89.捕り物
前回、某吟遊詩人によって卑猥で桃色で恐ろしくクオリティの高い絵本(爆)が、勇者様(現在の精神3才)に薦められるという暴挙が発生しましたが。
…勇者様が、どんどん悲惨なことに。
幼児退行して中身お子様状態らしい勇者様。
そんな彼に桃色絵本(ある意味)を薦めるという暴挙に出たバードさん。
………なんて物を。
表紙に大きく描かれた、堕天使の笑みが目に刺さります。
画伯…ご自分がモデルだというのに、ノリノリで描きすぎ。
即座に回収されたというのに、堕天使の笑みは瞼に焼き付いて中々薄れてくれません。
もう一度、言います。
………なんて物を。
まぁちゃんがお説教、したのに。
図太い画伯を支援するサポートコーナー窓口のお兄さん、強い。
「ヨシュアン殿渾身の名作と名高い逸品でしたが…お気に召しませんでした?
でしたら、此方の『赤い硝子のハイヒール』なんかは内容も比較的純愛風で…」
「内容云々とか、そういう問題じゃねぇぇー!!
それそのもの、エロ本自体が問題だって言ってんだよ!」
ツッコミ戦士の勇者様が現在、お役目を退いていますからね。
代打という訳ではありませんが、まぁちゃんが代わりに割とツッコミを頑張っています。
とうか、まぁちゃん! 頑張って! 負けないで!!
今ここで捻じ伏せないと、また空気を読まずに新種の栄養剤(爆)が召喚されるから…!!
…心の中で思っているだけですが、私、割と余裕があるようです。
さっきまで、勇者様に関して焦っていたような気がするんですけど…
なに、このリラックス感。
良い感じに力が抜けたというか、脱力したというか。
緊張感も焦燥も、いきなり飛び出たエロ本にぶち抜かれて崩壊しました。
お陰で焦れないというか、悪い意味で毒気が抜かれてモチベーションだだ下がりです。
………エロ本効果、恐るべし。
バードさんが狙ってやった訳じゃないところが、また恐ろしい。
「い・い・か!? とにかく、そっち系のネタは禁止だ!
今後一切、ソレ系の本を持ち出すんじゃねえ!!」
「そんな! 私は新たな販路を開拓に来ているんですよ!?」
「お前、本職吟遊詩人だろうが!」
「それはそれ、これはこれ。とにかく困ります」
「……………。……じゃ、今後リアンカやせっちゃんの前じゃちらつかせないってことで」
「妥協しましょう。彼女達は顧客になり得ませんし、私も淑女の前では出し辛いですから」
「どの口が言うか!?」
…あ。
まぁちゃんとバードさんの舌戦、一応の決着を見せたみたいですね。
何となく混ざり難い話題なんで傍観に徹していましたが。
ようやっと気兼ねせずにいられ…
「…それでは困りますわっ!」
………と、思ったんですけどねぇ…。
なんでこう、次から次に…あ、いつものことでした。
うん、いつもと変わらず忙しないですね。
思わず現実逃避に意識を飛ばしかける、私。
そんな私の腕を、一人だけ逃げるなとばかりに揺さぶるロロイ。
「りゃ、リャン姉…? なんであの人がいるんだ?」
「いや、私に聞かれても。私だって知りたいよ…」
私達は、誰も彼も思わずぽかんとしていました。
その、思いもかけぬ闖入者。
予想どころか想定すら全然していなかった、その乱入者に対して。
「殿下にそのような卑猥な、下劣な、厭らしい本をお見せするなど以ての外ですわ!
今後殿下の前にも提示しないことを誓っていただかなくては!
わかっていらっしゃいますの!?」
白金の髪を振り乱し、取り乱しようも隠さずに猛烈な勢いで。
肉食系清楚なお姉さんは、私達の目も気にしません。
「その厭らしい本を、殿下にお見せしてはなりませんわ! お分かりになりまして!?」
本当に、どこから入ったんだろ………ミリエラさん。
ミリエラさんの謎めく登場。
警備万全の筈の離宮に、どうやって侵入したの?
