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91.ファンシー、ただし漂う香りは野菜の匂い

 今回、勇者様の(トラウマ)回。

 完全に正気を失して錯乱している勇者様。

 その悪夢(ユメ)の中は…!? という回になっています。





 ――現在、勇者様の寝室が凄いことになりつつあります…。


 流石にやり過ぎだろうと、誰もが思いつつ。

 しかして誰も止めないという、歯止め(ゼロ)の成り行きで。

 勇者様の寝室は十九歳・男子の部屋とは言いたくない有り様になりつつあります。


 ファンシー、ラブリーな方向で。


 勇者様が正気に戻った時のことを思うと、笑いが込み上g……

 …失礼、その時の心情を慮ると、胸が痛んで仕方ありません。

 ………具体的に言うと、肺の辺りが。あと腹筋も痛いんですけどね。


 勇者様は怖い思いを一気にして、その対象が急に消えてと慌ただしく目まぐるしい状況の変化に目を回したのでしょうか。

 それともミリエラさんが消えて緊張の糸が切れたのでしょうか。

 私をぎゅうぎゅうと抱きしめたまま、割とすぐに寝落ちしました。

 その、直後です。


 せっちゃん達が、戻ってきたのは。


 ぬいぐるみをたっぷり堪能したのか、そのお顔はご満悦。

 加えて、お土産まで持って来ました。

 いいえ、もしかしたらせっちゃんが手放し難かっただけかもしれません。


 せっちゃんとリリフの二人は、手に手に大量のぬいぐるみを抱えていました。

 人外であり、人の器では計れない二人だから。

 抱えたぬいぐるみの量は、人間そっくりな見た目に異常なほど。

 そして、

「仕舞いっ放しは可哀想ですの…お人形は、ちゃんと飾ってあげないと可哀想ですの」

 そう言って、大量のお土産(ぬいぐるみ)達を勇者様の寝室中に飾り立て始めたのです。

 寝台の上、にも。

 お陰で場の空間が、滅茶苦茶ラブリーでファンシー………。

 何だか小さな女の子の部屋みたい。

 爽やかな色合いで、落ち着いた環境だった勇者様の寝室。

 それが今ではパステル調の部屋に見えてきそうな錯覚をもたらします。


 部屋の主、ご当人は現在すやすやすよすよ。

 安息の寝息をついています。

 大量のぬいぐるみに、ずらり囲まれて。

 眠りに落ちても勇者様の腕は私の腰に回ったままで、おまけに服の裾まで握られていて。

 つまり、私の膝に乗り上げる形で眠っておられます。

 正気だったらとてもじゃできない大胆な体勢ですね?

