表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/182

86.にじ

前回に引き続き、勇者様が錯乱中。

そして前回のあとがきの正解がでるところまでいきませんでした…。




 前回に引き続き、勇者様が泣き虫状態の今日この頃。

 皆様、いかがお過ごしでしょうか…


「リャン姉さん、現実逃避しちゃ駄目ですよ!」

「現実から逃げるくらいなら、この泣き虫をどうにかするの手伝って、リャン姉!」


 あ、あうぅ…弟分達が意識だけでも逃亡することを許してくれない。

 でも、逃げたくなっても良いじゃないですか。

 そりゃー…こうすると言いだしたのは、私ですよ?

 私………ですが。


 現在、私達はいつもとは様子の違い過ぎる勇者様に完璧に手を焼いていました。


 元々、いつもと違うってだけで調子が狂うのに。

 考えてみたら、ツッコミ役が取り乱してどうするんですか。

 いつも勇者様を振り回す側の、私達です。

 振り回されるはずの勇者様に立場放棄されると、いつもと立場逆転しますね。

 本気でどうしたものかと途方に暮れて狼狽えます。


 そして、勇者様も頑なでした。

 普段の柔軟さはどこに置いてきたの?

 そう聞きたいくらい。

 打つ手なしというか…お手上げというか。

 勇者様思いな側近さん達が放置を決め込んでいたのも、もしかしてこのせいですか?

 こう…幼児退行した勇者様の、手の尽くしようのない感じ。

 はっきり言ってしまえば、この面倒臭さ。

 取り付く島もない勢いで、勇者様が布団から出てきません。

 そんなところにお籠りするなんて…

 

 ふと思い出す、半年前のこと。

 勇者様が、まぁちゃんの素情を知った直後の行動。

 

 ………何か許容量を超える衝撃的なことがあったら引籠る性質なのかもしれません。


 あの時も、結局は勇者様が自力で復活したんですよねー…

 紆余曲折を経ながらも曲線並に迷走する、私達。

 話合いなど物の見事に役に立たなかったものです。


 あの時の徒労を思い出して。

 私は、気分が上向きになるのを自覚しました。

 以前は結局、お役に立つこともできず、勇者様が立ち直ったのは彼の独力で。

 あの時に(つい)えた、勇者様を励ますというお役目。

 いま、もしかしたら私達は、再挑戦する機会を与えられているのかも知れません。

 そう思えば、やる気が漲って来ました。

 若干斜め上、空回り気味に。


「…うん、なんかやる気出てきた!」

「え、この状況で!?」

「リャン姉…チャレンジャーだな」

「あ? リアンカって困難に燃える性質(タチ)って訳じゃなかったよな…?」

 

 戸惑う仲間達の視線も言葉も、気にしません!

 やる気を出した私の意識は、完全に切り替わっていました。

 先程までの成す術もなかった私と、一緒にしてはなりません!

 そう、無駄にやる気が湧いてきたら、発想も変わりました。

 さっきまではなるべく優しく穏やかに、勇者様に語りかけるばかりでしたが…

 いま私は、根本からこの状況を打開すべきだという根拠のない確信に満ち溢れております。


 さあ、空回り上等!

 それでも有無を言わせず気にせずに、やりたい放題やってやる! → 駄目な宣言。


 私は心成しか(まなじり)も吊り気味に、ぎらっと室内を見回します。

 こうなったら、思い切って環境から改善してやりますよ!


 悪夢(ユメ)の世界のお籠り勇者様を引きずり出す為。

 私は張り切って、袖まくり。


「まずカーテン開けましょう、カーテン!

勇者様が外界に怯えても、知ったことじゃありません」

 薄暗い室内にいるから、気分も沈むんですよ!

 勇者様のお部屋のカーテンは立派で質もいいので、遮光性抜群!

 でも今は、それが裏目に出ています。

 怯えた勇者様を怖がらせるまいと薄暗くしたままだったのが第一の失敗です。

 こんなに暗くっちゃ、闇の世界と混同しても仕方ありません。

 勇者様は本当に、闇と相性悪いんだから!

「ついでに窓も開けて風を通しましょう。

それに窓から見慣れた光景の一つも見えれば、もしかしたら安心するかもしれないし」

 この離宮は、勇者様の身に馴染んだ場所。

 身近から女性使用人の完全排除に成功した十五歳の頃から住んでいるそうです。

 それも寝室の窓から見える景色となれば、それは心によくなじんで見慣れた風景の筈。

 無意識に刷り込まれた「日常(いつも)の風景」が気分を落ち着かせてくれるかもしれません。


 ――今の勇者様は、中身が十一歳の頃に立ち戻っているようですけれどね…。

 いえ、十一歳の頃も、普段こんなめそめそしてはいなかったようですが。

 …十一歳の頃にまず幼児退行して、その状態に戻ってしまっている……

 なら、今の勇者様の精神年齢って………

 ………うん、細かいことは考えるのを止めておきましょう。


 思いっきり壁の一面を占める大きな広い窓も、扉も開け放ち。

 籠った湿気っぽい空気を追い出します。

 気分上向き、上向き!

