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ここは人類最前線6 ~光を受けし人の国~  作者: 小林晴幸
降り立ったのは天使か悪魔か
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8.おふろタイム2

今日のメイン犠牲者:ロロイ。

 青い顔を戦慄(わなな)かせ、勇者様が声を絞り出しました。

「は、母か祖母のところから侍女を借りて…」

「勇者様のお国には、状態異常耐性のある侍女がいるんですか?」

「………」

 そんなものを有した侍女はいない。

 もしも状態異常耐性なんぞ持っていたら、侍女にはならないでしょう。

 侍女ではなくもっと特性を生かせる職についているだろう。

 それこそ、騎士とか魔法使いとか。

 周囲が状態異常付与能力を持つ魔獣や魔物と戦う職につくよう仕向けるんじゃないかな。

 結果、侍女は勇者様が命の危険を感じる要注意生物の上位に位置しています。

「………どうするべきか」

「殿下、何か問題が?」

 頭を抱えて唸る勇者様の異様な姿(←私達は見慣れていますが)。

 それに、心配そうな顔のサディアス青年がそっと声をかける。

「サディアス……そうか、お前にはわからないよな」

「何を、でしょうか?」

 首を傾げるサディアス青年に、勇者様が溜息。

 そのやり取りの意味がわからなくて、私はちょいちょいと勇者様のスカーフを引っ張った。

「ぐえっ」

 首が絞まった。

「殿下!? お客様、何を…っ」

「あ。いい、いいからサディアス。いつものことだ」

「いつも!?」

 驚きびっくりサディアスさん。

 その肩をぽんぽんと叩きながら、勇者様は遠い目つき。

 サディアス青年に特にこれといった言葉もかけず、勇者様が私の疑問に答えてくれます。

「リアンカ、サディアスはな…入浴の介助に男しかいない現状を疑問に思っていないんだ」

「いや、流石に問題でしょう、それ。私やせっちゃんやリリは女の子ですよ」

「うん、だけど本人にも聞いてみよう」

 そう言い置いて、勇者様は今度はサディアス青年に生温い視線を注ぎました。

「サディアス、彼女達の入浴をお前はどうするつもりだったんだ…?」

「??? 介助について、ですか」

「そう、お前の見解を聞かせてほしい」

「私か、私の部下にお世話させていただくつもりでしたが…」

 あれ、なんか空耳が…

 疑問を込めて勇者様を見ると、しっかり頷かれました。

 そして私の隣ではせっちゃんが、きょとん。

 わあ、絶対に何が問題か分かってないよ! 

 サディアス青年も、せっちゃんも。

 いつの間にか私の背後に寄って来ていたまぁちゃんが、

「……勇者?」

 勇者様ににっこり笑いかけました。

 それはもう、妖艶に…美しすぎて、殺気すら感じるほど。

 ………いえ、感じるというか込めてますね。殺気。

「嫁入り前の娘に、何をさせようって…? 恥じらいと慎みって言葉を懇々と説明させる気か?」

「まぁ殿、落ち着いて! 落ち着いて! セツ姫だって分かってないじゃないか。

まずは妹君に説明してやってくれ!」

「せっちゃんには言っても無駄だと諦めた! 周りが気を付けるしかねぇ!!」

「諦めないでくれ! まだ諦めるには早すぎるだろう!? 勝負を捨てるな!」

「俺はもうちょっとせっちゃんの恥じらいとか乙女心とかが育つのを待つことにしたんだよ!」

「姫はもう十五だろう!? そろそろ教え込まないと拙いぞ!」

「せっちゃんは無垢で純真なんだよ…! いつか悪い男にだまされないか、お兄ちゃん心配!」

「心配なら尚のこと、今のうちに教育してやってくれ…!」

 切実な男達の応酬が繰り広げられています。

 力を込めて凄む魔王(まぁちゃん)と、勇敢に立ち向かう勇者様の対決です。

 今この場でやるようなことではない気もしますが。

 でも、素晴らしい美形同士の対峙はとても絵になりますね?