「ひ、ひっ………ひぃぃ…んっ」
今は女性全般が怖くて仕方ない勇者様。
なんか、ミリエラさんの勢いに恐慌を起こす寸前まで追い詰められているんですけど。
彼女が怖い人だって分かるのでしょうか。
それとも目の前にした彼女から、ナニか良からぬものを本能的に察知したのでしょうか。
勇者様の反応は、ただ女性だからと怖がられていた私達に対するモノよりも、過剰で。
がちがちと、合わない歯の音。
引き絞られる、か細い悲鳴。
恐怖で、めいっぱい見開かれた瞳。
恐ろしいと、その震える全身が訴えています。
身動ぎすらできない様子で、今にも這いつくばりそうで。
勇者様の恐怖が、見ただけで伝わってくるのですが。
とりあえず。
不法侵入者に該当する、ということで。
急遽、シズリスさん達がミリエラさんを取り押さえにかかりました。
正当な理由があるので、今度は遠慮はいりません。
場が急激に動きだし。
目まぐるしく狭い世界は変化を見せる。
取り押さえる為、それでも怪我をさせないように留意しながら。
縄を手に手に、小柄で可憐な女性へとにじり寄るシズリスさん、オーレリアスさん。
サディアスさんは勇者様の視界を塞ぐように、素早く移動。
ミリエラさんの進路を阻む様に、計算を働かせた位置に陣取ります。
何の打ち合わせもなく発揮される、彼らの緊急配備。
それが、それぞれの役割と今までの経験、そして基本姿勢を窺わせます。
咄嗟に陣形が取れるくらい、勇者様警護で慣れた構図なんでしょうか。
常の状態であれば、勇者様もきっと取り乱さない。
守られる位置に控え、側近達を信頼して任せたでしょう。
何より、こういう状況下で一番怖がりそうなのは勇者様だし。
…まあ、公の場では表面上に恐怖を出さないように頑張ってそうですが。
そういうこともあって、ちゃんとしっかり守られてくれそうです。
でも、今の勇者様は…
「あ、あ、あ………あああぁぁあっぁぁあぁあぁぁぁぁぁああぁっ!!」
耳に突き刺さるような。
恐慌をきたした勇者様の悲鳴が。
私の度肝を貫きました。
囲まれ、詰め寄られ、今にも拘束されそうで。
でもミリエラさんの執着と、恋情は目に見えて明らか。
ぎらぎらと輝く濡れた目が、強い感情をこめて勇者様を見つめて。
彼女がそっと、手を伸ばしたから。
その瞬間、勇者様が壊れた。
そうとしか思えない、その我を失った叫び。
ただでさえ弱り、追い詰められていたのに。
普段の我を失くしてしまうほど、追い詰められていたのに。
これが完全にトドメとなりました。
最後の一歩。
崖っぷちから突き落とす、最後の一押し。
切羽詰って、余裕がなくて。
それでもギリギリ最後の領域で、きっと勇者様は踏みとどまっていた。
だって彼は、本当にとても心身ともに健やかで、お強い人だから。
きっと、踏みとどまっていた。
最後の最後に残された、一片の理性。
どうにか手放さずに残しておいた、光にも似た、ソレ。
ソレを木端微塵にふっ飛ばしやがりましたよ、この女。
お願い、読んで!
空気を読んで、ミリエラさぁん!
いま、ホント洒落にならないんだからぁ…!
勇者様の最後の正気と一緒に、緊張感の糸は極限まで引き絞られて弾けます。
今まで積み上げた私達のなけなしの努力も一緒に木端微塵ですよ!
大体、本当に一体どうやってここに侵入したんですか!?
