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84.ルシンダ

勇者様ダウン中!

 まずは情報を共有しないことには、対策など立てられやしないと。

 私達はまずルシンダ某さんとやらの情報開示を申し立てました。


「それで、勇者様のあの凄まじい反応はどういうことですか?

いつもだったら女性が相手でも頑張って当たり障りなく振舞うのに。

あの人が、あんな凄い反応するなんて余程のことですよ?」


 ミリエラさんへは警戒が先に立って過剰に反応していますが。

 あんな態度を取る勇者様って、実は結構珍しいんですよね。

 本来の勇者様は相手に実害がない限り、当たり障りなく接することができる人です。

 王子という肩書故でしょうね、どんな相手でも無碍には扱えないという悲しい宿命です。

 まあ、それ以上に勇者様が紳士だということも理由の一つでしょうけれど。

 そんな、勇者様が。

 あんな反応は初めて見たんですけど…。


 私の主張に、最初側近三人衆は躊躇いを見せていました。

 やはり勇者様の何か洒落にならない過去があるのでしょう。

 ちらちらと勇者様(ダウン中)を窺いながら、話したものかどうかと困り顔。

 決断したのは、オーレリアスさんでした。

「…ここで誤魔化して話をしても埒はあくまいよ」

「オーレリアス!?」

「ですが、ことは殿下の…!」

「確かに本来であれば、これは殿下がご自分の口から話されるべきことかもしれないが。

ごく、個人的な問題でもあるだろう。しかし殿下は公人なのだから、その身に降りかかった厄災も『個人的』で済まされることではないでしょう」

「だけど…」

「話すかどうかだけでも、殿下の許可を取ってはいかがです」

「………殿下は、ルシンダ嬢の名を聞くだけで心を痛められるだろう。絶対だ」

 三人の間で、話に決着がついたのか。

 ついにシズリスさんとサディアスさんが黙り込みます。

 それを確認してから、オーレリアスさんが私達へと改めて向き直りました。

「これから話すことは、別に他言無用という訳ではないし、知っている者なら知っていることだ。特に王城の警護に携わる者なら確実に知っているので、なんだったら騎士の誰かに確認をとっても構わない」

「何だか、いやに勿体ぶりますね…」


「一度は、王城を揺るがす大事件を引き起こした者のことだからな」


 ………あれ、なんだろ。

 なんか、思ったよりも大事の匂いがしますね…。

 お城を揺るがす大事件って何ですか、大事件って。

 え? お城に登城するかもしれない人…なんですよね? 犯罪者?


「兵士、近衛、誰に確認をとっても良い。だが、先に言っておく。

どうか、殿下にだけは聞かずにいてほしい…」

「あれ、どうしてですか…? だって、当事者………」


「殿下は」


 私の言葉を遮るように、強く言って。

 それから一転して、弱々しい口調でオーレリアスさんは言いました。


「殿下は、ルシンダ嬢の名前を聞くだけで冷汗と震えが止まらなくなるんだ…」

「おぅ…」


 それは、凄まじく心を抉る心的外傷(トラウマ)があるってことでしょうか…

 いや、薄々察してはいますけどね?

「殿下のお心には、消えない傷がいくつも…その、ひとつで。

殿下は、未だにルシンダ嬢の名すら口にできなくて…殿下のご友人なら、配慮してほしい」

 苦渋の滲んだ、その言葉。

 先の勇者様の反応を思えば、容易に信じることができる内容で。

 なんとなく神妙な気持ちになってしまいましたから。

 私は、自分から勇者様に話を振らないと、約束しました。


 ………自分から振らないなら、相手から振ってもらえば良いよね?


「それで、ルシンダさんって何者なんですか?」

 私の、当然といえば当然のその問いに。

 大の男達は、そろって悲痛な顔で。

 そうして、忌々しげにようやっと吐いた内容は…


「ルシンダ嬢…彼女は、かつて殿下の婚約者という立場にあり…

………一日で、その座を去ったご令嬢です」


 ………うん、それって一体どんな経緯で?


 なんでそんなことに…。

 王子様の婚約者になるぐらいです。

 身元はしっかりしているでしょうし、人品に問題があったとも思えません。

 そんなお嬢さんが、どうしてお城を揺るがす大事件なんて引き起こしたのか。

 なんで婚約者だったのが、一日限定だけなのか。

 尽きせぬ疑問に、私達は答えを求めることしかできません。

 というか、王子様の婚約者になるようなお嬢さんが何を慕って言うんですか、何を。

 私の顔は思いっきり疑問で怪訝に染まり、我ながら見事な思案顔。

 言い難そうに事情説明をしようとする男達。

 説明をしようとするも、何をどう話していいものかと困っています。

 やがてなされた説明は、酷く淡々と事務的なものになりました。

 そう、起こった事実を箇条書きにして読み上げただけ、みたいな感じで…





 あれは、八年ほど前のこと。

 一国の王子殿下であるならば、婚約者が定められるのも当然のこと。

 未来の王妃となるべき娘を、国王は国を挙げて吟味に吟味と余念がない。

 女運が地の底に潜る勢いで悪い息子のこと。

 父親でもある国王陛下は悩みに悩み、これぞという娘の人選は慎重に行われた。

 勿論、大国の王子妃、王妃となる娘に求められるものは大きい。

 家柄も人柄も、素行から何から全てを挙げて選定された。

 何度選定の女神を頼りたいと思ったことか…

 

 だがやがて、国王はようやっとこれはという娘を選び出す。

 