 起きた時に、発狂しないと良いけど…。

 うら若き嫁入り前の乙女になんてこと…!とか言い出さないかな。

 死んで詫びるとか叫びださないかちょっと不安です。

 後継ぎという立場を十分自覚されているので、そんなことはないと…

 ………流石に死ぬとは言いださないと思うんですけどね…。

 何故か、そんなことをしそうな想像をしてしまいます。


 離れるに離れられない私も、同じくぬいぐるみの海の中。

 ………なんだろう、この状況。

 さっきも思った感想(ソレ)が、益々の異様さを持って強くなります。

 小さいぬいぐるみもあるけれど、殆どが特大級。

 お陰で体が埋もれる、埋もれる…。


「あぅー…カリカちゃん、ガジガジしちゃ駄目(めっ)ですの」

「にいっにいにい…っ」

 私の位置からは見えない場所で、カリカがぬいぐるみの一つを齧っていた様子。

 それを咎めるせっちゃんに、カリカの不満げな声が上がります。

 うん、仕方ないよ、せっちゃん…だってカリカは動物だもの。

「あうぅ…猫ちゃん達までご一緒しちゃ駄目ですのー…

リャン猫ちゃん、爪を立てちゃ駄目ですの。お腹の(わた)が飛び出ちゃいますのー」

 …せっちゃん、ワタはワタでも綿(ワタ)だからね。

 ぬいぐるみの腹に詰まっているのは、そっちの(ワタ)じゃないから。

 どうやらせっちゃんの(にゃんこ)達も、やんちゃを始めた様子。

 しかし猫への呼びかけに、一つ聞き捨てならないことが…

「リャン猫ちゃん?」

「あ、猫ちゃん達にお名前つけましたの!」

「………碌でもない名前を付けている予感がするのは、お兄ちゃんの気のせいかー…?」

「ちゃんと素敵なお名前ですの! この一番大きな白猫さんが、まぁ猫ちゃんで…」

「うん、せっちゃん? その名前、変えろ」

「えぅー…?」

 まぁちゃんとのやりとりで、不満の声を上げるせっちゃん。

 その声音、込められた色合いは、さっきのカリカの声とよく似たものでした。


 それからも勇者様のお部屋はファンシーぶりに拍車をかけていきました。

 せっちゃんの要望を叶える為と、若干名が張り切りまして。

 室内にはぬいぐるみの山はもちろんのこと。

 天井からリボンやビーズの鎖が垂れ下がり、部屋中に張り巡らされ。

 ちゃっかり勇者様の寝台の天蓋が、薄紅色と白いレースの物に替えられて。

 子竜二人は共同制作まで始めました。

 割れないシャボン玉を作りあげ、部屋中に浮かべています。

 その空間に触発されたのか、悪ノリか。

 バードさんまでキラキラした音曲を竪琴で奏で始めました。

 むぅちゃんまで愛らしい薬草や毒草の花を花瓶に生け始めています。

 活けてある花は不穏そのもの。

 でも愛らしい花には違いなく、どうみても女の子仕様の部屋に変貌を遂げていきます。

 部屋の主の、意向を全く聞きもせず。


 部屋の片隅で、止めることもできないまま。

 サディアスさんが頭を抱えて蹲っておりました。



 この、騒ぎの中。

 結構な音量で騒いでいると思うのですが。

 その状況の中で安らかな眠りを貫く勇者様を、ちょっと凄いと思いました。

 先ほど(うな)されていた時とは、全く違って。

 その眉間に皺はなく、大量に汗をかいている訳でもなく、苦悶の呻きもない。

 本当に、安らかな寝顔で、安らかな寝息で。

 そのことが更に、勇者様の普段は見せない図太さを如実に表しているようでした。







      ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


     【勇者様 ~悪夢(ユメ)の中にて~】



 夢の中を、ずっと歩いている気がする。

 微睡む泥。まとわりつく重い闇。

 現実は遠く、此処が夢の中だとすらわからない。


 そんな空間を、ずっとずっと歩いている。


 そんな気がする。


 悪夢(ユメ)の中をずっと彷徨い歩く足取りは、じわじわと歩みを遅くしていく。

 誰も呼ぶことのできない、靄がかった頭。塞がった喉。

 どうしてこんなところを歩いているのかも、わからなくて。

 ただ誰かを呼びたいのに、呼びたい人の名前も顔もわからない。

 自分はどうしたんだろうか?

 思うのに、次の瞬間にわからなくなる。

 自分とは何だろう?

 自分とは、誰なのだろう…。

 わからないまま、ひたすら闇の中を歩いた。

 立ち止まることもできず。

 立ち止まった瞬間、全身に纏いつく闇に、飲み込まれそうな気がして。


 ずっと歩いていると、やがて。

 遠い遠い眼の前に、何か浮かんでくるものがある。

 思い、出している?

 少しだけ、そう思った。

 何を思い出しているのか。

 思い出しているというからには、それは過去のことなのか。

 この身に起きて、経験したことなのか?

