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80.信頼の重み

そろそろ勇者様不憫祭り(by勇者様の故郷)の準備に入ります。

今までを序の口と出来るよう、がんばるゾ☆

 下着一枚(パンいち)のサルファを、順調に木に吊るして、一息。

 私達は一仕事終えた感満載で、まったりとお茶を呑んでおります。


 勇者様と、まぁちゃん以外。


 サルファとの話で、今後の方針は大体決まったと思います。

 ルールをちょっと変更しろってもっと洒落にならない変更を想像していたんですけどね。

 蓋を開けてみれば武器と戦法に関するアレコレで。

 退屈に思ってはいましたが、今はそんなことありません。

 話にひと段落が付いた機会を見計らい、まぁちゃんが言ったからです。


「一先ずのところは話終わったな?」

「あ、ああ…終わったが」

「そんじゃ、当初の予定通り俺に付き合え」


 そう言うまぁちゃんの手には、木剣。

 でも侮るなかれ。

 まぁちゃんが使えば、ただの木の棒も立派な凶悪武器です。

 対峙する勇者様の額から、つうっと一筋。

 冷汗としか思えない滴りが、流れおちました。


 そんな訳で、今現在。

 勇者様とまぁちゃんが向かい合っております。

 両者の武器は先にも言いましたが、まぁちゃんが木剣。

 相対する勇者様は立派な真剣です。

 それはかつての観光修行旅行の際、鍛冶師のトリオン爺さんに注文した剣でした。

 勇者様という個人に合わせて作られた、勇者様の為の逸品。

 爺さんが遊びすぎて、本来の納品日を大きく遅れましたが。

 一ヶ月くらい前、ようやっと届けられた素敵な剣です。

 爺さんが遊びすぎた為、性能が本来の予定より大幅向上しています。

 使いこなすのは大変そう…というか、難易度上がっていましたけど。

 それでもただの剣としても、美しさすら感じる逸品です。


 観衆からは、ちょっとざわざわ。

 彼らの常識知識としては、勇者様が世界最強みたいな刷り込みがあるのでしょう。

 そんな勇者様が明らかな緊張の面持ちで。

 更に、木の棒相手に真剣で立ち合おうと言うんですからね。

 戸惑いにざわざわするのも仕方がないでしょう。

 まぁちゃんだって美貌が凄まじいけれど、一見して細身の人間の青年です。

 それは勇者様も変わらないけれど。

 でも、彼らが考えるところの世界最強勇者様が、本気で打ち合うのは…

 やりすぎに思えるのかも知れません。

 しかし、彼らは知らないのです。

 まぁちゃんが真実最強の名を冠する魔王であること。

 勇者様に遥かな差をつけた高みに君臨する覇者であることを。

 勇者様がいくら本気を出しても、遊び半分にあしらってしまうような強さであることを。

 勇者様は勝ち目がないどころか、始める前から負けが確定済みです。

 かつては目標とした強さ。

 でも、現実は無情。

 真実を知った今となっては、勇者様の心情的に重みが違いますよね。

 勇者様にとってまぁちゃんは『越えなければならない強さ』で…

 