 ですが見ていても意味がなさそうなので、私はサディアス青年の袖を引きます。

「サディアスさん、サディアスさん」

「はい、なんでしょうか」

「呼びにくいから、サドさんって呼んでもいいかな」

「お断りいたします」

「サドさんは、女の人相手で入浴のお手伝いする気なの?」

「その呼び名は、確定なんですか」

「それで、どう?」

「………私は、皆様が何を問題にしているのか、よくわからないのですが…」

「まぁちゃーん! 誰よりもまず、この良い年したお兄さんにお説教したったげてー!」

「よしきた!」

「逃げろ、サディアス…!」

 みんなで、サディアスさんをもみくちゃにしました。


 その後、勇者様から補足説明していただいたことですが。

 王侯貴族の皆様は、生活のお世話を使用人にしてもらうのが普通の毎日で。

 そして身分が高位の者になればなるほど、使用人との意識隔絶は進み。

 使用人を「そういうもの」として無意識に扱うようになるそうです。

 悪い言い方をすると置物…という訳ではありませんが、自分と対等な人間としては見なくなる。

 同じ土俵で見なくなるので、異性だろうが「羞恥の対象外」になってしまうのだとか。

 それは仕える側も同じことで。

 使用人さん達も「そういうもの」として割り切るようになるんでしょう。

 互いに「同じ生き物」とは意識のどこかで見なくなる…割り切ってしまうそうです。

 だから裸を見ても見られても、特に何も感じない……と。

 

 勇者様に限って言えば、幼少期からの不憫なアレやコレや(その内情は教えてもらえませんでしたが)のせいで、使用人といえ油断できず……警戒を絶やすことができないという負の効果により、使用人でも割り切ることができなくなってしまったのだとか。

 同じ人間、同じ生き物という目線を確保できたのは良かったのかもしれません。

 お陰で無駄な気苦労を背負い込んだとは遠い目をした勇者様の言で。

 その効果で、使用人も対等に扱う主として慕われるようになったとか。

 まあ、使用人側からしても時と場合によりけり…で時として嫌がられることもあるそうですが。

 

 早い内から女性の手を拒んだ勇者様は、一通りのことはご自分でできるそうですが。

 流石にお城の本格的なお風呂は一人で入れないそうです。

 だから正式な場に出る為の身繕いはサディアスさんや侍従達にお任せしているとか。

 でもだからって、私は勘弁してほしい。

 幼少期から人の手を借りて生活しているせっちゃんは、人間の国の王侯貴族と同じように人の目に対する抵抗がないみたいだけど。

 私は生憎と、ただの村娘。

 入浴も何も一人でこなすのが当たり前。

 そんな状態なのに、男の人の手を借りて入浴なんて…


 困って勇者様に視線を送っても、どうにもなりません。

 もう水浴びか何かで済ませようかと思案してしまいます。

 そんな私に提案を上げてきたのは、ロロイでした。

「一人で入れないなら、三人で入れば?」

「え?」

「うん、だからリャン姉と、せっちゃんと、リリフの三人」

 ぼろっと、目から鱗が落ちました。


 せっちゃんは髪の手入れが大変すぎて、一人で入らせるなんてできやしない。

 リリフはまだ小さいので、色々とぎこちない。

 そして私は、お風呂の使用法がわからない。

 それを一挙解決とばかり、三人で協力して体を洗いあったらとのこと。

 私はロロイの頭を撫でながら、目算を立てるけれど…


 でも、やっぱり誰かに実演してもらわないと分からない訳で。


 ………だれに?


 この場にいる、入浴の必要がある人。

 即ち、私、勇者様、まぁちゃん、せっちゃん、ロロにリリ。

 だけどその入浴を公開してもらうなんて…


 ちらりと勇者様を見ると、高速で目を逸らされるし。

 まぁちゃんを見ると、困ったように肩をすくめられるし。

 せっちゃんを、男の人の手で洗わせる訳には…断固阻止!


 結果、ロロイが生贄になりました。

 お子様GJ。


 サディアスさんに頼んで、浴室にロロイを連行してもらいます。

 その最中、ロロイが悲壮な顔で叫びました。

「やだ…やだやだやだ!」

「あれ、ロロ? お風呂嫌いだったっけ…」

 ロロイは手のかからない良い子で、お風呂も嫌がらずに入っていたのに。

 あれはもう、遠い出来事なの?