 わからない。わからない。


 全て根拠がないように感じられて。

 だけどああそうなのかと、それだけを淡々と思いながら。

 ただ、目を逸らすことができず。

 逸らそうにも闇ばかりの中で、他に何を見ろと言うのか。

 見るべきものも見出(みいだ)せずに、ただ、浮かんできた情景を眺めた。

 それ以外に、するべきことが見当たらなかったから。

 歩む足取りを止めぬまま、真っ直ぐに前を見る。


 そこは、今自分がいるよりも更に深い闇の中だった。

 少なくとも、そう感じた。

 暗い、と。深いと。

 そして食われそうだ、と。

 何が食われそうなのか。

 光か。闇か。光景そのものなのか。

 それとも、自分が…か。

 歩いている自分と、浮かびあがった光景の中の自分。 

 寸分違わず同じもののようでいて、何だか少し違う。

 やっぱり、違う。

 自分と同じなのに、違うもの。

 食われそうなのは、自分(カレ)自分(オレ)か。

 自分(カレ)だろうと、咄嗟にそう思った。

 思いながらも、今ここにいる自分すらも食われるのではないかと。

 そう、無感動に響く胸の奥で恐怖が蠢いた。

 感情の響き、動きというものを久々に得たような気がした。

 本当はそんなこと、なかった………とも思うけど。

 でも、久しくなかったと思うくらい。

 心はぎこちなく、鈍くなっていて。

 ぎこちなくなってしまうくらい、動きを凍りつかせていた。

 ただ、思い出すのは………

 ……感情の豊かな動きをもたらしてくれたナニかがいたはずという、朧な記憶。

 それも思い込みかもしれないと、次の瞬間には思っていたけれど。


 目の前の情景、過去の記憶は移ろいゆく。

 それぞれがそれぞれに、光景の中の自分をも傷つけながら。

 同時に、見ている自分を傷めつけながら。



 ――それは、暗いくらい闇の中。

 実際にはこれほど暗くはなかった。

 だけど記憶の中、少年の恐怖が、絶望が視界を黒い闇に染めている。

 濃い靄の様なもので、視界がぼやけた。

 全身を戒める、楔。

 足下から這い寄ってくる、ナニか。

 手足を戒める鎖は蛇のように冷たく、拘束は強い。

 逃げられない。

 逃げられない。

 どんなに逃げたくても、逃げようと藻掻いても。

 ――逃げられない。


『殿下、殿下………わたくしの、殿下』


 うっとりと、夢見るような少女の声。

 陶酔した響きに込められているのは、しかし声の持つ年齢とは不釣り合いな………

 とろりと粘着質で、業の深い感情に染まった。


 女の、声。


 身の毛がよだつ、よだつ、よだった。

 暗闇にぼんやりと、女の顔が浮かぶ。

 まだ幼いその顔は、ぞっとするほどに白い。

 ふりかかる黒い真っ直ぐな髪が、白さを際立てる。

 闇そのもののような髪に埋め込まれた、小さな白い…

 卵型の小さい顔。

 しかし大きな両の眼は虚ろ。 

 まるで、顔面に大きな穴が開いているようだ…。

 その穴の、奥。


 二つの黒い宝石が、ぎょろりと此方に視線を向けた。


 どこかで見たことがあるような、そんな…

 今までとは比にならない恐怖が、全身を駆け抜けた。


『う、ふ、うふふふふ……………ふたりきり、ですわね』


 執着を孕んだ声が、耳に突き刺さる。

 呪いのように纏わりついて、離れない。

 全身を駆け巡る呪縛。

 思い出すのは、闇ばかり。


 だけど一つ、思い出す。

 忌まわしい記憶を。

 自分を捕らえた彼女の記憶。

 少女のギラギラと輝く瞳が、あの時のことを思い起こさせる。

 (あえ)いだ喉からは、恐怖の掠れ声さえ出ない。


 いつしか傍観していた自分と囚われている自分は同一のものとなる。

 二人から一人になった自分は、より一層濃さを増した空気の中に戒められている。

 柔らかな寝台に、手足を沈めて。

 両手両足、動かすことはかなわない。

 手足を拘束していた鎖は、いつしか本物の蛇へと変わり。

 首に繋がれていた鎖は、幼い少女のほっそりとした両腕に代わる。

 足下から、手先から這いあがる。

 順に辿って行く。

 撫で上げて行く。

 少女の細い、白い指。

 (たわむ)れに、全身に指を這わせていく…

 

 嗚呼、叫びたい。


 恐怖か、嘆きか、悲しみか、苦しさか。

 何でもいい。

 ただただ叫んでしまいたい。

 胸の内で渦巻く、このナニかを吐き出したい。

 そうしなければ狂ってしまいそうだ…。


 泣き叫んで、誰かの名を呼びたい。

 助けてほしいと、此処から救い出してほしいと。

 闇から、掬ってくれ。

 この少女の手の届く、その範囲から。


 だけど、声は出ない。

 喉に絡みつく、少女の指先。黒い髪。

 優しささえ感じるほど、そっと添えられているだけなのに。

 首を絞められてしまいそうな危機感…現実にはない筈なのに、感じてしまう圧迫感。

 まるで本当に首でも絞められているようで。

 舌は薬でも盛られたみたいに、びりびりと痺れている。

 喉も舌も麻痺させられて、一体どう叫べと言うのか。

 何を叫べと、言うのだろうか。


 体の自由を奪われ、叫ぶべき声を失くして。

 できることはただ一つ。

 声の出ない喉を喘がせながら、恐怖に見開いた瞳で…


 ただ、女と化した少女を見つめ続けるだけ。

 

