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78.残忍と卑劣


 翻弄されるまま、二人が離脱した。

 残った騎士は、改めて気を引き締める。

 これで、自分まで破れてしまおうものなら…

 そんなことになろうものなら、後々で与えられるだろう上司のシゴキが怖すぎた。

 だって現に、ほら…


 シズリスの顔が、凍えるように冷たい色を纏って騎士を見ている。


 ぞっと、背筋を震わせて。

 負けてはならないという強迫観念。

 無視できないそれに、騎士は気を引き締めるどころか未来への恐怖を叩きこまれた。

 最早、死人(笑)と化した仲間二人は上司のシゴキを免れない。

 ここは自分一人だけでもシゴキを回避するため。

 今までの無様な失態を返上する為。

 ここから、巻き返さなければ。


 しかし、サルファが言う。


「…飽きたー」


 ぽつりと呟かれたそれは、練兵場にしんと冷たい沈黙をもたらす。

 観衆の騎士達の額に、青筋が浮かんだ。

 それに気付いていないということはないだろうに、サルファは気にしない。

 それどころか、駄々をこねるような口調で自分勝手な主張を始めた。


「大体俺、こーゆー努力! 根性! みたいなノリって合わないんだよね~…

汗臭い思いでジタバタするより、素敵なおねーさん達と遊びたい! ちやほやされたい!」

「アンタをちやほやする可哀想なお姉さんはここには一人もいないから、安心しなさい」

「リアンカちゃん酷っ!」

「ああもう、ほら、緊張感がすっかり消えちゃったじゃないの!

アンタなんかに付き合って振り回されてる、騎士のお兄さんが可哀想でしょ!?」

「酷い、リアンカちゃん! 関係浅からぬ俺よりぽっと出の騎士の兄ちゃんの肩を持つの!? 俺のこと弄んだ!?」

「弄んでほしいのなら、弄ぶけど? 物理的に」

「ごめんなさい!」

「私だけじゃなくて、まぁちゃんとむぅちゃんも加えて弄ぼうか?」

「ごめんなさい! 許してつかぁさい!」

「周囲に誤解されるようなことを言わないでよ。誰と、誰が関係浅からぬ…って?」

「俺と、リアンカちゃん☆」

「そんな事実は、ない!」

「ひっどーい! デートの約束だってしたのに!」

「七十五年後にね」

「それに恥ずかしい姿だって…」

「 そ れ 以 上 言 う と 、 も ぎ 取 る よ ? 」

「何を!?」

「もう良いや、吊るそう。まぁちゃん、吊るしてもぎ取ろう?」

「任せとけ。奇遇だな? 俺も丁度、サルファに凄いことしてやろうと思ってたところだ。

喜んでもぎ取ってやる」

「だから、何をもぎ取るの!?」


 え…、何をもぎ取るって………

 私の口から言わせたいんですか、破廉恥! 変態!

 …という、冗談は置いておいて。


「そんなの、鼻と耳と唇と、全身の指と腕と足に決まってるじゃないですか」


「決まってるの!?」

「そう、端っこから順番にね?」

「エグイ! 想像以上にエグイ! 俺をのっぺらぼうの達磨にする気!?」

「良く分かってるじゃないですか」

「サルファ達磨か…転がしといても、何の役にも立たねぇな」

「本気で達磨にする気だよ、この人達!」


 ちなみに、脅しです。

 嫌がらせ半分の、脅しです。


 流血必至な仕置きとか、そんなこと本当にはやりませんよ。

 惨劇まっしぐらの血の雨地獄な拷問を、自分の手でやろうなんて気はしません。

 面倒だし、気持ち悪いじゃありませんか。

 目で見て楽しい光景でもありませんしね。

 それにサルファが再起不能になると、外交問題に発展して勇者様が苦労するかもだし。

 でもこうやって、言葉で欝憤晴らしくらいはさせてもらいましょう。

 本気で、苛っとしたし。

 楽しくない話を蒸し返されかけて、業腹だし。


「鼻・耳・唇に指と手足とか! 全部じゃん、それ!

俺の身体のパーツのもぎ取れるところ、ほぼ全部じゃん!!」

「大丈夫、歯と舌と、首は残しておいてあげる」

「はははっ さも親切そうに言うなぁ、リアンカ」

「ふふ…サルファに対しては破格の優しさだと思うの。良かったねサルファ?」

「全然嬉しくない…! もっと普遍的な優しさが良い!」

「じゃあ、なけなしの優しさもあげません」

「リアンカちゃん、超イキイキしすぎだから!」

 全然優しくないと、誰かが叫んだ気がします。

 ふふふ…聞こえない、聞こえなーい!

