っていたので、垂れると対比で情けなく見えます。
白山羊一門。
それは、魔境でも名門魔族の一族に数えられる方々です。
りっちゃんやラーラお姉ちゃんの黒山羊一門と双璧をなす…
…というか、互いによく槍玉に挙げあっている一族です。
好敵手ってやつですよね…ええ、よく張り合っています。
特にここ数百年は、りっちゃんの実家が魔王さんちの重心筆頭(宰相)に名を連ねているので、白山羊さん達の反発は半端じゃないとかなんとか…
実際はどうか、知りませんけど!
同じ山羊の性を持つ魔族同士、どうしても張り合ってしまうのでしょう。
元々同じ部族みたいですしね。
姿も似ています。
人間そっくりの姿だけど、耳と角は山羊さんです。
ただりっちゃん達黒山羊さんとは角の形状が男女逆ですけど。
彼らの部族には他にも灰色だとかぶち斑だとか、色々な山羊さんがいますが、有名どころはやっぱり黒山羊さんと白山羊さんの一族。
黒山羊さんは伝統的に死霊術師の素質持ち。
ですが、白山羊さんは………あれ?
白山羊さんなら、確かに一族の特性上、魔法の中でも繊細な技能を有して難しいとされる精神系の魔法も得手でしょう。
だけど……………あれ?
「まぁちゃんが呼んだのって、白山羊さん?」
「いえ、違いますが?」
あれ、まぁちゃんに確認取ろうと思ったら、間髪入れず本人から否定が…
さっき、まぁちゃんは光属性の使い手を呼ぶと言いました。
ですが、私は知っています。
黒山羊一門の方々は、先天的に光属性が強いひと達。
そして白山羊一門の方々は、先天的に闇属性が強いはずなんです。
だけどそんな方が、何故敢えて本来の呼び出しを無視してここに…?
白山羊さん達の、特有技能…それはまさに洗脳特化。
対象とする生き物を、生きたまま操る能力を持っています。
伝説級の凄い方になると、一度に一万人の人間を操って戦争を裏で操作したとか何とか。
………本当ですかね?
普通にそんな災害級の愉快犯は、流石に歴史上一人だけだそうですけれど。
一般的な白山羊さんでも、一度に平均四~五人は操ると言うので十分凄いんですけど。
そして、シャーベット白山羊お兄さんは言いました。
「俺は一度に二十人くらいなら操れますよ?」
うん、立派な危険人物予備軍ですね。
「俺達の能力は精神操作の延長上にあるようなもんなので、精神系の魔法は得意中の得意。お任せいただきましょう」
自信たっぷりにそう言う白山羊さんは、白い毛に反して何だか一瞬黒く見えました。
「でも、光属性じゃないんですよね?」
むしろ真逆の闇属性。
「まあ、そうですが。もう一人の精神汚染要員がオタフク風邪をもらってきまして。隔離中なので俺が来ました。大丈夫、トラウマをつつくのは得意なので任せていただきましょう」
「オタフク風邪!? いや、それより精神汚染って!!」
「ええ、なので俺が代わりに」
「なんてこった………」
その、病床ダウン状態の何方かの安否が気遣われます…。
オタフク風邪って、大人になってから罹患するとただじゃ済まないのに………。
死んだ者を操る黒山羊さんと、生きている者を操る白山羊さん。
一族固有の能力までも対比するように似ていることが、彼らの反目をより一層深いものにしている気がするのは気のせいでしょうか。
自信に満ち溢れた様子もたっぷりに、白山羊さんが保障します。
「トラウマで精神状態が不安定? 錯乱中? 心の中の折り合いがついていなさそう…ね」
山羊さんは、堂々と自信たっぷりに宣言しました。
「お任せいただきましょう! 精神操作の鬼と呼ばれた、この身に賭けて!
俺が勇者とやらの精神をお好みでカスタマイズしてさしあげましょう!」
それは、なんとも不安を誘う宣言でした。
というか、改造してどうするんですか…?
「まぁちゃん、彼は大丈夫なんだろうか…」
「………俺も、ちっと自信なくなってきたぜ」
「というか精神操作の鬼って…」
勇者様! 勇者様、今こそ貴方が必要なのに…!
このツッコミどころ満載のお兄さんに、貴方の力が必要なんです…!
ああ、もう何でこんな時に寝てるんだろう…幼児退行しちゃってるんだろう。
必要としている時に力を貸してくれない勇者様に、心の中でちょっと頬を膨らませて。
そんな私の恨みがましい目に、気付くことなく。
白山羊のお兄さんはよっこいせと広い寝台に乗り上げてきます。
近寄る必要があるんでしょうけれど、この寝台広いもんね…
今度みんなで雑魚寝するのに良さそうです。
「それじゃ、まずは心の中を見せt…っあ」
息を呑む、白山羊のお兄さん。
魔法をかけようと、彼は至近距離から勇者様の顔を覗き込んで………
そして。
いきなりパッチリと目を開いた勇者様と、真正面から目が合った。
まさかの再登場=白山羊の郵便配達員役で登場した彼。
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