 抵抗もできず、拒絶もできず。

 手指の動きひとつ、足の蠢きひとつ。

 それを余さず見つめる以外に、何ができるだろうか。

 

 目は怖くて閉じられない。

 目を逸らし、視界を閉ざしている間に、自分がどうされてしまうのかわからないから。

 いっそ気を失いと思っても、それもできない。

 意識のない間に何をされるのか、まるで想像がつかないから。

 もどかしさも忘れて、見ていることしかできない。

 

 うっとりと、自分に身をよせて。

 幼い顔に不釣り合いな笑みを浮かべる、少女の全てを。


 このまま自分はどうなってしまうのか。

 どうされてしまうのか。

 先の見えない状況に、絶望は呑みこもうと大きな口を開けていて…


 逃げられないと分かっているのが、一番辛い。

 せめて逃げようがあれば、逃げられるという希望があれば。

 そうすれば、この流れおちる涙を止めることができただろうか。

 そうすれば、この震える体を受け止めることができただろうか。


 祈る相手もかける願いも見当たらない。

 少年の瞳は、完全な闇に閉ざされようとして…

 

 …だけど、どうしても心が諦めない。

 どんな辛い状況下でも、自分でももどかしいくらいに。

 もう抵抗は止めろ、素直になれと胸の内で諦めた何かが囁いても。

 だけど、どうしても諦めない何かが自分の中にあった。


 それは夜空の星のようにちかちかと瞬いている。

 その光がかき消されない限り、自分はどうやら膝を屈することができないらしい。

 闇という、絶望色に染まった心に。

 希望という、光色に染まった心は。


 どうして自分は諦めないんだろう?

 どうして自分は、身を委ねてしまえないんだろう?

 そんな疑問もどうでもよくなるくらい。


 胸の内に光があると、気付いてしまえば。

 その光は増し、色を染めて。

 大きく、大きくなっていく。

 絶望に呑まれようとしていた自分を、引き摺りだすように。

 全てを投げ出そうとしていた自分を、励まそうとするように。


 光に押され、少し。

 ほんの少しだけ、闇が退く。

 

 だけどやっぱり、ほんの少し。

 未だ全身を取り巻く闇は、退かない。

 一歩距離を引いた場所から、次はどうやって食らいつこうか虎視眈々と狙っている。

 胸の内の光に縋り、光を守りながら。

 全てを捨てて忘れてしまいそうになっていた意識は、僅か力を取り戻す。

 闇に対して、どう討って出たものか。

 光を掲げ、どう反撃したものか。

 復活した思考が、促してくる。

 自分はここで闇に呑まれてはいけない。

 この闇を、振り払わなければならないと。


 心の感じる、ままに。

 どこにかは、わからない。

 だけど自分は帰りたいと。

 素直にそう思った感情が、何よりも強いと信じられたから。


 完全に打ち倒すことはできない。

 感覚でそれが分かっていた。

 わかっていても、尚。

 きっと封じることができるはず。

 その為の糸口はないものかと、弱りそうな心を励まして問いかける。

 どこかに隙はないかと、考える。

 闇に怯えるばかりだった瞳を自分から見開き、ひたり闇を睨み据える。


 その時、不意に感じた。

 鼻先を、そよと漂いぬけたモノ。


 不意に記憶にないもの………野菜の香りが、鼻先をかすめた。

 野菜…セロリ、アスパラ、ほうれん草…………

 アスパラ。

 アスパラガス。



 ……………アスパラ、ガス。



 

 その瞬間、この脳裏に。

 ………脳裏に浮かんだ、ものは。


 記憶も感情も闇に染まった心に封印された絶望の中。

 匂いに触発されて思い出したモノ。

 できれば、ずっと忘れていたかった、モノ。


 脳裏に浮かんだモノは、巨大な、青々と巨大な。


 ……………両腕両足をにょっきりと生やした、大きなアスパラガスだった。






 思わぬところで効果を発揮していたソレ。

 勇者様ったら、リリのお香に救われたね☆


 次回:勇者様(自力で)完全復活☆


勇者

「この部屋は一体………」


 ちなみに次回予告の予定は未定です。

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