 まあ、十中八九無理だと思いますけど。


 そんなまぁちゃんを相手取り、鍛錬に付き合うのは大変でしょう。

 それこそまさに、今から死合に向かうかのような緊迫感です。


 勇者様と、その緊張が伝染した周囲の幾人か限定で。


 そんな勇者様とまぁちゃんの二人をサカナにしながら。

 私達はのんびりしたものでした。


「わあ、すっごい美味しそうなパイ…! この緑は菠薐草(ホウレンソウ)かな?」

「サンドウィッチも良いけど、ベーグルサンドも捨てがたい…」

「鴨さん、鴨さん…♪ はぐはぐ」

「主様、頬にソースがついていますわ」

「あぅ…まぐまぐまぐまぐ」

「それでも手と口を止めず、食べ続けるのですね…」

「せっちゃんったら。ほらほら、お顔だけこっちに向けて~」

「あぅぅ…姉様、ありがとうですの!」

「はいはい、綺麗になったよ~。せっちゃんは美人さんだから、いつでも綺麗だけどね♪」

「姉様も! 姉様も素敵ですの…!」

「あれ、私だけ?」

「いいえ! 勿論、あに様もリリやロロだって、みんな素敵ですの。

みんな、みんな、それぞれに違う『素敵』ですの!」

「…せっちゃんって、基本みんな大好きだよねー。そして顔の美醜には心を動かされない」

「??? せっちゃん、綺麗な物くらいは分かりますのよ?」

「認識するのと、感動するのは別って話よね。でもそんなせっちゃんも可愛い!」

「あうー…姉様、せっちゃんお食事中ですの」

「主様、主様、此方の卵サンドも絶品ですよ」

「リリちゃん、ありがとうですのー」

「リャン姉、お茶」

「あ、ありがとう。…ロロは何食べてるの?」

「ブロックベーコンと鳥の串焼きと牛煮込みのパイ包み」

「野菜も食べなさい…!」


 時刻は丁度、お昼時になっていました。

 私達はサディアスさんに用意してもらって、絶賛お昼ご飯中です。

 場所柄も弁えずにお昼を始めた私達。

 空気を読まない行動に、訓練中の騎士さんから若干怨めしそうな視線が突き刺さります。

 しかし、この場にそれが気になる者はいませんでした。

 小心者という言葉とは縁遠いですね、私達。


 ただし、ロロイはちょっと違います。

 この子は水を生み出せますからね。

 そして涼しさを演出する為、さっきから息をするより自然に水を躍らせていた訳ですが。


 ここは騎士達の訓練場。

 体を動かし、熱くなった野郎共の溜まり場。

 ほんのちょっとの休憩を、涼みたがった者達がさっきから寄り集いつつあります。

 どうやらこの近くは涼しいと、気付いたようです。

 更には先ほど、真っ赤に染まった騎士達をロロイが丸洗いした経緯もあります。

 ただの水ですからね。

 体に害もなく、普通に飲める。

 …どころか、水の竜が生み出した為か、大変『美味しい水』です。

 

 訓練上最寄りの水場は、結構遠いらしいですね?

 先程から、ロロイは騎士達の『補給所』となりつつあります。

 最初の騎士が、「この水飲んで良いか?」とロロイに尋ねたその瞬間から。

 水を求めて、脱水症状が危ぶまれるくらい訓練で汗を流した騎士達が水分補給に訪れます。

 その姿を見て同情したのか、ロロイがぼそっと。

「………ちょっと、水に塩と砂糖を混ぜておこうかな」

 弱者に優しい魔王城で培ったのでしょう。

 自分よりも実力的に下と認識した相手には、時として優しさを見せるロロイ。

 脱水症状を危ぶんだらしく、自発的に水の水質調整を行っているようでした。

 …何だか、年々ロロイが面倒見良くなっていっている気がする。


 ロロイが甲斐甲斐しく水を出している横でのこと。

 お茶を啜りながらふとむぅちゃんが皆に声をかけました。

「ところで、どっちに賭ける?」

 それに、当然というように返される声は異口同音。

「「「まぁ(兄)ちゃん」」」

「あに様が一番ですのー!」

 せっちゃんだけが、ちょっと違いましたね。

 でも皆、それ以外に何が? と言わんばかり。

 微妙な顔で頬を引き攣らせる周囲は置き去りです。

「全員、当然ながらまぁ兄さんか…賭けにならないね」

「勝敗じゃなければ、賭けも成立するだろ? 勇者が潰れるまで、とか」

「まあ、面白そう。よし、私は乗りますわ」

「わあ、リリちゃんやる気ですのね!」

 こうして、突発的に私達はトトカルチョに走ります。

 予想に悩む時間は、然程かかりませんでした。


「それじゃ、勇者さんが秒殺されるのに賭ける人ー?」

 むぅちゃんの声に、該当者は挙手!