しかも女性への恐怖で追い詰められているのに。
自我がぐらぐらする程にやばい状況だった勇者様なのに。
その勇者様に対して、心の痛みを肥大させるような行動を取るなんて。
彼女の強い、執着と恋情の瞳。
勇者様への渇望を感じさせる、恐ろしい程に強い視線。
そして真っ直ぐ、勇者様しか見えないとばかりに伸ばされた、求める腕。
それが、何かの引き金を引いたとしか思えない。
勇者様を狂わせる、何かの引き金を。
のたうちまわり、藻掻き苦しむ青年。
その切羽詰った叫び声が、掠れて割れる。
ミリエラさんに相対していた側近の人達も、皆。
勇者様の尋常ならぬ様子に、驚き気を取られて。
何より誰より優先すべき、勇者様のことだったから。
その異常を前に、彼らの身体が一瞬竦んだ。
ミリエラさんに集中できるはずもなく、彼らの注意は逸れてしまう。
ただ真っ直ぐに勇者様しか見えていないミリエラさん。
彼女の歩みも視線も、勇者様以外を頓着しない。
だって、見えていないんだから。
驚き、案じる顔で。
案じつつも、猛禽のように勇者様を狙う狩人の目で。
彼女は駆け寄ろうとする足と共、口から言葉が漏れ出でる。
「どうなされましたの、殿下! 落ち着かれて…っ」
うん、落ち着けるはずもない。
ふらりと一度傾いたミリエラさん。
だけどその動きは、後は一直線。
勇者様を目指して、前に進む。
はっと我に返ったオーレリアスさんが制止しようとするけれど。
…伊達に、魔境まで旅してきた訳じゃないようで。
その見事な実績に恥じぬ、実力が彼女の細い体に眠っています。
完全に勇者様のせいで不意をつかれていた側近衆は初動が遅れてしまっていた訳で。
率直に言いまして、どういうことかというと。
野郎共の包囲網が、ミリエラさんに抜かれました。
………って、おい。
というかミリエラさん、近寄らないで下さいよ!
見てください、明らかに勇者様の状態が悪化してるじゃないですか!
しっかり仕事しろ、護衛衆ぅ…!!
お陰で勇者様が、いよいよもって極限状態っぽいんですけど!?
「あ、あ…あ…あ………あ、あぁ……………」
ひ、ひぃぃ…っ
勇者様のめ、め、目に光がないぃぃっ!!
流石にこりゃやばいと、誰もが判断。
恋は盲目。
恋情に狂った者は、いつでも狂気的。
己に原因があると自覚していなさそうなミリエラさん。
彼女以外は全員、これヤバいと固唾を呑んで。
そして、行動に出ました。
戦う力もなく、引き止められる技能もなく。
私自身が食い止めるよう動くには、支障があります。
だから私の役目は、邪魔にならないこと。
そして、他の動ける皆の変わりに、勇者様を宥めること。
私が女性だということとか、勇者様の恐怖の元凶とか。
色々なことが咄嗟に頭から飛んで、どうでも良くなって。
丁度折りよく、勇者様も現実やら何やらが色々とヤバげに曖昧になっていそうで。
どうにかしてあげたい、力になってあげたいと思ったから。
私は自分の性別も忘れて、勇者様に駆け寄って。
ぎゅっと目を瞑って頭を抱え、悶える勇者様の両手を。
私の両手で、きつく握り締めました。
現実はここにあるよ、と。
この手の感触は、勇者様を苦しめないよ、と。
他はどうでも良くても、何とかそれだけを、教えてあげたくて。
目を閉じて恐ろしいもの一切合財を拒絶する勇者様の体を、しっかりと抱きかかえました。
…うん、両手を握った状態でも、腕を使えば結構うまくいくもんですね、と。
思考を挟まずほぼ本能任せ…というか考えなしにやらかして。
その間に頭に浮かんだのは、そんな感想ばっかりで。
いきなり拘束されて弱々しく抵抗する勇者様の体を、がっちりと押さえ込みました。
ほとんど、無意識に。
………感覚的には、アレです。
ハテノ村の、職場に連れて来られた子供の相手。
苦い薬が嫌で結構本格的に暴れ抵抗する子供を、押さえ込む時の感覚に似ていました。
勇者様の藻掻き方がなんだか酷似していたので、咄嗟のことでした。
癖みたいなものです。
さて、これが薬師としてのお仕事の時で相手が子供なら、薬師の連携が発揮されます。
この間にむぅちゃんやめぇちゃんが無理やり薬を投与してくれるわけですが…
でも、これはお薬の強制投与とは違う状況で。
私が勇者様を無理やり押さえ込んで強引に宥めている間に、何があったかというと。
勇者様への執着で、無謀に走ったミリエラさん。
立ち塞がったのは、一番近くにいたサルファ。
「ミリエラちゃーん、淑女がはしたないって~」
へらへらと笑いながらも、奴に隙はありません。
奴はミリエラさんの鬼気迫る視線を受けても揺るがない。
サルファの空気の読まなさぶりと、強心臓ぶりが良い方向で発揮された瞬間です。
「ミリエラちゃんたら、いつも立ち居振る舞いには気を配ってたっしょ?
