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79.サルファのおねがい☆


 当初サルファを実験体にする為に控えていた医療班(私&むぅちゃん)。

 私達は、その本来の職務を全うする為、倒れた騎士に駆け寄ります。

 回収した吹き矢から使われた薬をむぅちゃんが分析し始めます。

 その間に私は騎士さんの状態を確認しました。


 倒れた騎士さんは、眠っているだけでした。

 使われたのも、一般的で常識的なただの眠り薬のようです。

 …あの効きっぷりを見るに、明らかに通常の使用制限を無視していますけれど。

 ですが幸いなことに、肉体にはさして害のない種類の薬でした。

 良かったね! これが後遺症の残るような洒落にならない毒じゃなくって!


 そして一方。

 吹き矢なんぞいう使いどころの限られそうな武器を持ち出したサルファ。

 奴は勇者様とシズリスさんに捕まっていて…


 現在、下着一丁(パンいち)で正座させられております。


「それで? 何のつもりだったのか詳しく話してもらおうか」

 うっかりお国の騎士を再起不能にされたかと焦りまくった当初。

 その狼狽ようと違い、今の勇者様はある程度落ち着いた様子。

 しかしそれでもサルファの暴挙に心痛めたことは確かなのでしょう。

 現在、人を見るとも思えない目で、サルファを見下ろしています。

 あの善良で好青年な勇者様に、あんな目をさせるなんて…

 そんな勇者様を前にしても、サルファの態度が変わらない。

 正座したままでもえへっ★と効果音付きで笑うサルファの豪胆ぶりが恐ろしい。

 本当に、あの強心臓ぶりだけは驚きに値します。

 勇者様の目が、鋭さを増しました。

「シズリス」

「はっ」

 静かな呼びかけに応じたシズリスさんが手にしたモノは…

 ………あれ、狗尾草(ねこじゃらし)ですかね。


 そうして、シズリスさんが動きました。

 手に持ったほわっとふよっと、触れるか触れないかの優しさで撫でるように。

 優しく繊細に、踊るような滑らかさで、狗尾草を転がしていきます。

 勿論、サルファの肌色一色な体の上を。

 背筋に沿って撫で上げたり、腕を掠る様に揺らめかせたり。


 ………見苦しい拷問が始まりました。


 何が悲しくて、こんな光景を目にしないといけないのか…

 笑いの発作に悶え苦しむ野郎(しかも半裸)なんて、見ないとならないのでしょうか。

 これ、見せられる方にとっても有る意味で視覚の暴力…拷問だよねえ?

 私はそっと視線を逸らし、眠ったままの騎士さんの介抱を続けることにしました。

 そちらに集中していないと、我慢が出来なくなりそうで。

 あまりのことについうっかり、サルファのことをぷちっとやってしまいそうです。

 勇者様も苦渋を感じているのか、視線を流した先に苦虫を噛潰した勇者様のお顔。

 奇麗なお顔は、歪んでいても綺麗です。

 