 換気をするだけでも結構違うと言ったのは、誰だったかな。

 

 いきなり換気を始めた私の行動に、皆は不思議そうな顔。

 だけど協力するに越したことはないと思ったのかな。

 私がすることを疑わないだけの、信頼。

 私も少しは信じてもらえているようです。

 まぁちゃんは緞帳並に外界を拒絶(シャットアウト)していた寝台の天蓋を、即座に開け放ちました。

 …うん、というかサディアスさん、天蓋を夏物に変えるの忘れていませんか?

 やたら分厚くて光を通さないんですけど…冬物じゃないですよね?

 天蓋くらい、もっと薄くて光を通す物にすればいいのに。


 寝台の上に、明るい日差しが飛び込みます。

 勇者様は光属性が強く、陽光の神に加護を受けていますから。

 日の光との相性は、自然物の中で何よりも強い筈。

 こうして自然の日の光を浴びることは、光の力を取り込むということ。

 それだけで勇者様を善き方へと導く作用があるはずです。


 果たして、反応がありました。

 僅かなものでも、目を覚ましてから初めてと言える反応です。


 急に視界が明るくなるのを感じてか、勇者様がびくっと震えて。

 それから、周囲の状況を確認しようと思ったんでしょうか。

 蹲っていた状態から、恐る恐ると僅かに顔をあげ、視線をさまよわせるのを感じました。

 勇者様が顔を上げるのも、泣いたりする以外の反応を見せるのも目覚めて以来のことで。

 ついつい、注目しそうになって己を戒めます。

 無理にかまったり注目したら、また引っ込んでしまうかもしれません。

 そう、警戒心の強い野良猫を相手にするような気持ちを持ちましょう。

 気を引いたとわかったら逃げられてしまいます。

 私は顔を向けそうになる自分を自制して、注意を向けていないふり。

 間違っても、今は見ちゃいけない。


 勇者様の視線に、ちょっと戸惑いの色。

 それを良い手応えと信じて、私は次々と窓を開け放っていきます。

 というか、勇者様の部屋の窓広い…。

「換気、手伝うよ」

 そう言って、むぅちゃんがこちらに寄って来ました。

 慰める行為とか、不慣れで。

 戸惑っていたむぅちゃんにとっては、こういう作業の方が気楽なのでしょう。

 窓を開けるのを手伝ってくれるのかと思いきや…


「…捕まえた」


 うっすら笑う、その顔。

 …あ、勇者様がびくってした。


 むぅちゃんはひょいと手を伸ばすと、何かをがしっと捕まえました。

 何かを掴んでいるようですが、そこに何がいるのか私には見えません。

 ただ、何かを握る様に丸められた、むぅちゃんの手。

 そこで何かが藻掻く気配は感じられました。

 空気中に、何がいたんですか…?

「お、風の精霊か」

 ひょいと眉を上げて、まぁちゃんから正体が明かされます。


 ………精霊、鷲掴みにしたんですか。


 魔境じゃそこまで珍しいことじゃないので、驚くことじゃないんですけどね?

 人間の国の、都の中心地である此処で。

 がっしり鷲掴みにできるくらい存在のはっきりした精霊がいたのかと。

 うん、そっちに驚きました。

「まあ、移動の難しい水や土地と違って、風は世界中どこでも満遍なく巡るし」

 そう言いながら、むぅちゃんが手元で何かをしています。

 姿は見えませんが…

 ……精霊の額のあたりにデコピンかましている気がするのは、気のせいですかね?

「さて、解放してほしかったら………わかるね?」

 むぅちゃんが「………」に込めた薄ら笑いが、精霊を震え上がらせたのでしょう。

 その瞬間、ぶわっと。

 窓からぶわ……っと、強いながらも不快さの一切ない、爽快な風が吹き抜けました。

 あまりの勢いで、書類などの軽いものがばさばさと吹き飛びます。

 はためくカーテンが、風を孕んで、踊って。

 陰気な空気など、風が根刮ぎ掻っ攫っていきました。


 あまりの勢いに目も開けられなくて。

 窓際にいたせいもあって、私が部屋で一番強い風を受けています。

 でも、吹きぬける風が気持ち良くて。

 踊る風の感触に、気付けば笑っている自分がいました。

 他にも耳が、くすくすという笑い声を拾います。

 笑っているのは、私だけじゃない。

 思わず笑ってしまう人が何人も出るような、快い風。


 今ならきっと、見ても気付かれることはないでしょう。

 何とか開け辛い目を無理やり開けて、辛うじて勇者様へと視線を投げかければ。

 勇者様の頭の中の暗いものも、風が攫って行ったのでしょうか?