 サルファもぎゃいぎゃい騒いでいますが…これはいつものことですね!

「リアンカちゃん、俺、そんなことされたら死んじゃうからね!?」

「サルファ、私を誰だと思っているんですか?」

「へ?」

ハテノ村薬師(わたし)が、そんな失態をするなんて舐めないでください。

ちゃんと持てる技術の全てを費やして、丹念に治療しながらやってあげます。

生命活動は最後まできっちり維持してあげるから、安心して?」

「ひぃ…! 俺、生皮を剥ぐようにじわじわ甚振(いたぶ)られる!?」

「え? それもメニューに加えてほしいんですか?

自分から皮を剥いでほしいなんて…とんだ変態ですね! おぞましい」

「分かっていて真に受けられたー!!」


 すっかり、さっきまでの戦闘モードは霧散していて。

 対戦相手が観衆の一人とわやわや掛け合う姿に、騎士さんは戸惑い。

 騎士道精神、って言うんですか?

 いくら本当の戦闘じゃないからって、油断した相手の隙をここぞと突かないお行儀よさ。

 そんなんじゃ、生き残れませんよ。

 相手の隙に付け込み、油断をここぞと踏み躙る。

 そのくらいしないと、しぶとい相手を打倒することなど不可能です。

 この騎士を、とんだ甘ちゃんというべきでしょうか。

 それとも上役に示唆されての戦闘なので、気を使っているのでしょうか。

 あの忌々しがりようを見るに、後者の様な気がします。

 良く見ると、足が勇み足。

 律儀に待たずに、横から突撃喰らわせればいいのに。


 まさか騎士さんが、今までの失態を踏まえて色々考えているなんて知りませんでした。

 この上は正々堂々とした、騎士の精神性を見せることで失点を減らそうとしていたとか。

 そんなこと、思いもしませんでしたし。

 横合いから奇襲をかけて失敗した時、確実に成功を得るならまだしも、失敗の確率がある奇手に走ったと上司に怒られることを忌避していたとか。

 そんなこと、事情を知らない私が知る訳もないのです。

 知らないからこそ、なんで騎士さんが襲わないんだろうと思いながらサルファと馬鹿な言葉の掛け合いを続けていました。

 勇者様が帰ってきたのは、そんな頃合いのこと。


「…何だか騒がしいが、どうしたんだ?」


 きょとんと首を傾げて、勇者様の登場です。

 それまで私とサルファの言い合いに顔を引き攣らせていた観衆の方々がハッと息を呑んで身を引き締めます。

 運動に適した軽装に、模擬戦闘用と思わしき革の部分鎧。

 それだけで王子様然とした綺麗なお姿とは印象が変わりそうなもの。

 なのに、勇者様は勇者様でした。

 お変わりなく、お美しい。

 …その美貌が、本人を苛む最大の不運だとしても。


 思ったよりも『試合』を意識したお姿に、今度は私が首を傾げました。

「まぁちゃん相手に、鎧なんて意味があるんですか?」

 革製じゃなくても、絶対に意味がないと思います。

 だってまぁちゃん、そのくらいの鎧なら指の力だけで捻じ切るよ!

