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81.目からビーム☆!!(希望)

後半カオス。

 剣を模した木の棒と、濡れたように光る鉄の鋭い刃。

 それぞれの獲物を手にし、二人の青年が対峙する。

 外野の喧騒も、かんかんと照りつける太陽も、今は二人の意識に何の干渉もしない。

 煩わしい筈の全てを意識から疎外して、青年達は対照的な顔色で向き合っている。

 楽しそうに口端を吊りあげた、妖艶な美青年。

 緊張感を滲ませ、真剣な顔の清廉な美青年。

 二人の武器は、真っ直ぐに互いを向いている。

 二人の視線も、また。


「さてさて、こうしてやり合うのはいつぶりかね」

「…俺が、ハテノ村に来てすぐ。まぁ殿と手合わせをしていた頃以来…かな」

「ああ、そういやぁ勇者が村に来たばっかの頃はよく手合わせ頼まれてたっけ」

「それも、俺がまぁ殿の正体を知って、うやむやの内になくなった…けどな」

「なくなったっつぅか………

勇者が言わなくなっただけだろ。『まぁ殿、手合わせをしてくれ…!』って」

「………流石に、まぁ殿のことを知ってしまったら、な…」

「頼みづらいってか?」

「ああ、その通りだ」

「難儀な奴だねぇ、お前さんも」

「性分だ。知っているだろう…?」


 生真面目に答える勇者様に、まぁちゃんはにやりと人の悪い笑みを浮かべる。

 魔王という地位にある男。

 しかしその笑みは、魔王というよりも悪戯小僧の様な笑みで。

 木の剣は、勇者様を惑わすようにゆらりと揺れる。


「そんじゃ今日は、軽い運動がてら久々に稽古をつけてやるとするかな」

「勇者の俺が、貴方に胸を借りるのはおかしい気がするが…

折角の機会を無駄にするのは愚かだろう。胸を借りるつもりで、挑ませてもらう」

「はいはい、頼まれましたよ……っと」


 稽古。

 その言葉の通りに、踏みこんだのは勇者様の方。

 稽古をつける側である魔王は、笑みにも姿勢にも微塵の焦りを見せず、泰然自若。

 悠々と、平然と、堂々と構えて待っている。

 待つ。

 受身の姿勢。

 だけど受け身とは思えないほど、その気配は踏みこむことを躊躇させる。

 生物の、本能に自然と訴えかけるのだ。

 この男に刃向かってはいけない。

 敵対するのは、危険だと。


 だけど勇者様は、真っ直ぐに立ち向かう。


 勇者だから。

 だけどそれよりも、強く深く。

 彼の青年が、どういう性質かを知っているが故に。


 立ち向かったからと言って、殺されはしない。

 刃向かっても、命は取られない。

 面白がる時には全力投球。

 時として制止する側に回ることがあったとしても、根本は悪戯小僧と変わらない。

 そして今、彼は退屈しているのだろう。

 そんな中、自分と打ち合うことに若干の期待を見せている。


 体を動かすということ。

 その、暇を潰す手段として。


 彼から望んだこと。

 立ち合いの中で、殺されはしない。

 致命的な、再起を諦めなければならない事態にはならない。

 自分がどれだけ全力で切りかかろうとも、魔王の余裕は変わらない。

 そしてその余裕、そのままに。

 今の自分では歯牙にもかけられないほど、実力に開きがある。

 油断されて軽く見られて、いなされても仕方がない程に。

 自分は彼よりも弱く、まだ全然敵わないのだと知っていた。


 だけど、それだけで終わるつもりもない。


 今が敵わなかったとしても、それで未来を諦めるつもりはない。

 努力を積むのは苦痛じゃないし、むしろ好きな方だ。

 無駄な努力と言われたとしても。

 勇者様自身は、それを無駄だと思わない。

 一歩一歩、僅かずつ。

 小さな一歩でも、堅実に、確実に踏んで積み重ねる。

 その未来の先に、自分が目標を達成できる未来があるのだと信じなければ。

 でなければ、勇者などやっていられないから。


 そんな未来を叶える為の、これも確かな第一歩。

 相手は当の魔王本人だ。

 だけどそんなこと気にならない…というより、気にしない。

 より確実に未来を果たす為に、むしろ好都合と思わなければ。

 こうして切り結ぶことで、現在の彼我の実力差がわかる。

 

 わかって、絶望するかもしれない。

 だけど絶望しても、それを無視して勇者様は更に努力し進むだろう。

 確実に強くなる為、自分より強いものに稽古をつけてもらうのは普通のこと。

 そう考えて、自分を誤魔化した。


 本当は自分でも、内心で微妙な顔をしている。

 勇者が魔王に稽古をつけてもらうとかどうなんだろうと思ってはいたけれど。


 そんなことを気にしては、魔境で生きるなんてできないし。

 何より勇者様は、魔境で死にたくはなかったから。

 必死で、自分の中の葛藤に目を瞑って妥協した。


 