 きっと、とても驚いたのでしょう。

 相変わらず、目からは真珠の涙がぼろぼろと零れています。

 だけど。


 勇者様は大きく目を見開き、唖然とした様子で風吹く窓際…

 此方の方を、ぽかんと見ていました。


 よし、良い感触です!


 思わず拳をぎゅっと握りました。

 そんな私の横合いから、むぅちゃんの淡々とした声。

「風だけとか、芸がないね」

 お、おお…

 むぅちゃん、こんな素敵な風をくれた精霊さん相手に、ちょっとシビアすぎません…?

 むぅちゃんの酷評に、危機感でも感じたのでしょうか。

 精霊さんが、更なるサービス。


 ふわっと、花の香りがしました。


 甘いというよりも、爽やかな白い花の匂い。

 とっても涼しげな匂いです。

 花の匂いにも、精霊の好みがあるのでしょうか?

 花の香りを連れて。

 部屋の中に、更なる風が吹き込みます。

 奇麗なままの姿を保った、真っ白な花々をその風に乗せて。


 部屋の中、万遍無く全体に。

 白く愛らしい花がふわふわと舞い降りてきます。

 花を摘み、運ぶくらいの風なのに。

 それはとても優しい光景で。

 姿を少しも損なわぬ花が優しく舞い降りてくるのは、夢のような光景でした。


 今の勇者様が囚われている悪夢(ユメ)とは、相反した領域の。

 幸せな子供が柔らかく守られて微睡む時に見るような、優しく美しい夢。


 精霊さん、GJ…!!

 私は今、貴方を褒め称えたい…!


 勇者様の心を支配する暗い思い出とは、きっと真逆の光景です。

 それはきっと勇者様の心を揺さぶることでしょう。

 そして美しいからこそ、強く心に刻み込まれるはず。

 今見ている光景、現実が、勇者様を捕えるものとは全く違うのだと。


 私の心の絶賛が伝わったのか。

 むぅちゃんが満足げに頷いて、手の平を開きます。

 精霊を開放するのが分かりました。

 そのことへの喜びからでしょうか。

 最後の仕上げとばかり、精霊は更に美しいものを見せてくれました。


 その風が、中庭の噴水から水を巻き上げて。

 細かい水粒が、窓の前で一杯に広がって。


 虹です!

 虹、です…!


 自然ではありえない光景が、そこにありました。

 一重の、ただの虹ではなくて。

 多重…いえ、虹の乱舞!

 虹の輪が、入り乱れて…!

 ただの虹とも、極光(オーロラ)とも違う光景。

 まさに非現実的な、美しいもの。

 精霊さんの心憎い演出に、私も思わず魅入りました。

 部屋の中から喜びの歓声を上げる、せっちゃん。

 穏やかに微笑んで、ゆったりと構えた姿で見物する、まぁちゃん。

 感心したように口笛を吹く、サルファ。

 満足そうに頷くむぅちゃん。


 そして、悔しそうにギリギリと歯軋りする水竜(ロロイ)光竜(リリフ)


 ……………うん、水竜と光竜、だもんね。

 やろうと思えば二人ならできたこと、ですね。

 そのことに思い至った私は、そっと見なかったことにしました。

 何だか、見てはいけないモノを見てしまったような気がして。


 竜の子達から意識的に目を逸らし、改めて虹への反応を示す人々を見ます。

 拍手をするサディアスさん。

 ………アナタ、こんな人間の国じゃ有得ない光景を前に意外と大物デスね?

 驚き転ぶ、シズリスさん…の姿は何故か安定感と安心を覚えました。

 オーレリアスさんは驚きに半分口を開いていて。

 側近三人衆がこの反応なら、その主は………


 瞳から涙をこぼす、勇者様。

 だけどその目は、一心に虹に見入っていて。

 ………涙の性質(イミ)が、先程までとは少し変わったと。

 私は綺麗で透明なまま零れ落ちる涙に、小さく安堵の息をつきました。


 まだ完全に、立ち直ったともいえません。

 まだ勇者様の闇が、晴れたとも思えません。

 だけど、先程よりも大きく確かな手応え。

 まだ晴れていなくても…晴らす為の、その第一歩。

 切っ掛けを得ることができたのだと。

 私は勇者様の心奪われた様子の顔に、確かにそれを信じられたのです。




 しかし勇者様の心には、私が思う以上にしつこく闇が蔓延っていた…。



次話も引き続き、しつこく勇者様が幼児退行中。

前回のあとがきの、答えが出る予定♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