 私の言葉に、勇者様は切なげな溜息。

「気休めにもならないとは思うんだけどな…王子という肩書の窮屈な点の一つだ。

大丈夫だからいらないと固辞しようとしても、規則だからと一点張り」

「つまり?」

「王子の身に万が一何かが合ってはと心配する者達の強固な主張で、模擬試合をする時は最低限このくらいの準備をするように泣きつかれている」

 練兵場の管理人は、八十間際の男鰥(おとこやもめ)だそうです。

 なんでも、生まれたばかりの曾孫の成長だけが生きがいだとか。

「………勇者様、はねつけられないんですね」

「諌めもしなかった結果、俺が怪我でもしようものなら首が飛ぶと言われては…な」

「ああ、勇者様ならそれは無理ですね」

 人の好い善良な勇者様に、最終兵器の使いどころを分かっていますね。

「それでまぁ殿? 俺はわざわざこんな格好までして来たんだが…

………打ち合いをするんじゃなかったのか?」

 片眉をぴくんと跳ね上げて。

 勇者様が茣蓙の上、すっかり寛いでいるまぁちゃんを見下ろします。

 しどけなく横たわり、優雅に苺を摘まんで食べています。

 そんなまぁちゃんの闘い?面倒じゃね? という姿を前に、勇者様は不満そう。

 まぁちゃんは気にした風もなく、にやっと笑います。

「まあ、待て。今から面白くなるかもしれねーし」

「面白く? …ああ、サルファのことか。俺が抜けている間に二人倒したんだな。

これは、思ったよりもやるのか?」

「んー…まだ遊び半分で全力は出してねぇようだが、それなりに?」

「まぁ殿がそう言うってことは、結構やるんだな」

「マルエルの奴がよく仕込んどいたみてぇだな。ふとした拍子に敵の意表を突く戦い方が馴染んでるみてぇだし、使いどころを間違えなけりゃ良いとこまで行くんじゃねーの?」

「それなら、手助けなんていらないんじゃないか? 小細工なしでも充分だろうに…」

 そこまで言って、勇者様の表情がふと固まりました。

 視線が向かう先は……サルファの鎖鎌。

 やっぱりいきなり見たら驚きますよね?

 正攻法を好む騎士さん達。

 彼らとは絶対に相容れないだろう戦い方。

 それを、既に武器からして主張しているのは気のせいでしょうか。

 勇者様も何がしか思うところがあったのでしょう。

 溜息をついて、手で額を覆ってしまいました。

「これから残った一人と一騎打ち状態だぜ?」

「それは……相手をする騎士も、戦いにくいだろうに。この国には、ああいう鎖鎌みたいな武器は普及してないから。相手をするにも戦い方そのものが馴染みないだろう」

「その割に、勇者はあれが鎖鎌だってわかるんだな」

「俺は、この国の外にも色々と出向いて試合に出たり、魔境へ行く旅の途中で接したりしたことがあるから…な」

 それはそれは、と肩を竦めて。

 相変わらず変に博識な勇者様に、まぁちゃんが再びにやりと笑う。

「奴の実力を測りてぇんなら、勇者もサルファの戦いぶりを見りゃ良いじゃねーか。

打ち合いに付き合ってくれんのは、その後で構わねぇぜ」

「…そうだな。その方がよさそうだ」

 そう言って、勇者様もまた茣蓙の一角に腰をおろします。

 茣蓙が狭くなってきたと感じたのか、追加の茣蓙でロロイが面積を拡張し始めて。 

 リリフが新たに茣蓙に加わった勇者様へと、クッションとお茶を差し出して。

 さて、感染の準備はばっちりです。

「それでは、自分の目で確認させてもらうとしよう」

 勇者様のそんな一言で、騎士さんが身を引き締めます。

 うやむやにして逃げようとしていたサルファの試合続行が決定しました。

 せっちゃんが逃げないよう、また鎖をじゃらじゃらやって。

 観念したサルファが、しっくりと様になる様子で鎖鎌を構えたのでした。



 でも、一度注意が他に外れたからか。

 サルファは、明らかに気分が乗らない様子で………

 億劫そうに溜息をつくと、その手が懐に延びました。

 相対する騎士さんの緊張が、嫌でも高まります。

 先ほど、あのベストの下にナイフが隠れているのを見ていますからね。

 投げナイフも、あの男の器用さなら難なくこなすでしょう。

 誰もが、次にサルファの手にはナイフが握られているのだと予想しました。

 でも、今度も予想は裏切られる。


 日の元にさらされたサルファの手。

 そこにはナイフではなく…何故か、笛が握られていたのですから。


 金属製の冷たい光沢。

 真っ直ぐに伸びた、管楽器。

 それで一体どうするつもりなのかと。

 見守る全員が、疑問に頭を捻らせました。

 相対している、騎士さんでさえも。

 皆、戸惑っています。

 

 そしてその答えを、私達は知ります。

 サルファが笛に、口を(あて)がってから。


 その笛からは、音色ではなく鋭く小さな針が飛び出しました。


「――って、吹き矢かその笛!!」


 勇者様が、全員の心を代弁して。

 意に留めないサルファが、ひょいっと肩を竦めて。

 警戒はしながらも、完全に意表をつかれた騎士さん。

 彼は大きく体勢を乱し、崩れ落ちるように(くずお)れてしまっていたのでした。





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