 勇者様の身体は、内心の葛藤にも焦燥にも惑わされることなく。

 表面上は迷いのない動きでまぁちゃんに向かっていく。

 しかしいくら内心を押し包み隠そうとも。

 それでも生まれる微かな乱れに、気付かないまぁちゃんではない。


 ………が、


 そんな彼の余裕は、勇者様がすっ転げて無となった。

 原因は、あれだ。


 観客と化した彼の身内御一行様が、無責任な野次を飛ばす。


「いっけぇえええっ! そこだ、まぁちゃん! 魔眼ビーム!!」

「出せるかぁ、んなもん!!」


 思わずツッコミを入れてしまった時点で、まぁちゃんは何かに負けた。

 勇者様がすっ転げるのも無理はない。

 いや、すっ転ぶという表現では足りない。

 彼のリアクションは、転ぶという域を突き抜けた。

 その素っ頓狂な野次とも応援ともつかないナニかに、まるで背中でも押されたように。

 勢いそのまま見事なスライディングをご披露してしまう。


 そんな打ち合い当事者達の木端微塵に打ち砕かれた程良い緊張感。

 その行方も気にせず、我らがリアンカ嬢は超意外と言わんばかりに驚愕の面持ちで、


「えっ…まぁちゃん、目からビーム出せないの!?」

「っんで、今更そんなこと初めて知りましたーみてぇな顔してんだよ!

お前が生まれて十七年、そんなもの今まで一回でも出したことあったか!?」

「えーと…でも、私は出せるって信じてたのにっ」

「どっから生まれた、その思い込み! その根拠は何に基づいてんだ!?」

「だって、だって! りっちゃんに出来て、まぁちゃんに出来ないなんて…!」


 こんな酷いことってないわ、と。

 そんなノリで顔を覆ってわっと泣き出す真似をするリアンカ嬢。

 その言葉に高速の勢いでがばっと顔をあげたのは、勇者様。

 スライディングで顔面をざりざりと削ったまま突っ伏して沈黙していた。

 だが、聞き捨てならずに顔を上げる。

 驚いたことに、上げられたその顔は無傷だ。頑丈な皮膚をしている。

 彼は、目を一杯に見開いて叫んだ。


「リーヴィル殿はできるのか!?」

「出来ねーよ!!」

 

 即座に返されたのは、まぁちゃんのツッコミで。

 最早完璧に、緊迫感は爆発四散状態。

目からビーム(それ)ができるのはエチカの奴だろうが…!」

 そう叫ぶまぁちゃんのお顔は、口の端が歪んでいて。

 己に降りかかった意味不明の疑いに対して盛大に引き攣っていた。

 知っている者達の脳裏で、紅い額のカーバンクルな族長の姿がキラリ瞬いた。

 何となく、心情的に一緒にはされたくないな、と誰もが思った。


「いいか、リアンカ。赤ん坊のころからの付き合いで、今更こんなことを言う羽目になるとは思わなかったが…俺の目からはビームは出ません! はい、復唱!」

「まぁちゃんの目からビームは出ません!」

「あに様の目からビームは出ません、ですの!」

「…まて、何故せっちゃんまで参加している」

「私も、あに様の目からはビームが出ると…」

「信じちゃってたのか? 信じちゃってたんだな!?」

「本当は、今でもすこし…」

「………あに様の目から、ビームが出たら素敵ですのにー…」

「やめて!? その期待の眼差し!」

 

 実妹にまで、どこかの誰かの必殺技の如き技能を求められていたらしい。

 無邪気に信じていたらしい妹と従妹を前に、まぁちゃんの額からは冷汗がだらだらだ。

「え、なに? 俺が駄目なの? 俺、目からビームを出すべきなのか…!?」

 無邪気な期待の瞳を前に、うっかりまぁちゃんも存在意義が揺らぎつつあるようだ。

「しっかりしろ、まぁ殿!?」

 このままでは、魔王が目からビームを出すようになるかもしれない。

 それは何となく、嫌で。

 妙な強迫観念に追い立てられ、勇者様は考えるより先に行動に出た。

「正気に返れ!」

 これぞ必殺!とばかりにまぁちゃんの頬に右ストレート!

 ぼぐぅ…っと、良い音がした。

「く…っ ナイスパンチ、勇者」

「まぁ殿、正気に戻ったのか…!?」

 ぐっと親指を立てて勇者様の遠慮ない拳を称える魔王陛下。

 その口元には、無駄に爽やかな笑み。

 何か変な悟りを開きつつあった、先程までの若干ヤバい目とは大きな違い。

 そう、これこそが平常心というものだ。


 

 勇者様と魔王の打ち合いの場所は、いつしか酷く混沌としていた。



 そんな、殺伐としつつも混沌(カオス)な練兵場に。

 勇者様の知らぬ間に迫りくる驚異(勇者様限定)がある。

 場を更に混迷へと叩き落とす混沌の使者が、すぐ側へと接近しつつあった。


 そのことを知らない、勇者様。

 知っていたら一目散、脇目も振らず逃げていただろうに。

 まぁちゃんという大陸一の脅威を前に、危険警報は先程から常時営業中で。

 本能の警報は鳴りっぱなし。

 だからこそ、だろう。

 勇者様の野生の勘とか、危機察知能力と呼ばれる大変精度のよろしいそれ。

 その危機察知本能は、平素であれば既に脅威の存在を感じ取っていたはずだ。

 しかし今、魔王という本来であれば世界最大の脅威を前に、本能は狂いを生じさせる。

 ハザード級の警鐘は、魔王に対する本能の訴えに紛れてしまっていて。

 彼は未だ、襲い掛かりつつある恐ろしい未来に気付くことはなかった。




次回:おなじみの女難回に入る予定。

あの人が再登場しちゃうヨ☆

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