 可愛い美しい王子のひとつ年下で、清楚な大人しい娘。

 内向的で大人しいという性質。

 それを見れば、きっと王子に夢中になっても大それたことはするまいと。

 そう思ったからこそ、その人柄が大きな決め手になった。

 しかしそれは誤りであったと、王はすぐに思い知ることとなる。



「………思えば、殿下の女性恐怖症が確固たるものとなったのはこの時からか」

「いや、その前から兆候はあったでしょう。止めを刺されたのはこの時ですが」

「何にせよ、殿下が『大人しくて、何を考えているのかわからない娘』が苦手になったのはこの時から…だったよな」


 勇者様の側近三人組が、遠い目のまま苦々しげな口調でこぼします。

 へえ、大人しくて何を考えているのかわからないお嬢さんが苦手…なんですか。

 勇者様って女性全般が苦手かと思っていましたが…

 その中でも、特に苦手と呼ばれる分類があったんですね。

「オーレリアスさん達のその口ぶりだと、そのルシンダ嬢? が犯した大事件って………

考えるまでもありませんよね。勇者様関連ですか」

 まあ、言われるまでもなく。

 当然そうだろうという気持ちは、なくもありませんでしたが…

「それで結局、そのルシンダ嬢とやらは何をやらかしたんですか?」

 私の問いかけに、彼らは言います。口々に。

 それは、それまで誰も成し得なかったことだと。

 何人もがやろうとして、未遂に終わっていたことだと。

 すぐに破綻したとは言え、幼い令嬢がやり遂げるとは到底思われなかったことだと。

「それで、結局なにやらかしたんですか?」

 彼らは、言いました。


「殿下の誘拐………拉致、監禁です」


 嗚呼………

 勇者様、ご愁傷様です…。


 そりゃ、大事件にもなりますよね。

 王城どころか、国家を揺るがす大犯罪ですよ。

 王子様…それも、世継ぎの王子様を誘拐されちゃうなんて。

 すぐに破綻したといいましたが、それでも一度攫われちゃった事実は覆せませんよね?

 年端もいかない女の子が、一体どんな手段でもって同年代の少年を王城から掻っ攫ったって言うんでしょうか。

 大事件で、大犯罪…そりゃ、勇者様もそんな実績のある女の子なら怯えますよね。

 それ以前に、あの動揺ぶり。

 攫われている間に何をされたのか…

 拉致されている間に、どんな超特大級の精神的外傷(トラウマ)植えつけられちゃったんですか…。


 幼い勇者様の心身に与えられた被害を思い、そっと溜息をついてしまいます。


「でもそんな大事件を起こした下手人なら、ただじゃすまないでしょう。

当然何らかの責任を負わされてるんじゃないんですか? 家も、本人も」

「ああ…幼い子供のしたことということで、お家取り潰しにはならなかったが…所領の中から重要なものを取り上げ、財産の半分を没収、殿下への慰謝料に当てて示談となったはずだ」

「え、示談にしちゃったんですか?」

 王子の身柄に関することだし、もっと厳しくするかと思ったんですが…

 お取り潰しにならなかっただけでも意外なんですが。

「国としても外聞が悪く、大事にするには問題が大きかったので」

 そう、サディアスさんがお困りの顔で言います。

 多分、言外に含むところがあるのでしょう。

 きっとお国事情的に、私達には言えないことも沢山あるはずです。

 ここは理解を示して、深く突っ込まないほうが吉…ですかね?

 藪をつついて、どろどろと闇に染まった何かが出てきたらことです。

 口封じの可能性が出るような暗黙の了解なんて詳しく知りたくありません。

「まあ、幼い女の子に大事な跡取り攫われましたーとはいえませんよね」

「相手が善悪の判断も曖昧な幼い少女ということで多めに見られた部分もある。だがそれでも、やったことはやったこと。責任を取って当主は隠居し、ルシンダ嬢は出家して修道院に入れられた………はず、だったんだが」


「それが今度、何故だか還俗してくる…と」


 ………何故に?


 己の犯した罪の責任を取っての出家なら、還俗できないんじゃないんですか…?

「理由に関しては、先ほど手の者に調査を命じた。生家を探れば何かわかるだろう」

「つまり今は調査結果待ち状態…ということですか」

「まあ、待つのは仕方ない…が、できればその間にある程度先々に関する方針を決めておきたいところですね。殿下の身辺警護的に」

 勇者様の側近の方々も、勇者様の女難に巻き込まれて大分苦労していますね。


「…成程、納得。今までの話でなんとなく概要は掴めました。

つまり、こういうことですね?

かつてなかった犯罪を見事やり遂げ、勇者様の幼い少年心に無残な消えない傷を刻み込んだ、元誘拐犯の女の子がやってくる…と」


 改めてこうして言ってみると。

 なんということでしょう。

 物凄い厄災がやってきつつある…そんな風に聞こえます。

 そして、きっとそれは。

 勇者様にとっては紛れもない大災厄なのでしょう…。


 …勇者様が。

 あの打たれ弱いのに復活は早く、何だかんだ図太い勇者様が。

 来ると聞いただけで意識を手放すような女の子………。


 どうしようもなく勇者様が不憫なことになる未来しか予想できないんですが…

 これって、いつものことで片付けてもよろしいんでしょうか。




次回予告★

 勇者様がキャラ崩壊するよ!

 今以上にヘタレをこじらせる勇者様は見たくないって方は要ご注意!

 さて、どんな方向に走るかな?


a.幼児退行

b.銀河の果てまで逃亡★

c.泣く

d.廃人になる

e.世を儚んで出家する

f.心を病む

g.暗黒面(ダークサイド)が目覚める


 ………さあ、どれだ☆

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