「大丈夫よ、ロロ。ちゃんと鱗のお手入れ用のブラシと(やすり)も持ってきてあるから」

「え、本当? ……じゃなくてっ」

 ロロイが一瞬だけ、驚いた様な喜んだ様な顔をしたけれど。

 でもすぐにハッと我に返った様な顔で、顔を顰めて再び嫌がります。

 ちなみに竜の鱗にも負けないオリハルコンの特別製です。

「………無駄に豪華なタワシとヤスリだな」

「勇者様、タワシじゃありません。ブラシです」

 ぴかぴか光るブラシと鑢。

 強固な竜の鱗のお手入れ用♪

 小さな頃のロロイとリリフの愛用品を持ってきていて良かった♪

「体なんて、ちょっと水浴びして日光浴(ひなたぼっこ)してればツヤピカになるから…!」

「その豪快な入浴法で、あの宝石みたいな鱗が保たれているの……竜って本当に恵まれてるー」

 竜の谷に行って以来、ずっとそんな入浴で済ませてきたの?

 え、リリフも?

 問いかける目を向けたら、ふいっと目を逸らされた。

 ああ、これは…簡素な入浴に慣れきって、手の込んだお風呂は嫌になった、とかかな……。

 特にお手入れしないで、あの艶。

 ちょっと羨ましい…。

「リャン姉さん、ロロイは別にお風呂嫌いじゃ…」

 リリフが私の腕にしがみついて、困ったように見上げてきました。

 困ったというか…あれ、笑い堪えてない?

「姉さん、私達の実年齢知ってるから、実感が湧いていないんだと思いますけれど。

でも、私達の成長段階は、人間でいう十代前半に当たりますのよ…?」

「あ、」

 …そういえば。

 ちらりと、視線を抱えられた子竜に向けます。

 まだまだ小さな子供のつもりでいました、けれど。

 よく考えてみればその体は、十二、三歳くらいには見えて。

「風呂なんて、一人で入れるからーっっ!!」

 必死というか、切実なロロイの叫び声が聞こえます。

 だけどその態度とか、嫌がりように疑問を持つ者も仲間内にはいませんね?

 さっきまでの私と同じく、小さな子が風呂嫌いとか微笑ましい、みたいな顔で。

 うん。

「思春期、到来か…」

 既にそんなものも来ていたんですねー…

 普段が従順というか、私に素直というか、良い子なので思い至っておりませんでした。

 ああぁぁぁ………ごめんね、ロロイ。

 でも今更他に良い贄もいないし。

 割り切れ、というか諦めて。

 大人しく、私達の今後の為に糧となってください…。

 そう、お風呂使用法という勉強の為の、教材として。


 哀れ、ロロイは手慣れたサディアスさんによって全身ピカピカに磨かれてしまいました。


「この翼は、本物……?」

「あ、サディアスさんってば飾りと思ってたんですね」

 私達の到着の一件を見ていないサディアスさんは、子竜達の正体を知らなかったようです。

「このちびっ子たちは竜なんですよー」

「さらっと衝撃発言!?」

「翼は繊細な器官なので、柔らかい布か何かで優しく洗ってあげてください。

風を受けまくってるので細かいところにまで埃が入り込んでいるはずなので、丁寧に」

「………わかりました」

 仕事のできるサディアスさんは、職務の前には細かいことをうっちゃってくれるようです。

 まあ、主の勇者様が何も言わないから、でしょうけれど。

 彼は私の指示通り、その手に柔らかなスポンジを手に取ります。

 ふわふわしたスポンジでくるくると撫でるように、優しく丁寧に翼を洗い上げ…。

「あ、やめ…! く、く、くすぐったいからぁっ……!」

 でも力加減が柔らか過ぎたようで、竜が笑い悶えて暴れております。

 繊細な器官だけに、微妙な力加減で磨くと物凄くくすぐったがるんですよねー…翼。

 暴れる体をまぁちゃんに取り押さえられ、抵抗を封じられ。

 ロロイは呼吸困難に陥り、羞恥も吹っ飛ぶほどに身悶えておりました。


 そして勿論のことですが、お風呂の入り方を学ぶ為についてきた私達に余すとこなくじっくりたっぷり、全身の磨かれようを観察されてしまいました。

 尊い犠牲、自尊心の死、ありがとうございます。

 頑張ったご褒美に、後でたくさん遊んであげようっと…。


 

 その晩、ロロイは一言も口を利こうとしませんでした。

 完全に拗ねてしまい、私達がどんなに声をかけてもそっぽを向いてしまうのでした。


 そんなところも可愛いので全然胸が痛みませんでしたけど!←酷い。




ロロイ

「………リャン姉のばか」


リクエスト

・使用人に入浴させられて「一人で入れますぅ(泣)」

 →ある意味達成。ええ、ある意味。

 特に誰が、という指定がなかったし、これで大丈夫かな…?

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