 仕方がないのでしょう。

 サルファは、他国の貴族。

 それも弱小ではなく、王の身辺警護責任を負うような、大身貴族の御曹司です。

 故意に傷を負わせる訳にも、いかず。

 痛めつけずに話を聞き出すにも、手荒な真似はご法度です。

 その上でおいたを懲らしめるという地味な難題に応えた結果、きっとあんなことに…

 サルファを視界に入れないよう、そっとシズリスさんだけを見てみます。

 すると、いつの間にか手に握った狗尾草は二刀流になっていました。

 …意外と楽しそうですね。

 あ、でも顔だけはうんざりしている心情が丸出しでした。

 まあ、シズリスさんだって嫌でしょう。

 男の身体を抑えつけて、全身をくすぐり倒すなんて役目。

 傍目にとっても見苦しい拷問は、サルファが息も絶え絶えとなり…

 体力を消耗して動けなくなるまで、続けられました。


 その間、まぁちゃんとロロイの二人は好奇心の赴くまま。

 サルファから剥ぎ取った服を調べていました。

 そうしたらまあ、出るわ出るわの吃驚箱状態。

 上着にナイフは序の口でした。

 やがて騎士の介抱が終わった私も、好奇心に駆られてそちらへと合流します。

 すると出てくる、出てくる。

 得体の知れない道具がわんさと出てきます。


「これなにー?」

「鉤手甲だな。城壁を攀じ登る時とかに重宝する。武器としても使えるぜ?」


「それじゃこっちは?」

「あ? そりゃ捲菱じゃねーか。なんでこんなもん持ってんだか…」


「うわ、投網とか出てきた…!」

「おー…この網を手の平サイズに纏めていたとか、凄いね」

「驚異的な収納術だな」

「サルファ…超薄着なのに。こうして見ても、元通りに仕舞い直せる気が全くしない…!」

「………やべ、俺も元に戻せねーや。でもサルファだから良いか」


「あ、これは前に見たことある! 鍵開けの道具だね」

「彼奴は泥棒でもやらかす気か…?」


「まぁ兄、こっちは?」

「そりゃ…煙玉か? マルエル印だな。催涙効果があって、結構きつい奴だ」

「え、じゃあサルファこれ使えば良かったのに」

 相手の方が人数多いんですから、使えばよかったのに。

 煙に巻いて混戦・乱戦状態にすれば有利だったでしょうに…

「数を惜しんだんじゃねーの? こっちじゃ手に入らねぇ珍しい素材を使ってたはずだし」

「へえ…今度、マルエル婆に作り方聞いてみよっと」


 本当に、サルファのあの露出多めの服装で、どうしてこれだけの物が隠せるのか…

 私達はサルファの収納上手ぶりが気になる位、種々様々な道具の数々を並べていきます。

 途中、明らかに見てはいけない系統のモノも混ざっていましたが…

「………これで真っ当な表街道を歩いている(自称)って言うんだから凄いですね」

「つくづく、裏街道向きの男なのにな」

 サルファに対して、心の底から妙な感心をしてしまいました。



 シズリスさんのくすぐり地獄が終了し、サルファは流石に全身ぐったり。

 そんなサルファに、改めて勇者様が問いかけます。

「それで、どうしてあんなことを?」

「………ほんのちょっと手数を見せるだけの出来心ってやつ?

この前頼んだ、若干のルール変更って勇者の兄さん覚えてる?」

「ん、あれか…」

「具体的な内容、まだ言ってなかったじゃん?」

「聞く前から嫌な予感しかしないけどな…」

「まあ、見ての通り、俺の戦い方ってのは手数が勝負を決めると言うか…

一つの武器や戦い方に固執するようなもんじゃない訳で」

 悪びれることなく、飄々と言うサルファ。

 嫌な予感という言葉にそぐわず、勇者様のお顔にはげんなりとした色。

「それで、何が言いたいんだ?」

「うん、率直に言ってつまり、」

 サルファが、それはそれは薄っぺらな全開の笑顔で。

 勇者様の頭痛を増長させるような、決定的な言葉をぺらっと言いました。


「安全性の確認された武器は持ち込みOK!ってルールに付け加えて欲しいんだけど!!」


 ………私は今、大いなる矛盾をはらんだ言葉を耳にした気がします。


 激情を堪えるように、勇者様の拳が大地を打ちます。

 地面にひびが入らないあたりは、理性的に加減をしておいでのようです。

「安全性の高い武器ってなんだよ…!」

 勇者様、貴方のお言葉は正しい。

 それは今、サルファの妄言を耳にした全員に共通する感情です。

 

 武器、それは殺傷力を高めた道具。

 武器、それは命を奪う為に作られる物。

 武器、それは戦闘に用いる道具。ちなみに防御用の物は武具。

 武器、それは…


  ①戦争に用いる諸種の器具。甲冑・刀槍・弓矢・銃砲の類。兵器。

  ②(比喩的に)有力な手段。

                             (広辞苑調べ)


 以上のことを踏まえて、私は言いましょう。

 武器と安全という言葉は、対極に位置すると…!


「サルファ…前からおかしい奴だと思っていたけれど、頭までおかしくなったのね」

「わあ、リアンカちゃん真顔☆」

「どういうつもりなのか、言ってみなさい。ね?」

「何だろ…かつてなく優しく声をかけられてる気がする。やったぁ♪」

 この状況で喜べるこいつを、殴っては駄目でしょうか…

 サルファから話を聞き出すには根気が必要。

 でもそんな根気、私は投げうってしまいたい!

「けど世の中には、我慢しない人っていますよね」

 まぁちゃんとか。


「おい、達磨。マジ達磨になるか? あ゛?」


 わあ、まぁちゃんが素敵にガラ悪い。

「ぎ、ギブ! ギブギブギブ! まぁの旦那超痛いって!」

「そりゃ良かった。痛くなる様にしてんだから、痛いのは当然だな?」

 とりあえず、まぁちゃんは不如帰(ホトトギス)が鳴かなかったら、鳴くまで脅迫するタイプだと思います。


 その後、何とか口を割ったサルファから聞き出した概要は、こういうことでした。

 私達がサルファの服を漁って出てきた諸々を見てもわかる通り、サルファは多様な道具を使い分けて命を繋いできたタイプの男です。

 騎士というよりも、戦士。

 いえ、まずは第一に逃げることを考えてきたそうなので、盗賊タイプでしょうか。

 何にせよ、手数の種類とここぞという時の活用が命です。

 泥仕合前提の試合になら、サルファの様な奴が出ても面白かったかもしれません。

 しかし、今度サルファが出場しなければならないのは御前奉納試合。

 女神と王族とに試合を捧げなければなりません。

 当然ながら、一般的に考えて卑劣な手段に該当する戦法は自粛するのが普通。

 武器も、ごく一般的な部類の武器が好まれます。

 剣とか槍とか戦斧とかですね。

 それ以外の武器を、となると係員に嫌な顔をされるそうです。

 余程奇抜な武器は、差し止められる可能性も大きい。

 