「「「はい」」」

 手を挙げたのは、せっちゃん・リリ・ロロ…それからむぅちゃん。

 うん、私以外の全員ですね。

「あれ、リアンカは?」

「そんな秒殺に賭けて当然みたいな顔されても」

「当然でしょ?」

 まあ、当然ですよね。

 でも一分は持ちこたえると信じてあげることも時として必要だと思うんですよ。

 それに分かりきった勝負に賭けるなんて、面白くも何ともありません…! ←本音。

 だから私は、まぁちゃんに言いました。


「まぁちゃん、まぁちゃん!」

「あ? どーした」

「まぁちゃんが五体満足だと、勝負がすぐに終わって全然面白くないよ!」

「…お前、俺にどうしろと」

「足の一本もください」

「お仕置きは何がいい?」


 …ちっ 冗談が通じませんね。


「冗談ですよー」

「ホントかよ」

 すぐ終わる発言で勇者様が項垂れておいでですね。

 でも本当のことですので、私は遠慮いたしません。

「賭けるにも張り合いがないよ」

「時には金儲けできない日もあるさ」

「まぁちゃん、ハンデが必要だと思うの! まぁちゃんも、すぐ終わったら退屈でしょう?」

「そん時は、ここにいる騎士共に遊んでもらうさ」


 …どうしましょう、勇者様(笑)

 さりげなく、お城の騎士様達に危険が訪れているようですよ。

 勇者様も聞き捨てならないと感じたのか、がばっと身を跳ね上げます。


「まぁ殿!? 再起不能は、再起不能は困る!」

「誰もそこまでやんねーよ」

「いや、それにしても暫く使い物にならない状態にされると困るんだ。

今は、各国から貴賓を大勢招いている。警備に支障が出ると、国家の威信が…!」

「相変わらず面倒くせぇしがらみに囚われまくってんなぁ、勇者」

「他人事みたいに言わないでくれ…!

少なくともこれは、まぁ殿の心ひとつで回避できる問題だろう!?」


「………仕方ねぇな…手加減(ハンデ)、了承してやんよ」


「よし…!」

 思わずぐっと拳を握り、ガッツなポーズを取る私です。

「それじゃまぁちゃんは、両足をその場から一歩も動かしちゃ駄目ね!

あと、左腕一本使用して、右腕は封印☆」

「やるとなったら容赦ねぇな、リアンカ…! 毎度のことだがな!」

「…だけどそれでも、俺が勝てる気がしないのは何故だろう」

「実力差じゃないですか?」

「……………精進、しよう」


 よーし、これで勝負はわからなくなってきましたよ!

「という訳で、経緯はわかった?」

「ふん…確かに、これなら秒殺は免れるかもしれないね。それじゃ改めて票を取ろう」


「私は、勇者様が十分保つ方に 全 財 産 賭けるわ」


「「「「…!!?」」」」


 私の後ろを振り返らない宣言に、皆が固唾を呑んで私を凝視してきます。

 そんな正気を疑うような目で見られたら、照れるじゃないですか。

「リアンカ…!? そんな、若い身空で破産宣言だなんて早まり過ぎ!」

「リャン姉、財貨は大切にしろよ…人間、それがないと文化的な生活は営めないんだろ…?」

「自分を大切にして、リャン姉さん…!」

「うーん…? リャン姉様が一文無しになっても、せっちゃんが養ってあげますのー!

だから、スベテ失っても大丈夫ですの!」

 全員が全員、私が全財産をドブに捨てたかのような反応ですね。

 うん、わかるよ。分かるけど。

 でも、折角の賭けごとです。

 だったら、勝負に出ないと女が(すた)ります…!


 大丈夫です。

 勝つのは難しくても、これは十分保つか否かの賭け。

 だったら、勝算がないとは言いません。


「そんな訳で、勇者様ぁ! 勇者様の頑張り如何で私が十歳の頃から丸七年!

コツコツ貯めた全財産の行方が決まりますので、よろしくー!」

「信じてくれるのは嬉しいが、根拠のない信頼が重すぎる…!!」


 ふふふ…勇者様、後には引けませんよ?

 顔を真っ青にさせた勇者様は、慄いて細かく手を震わせながら。

 信頼しきった私の笑顔に、肩をびくっと跳ねさせました。


 いつの世も、どこの世界も。

 信頼とは何より重いものなんですよ、勇者様…?





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