今だって、ここだって、振る舞いには気をつけなくっちゃ☆」
そう言って、サルファは。
手に隠し持っていた紐を、ミリエラさんに投げつける。
ミリエラさんの、無防備な繊手に。
紐は蛇のように一瞬で巻き付き、絡め取る。
まるで手妻のように鮮やか。
サルファの手が閃いた次の瞬間!
ミリエラさんの両手が細くも頑丈な紐で、ぐるぐるに縛りあげられていたんですから。
ですが、それでも。
ミリエラさんは諦めない。
その意欲は、決して削がれない。
多分縛られたことで、逆上したのでしょう。
もしくは、誘拐対策などで培った反射行動が咄嗟に出たのかもしれません。
ミリエラさんを拘束した紐を、サルファが引っ張ろうとしたけれど。
それよりも早く。
手を拘束されるのは否めないと思ったのか、彼女は縛りあげられる前から、動いていて。
サルファの、方へ。
引っ張られてぴんと張るはずの紐は、撓んだまま。
むしろ、弛みを大きくして。
サルファ目がけて、ミリエラさんが頭から突っ込みました。
奴の顎に、ミリエラさんの頭突きが命中します。
「うぁ…っ」
女の子に倒されるなんて、情けない限りですが。
ミリエラさんの頭突きは、渾身の勢い。
顎に強い衝撃を受けて、脳震盪を起こしたのでしょう。
サルファがふらつき、後ろに尻もちをついて。
障害を取り除いたミリエラさんの勢いは、止まらない。
ただ、ただ、勇者様を目指して。
まぁちゃんが、踏みだします。
「てりゃ」
緊張感のない声とは裏腹に、まぁちゃんの足払いは加減されていても十分に強烈。
「あ…っ」
そうして、よろけたミリエラさんへと。
「いっきまっす、のー!」
せっちゃんの可愛い声が、急転直下!
ふわっと羽のような身軽さで。
せっちゃんのジャンプ!
その手から放たれたのは、蜘蛛の糸…
……かと一瞬思いましたが、よく見たら投網でした。
そう、投網。
つまり、次の瞬間どうなったかというと………
「きゃあああああ!?」
悲鳴とともに、その声ごと。
ミリエラさんの全身は絡め取られ、封じられる。
こうして、見事に!
ミリエラさんにとっては、敢え無く。
捕獲、完了です!
下に書いているのは、入れようと思っていたネタですが…
次の展開への話のつながりに不都合が生じて急遽ボツにしたネタです。
リアンカとまぁちゃんの会話(ミリエラさん捕縛直後)
「私、弱っている人には優しくしてあげなきゃ…って思うんです」
「そっか、そりゃ偉い、な………だけどよ、リアンカ?」
「ん? なに?」
「勇者、泡吹いてるぞ?」
「………おおう」
「あと、その抱きしめ方…本来なら、若い娘さんが身内でもない野郎を抱きしめるのはいかがなもんかと説教するとこなんだが、な………」
「………?」
「リアンカ………その抱きしめ方、締め技になってるぞ」
「はっ!?」
さてさて、勇者様が泡を吹いた原因は何でしょうね(笑)