 そんな試合に、メイン武器が鎖鎌(勇者様の国には普及していない)に種々様々なアイテムを使い分けるトリッキーな男が出場…


 係員に武器の持ち込みを認められる気が、全くしません。

 良いとこ武器を既定の物に持ち替える様に指導が入ってしまうでしょう。

 ひょっとしたら手持ちの武器は試合終了まで没収されるのがオチです。

 そんな状態で、慣れない武器を手に猛者共の宴に参入するサルファ。


「死んだね!」

「リアンカ…奉納試合は見苦しくない試合を目指しているから。

ルールもちゃんと決まっているし、対戦相手を殺した者は失格だ」


 余程の事故でもなければ人死にはないと、断言する勇者様。

 皆、真剣を使っているのに人が死なないって凄いですね。


「それじゃ、詰んだね!」

「つむ?」

「ああ、詰んだな…」

「リアンカもまぁ殿も…つむ、とは何を……?」

「ヨシュアンさんが良く使っている世迷言ですよー。

知らないなら勇者様は気にしなくても大丈夫ですよ?」

「………ヨシュアン殿が、という時点で不安なんだが。

二人はそんな言葉を使っていて大丈夫なのか?」

「いかがわしい言葉じゃねーから心配無用だ」

 うむと頷くまぁちゃんに、勇者様は懐疑的なお顔。

 サルファも微妙に凹んだ顔で、「詰んでるよなぁ…」と肩を落としています。

 うん、やっぱり詰んでる。


 そこで、サルファは考えた訳ですね?

 武器の持ち込みが禁じられているからこそ、自分の戦闘手段が禁じ手になってしまう。

 だから、こそ。

「持ち込めないなら、持ち込めるようにルールをいじってしまえば良い、と」

「そのとおーり☆」

「投網やら鉤手甲やら煙玉やら吹き矢やらも、武器(・・)と一纏めに持ち込むつもりで…?」

 それはまた、随分と掟破り型破りな試合になりそうですね。

 …混戦・乱戦が目に見えます。

 最悪、神聖な試合を穢したとして牢屋送りは…

 うん、これは杞憂じゃない気がする。

 ちらり勇者様のお顔を見ると、勇者様も難しい顔をしています。

 側近のオーレリアスさんのことがありますからね。

 取引を成立させる為にも、サルファにはある程度勝ってもらう必要があります。

 王子としても、お国のお祝い事やその一環である試合を正しく導く役目もあるでしょう。

 そこを、こんなトリッキーな野郎に、出場させないとならないなんて。

 いえ、出場させるにしても、本来の勇者様なら問答無用で真っ当とは言えない道具の数々を没収にかかるでしょうが…

 どうするの、勇者様?

 これぞまさに、板挟み。

 側近を取るのか体面を取るのか…悩みどころですか?


 やがて、悩みの末に勇者様の口から引き出されたのは…

「………他国の変わった武器、ということで…鎖鎌くらいは、認められると思う」

 譲歩。

 勇者様が、譲歩しましたよ。

 鎖鎌自体も、結構奇抜な武器だと思うんですが…認めちゃうんだ。

「刀剣類、という分類には該当する………から。…辛うじて」

「え~…勇者の兄さん、他はぁ? 俺としては吹き矢必須!」

「馬鹿、他は言語道断だ!!」

「刃物ってことなら、鉤手甲とか!」

「………他に何を持ってるんだ? とりあえず全部見せてみろ。あとは応相談で決める」

「え、マジ!? やった♪」

「ただし、常識的に認められないモノは容赦なく却下するからな」

 なんだかんだ言って、勇者様はお優しい。

 頑なに潔癖なのではなく、この柔軟さ。

 こういった柔らかいところが、魔境に馴染んだ由縁かしらと。

 私は勇者様のお答えへの驚きから、少々的外れな方向に思考を飛ばすのでした。




 ※「ここは人類最前線」の世界は魔法があるので、銃器の類はあまり発達していません。

 あってもせいぜい「てつはう」レベル。

 大量破壊兵器の類は攻城兵器がせいぜいで、武器といえばメインはやはり刀剣類を指します。

 刀剣類で、安全性とはなんぞや…?


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